病弱令嬢、悩む
カレンの言う「入れ替わり大作戦」とは、夜会会場に乗り込み、マリーとメイメイが文字通り入れ替わる。と、いうもの。
最早作戦でもなんでもない。
「招待状も何もないのに、上手くいくかしら。中に入れないんじゃない?」
マリー自身はそういった場所に参加したことはなかったが、両親が参加するのは見ている。格上の家が主催であれば、尚更簡単には入場出来ないだろう。
「家紋のついている馬車で向かえば入れてくれますよ」
名案!と、ばかりにカレンは言うが、正直この作戦には穴しか見当たらない。
そもそも、マリーとメイメイでは背格好はおろか、顔も全く似ていない。髪や瞳の色さえ違うのだ。それに、恐らく招待客も多いだろう。
縦しんば会場に入れたとして、誰にも気付かれず入れ替わるなんて不可能ではないか。
あまり乗り気ではないマリーとは裏腹に、言い出しっぺのカレンはやる気満々で「準備して参ります」と、部屋を出て行ってしまった。
マリーは「ふぅ」と、息を吐き、手元に積み上げた本に手を伸ばす。昨日、カレンに運んで来てもらった本だ。
マリーが乗り気ではないのには、なにも作戦らしからぬ作戦の所為だけではない。カレンらしい言動に付き合ったお陰か、すっかり頭が冷えた。
そして、考えたのである。
これって、仕事なんじゃね?
と。
フィリクスは何やら機密の多い仕事をしているらしいし、カレンの話を信じるならばメイメイはフィリクスの仕事の補佐をしている。で、あればその内容は、妻であるマリーにも話すことは出来ないのではないだろうか。
そう考えれば辻褄としては合う。
合う。のだが……。
「それを、何で態々伝えて来たのか。と、いう事よね」
マリーの呟きに、返事を返す者はいない。
メイメイが態々マリーのドレスを取りに来なければ、イーサンがカレンに夜会の事を伝えなければ、マリーは何の憂いもなくいられたのだ。
「それに、記憶の事だって……」
謎が多い。
やはりこれは浮気で、愛人であるメイメイがマリーに対して存在を主張している。と、言った方が辻褄が合ってしまうのか?
それとも、メイメイの公爵家乗っ取り説?
「あれ?そもそも、私の代わりにって……公爵夫人としてメイメイが参加する訳ではない……わよね??」
人は、一人で悩んでいると、良からぬ方向へと向いてしまうもの。
このままメイメイに夫人の座を奪われてしまうのか?
もし、本当にそうなったらどうすれば良いの??
実家に……帰る?
え、帰れる??
マリーの頭は再び、もやもやぐるぐると回り始めた。
「……ぅ、わ」
読むでもなしに、本のページをぺらぺらと捲っていたマリーは手を止め、顔を顰めた。
マリーの視界に入ったのは、熊のような獣が別の獣の腹を掻っ捌いている挿し絵である。
見ていてあまり気分の良いものではない。
ちらっと表紙を見ると、どうやらマリーが手に取った本は、カレンがイーサンから渡されたという『世界の魔物図鑑』だったようだ。
「何で態々この場面を絵にしたのかしら。これを描いた絵師の方は、この場面を見たということ?」
そんな場面を近くで見ていたら、無事では済みそうにない。
想像で描くなら姿だけで良いのに。そう思いながら、マリーはぺらぺらとページを進める。怖いもの見たさ。と、いうものである。
「……へー。魔物って、人間の姿をしているのもいるのね。首なし騎士だって……ぅわー、気持ち悪……」
気持ち悪いのなら見なければいいのに、ぶつぶつと独り言ちながらページを捲っていると、本のページに何かが挟まっている事に気付いた。
「何これ……紙?」
見ると、それは何も書かれていないただの紙。
まるで栞のように挟まれていたそれを、裏と表と返してみるが、やはりただの紙。
自然とその紙が挟まっていたページに視線を落とす。
「……へー。ドラゴンと龍って、別ものなのね……」
そのページはドラゴンについて書かれていた。
その種類や特徴。そして、ドラゴンと龍が同じものとしてよく勘違いされる。と、龍の事もそのページに紹介されていた。
「なになに……龍は神獣として崇める地域もあり……まあ!神様ということ?凄いじゃない。で、ドラゴンは……悪魔の使いとする地域もあり……まあ!龍とは真逆なのね」
マリーはふと胸元に手を当て、ペンダントを弄る。
このペンダントトップはドラゴンの涙だとフィリクスは言っていた。
ドラゴンの紹介文を端から端まで読んでみたが、ドラゴンが宝石のような涙を流すなんてことは何処にも記載されていない。
「まあ……本気にしているわけではないけれどね」
マリーは完全な現実主義ということはないが、実際に見た事の無いものは眉唾ものでしかなかった。
「この本だって、空想で書かれているのでしょうし……」
もしかしたら、誰かが挟んでおいたのかもしれない。マリーは、挟んであった紙をもとに戻した。
ついでに、他にも何かないか後ろのページもぱらぱらと捲ってみた。
「……あった」
やはり、誰かが栞代わりに紙を挟んでいたのだろう。別のページにも紙が挟まれていた。
だが先程と違い、この紙にはメモのような物が書かれている。
「重要。……ぇ、重要?」
紙には『重要』とだけ書かれていた。見ると、そのページに記載されていたのは妖狐という狐だった。
「妖狐は聞いたことがあるわね。確か、漫画で妖狐が出てくる物を読んだ事があったと思う」
もちろん茉莉の人生において。で、ある。
親友だった咲とは、よく漫画の話もした。寧ろ、それ切っ掛けで仲良くなったと言える。
咲は漫画全般に精通していたが、茉莉は少年漫画しか知らなかった。しかも知っている作品も少ない。故に、それについての対等な会話はなかなか成り立たなかった。
同じ気持ちで一緒に盛り上がる事は出来なかったが、いつも楽しそうに語る咲を見ているのが楽しかった。
「咲、元気かな……」
思わず在りし日の記憶に遠い目をして意識を飛ばしていたマリーだったが、我に返り視線を本へと落とした。
今は茉莉ではないのだし、思い出しても咲には会えない。
何とも言えない切ない気持ちを誤魔化すように、本に書かれている文字を追いかけた。
「……はー、妖狐も色んな種類があるのね」
先程のドラゴンも、赤だの黒だの白だのと色んな種類があるようだった。妖狐についても、同じようにその色によって特徴が違うとある。
神獣と呼ばれる天狐から、人を誑かして悪さをするという野狐まで。
挿し絵に描かれていたのは、九本も尻尾がある狐だった。
なるほど、色んな種類の狐がいることは分かった。
だが。
「これが……重要?」
問題は、何が、誰にとって。と、いうことだが。
マリーは紙を取り上げ、メモの文字を見る。
フィリクスの文字も、この屋敷の使用人の文字も、マリーは見たことがない。故に文字を見ただけではこれを誰が書いたのかは分からない。
「少なくとも、私には重要ではないわね」
それに、特に意味はなく偶々紛れ込んでしまった可能性もある。
マリーは紙を挟まれていたページに戻し、静かに本を閉じた。
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