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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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30/74

病弱令嬢、潜入する

夜会会場であるミルトン侯爵邸に到着する。

時間より早く到着したが、既に馬車の待機場は混み合っていた。


門前払いを覚悟していたマリーだったが、カレンの言う通り、あっさりと通してもらえたことに少々驚く。


「旦那様の忘れ物を届けに参りました」


「裏口へまわってください」


守衛に堂々と嘘をつくカレン。

簡単に通す守衛もどうかと思うが、カレンのその飄々とした態度に、今までの彼女の発言に対する信憑性を疑いたくなる。


「旦那様は奥様を忘れたのですから間違ってはいません」


だ、そうだ。


カレンはカレンで、マリーのそわそわとした、いかにも怪しんで下さい。と、いう態度にはらはらしたという。


「堂々となさいませ。特に社交場は戦場だとも言われております。相手に心情を悟られてはなりませんわ」


カレンに諭される。

そんな訓練などしたことのないマリーは、緊張して表情を固くした。

だが、この時のカレンが「でも、そんな奥様は可愛くない」などと思いながら自分を見つめているとは、当然のことながら知る由もない。



一言で言うと、ミルトン侯爵邸は広かった。

公爵家よりも広い。と、マリーが尻込みしていると、カレンが「公爵家の本邸は小国くらいの広さがあります!……行ったことはありませんけど」と、謎のマウントを取って来た。


そんなやり取りをしながら、待機場から歩いて屋敷の裏口へ向かう。使用人はロータリーを使用させてもらえないのだ。


てくてくとマリーの歩みに合わせ、二人は歩く。


「……遠くない?」


初めての場所だから余計にそう感じるのかもしれないのだが、いつまで歩いても屋敷にすら到着しない。


「侯爵家の庭園は広大ですから。この庭園を抜ければお屋敷ですよ」


カレンは一度来た事があるのか、勝手知ったると言わんばかりだ。

やっと屋敷の全貌が見えた頃、白を基調としたガゼボが現れた。


「確かに、一休みしたくなるわね」


「もう少しですから頑張って下さい」


カレンはマリーに休憩を与える気はないようだ。

それでも、ここにきてやっと辺りを見渡す余裕が出て来た。

夜ということもあり当然暗いのだが、ぽつんぽつんと明かりが灯って咲き誇る花を照らし出している。

その幻想的な風景に、マリーは思わず足を止めてしまっていた。


だが、カレンはそれを許さない。


「人が来ないうちに移動しませんと」


手を引かれ、やんわりと急かされた。心なしか先程までより歩みの速度が速まったと思うのは気の所為か。

迷路のような庭園を抜け、屋敷の裏手にまわると、こちらにも小さなガゼボがあった。

この辺りは洗濯場のようだから使用人の休憩スペースなのかもしれない。


敷地が広くなるとその分、休憩スペースも沢山必要になるのね。と、マリーが関心していると、カレンが「あっ」と、小さく声を上げた。


「どうしたの?」


「私としたことが……化粧道具を馬車の中に置いて来てしまいました」


カレンを見れば、確かに手ぶらだ。


計画は、カレンが会場でフィリクスに直談判し、休憩室でマリーとメイメイの衣装を取り替える。と、いう至ってシンプルなもの。その時に化粧もする。

因みに、フィリクスに断られるかもしれない。と、いう考えはそこにはない。


「急いで取りに行ってまいりますので、奥様はここでお待ち下さい」


今はメイドに扮している為、ほぼすっぴんで黒子メイクだけなのだ。マリーとしてはそれでも構わないのだが、カレンは構う。

マリーも一緒に馬車に戻ろうとしたが、カレンから一人で行った方が早い。と、言われてしまえば、その通りなので何も言えない。


「奥様、絶対にここを離れないで下さいね」


まるで子供に諭すように念を押し、カレンがもと来た道を走って行く。

一人残されたマリーは、心許なく辺りを見渡した。この時間、こんな裏庭に用がある者もいないのだろう。いたらいたで困るところだが、今は誰もいない。

マリーはガゼボのベンチに静かに腰を下ろした。そこで脚が疲れていた事に気付く。


「そういえば、最近は走ってなかったからなぁ」


実家でジョギングしていた頃であれば、このくらいで疲れる事はなかっただろう。


「せっかく、体力がついてきたと思ったのに……」


これでは努力が無駄になってしまう。と、座りながら足をぷらぷらとさせていると、屋敷の方から話し声が近付いて来た。



誰か来たわっ?!



話し声からして男性だということが分かる。間違いなくカレンではないことに、マリーは慌ててガゼボから離れ、草木の陰に隠れた。

使用人の振りをしておけばいいだけなのだが、マリーにその度胸はない。


こっそりと話し声の方を窺う。


タキシードを着た男性が二人。こそこそと小声で会話しながらガゼボに近付いて来ると、ベンチに腰を下ろした。

マリーが隠れている所から然程の距離もない。

暗がりとはいえ、所々に明かりもある。マリーは見つかってしまうのでは。と、どきどきしていたが、二人は全く気付いていないようだった。


「……本当に、ここに夫人は来るのか?」


気付かれないうちに、この場を離れようとしていたマリーだったが、漏れ聞こえた男性の言葉にどきっとする。

何やらどこかの夫人を呼び出しているような、待ち伏せているような物言い。



こんな人気のない場所に?

しかも男性が二人もいる所に?



ただ事ではない。そう感じたマリーはほんの少し二人に近付き、耳を傾けた。決して野次馬根性などではない。と、言いたい。


「ああ、一人になるところを狙ってはいたが……思いの外早く一人になってくれてな。ここで旦那が待ってるって言ったら簡単に来るって言ったぞ」


「は?なんでそのまま連れて来ないんだよ。旦那が戻って来たら終わりじゃねぇか」


「化粧直ししてから来るって言うからよ。それに大丈夫だろ。あの二人、会場に入った途端別行動していたからな。仲悪いんじゃねぇか?」


「は?仲悪かったら、旦那に会う為にわざわざ化粧直ししてまでここに来ないんじゃねぇか?」


なんだか不味いところに居合わせてしまったのではないだろうか。何のために呼び出しているのかとか、具体的な事は分からないが悪巧みをしていることは間違いない。



これは絶対に見つかってはいけないやつだ。



自分が見ていたことが知られたら、きっとただでは済まない。

よく見れば二人が着ているタキシードは、借り物なのか微妙にサイズが合っていないようで、服に着られている感じがする。

言葉遣いもそうだが、佇まいが貴族っぽくない。



これは……そう!

きっと、ごろつきというやつよ!



マリーからは後ろ姿しか見えないが、一度そう思うと粗暴な雰囲気にしか見えなくなってきた。



でもなんで、そんな人達が貴族の夫人に用があるのかしら。

逢い引き……とか?



勝手に二人をごろつきと決め付けたマリーは、二人に気付かれないように更に身体を縮めた。本当なら逃げた方がいいのだろうが、見つかった時に捕まる予感しかしない。


「それに、公爵は夫人を溺愛しているって話だったろ?なんか……おかしくねぇか?」


「お前は神経質だな。結果的に夫人を攫えればそれでいいじゃねぇか」


「お前は……馬鹿でいいな」


そんなマリーに気付くはずもなく、二人のごろつきは話を続けた。言い争っているように思えなくもない。

だが、さらっと聞こえたその内容に、マリーの全身から血の気が引いた。



この二人が言う夫人て、公爵夫人?

しかも誘拐しようとしている?!



旦那に隠れて逢い引きしよう。とか、そんな可愛いものではなかった。


この国に公爵夫人と呼ばれる人間は、マリーを含めて三人いる。

もちろんマリーはここにいるので、他の夫人ということになるのだが、果たしてどちらの夫人のことを言っているのか。


「もしかして、俺ら……」


「ああ。もう、うるせぇな。ほら、来たぜ!」


とんでもない話を聞いてしまった。と、マリーが動くことも出来ずにいると、お目当ての夫人が来てしまったようだ。屋敷の方から人影が近付いてくる。



どうしましょう。この距離で叫べば彼女は逃げられる?

でも、私は捕まるわね。間違いなく。

それよりは連れ去られてからすぐに通報した方が良いのかしら。

そうね。それがいいかも。

あれ?それだと顔だけで、どちらの家の夫人か判断出来るかが問題になってくる?



どちらにしても成り行きを見守らなければ。


「捕まえる?」


「いや、もう少し近付いてからだ」


「アニキは?」


「まだだが大丈夫だろう」


ぼそぼそとごろつき二人が囁き合う。確実に手の届くところまで引き付けるつもりらしい。

マリーがすぐ近くにいることなど、夫人に気を取られている二人は全く気付く様子がない。

その様子に、マリーも大胆に動く。もっとよく見ようとマリーは木の陰から顔を出した。


危険に晒すと分かっているのに何も出来ずに見過ごさなければならないのも心苦しい。


小柄な女性がこちらを窺うようにしながら近付いて来るのが見えた。あの女性が夫人なのだろう。

暗がりだからなのか、彼女が黒いドレスを纏っているからなのか、やけに肌の白さが際立っている。



あら?あのドレス。私のと似て――――……え?



夫人の表情が判別出来る距離まで近付いた。

金髪碧眼。その金髪をアップにさせている。ぷくっとピンクの唇までしっかり見える距離。



小柄で、まるで少女の様な―――……


―――――って、私?!



マリーそっくりの女性がこちらに目を向ける。まるでマリーの存在に気付いているかのように、マリーと目が合う。その瞬間、ふっと口角が上がったように見えた。


「〜〜っっ??!!」


マリーは声が出そうになるのを必死に抑えた。まるで鏡を見ているかのようだ。そのマリーのそっくりさんは、ごろつき二人の数メートル先で立ち止まると男たちに向かって小首を傾げた。


「あら、私の旦那様はどちらに?」


声までマリーだった。


「よし、捕まえるぞ」


そっくりさんの言葉は無視して、男が動く気配を見せた。



え、何?どういうこと??

私があそこにいて……本当に私?

ただ似ているだけ??それにしては……。


じゃあ、ここにいる私は……だれ??



驚きのあまり混乱していたが、マリーの身体は勝手に動いていた。

気付けばマリーのそっくりさんに向かっていこうとする男に飛び付いていたのだ。


「早く!逃げて!!この人達、あなたを攫うつもりよーっ!!」


「うわっ!なんだお前!どこにいたっ?!どこから出て来たっ?!」


様子を見ているだけのつもりでいたマリーはどこへ行ったのか。

突然現れたマリーに驚いた男は、自分の腕にしがみつくマリーを引き剥がそうと腕を振り回す。


「早く!早く逃げてってば!!何をしているのよーっ!!」


「何してんだ!」


「だってこいつが……!!」


必死に男にしがみついているマリーと、それを引き剥がそうとする男たち。

そして、何故かぽかんとしてその様子を見ているマリーのそっくりさん。



なんで、あの人は逃げてくれないのよ〜!!

早く逃げないと、捕まっちゃうのよ?!



人の心配をしている場合ではなかった。力のないマリーにこれ以上の抵抗は無理。気付けばマリーは男たちに羽交い締めにされて捕まっていた。


「なんなんだよ、コイツは!余計な手間、取らせやがって!」


一人がマリーを捕らえ、もう一人がそっくりさんを捕まえようとした時だった。


「ぎゃーっ!!誰が、誰が来でげれーっ!!」


騒ぎに気付いた屋敷のメイドが叫び声を上げた。

裏の勝手口からこちらに向かって「わーっ!!」「きゃー!!」と、叫んでいる。どうでもいいことだが、メイドの訛りがひどい。

その騒ぎに更に人が集まり、ざわざわとしはじめた。



凄いわ、あのメイドさん。

それにしても、あの人は何で逃げないのよ!



マリーのそっくりさんを見れば、逃げないどころかメイドを横目に「ちっ」と、いう舌打ちが聞こえてきそうなほど顔を歪めていた。


「ちっ!仕方ねぇ、逃げるぞ!!」


ごろつきの舌打ちはしっかり聞こえた。



私……あんな顔しない。



瓜二つな顔に醜い顔をされ、何とも言えない気持ちになっていたマリーだったが、そんな事を言っている場合ではなかった。

男がマリーを担ぎ上げたのだ。


「ちょっと、離して……!!」


言ったところで離してもらえるとは思えなかったが、暴れた拍子にごろんと地面に落ちた。

這うようにして立ち上がり、逃げようとしたが、相手は大の男で二人もいる。マリーが敵うはずもなかった。


「手間かけんなって、言ってんだよ!」


「ぅぐっ!」


直後、マリーの頸部に衝撃が落ち、ぐらりと身体が傾く。意識が遠のく瞬間、マリーのそっくりさんと目が合った気がした。その口角が上がっている。



――――なんで、笑っているのよ―――――……


お読み頂きありがとうございました。

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