病弱令嬢は大人として見られたい
「さあ、奥様。こちらをどうぞ!!」
「……本当に、やるの?」
夜会潜入決行日の朝。
ふんすと鼻息荒くカレンが服を差し出す。これを着ろということらしい。
思わず受け取ってしまったマリーだが、気持ちはどうにも乗らない。
フィリクスの仕事の可能性もあるのでは。と、マリーは言ったのだが、カレンは首を横に振る。
「そんな話は聞いておりませんので大丈夫です!それよりも、こちらを着てみて下さい!私が夜なべをしてサイズを合わせました!」
いや、だから、隠密的な仕事だから聞いていないのでは?と、いうマリーの発言は却下された。
私が主人なのに、何でだ。と、思いながらマリーは渡された服を広げ、更に首を傾げる。
「メイド……?」
カレンから渡された服は公爵家のメイド服だった。
確かに潜入するのであれば、侍女やメイドに変装した方が紛れ込めるとマリーも思う。使用人であれば顔をまじまじと見られる心配もないだろう。
だがしかし、カレンが用意したメイド服は、使用人のみんなが着用しているものよりスカートがふんわりと広がり、カチューシャにはふんだんにフリルが施されていた。
可愛らしくなっているのだが、それが逆に目立ってしまうのではないか。
「ささ、早くお着替えを!」
カレンからは、夜なべをした所為なのか、きらきらを通り越してぎらぎらとした眼差しを向けられているのが若干の恐怖を感じる。
しかしカレンがそこまでしてくれたのだ。マリーとしては袖を通さない訳にはいかない。ぎらぎらとしたカレンに戸惑いながらも、恐る恐るメイド服に袖を通した。
だけど……。
「こんなに化粧する必要があるの?」
ただでさえ、使用人としては目立つ服であるのに、更に念入りに化粧をされ、髪も丁寧に巻かれた。
鏡を見れば、等身大の人形の様な女の子がこちらをおどおどと見返してくる。確かにこれならば、誰もマリーだとは気付かないだろう。
うん。可愛いよ。可愛いのだけれど。
これではとても使用人だとは思えない。
寧ろ、普通のメイド服と違う分、悪目立ちするのでは?
「カレンの技術が凄いのは認めるけど、これで潜入は難しいのではないかしら?」
「んんっ!もっ……これは、想像以上……」
カレンを振り返ると、なぜか顔を真っ赤にして過呼吸をおこしかけていた。
「ちょっ、大丈夫?息は吐くものよ?!」
カレンはふー、ふー。と、呼吸を整えながら潤んだ瞳で見つめてくる。
「夜なべなんてするから熱でも出たんじゃないの?」
「……尊い」
「え?」
心配するマリーをよそに、カレンがどこかうっとりとした表情をして胸の前で手を組んでいる。なんだか噛み合わない。
カレンのその視線にマリーは、今度こそはっきりとした恐怖を感じたという。
なんだか分からないけれど、重症だわ。
とにかく少し休ませた方が良い。それに、そうすれば、このまま夜会に行かなくてもよくなるのではないか。
「ねぇ、誰か、カレンを部屋に連れて行ってあげて……ぇ?」
マリーが、支度を手伝ってくれていたメイドたちに視線を向ければ、何故か彼女たちまでカレンと似たような症状に陥っている。
「……いい」
「とても私たちと同じメイド服とは思えない」
メイドたちが呟いている。
それはそうだろう。と、マリーは、こてんと首を傾げた。
本来のメイド服は機能性を重視しているが、今マリーが着ているのは、どう考えても見た目を重視している。スカートにワイヤーを入れてまでふんわりとさせているのだ。それだけで重く動きにくい。
元が同じメイド服。と、いうだけで、最早別物なのだ。
「奥様……こ、これを……」
「え?」
誰もマリーの言うことを聞いてくれない。
それどころか、カレンに何かを渡された。
カレンがどこからともなく持って来たのは、うさぎのふわもこぬいぐるみ。それをマリーに抱きかかえさせた。
その途端、メイドたちから声にならない悲鳴が上がる。
「ぅわっ!かわっ……奥様。ぬいぐるみを、ぎゅっとしてもらえますか」
「奥様。目線を上目遣いでもらえますか」
はぅはぅと呼吸を荒くしたメイドたちがマリーに迫ってくる。
言い知れぬ恐怖に駆られたマリーは後退り、その勢いでその先にあった椅子に思わずこてんと座り込む。
「はぅあっ!こてんて、こてん可愛い!!」
カレンをはじめとするメイドたちが、マリーを取り囲んで色めきだっていた。
なんだこれ……??
それに、可愛いって??
きゃっきゃしているメイドたちの隙間から、こっそりと鏡を覗く。鏡の中では、ぬいぐるみを抱えた可愛らしい少女が戸惑いの表情を浮かべていた。
もしかしてこの人たち、私の事を子供だと思っている??
小柄ではあるけれど、私ももう成人なのよ?
確かに……ささやかではあるけれど。
ああ、でも、だから私は幼い雰囲気なのね。
だから彼女たちの母性をくすぐってしまったのか……。
マリーは少なからずショックを受けた。彼女たちから見たら自分はまだぬいぐるみが似合う子供なのだと。しかも、そんな幼い自分を女主人として扱わなければならないメイドたちに申し訳ない気持ちを抱いたりもしていた。
恐らくカレンたちの意図するところとは違う見解だと思うのだが、マリーがそれに気付くことはない。
カレンがメイドたちに目配せし、メイドたちはそれに応えるようにこくこくと頷き合った。
何故だかメイドたちは満足そうである。
「では奥様。そろそろ夜会潜入の為のお着替えをしましょう」
「へ?これで行くんじゃなかったの??」
「いえ、これは私たちの……んんっ!当初はその予定でしたが、やはりここはこちらにいたしましょう」
視線を泳がせ、何かを誤魔化すように咳払いをしたカレンが差し出したのは、何の変哲もない地味な侍女服だった。
最初からこれにすれば良かったのに。
脱力したマリーの腕から抱えていたうさぎのぬいぐるみがぽとりと落ちた。
今まで化粧やらヘアセットやらでもみくちゃにされた時間は何だったのか。
みんなが何をしたいのか分からない。
どっと疲れが押し寄せる。
旦那様が私ではなくメイメイを連れて行くのは、きっと私が子供だから。
建前はどうであれ、私では旦那様に恥をかかせてしまうからだわ。
だったら言われた通り大人しく屋敷にいた方が良いと思うのだけれど。
カレンを見れば、やる気満々の微笑みを返される。
マリーは最初にきっぱりとカレンの提案を断らなかった事を後悔した。今更マリーが何を言ったとしても丸め込まれてしまうに違いない。
マリーは手渡された地味な侍女服をじっと見つめた。
「あのメイド服。本当にカレンが仕立て直したの?」
マリーが向かい合って座るカレンに話し掛ける。
結局カレンに何も言えなかったマリーは、夜会会場に向けてがたごとと走る馬車の中にいた。
二人とも同じ侍女服を着ている為、マリーも侍女にしかみえない。もちろん化粧も最小限に抑えられてはいるのだが、念の為ということでマリーの目元には化粧で泣き黒子が加えられていた。
印象に残る特徴があった方が、顔全体を覚えられる危険が少ない。と、いうことらしい。
ちょっとした変装だったが、初めてのことにマリーはどきどきしていた。潜入は乗り気ではないが、不覚にもわくわくしてしまったのだ。
「はい!もちろんです!この侍女服のサイズ直しも私です!」
カレンは誇らしげに胸を張る。
サイズ直しは、さほど手が加わった感じがないが、あのメイド服はかなりのものだった。
「サイズ直しだけで良かったのに。大変だったでしょう?」
どう考えても、普通の侍女服やメイド服の方が潜入に向いているだろうに。現に今は普通の侍女服なのだ。余計な労力をかける必要はなかった。
「いえいえ。奥様のお陰で、我々使用人のモチベーションが上がりましたし。奥様を愛でる為ならばあれくらい、何のこれしきですよ」
「……愛でる?」
「……あ」
「え?」
カレンは「しまった」と、ばかりに手で口を押さえる。マリーは眉を顰めた。
私を愛でる事が、モチベーションになる??
どういう意味??
――――――あっ!!
マリーは「愛でる」と、聞いて、メイドたちの様子を思い出していた。
まるで、マリーを子供と見立てているようではなかったか。
そうか!そういうことか!
彼女たちは早く世継ぎ――――子供が欲しいのね!!
だから私を子供に見立てて……イメージトレーニングというやつね!!
恐らくカレンたちの意図するところとは全く違う見解だと思うのだが、明後日の方向に思い至ったところでマリーはハッとする。
そうえば、私……私たち。
まだ一度も閨を共にしていないわ。
いくら閨についての知識は詳しくないマリーでも、それがなければ赤ちゃんが出来ないことは知っている。
それに、一度も旦那様から求められない。と、いうことは、私にそういう感情を抱けない。と、いうことよね?
それはやはり、ささやかだから―――…?
旦那様は愛していると言ってくれたけれど、それは子供として可愛らしい。とか、そういうこと?
マリーは自身のささやかな胸の前でぎゅっと手を組んだ。
「カレン。私……大人として愛されたいわ」
「奥様。その発言に至るまでの経緯を伺ってもよろしいですか」
まだ短い付き合いではあるが、マリーが時として常人離れの思考を発揮することを心得ているカレンが即座に問う。
「ささやかでも、私はもう大人なの」
「何の話ですか。もう少し、ヒントを頂けないでしょうか」
夜会会場の侯爵邸まではあと少し。
到着するまでに、二人の意思疎通が完了するかは不明であった。
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