病弱令嬢と恋バナ
「初恋同士だなんて、これはもう運命ですよねー!素敵!!どうして今までそんな素敵なこと、教えて下さらなかったのですか!」
カレンは瞳をきらきらとさせ、身体もくねくねさせ、はしゃいでいた。カレンの動きが、少々気持ち悪い。
ほんの数分前。
「旦那様。少し、お話があります」
そう言い放ったイーサンが、嫌がるフィリクスを有無を言わさない圧と力でもって引き摺るようにして連れ去った。
「い、嫌だ……俺は、俺には、まだマリーが足らない……」
最後まで抵抗したフィリクスは、縋るような視線をマリーに送っていたが、イーサンの人を殺しかねない眼力を前にマリーには為す術もなく。
そして今、庭に一人残されたマリーのもとに戻って来たカレンが不思議な踊りをマリーに見せつけているのであった。
どうやら興奮が冷めやらないらしい。
マリーとしてはそんな甘酸っぱいものであった記憶でもない。やんわりと「初恋というものではない」と、伝えたのだが、カレンは「照れなくても宜しいのですよー」と、言って、取り合わない。
「そんなことより、盗み聞きなんてお行儀が悪いわ」
「いえ、私にはお二人の話の内容は聞こえませんでした。イーサンは物凄く耳が良いのです」
きっぱりとカレンが言う。
盗み聞いた話を人伝に聞く分には問題はない。と、いうのがカレンの言い分だ。
なんだか屁理屈のように受け取れなくもないが、隠すような内容でもなければ、正確に正す内容でもない。マリーは曖昧に微笑んだ。
そして、カレンに淹れ直して貰ったお茶に視線を落とす。
「ねぇ、カレン。カレンはいつから旦那様の魔力の事を知っていたの?」
「最初からですよ」
何でもないことのようにカレンは答えた。
「ああ、でも。最初というか……このお屋敷で働く覚悟をした時ですね。やっぱり、あまり口外していい内容ではないですから」
「そう。……それならば、私は、少し信用してもらえた。と、いうことかしら」
「それは違います」
カレンにきっぱりと言い切られ、マリーは少なからずショックを受けた。
「ああ、違いますよ。旦那様からは、奥様に嫌われたくないから、魔力の事は伏せておくように。と言われていたんです!決して、信用があるとか、ないとか、そういう事で伝えなかったのではありませんよ?!」
あからさまに表情を暗くしたマリーに、誤解をさせたと気付いたカレンは焦った様子で言い直した。
そういえば、この屋敷に来て間もない頃、カレンは「旦那様は初代の再来」みたいな事を言っていたような……。
それって、この事を知っていたからなのね。
「それに私は以前、旦那様の仕事にも同行させてもらったりしていましたので、そのお力は間近で拝見致しました」
「へー。どんなお仕事だったの?」
「それは……色々、でございます」
仕事内容は聞いてはいけない事だったらしい。カレンは、そよそよと視線を泳がせ伏せた。
旦那様は殿下の下で仕事をしているらしいし、グレンも殿下と面識があるようだったわね。
と、いうことは、王族関連のお仕事だったのかしら。じゃあ、気軽に話せる内容ではないわよね。
マリーは何となく寂しい気持ちになった。
「私も……一緒に仕事をしてみたいわ」
「はっ?!何を仰ってるんです?」
ぽろりと溢したマリーに、カレンは目を丸くする。
もちろん本気で言ったのではなかったが、マリーは自分だけ仲間外れにされた気分だったのだ。
「崖から落ちても傷一つないような頑丈な旦那様だから出来る事です!ご冗談でも、そんな事を仰らないで下さい」
なるほど。身体を強化出来るというのは本当らしい。だから、事故が起きた時もカレンは何の心配もしていなかったのか。と、ここにきて合点がいった。
「旦那様の魔力というものは、他人には効果は出せないのかしら?」
自分自身の身体強化だけでなく、他の人も強化出来るなら自分の事も強化して欲しい。と、マリーは考えた。
そうしたら、思う通りの動きが出来る気がする。
例えば、茉莉だった頃にした事があるバットを蹴って折るとか、瓦を割るとか。今のマリーが同じ事をしたら間違いなく骨の方が折れてしまう事でも身体を強化出来るなら、そんな事も出来てしまうのではないか。
ただ、マリーにそれが出来たところで、全くの自己満足に終わるのだが。
だけど、それで強くなっても反則かしら。
何に対しての反則なのか。
今のところ、マリーは深く考えていなかった。
だがしかし、なにやら考え込んでいる様子のマリーにカレンは不安を抱く。
「奥様、何を考えていらっしゃいます?旦那様の力の範囲は存じ上げませんが、そんな事が出来るとしたら私どもにも使って下さっていたでしょう」
「うーん。やっぱりそんな都合良くはないわよね。でもカレンでも出来る仕事だったのよね?」
「あ、まだ仕事がしたいとか考えていらっしゃるのですね。しかも若干舐められてるような……確かにそれほど危険ではない仕事を担当致しましたけど……って、どんな仕事も奥様は駄目です!」
なにやらぶつぶつと言っていたカレンだったが、最後にはしっかりと反対されてしまった。
不思議なもので、駄目と言われると尚更やりたくなるものである。
マリーは「むぅ」と、頬を膨らませた。
「そ、そんな、可愛いお顔をされたって、駄目なものは駄目です。それに、たとえ私が許したとしても、旦那様がお許し下さいませんよ。奥様は黙って旦那様の愛に包まれていたら良いのです」
何故だか動揺しながら言ったカレンの言葉に、マリーも激しく動揺する。
「あ、愛……」
「まさか、ここにきて、まだ旦那様の愛を疑ってらっしゃる。なんてことはございませんよね」
カレンのじっとりとした視線に、マリーは言葉に詰まった。意図的にカレンが話題を変えたことなどマリーは気付かない。
マリーは組んだ手をもじもじと揉む。
流石のマリーも、フィリクスが好意を持って接してくれているのだ。と、いうことは理解していた。
だがそれは「初恋」と、いうスパイスにより、マリーの存在が格段に美化されての結果に思えて仕方ない。
未だにお互いの事をよく知らないのだ。何をもって好きだとか愛だとか思っているのだろう。
「ねぇ、カレン……私、気付いてしまったのだけれど……」
「はい、何にでしょう」
マリーは言って良いものか言い淀む。その深刻な面持ちに、カレンにも只ならぬ緊張が走った。
「私、自分が変だと気付いてしまったの」
「え、と……どの辺りがでしょう」
「私……旦那様のこと、好き、みたいなの……変よね?」
「………」
マリーは真剣に、あくまでも真面目に言っている。と、いうことをカレンは理解していた。だがしかし、暫し言葉を失いマリーを凝視する。
「やっぱり……変よね!私、おかしいんだわ!」
「いえ、あの……それのどの辺りが変なのでしょう??」
赤くなった顔を両手で押さえて俯くマリー。
カレンの頭には疑問符が浮いていた。
フィリクスを「好き」まではいかずとも、意識しているだろうことは誰の目にも明らかで、たとえそれが「気になる」から「好き」に変わったところで何もおかしくはない。
そもそも二人は夫婦なのだ。寧ろ喜ばしい事ではないのか。
変ではない事を変だと言う奥様は、やはり変なのか。
考えれば考えるほど、カレンの頭の上には疑問符が飛び交うのであった。
「だって、私。旦那様の事を、まだよく知らないもの……」
「え、と……つまり、よく知らないのに、好きだという事が変だと?」
俯いたまま、もしょもしょと話していたマリーは顔を上げて頷いた。その顔は、やはり真剣だ。
「人は、顔を合わせた瞬間に、無意識に相手を好きか嫌いか判断するそうですけど……奥様は人を好きになるのに理由が必要なのですか?」
「……理由」
マリーは「なんで好きになったのかしら」と、こてんと首を傾げた。
……旦那様に「愛している」と、言われたから??
「やだ!そんな……!好きと言われたから好きになったなんて……まるで、私が流されやすい人みたいじゃない!」
いやいやと首を振ったが、もしこれがフィリクスのような美形ではなかったらどうだっただろうと想像してみた。
「………」
好きだと思わなかったかもしれない。
なんということだ。まさか、私が人の外見に左右される人間だったなんて!!
かつて、海で出会ったフィリクスや、屋敷を訪問したセドリックに対し「王子様みたい」などという感想を抱き、ほんのり胸を高鳴らせたことなどすっかり忘れ、マリーは自分自身に愕然としていた。
「もしかして、奥様は、斜め上の考え方をする方です?そこは、流されても問題ないところです。夫婦なのですし、寧ろ流されて欲しいというか……それに、そんなことを言ったら、一目惚れした旦那様はどうなるのです??」
カレンが宥めるが、まさかマリーが自分の人間性についてショックを受けて百面相をしているとは思いもしない。
「そう、よね。夫婦なのだもの、好き合っている方が良いわよね」
旦那様になった人が美形だった。と、いうだけだ。
美形だから旦那様になってもらったわけではないし、そもそもマリーに断る術はなかった。
脳内で言い訳をしているマリーは、どこか上の空だったが、カレンは気付くことなく笑顔で「はい!」と、返した。
「近いうちに開催される夜会に旦那様が出席するそうですから、奥様を着飾るのが楽しみです!」
「……ぇ、や、かい?」
カレンは腕をわきわきとさせているが、寝耳に水な情報にマリーは戸惑う。
「はい。先程イーサンから聞いたのです。旦那様が珍しく出席なさるそうです。やっぱり奥様を見せびらかしたいのですねー!」
カレンはうきうきと楽しそうに言うが、マリーとしては気が重い。
マリーは社交の場。というか、デビュタントすら出ていない。
それが、公爵夫人として出るなんて……。
お読み頂きありがとうございました。




