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病弱な令嬢は公爵家で暴れる  作者: 珠音


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病弱令嬢と侍女

マリーがその侍女と出会ったのは、フィリクスとお茶をした数日後の午前中―――いつものようにカレンが側にいない隙きを狙って、呼吸法っぽい健康法らしいものをしている時―――だった。



ベッドの上に座り、両手を頭の上で交差させて置き、「コホー」と、息を吐く。

これが一体何に効果があるのかはマリーは分かっていない。だが、茉莉の記憶を辿り、実家にいた時から似たような呼吸法を幾つか続けていた。


その時だ。

ふと、視線に気付いたマリーが扉の方を見やると、いつからいたのか見知らぬ顔の侍女が立っていた。

侍女は無言で、興味深そうにマリーを見つめている。


「こっ、ほぉ~……」


驚いたマリーは侍女と見つめ合ったまま固まってしまったが声は漏れている。知らぬ者が見れば、今のマリーの姿は随分と珍妙に映るに違いない。瞬時にマリーの身体は羞恥で熱くなった。



見られた!!

今まで誰にも見られてないのに!(恐らくグレンは見ているが)

しかも、気配を全く感じなかったわ。

なんなの、この人?!



そんなマリーの心の内を知ってか知らずか、侍女は暫しの沈黙の後、にぃっと、口元に弧を描く。


「奥様、お忙しそうですね」


「ぇ、えぇ。こほっ、こほっ」


マリーは、そおっと腕を下ろし咳き込んだフリをしたが恐らく無意味だろうと思われた。

それにしても、ノックもせずに部屋に入って来るなんて。と、マリーは、恐らく侍女であろう女性を改めて見やる。



新しく入った方かしら。見たことない方だわ。



年の頃は二十代半ばといったところか。

色白で涼し気な切れ長の目に通った鼻筋。

ダークブラウンの長い髪が高い位置できっちりとポニーテールに結われている為か、切れ長の目がつり上がって見える。

しかし、スラッと細身であるのにお胸の肉付きは良く、マリーにはない膨らみがそこにはあった。苦しいのか第二ボタンまで開けていて鎖骨が見えている。侍女らしくないその装いに、マリーは目のやり場に困った。

上半身だけでなく、腰から脚にかけても女性らしい曲線を描いていて、地味な侍女服であるのにやたらと妖艶な雰囲気を醸し出していた。


着ている服が違えば、彼女は娼婦だと思ってしまったかもしれない。


「あの、あなたは……?カレンはどうしたのかしら?」


カレンがどうしているかなんてマリーが一番よく知っているのだが、気を取り直すようにこほんと咳払いを一つし、マリーは問う。


見知らぬ人間。

もしかして、刺客というやつではあるまいか。

グレンもいるはずだし、そんなことはないだろうと思うが用心するに越したことはない。

マリーはこの屋敷に来た当初を思い出し、警戒するように身構えた。


「ふぉっふぉ。これは申し訳ございません。ご挨拶が遅れました。私は大旦那様に仕えておりましたメイメイと申します。大旦那様と共に本邸へと移っておりましたが、この度こちらに戻って参りましたので、これから宜しくお願い致します」


メイメイはぺこりと頭を下げる。


「あ、そう……なんですね。ごめんなさい。イーサンが何も言っていなかったので知らなくて」


「ふぉっふぉ。勝手に戻って来ましたのでイーサンも知らないのですわ」


「へ?」


何でもない事のようにメイメイは言っているが、そんな勝手が許されるのだろうか。不審者が出鱈目を言っているだけではないのか。

マリーは判断に迷った。


「それにしても……カレンはどこに行ったのでしょうね?主人を放置するなんて……」


そんな物言いから彼女は、不審者でなければ古株の偉い侍女なのかもしれないとも思えた。

侍女長らしき役職の使用人がいるとは聞いていなかったが、こちらの屋敷に居ないから紹介されなかっただけかもしれない。

だとすれば、家令の許可なく職場を異動することも可能なのかも……。

などと、マリーが推察していると、当のメイメイは

「困った娘ね」と、悩まし気に腕を組むようにして片手を顎に当て、こてんと首を傾げた。

その仕草でメイメイの豊満なお胸が強調され、侍女服のボタンが弾け飛びそうになっている。

女のマリーでも赤面し、嫌でもその服の中身を想像してしまう。


妙にねっとりとした話し方と、更には上目遣いの流し目をされたマリーは「ごくっ」と、生唾をのんだ。



負けた。



男女の機微については全くの無知と言って過言ではないマリーでも、これをされたら殆どの男性が彼女に落ちるのではないだろうかと思った。


何の勝負もしていないが、女性としての何たるかにおいて勝機を見出だせなかったマリーは、勝手に敗北宣言をしたという。



て、いうか。本当に侍女なんだよね?!



「カレンを探して来ましょうか」


「ぁ、それは、大丈夫よ……頼み事をしているから」


娼婦の疑いをかけられているとは露とも知らないであろうメイメイは「そうでしたか」と、頷く。


そうなのだ。近くにカレンがいないのは、マリーが指示をしたから。


一人の時間を作る為に、マリーの部屋からかなり離れた場所にある書庫まで行かせてある。すぐに戻って来られないように、ジャンルの違う本を数冊持ってくるよう頼んであるのだ。


一人にしてくれ。と、言えばいいだけなのだが、理由を聞かれるかもしれないと思うと恥ずかしくて、何となく言えずに読みもしない本を持ってくるよう指示を出していた。


「カントラの涙、ですね」


「ぇ?」


気が付けば触れられる距離まで近付いていたメイメイが、マリーの首に下げられているペンダントを人差し指で軽く弾いた。

不意の出来事にドキッとしたマリーは、間近に迫ったメイメイの切れ長の目を思わず見つめた。


「だから、すぐに会えると言ったでしょう?」


メイメイが囁く。


「ぇ?」


マリーを見つめ返し妖しく微笑む彼女の瞳に、言い様のない寒気が走った。

その時ふわりと漂って来た香りはメイメイのものだろう。



あ、ら?……この香り、どこかで……。



薄い香水の香りに混じり漂って来た匂いは、懐かしさを感じさせるものだった。

マリーが何も言えずにいると、メイメイは「ふっ」と口元だけで笑い、再び人差し指で「カントラの涙」を弄ぶ。


「本人もたまに本邸の方に遊びに来ますよ。奥様も会えるといいですねぇ」


「……ぇ?」


何の香りだったかしら。と、意識を明後日の方向に飛ばしていたマリーは「何の話?」と、目を瞬かせた。


「それでは、私は私の用を足させて頂きます」


メイメイは特に説明することなく、きょとんとしているマリーを置き去りにしたまま、にんまりと口角を上げた。


「……ぇ、は?」


メイメイは、話を飲み込めず語彙力を無くしているマリーの横を通り抜け、すたすたと部屋の中を歩いて行く。そして何の躊躇いもなく、クローゼットの扉を開いた。

広いウォーキングクローゼットには、先日届いたドレスたちが吊るされている。


メイメイはそのドレスたちを見渡すと、あーでもない、こーでもない。と、わさわさと勝手に物色し始めた。


「あの、メイメイ。何をしているのかしら?」


マリーは、恐る恐る声を掛ける。

クローゼットを含めたこの部屋の主はマリーなのだが、メイメイの有無を言わさない雰囲気に彼女の後ろでおろおろとするばかり。

不思議なもので、相手に堂々とされると、自分の方が間違っているような気がしてくることがあるのだ。


「ああ、これが良い」


マリーを無視して数あるドレスの中からメイメイが無造作に取り出したのは、フィリクスが仕立てさせた黒いドレスだった。


「ちょっと、本当に何をしているの?」


そのドレスの雑な扱い方に、焦ったマリーは少し強めに声を上げた。「高かったのよ」とは、流石に言わなかったが。


「何って……夜会に着て行くドレスを選んでいるのです」


「あ、そう……」


そういえば、近く開催される夜会に参加すると聞いていた事を思い出す。

それにしても、メイメイの所業は少々急すぎやしないだろうか。選ぶにしても、もう少し落ち着いて選んで欲しいものだ。


「これならば闇夜に溶け込むことも出来ましょう」


「え?えぇ……」


「当日はこれを着て、旦那様にエスコートして頂きます……私が」


「ぇえっ?!」


マリーはメイメイの最後の台詞に耳を疑った。

聞き間違いでなければ、侍女である彼女が旦那様と夜会に出席するという。

では、奥様であるはずの私は?と、マリーは眼球が零れんばかりに見開いて、涼しい顔をしているメイメイを凝視した。


「申し訳ございません、奥様。旦那様が私の方が良いと仰るものですから」


「な、な、なっ?!」


「私がしっかりと奥様の代わりを果たしますので、安心してお留守番していて下さい」


マリーは完全に語彙力なくしていた。

奥様であるマリーは、お留守番だという。

驚愕で口をはくはくとさせているだけのマリーを尻目に、メイメイは「ふぉっふぉ」と、笑いながら部屋から去って行った。











「――――と、いう事があったのよ」


マリーは、部屋に戻って来たカレンに事の経緯を語った。カレンが押して来たワゴンには分厚い書籍が何冊も乗っている。


「え、メイメイ……ですか?先程イーサンと会いましたけれど、何も言っておりませんでしたが……いつ、いらしたのでしょうね」


カレンは首を傾げている。

やはりメイメイの言う通り、イーサンも知らないようだ。

しかも、そもそもカレンはメイメイという人物を知らないのだという。


「大旦那様に仕えていたと言っていたけれど?」


「昨年まで大旦那様はこちらの屋敷にいらしたんですけれど、そういう名前の侍女は居なかったと記憶しております」


古株の使用人のほとんどが、前公爵の隠居に伴い異動した。それでも大旦那様付きであれば、少なくともカレンと面識くらいはあるはずだ。

なければおかしい。カレンは首を傾げたまま眉を顰めた。


「じゃあ、あの人は……」



―――――――誰??



分からない者同士で顔を突き合わせていても話は進まない。ここは知っていそうな人に聞くしかない。


マリーは天井を見上げた。


「グレン!あなた、メイメイのことは知っている?」


「知ってるよ……でも、話に聞いているだけで、今まで会ったことはなかったけどな」


マリーの呼び掛けに、グレンは音もなく姿を現した。そして、何故だか訝し気な視線をマリーに向けている。


「あんたこそ、知らないのかよ?」


「知らないわよ、前公爵付きの侍女なんて」


ますますグレンの目が細められた。「そうじゃねぇよ」と、いう溜め息混じりの呟きまで聞こえる。


「やっぱり、あんたは偽物だ」


そう捨て台詞を吐くとグレンは姿を消した。


「え、それ、どういう意味―――??」

「ちょっと、グレン、あなた何てことを―――!!!」


マリーとカレンの声が重なる。いや、若干カレンの声が大きくて、マリーの声が消されている。

返事を返して来ないグレンに、マリーは諦めの溜め息を吐く。

グレンの言葉の真意も気になるが、今はそれよりもメイメイという人物の方が気になる。

グレンは知っているというのだから、不審者ではないと思うが。


話し掛けるのが少し怖いが、イーサンに聞いてみよう。と、思い立ったところでマリーはハッとした。


イーサンは朝方、仕事に出るフィリクスに伴い屋敷を出ている。


「カレン、さっき、イーサンに会ったと言ったかしら?」


「はい。書庫にいたところ、こちらを渡されまして……奥様に、これで予習しておくように伝えてくれ。と、いう事なのですけれど……」


そう言いながらカレンは、一冊の分厚い本をワゴンから取り上げた。


「……世界の魔物……図鑑??」


マリーはその分厚い本をカレンから受け取ると、タイトルを読み上げ眉を顰めた。

『世界の魔物図鑑』と、タイトルの入った表紙を開きぱらぱらとめくると、魔物の名前やら、その特徴やらがおどろおどろしい挿し絵付きで記載されている。


「なに、これ??」


「分かりません」


「これが予習って、なに??」


「分かりません」


マリーはカレンと顔を見合わせると、二人は同時に首を傾げた。


「……イーサンは、今どこにいるかしら」


「多分、旦那様と一緒にいるかと思います」


「へ?でも、さっき屋敷にいたのよね?」


「この本を渡すのを忘れていたそうで、一度戻って来ただけのようです。なので今は旦那様の許に戻っていると思います」


そう言ってカレンは肩をすくめた。



なんだそれは。

まさか、この本を渡す為だけに戻って来たということ?

帰って来てからでも良いと思うのだけれど。



そういえば、以前フィリクスからのバラの花束を届けてくれていたのもイーサンだった事を思い出した。どうも、イーサンは出先と屋敷を行ったり来たりするのが仕事らしい。



なんなの?

侍女が夜会に行って、私は屋敷に籠もって変な本を読んでいろと?!



特に夜会に参加したいと思っているわけではない。寧ろ出来るならば参加などしたくはない。



『―――――旦那様が私の方が良いと』



メイメイの言葉がマリーの脳裏に蘇る。

フィリクスも男性なのだ。ならばスタイルの良いメイメイが隣にいる方が嬉しいのだろう。

二人が並び立つ姿を想像したマリーは、もやもやが止まらなかった。

お読み頂きありがとうございました。

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