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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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32/74

病弱令嬢、奮闘する

マリーは仰向けで蹴り上げた姿勢のまま、床に転がっているジョイを呆然と見ていた。


「え、やだ……大袈裟」


そう呟いてしまうのも無理はない。マリーが蹴り上げた瞬間、ジョイは天井に向かって飛んだのだ。そして、そのまま大きく弧を描くと、背中から激しく床に叩きつけられるようにして落ちた。


確かにマリーは思い切り蹴り上げた。だがまさか、マリーの弱々キックでこのような結果になるとは想像もしていない。


まさか蹴られる瞬間、自分で飛んで受け身を取ったのか?しかし、それにしては少し様子がおかしい。


呆気に取られている場合でもない。我に返ったマリーは、そろりと起き上がるとぴくりともしないジョイを恐る恐る覗き込んだ。


「し、死んじゃった……の?」


ジョイは白目をむいて泡も吹いているが、小さくぴくぴくと動いているのが見て取れたので死んではいないと思われた。いくら自己防衛とはいえ、人を死なせてしまったとなれば、それはそれで寝覚めが悪い。マリーは安堵した。


と、いうことは、男が自己防衛で自ら飛んだ訳ではないということになると思うのだが。


「………」


じゃあ、今のは何?と、いう謎は残るが、そうとなれば、この男が倒れているうちにさっさと逃げるだけである。

マリーはきょろきょろとジョイが持っていたナイフを探した。足の縄はジョイが切ったが、手はまだ後ろ手に縛られたままなのだ。


「あった!」


それはすぐに見つかった。

マリーは縛られている両手でなんとかナイフを持つと縄を切ろうと試みる。


「くうっ!」


手が攣りそうになったが、縄にナイフが当たった感覚があった。力を入れるのが難しいが、このままじょりじょりと少しずつ切るしかない。


「せめて縛られる時に意識があれば、こんな苦労はしなかったのに!」


縄抜け出来る縛られ方。なんてものも教わったことがある。もちろん茉莉の人生においてだが。

愚痴りながらもなんとか縄の半分くらいまで切れ目を入れることが出来た。あとは腕をぐにぐに動かせば、緩んだ縄がぱらりと落ちる。


「ぁっ、つっ!」


解放された。と、油断した途端、マリーの手首に鋭い痛みがはしった。

見るとナイフの刃が当たってしまったようで、マリーの白い肌に赤い線が入っていた。みるみるうちにぷくっと小さな赤い玊が溢れてくる。


「あらま。でもこれくらいならなんでもないわね」


幸いにもかすり傷。マリーはぺろっと傷口を舐めると、はだけたままの胸元の釦を慌てて留めながら立ち上がる。

ジョイに奪われそうになったペンダントは、しっかりとマリーの首に下がっていた。マリーは、ほっと安堵すると、それをぎゅっと握り服の外に出ないようにしっかりと仕舞った。


「とにかく今は安全なところまで逃げないと」


小屋を見渡すが窓はない。脱出経路は入口の扉だけ。

特に外から鍵を掛けられているわけではなさそうだ。と、素直にドアノブに手を掛けたところで、ふと、マリーは重大なことに気付きゾッとする。



――――安全なところって、どこ?


そもそも私が攫われたこと、誰も知らないんじゃない?!



勝手に夜会に訪れ、勝手に攫われたのだ。しかもマリーがマリーである。と、いうことをあの場で知っていたのはカレンだけ。そのカレンも離れていて、マリーが攫われたところは見ていない。


その時、マリーそっくりの女性の姿が頭を過り、不安が押し寄せた。

マリーがいなくなったことはカレンがすぐ気付いてくれるだろうが、わざわざ探してくれるだろうか。

このまま、ここぞとばかりに切り捨てられてしまうのではないだろうか。なにしろマリーの代わりはしっかり居るのだ。



無事に屋敷に帰れたとして、私の居場所はあるのかしら……?



マリーは自分を抱きしめるようにして立ち竦んだが、すぐにその不安を打ち消すように頭を振り、ぎゅっと拳を強く握る。


「……その時は、その時よね」


少なくともここは安全な場所ではない。ここに留まるということは自殺行為に等しい。それだけは分かっている。


マリーは深呼吸すると、扉に耳をつけ慎重に外の気配を窺った。ここで焦って外に出て他にも仲間がいたら元も子もない。


近くに人の気配はない。

そっと扉を開く。

マリーが外に出ようとしたところで話し声が近付いて来ることに気付き、慌てて扉を閉めた。

ぶわっと嫌な汗が出る。


「―――――で、今度はその公爵夫人を見つけろってことですかい」


「ああ、先に見つけて捕らえろ。だとよ。まあ、生死は問わないらしいがな。捕まえられれば金は払うってことだからよ。今度はヘマすんなよ」


「どこに消えたんすかね、俺ら以外にも狙ってる奴らがいたってことっすか」


「だとしたら、厄介だが……」


夜だからなのか男たちの声は響き、扉越しにもよく聞こえた。小屋までは少し距離がありそうだが、それも時間の問題。



う、うそーっ!!

早すぎじゃないーっ?!

なんでこんなに早く戻ってくるのー??



恐らく声の主は、アニキと呼ばれていた男と、もう一人のゴロツキ。名前までは覚えていなかった。


男たちは報告とやらで小屋を離れていたはずである。なので、戻って来るには少し時間がかかるとふんでいた。それなのに、これでは不味い。

今この入口から出れば、男たちと鉢合わせしてしまう。どこか隠れられる場所はないか。

マリーは動揺した頭をフル回転させた。


と、いっても狭い物置小屋。木箱の中に隠れられたとしてもすぐにバレるのは明白。

どうしよう。と、マリーが部屋を振り返ると同時に、白い塊が音もなくテーブルの上に飛んで来た。


「―――っ?!」


何事が起きたかと息を呑んで固まるマリーを、金色の双眸が見つめる。


「――――猫?」


白い塊は白い猫であった。どこから来たのか。はたまた最初からこの小屋にいたのか。


「おまえ、どこから来たの?」


ゴロツキたちが飼っているとも思えないが、そう決め付けるのもよくないか。などと考えている場合ではないが、白猫は自分を凝視するマリーを尻目にすとんとテーブルから降りると、涼しい顔で態々ジョイの顔の上を踏み付けるように横断し、積まれていた土嚢の陰へと消えて行く。


「どこへ行くの?」


吸い寄せられるように、マリーは白猫の後を追う。

土嚢の隙間にでも隠れているのかと思えば、白猫は積み上がった土嚢の裏に隠れていた明かり取りの窓枠にちょこんと座り、後を追って来たマリーを見下ろしていた。


「……窓があったのね」


確かに窓はあった。かなり高い位置にある上、小さいし格子も嵌っている。猫はこの窓から入って来たのだろう。


「猫ちゃんはいいわね。私にはその窓は通れないわ」


マリーが呟く。入口からは逃げられない。窓は大きさだけでいえば、マリーであれば通り抜けられそうだが、如何せん格子がそれを邪魔をしている。


白猫は、絶望の溜め息を吐くマリーを小馬鹿にするように大きな目を細めると、するりと窓の外へと消えて行った。


「あ……行っちゃった」


白猫がいようがこの事態がどうなるものでもないのだが、なんとなく捨てられたような気分になる。


「―――お前らは、実際に夫人の顔を見たんだよな?」


「そうっすね。でも、俺は遠くから見ただけで……ジョイは会話をしたらしいっすけど……」


扉のすぐ向こうから聞こえる男たちの声に我に返る。



どうしよう!



「ぅう……」


立ち竦んでいたマリーは、うめき声にハッとする。ジョイの意識が戻りつつあるようだ。



なんてことっ!!



このままでは殺るか殺られるかだ。先程のナイフで立ち向かうか。そんなことがマリーの頭に一瞬だけ過ぎったが、そんなことが出来るはずがない。

何より、男たちは本気でくるだろう。本気の男性三人に勝てるはずもなかった。


ならば、小さな可能性でもやってみるしかない。マリーは小さな窓を睨み上げると近くにあった木箱を踏み台にして土嚢に足を掛けた。

そのまま手を伸ばすが窓枠には届かない。

土嚢を踏み台にして飛んでみると窓枠に指は掛かった。だが、指の力だけでは身体を支えられず落ちる。

でも、もう少し飛べれば手が届きそうだ。


よし。と、再び木箱に足を掛けたところで「ガチャッ」と、扉が開き、びくりとマリーの心臓が飛び上がった。逃げ場のないマリーは土嚢の陰にぴたりとくっつき、一先ず土嚢と一体化することを試みた。


「おい!ジョイ!!……ああ、ジョイはガキを始末しに行ってんだったな―――――って、ジョイ?!」


「ぅう。アニキィ、ビリー……」


「どうした!何があった!ガキはどうした!」


どたどたと騒がしくなる。

ビリーが倒れていたジョイを抱き起こした。


「あの女に、やられた……」


「なんだとっ?!あの女って、あのガキか?!どこまでへっぽこなんだお前はっ!!」


「ぅうっ!すんません」


ぎゃんぎゃんと吠える男たちは、もう既にマリーはこの小屋から逃げていると思っているのか、土嚢の陰に隠れているマリーには気付いていないようだった。

地味な侍女服が土嚢と同化するのを助けているのかもしれない。



まさか、侍女服にこんな効果があるとは知らなかったけれど、あの人たちこのまま外に探しに行ってくれたりしないかしら。



そうすれば、それまでここで土嚢と一体化してやり過ごせばいいだけである。

マリーはどきどきとしながら成り行きを見守った。

どきどきしているせいか、身体が熱くなってくる。


「まだ、そう遠くには行ってないだろ――――んっ?!」


そう言いながらテーブルの上のランプを手に持ち掲げた男が、不意にいやらしく口角をあげた。

掲げたランプの先には土嚢の陰から見え隠れするスカートの裾がある。


「はっは!尻が隠れてねぇなあ、嬢ちゃん」


当たり前だが、一体化は出来ていなかった。

いやらしく笑いながら、男がゆっくりと近づいて来る。



万事休す。もう無理だわ。

だけど、そうね。最後まで抵抗はしないとね。



マリーは木箱に足を掛けると素早く飛び上がり、その勢いのまま土嚢を蹴る。今度は窓枠に手が届き、しっかりと掴むことが出来た。


「うわっ!」


蹴った土嚢が崩れ、男の頭を直撃する。積み上がった土嚢が崩れてくれたお陰で、図らずとも丁度良い足場が出来た。


「アニキ!!……こんのぉ、ガキが!」


さすがにこの程度では倒れてくれず、男が立ち上がる。でもその顔は鼻血を垂らし、ふらふらだった。その代わり、ビリーとジョイが積み上がった土嚢をよじ登って来る。


「えいっ!!」


「えっ、おい!ぅわっ!!」


すかさずマリーが上の土嚢を蹴り落とすと、その土嚢と共に二人も落ちていく。



あら、土嚢ってこんなに軽いものなのね??



マリーでも簡単に蹴り落とせた割には、ずしんと重い音を立てて男に直撃した気がしたが。


「こ、このヤロォーッ!!」


男たちは鼻血を垂らしながら再び起き上がるので、これではきりがない。それに、蹴り落とせる土嚢にも限りがある。


「この格子が外れてくれれば良いのだけれど……」


言いながらマリーは窓に嵌っている格子をてしてしと叩く。

すると、ばきっと大きな音を立て、マリーの腕と同じくらいの太さをした格子は簡単に折れた。


え?と、思いながらも、他の格子も叩いてみる。

すると、どうだろう。全ての格子が簡単に折れたではないか。


「なんて幸運かしら、木が腐っているなんて」


こんな太い木がマリーの腕力で折れるとは思えなかったが、諦めなくて良かった。

それにしても、全ての格子が腐っていたなんて、なんという幸運だろう。

マリーは自分の強運に感謝し、そそくさと窓枠に足を掛けた。


「お前ら、外だ!外に回れ!あの怪力女を捕まえろ!」


男が吠えている。

花の乙女を捕まえて怪力女とは何事か。

マリーは、むっとして振り返ると、鼻血を垂らした男たちが驚愕の眼差しを向けていた。



……なんだか失礼ね。



マリーは窓枠を跨ぐと土嚢の山に片足を掛けた。何かを察した男が目を見開く。


「お、おい。お嬢ちゃん。危ねぇから、な?」


「な?」ではない。人を殺そうとした人間が何を言う。

マリーは躊躇うことなく残りの土嚢の山を「えいっ!」と、蹴り倒した。どさどさと激しい音を立て、土の塊が男たちを襲う。もくもくと砂煙が立ち、まるでこの小屋だけ地震が起きたかのような衝撃があった。


「ぎゃっ!いってぇ!」

「ぐっ!足がぁー!」

「クソがぁっ!!」


これで暫くは追って来られないはず。

男たちが土嚢に埋もれていることを確認すると、マリーは窓から外へと飛び降りた。暗くて地面は確認出来ていなかったが、無事着地することが出来、安堵する。


未だに小屋の中からは罵声が聞こえて来る。


「……元気ねぇ」


声が出せる。と、いうことは、死んではいない。と、いうこと。死なれてしまっては寝覚めが悪い。


マリーは、ひとり頷いた。

お読み頂きありがとうございました。

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