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病弱令嬢と初恋の君②

「理解して貰えたかな」



まずい、まずい、まずいーっ!!!



マリーが心の中で大騒ぎしていることなど知る由もないフィリクスが、青い顔をして黙り込んだマリーを心配そうに覗き込む。


「は、い」


自分が殺される理由を理解しました。とは、言えず、ぎこちなくマリーは微笑んだ。



どうして自分が間違えられたのかは分からないけれど、このままバレないように過ごすしかないわ。

憶えていない。と言っておけばいいのだもの、簡単よ……。



マリーはそう覚悟を決めると、きゅっと唇を結んだ。


「良かった」


フィリクスはほっとした様子でマリーの頬を両手で包むと、その額をマリーの額にこつんと当てた。


「こうして君をお嫁さんに出来るなんて、俺はなんて幸せ者なんだ。多分、世界一の幸せ者なんじゃないかな」


フィリクスが本当に幸せそうに言うものだから、マリーの胸は今までとは一味違う締め付けられ方をしていた。



くぅ。

私、旦那様を騙しているのだわ。今だけではなく、これからも、ずっと――――……



誹謗や中傷、皮肉、嫌味などその他もろもろ、社交界の荒波に揉まれていないマリーにとっては、この程度の嘘をつく事でも罪悪感に苛まれてしまうには十分だった。



それに。


今までの私に対する賛辞も、本来なら私ではない誰かが――――……



マリーの心情は非常に複雑に揺れていた。


「どうしたんだ?」


フィリクスが眉を顰めている。

何が?と、思いはしたものの、明らかに困惑した様子のフィリクスが、マリーの眦を親指で拭った事でマリーは自分が涙を流していることに気付く。


「あ、れ。なんで……」


自分でも分からない。

見知らぬ誰かに申し訳ないと思うと涙が出た?と、思い慌てて涙を拭うも、涙は次から次へと溢れてくる。



いや、違うわ……これは。

これから先も、一生、誰かの身代わりでいる。という空虚感。だわ。

旦那様の初恋の君でいる限り、この虚しさは消えないのよ。


あ、それも、少し違う……ような気がする。


そうか、旦那様が愛を囁く相手が、本当は私じゃないことが嫌なんだ。


私、もしかして、旦那様のことが―――――……好き?



そう認めてしまえば、今までの謎の胸の痛みも素直に腑に落ちた。


「これは、嬉し涙……ではなさそうだね。マリー、君も私と同じ気持ちでいてくれていると思ったのは、私の思い違いなのかい?」


冷気を孕んだ声にぞくっとしたが、その声とは裏腹にフィリクスは今にも泣き出しそうな顔をしていた。



ああ、同じ想いだと言ってしまいたい。

どうせなら、旦那様のことを好きかも。なんて、気付かなければ良かった。そうすれば、嘘をついていても何とも思わなかったかもしれないのに。


いや、そんなことはないわね。誰かの身代わりで生きるなんて嫌だもの。


でも本当のことを言ったら、旦那様のことも悲しませてしまうのか。


悲しんだ後、本物の初恋の君を探すのだわ―――……


茉莉のお祖父様、ごめんなさい。

茉莉はマリーとして生まれ変わっても早死でした。



両親と弟の笑顔がマリーの脳裏に浮かぶ。

先程決めた覚悟はなんだったのか。マリーは今度はフィリクスに殺される覚悟をして、自分は初恋の相手ではないと言おうと決めた。

せっかくだから辞世の句でも詠もうかと思ったが、残念ながらマリーはその技量を持ち合わせてはいない。


「旦那様」


「なんだい?」


気を抜くと震えそうになるのを抑え、フィリクスの目を見つめる。金色の双眸が不安そうにマリーを見つめ返した。


「私は、旦那様の初恋の君では……ありませんわ」


「なにを……そんなはずはない。君はあの頃と同じく天使で女神だ」


「〜っ!!……私は、旦那様に嫁ぐまで旦那様にお会いしたことはございません」


フィリクスの不意の攻撃にたじろぎながらも、なんとか言い切った。

あとは野となれ山となれ。と、己を奮い立たせる。


「どうして、そんな……君はさっき、子供の頃、海で俺に会ったと言ったじゃないか」


フィリクスは困惑しきっているが、マリーは「ん?」と、首を傾げる。

海で少年に会った話はしたが、それがフィリクスだとは一度も言っていない。

そもそも、あの少年は金髪碧眼で、だからこそペンダントの青い石がその青い瞳を思い起こさせたわけで。

フィリクスも、それを勝手に殿下の青い瞳と勘違いしたのではなかったか。


「残念ですけれど、海で出会ったのは……金髪碧眼の男の子でしたわ」


「っ!!」


フィリクスはまるで、今、その話を聞きました。みたいな衝撃を受けた顔をして愕然としている。


「あ、れ。私、言いませんでしたか。その男の子の青い瞳と……って、えっ、ふぁっ?!」


そこまで言ったマリーの頭をフィリクスは自分の胸に押し付け、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。


「だ、だんな、さまっ!くるしっ……!」


このまま絞め殺されるのではないか。と、いう思いが過ぎったが、幸いな事にフィリクスが少し力を緩めてくれたので事なきを得た。


「すまない。言葉が足りない事を自覚した。だが、これを話すのは、なんというか、まだ覚悟が……」


抱きしめたマリーの耳元で、フィリクスは何やらもごもごと言っている。

いつまでも「うーん」などと唸ってもじもじとしているフィリクスに、マリーはほんの少しだけイラッとした。


「旦那様。男でしたら、覚悟をお決め下さい」



何の覚悟かは、分からないけれど。



思いの外、低い声がマリーから出た。

簡単に覚悟を覆すマリーよりはマシな気はするが。


マリーに促され、やっと覚悟を決めたのかフィリクスはマリーを抱きしめたまま話し始めた。


「マリー。どんな俺でも、嫌いにならないでくれる?」


それはマリーがフィリクスを好きである。若しくは嫌いではない。と、いうことが前提の話だが、先程マリーは自分の気持ちに気付いたところなので問題はない。マリーは頷いた。


「もし、マリーに嫌われでもしたら、俺は生きてはいけないんだ……」



前置きが長い。



いいから早く話せよ。と、フィリクスを急かしたくなるマリーだったが、話の内容が全く分からないのでここは神妙に頷くしかない。


「どんな旦那様でも、決して嫌いにはなりませんわ」


マリーにそう言われた事で決心がついたのか、フィリクスは今度こそ重い口を開いた。


「クリスフォード家を興した初代夫妻が魔力を持っていたということは知っているよね」


問い掛けだったが、返事はいらないのかもしれない。マリーは頷くだけに留めた。


「二代目も魔力はそれなりに高い者が生まれていたらしい。でも、その孫、三代目になる頃には魔力は弱かったり、そもそも持ってなかったりした。血が弱まるんだから、そこは別に問題ではないんだ。特に大事な事でもないし。問題は、魔力の現れ方で……いや、それは俺だけみたいなんだけど……え、と……」


普通に話し始めたフィリクスだったが、徐々に口元がもごもごとあやしくなっていく。

どうやら、その辺りが言いにくい話らしい。


「よく聞き取れなかったのですが、今のお話だと旦那様も魔力をお持ち……ということですか?」


過去のマリーであれば、あまり気にしなかったことなのだが、最近ははっきりしない態度の人間があまり得意ではなくなっていた。

茉莉は『うじうじするな!はっきりしろ!!』と、体育会系の剛造おじいさんによく怒鳴られて育てられていたので、もしかしたらこの辺は茉莉の気質が出て来ているのかもしれなかった。


「イーサンからは今は魔力を持つ者はいない。と伺いましたが?」


そんなわけでマリーは、フィリクスの態度に少々の苛立ちを覚えていた。その結果、矢継ぎ早な質問をしてしまう。


「そうか……まぁ、でも、マリーには伝えないで欲しいと言ったのは俺なんだ」


「何故です」


マリーは決して責めているわけではない。ただ、ただ純粋に理由が知りたいだけ。

寧ろ、魔力というワードに若干の興奮を覚えてさえいる。


そういえばイーサンは、「旦那様は魔力を持っていない」と、明言はしていなかったかも。そんな雰囲気の話をされただけだった。と、うっすら思い出したが、ここでは黙っておく。


「うん。順を追って説明するとね。まず、俺は生まれた時は金髪碧眼だったんだ。そして、魔力もあった。それまで魔力を持って生まれた者は、ただ魔力が「有る」か「無い」か、だけだった。

だけど、俺の場合はその魔力に波があって、強く出たり、時には全く無くなったりして定着していない感じだったんだよ。

強く出ている時は自分でもコントロールが出来ずに周りに被害が出たりして……誰も対応出来る者がいなくてね。いつどうなるのか誰も予想出来なかったから、人前に出ることははほとんどなかったな」


その当時を思い出しているのか、フィリクスは苦い顔をして遠くを見つめている。

人にあまり会うことが出来ない。と、いう面においてはマリーと通じるものがある。ほぅ。と、ため息のような息が漏れた。


「それが、十四歳の時だよ。父の仕事に同行してオーレイ海岸へ行ったんだ。いつ暴走するか分からない身体だけれど、仕事は覚えないといけないからね。俺は、その仕事の合間の息抜きで海を眺めていた」


徐々にフィリクスの声が興奮していく。

ん?なんだろう。と、見上げれば、頬を上気させ瞳をきらきらと潤ませているフィリクスと目が合った。


「そこで、天使に出会ってしまったんだ!!その天使は、一目で俺の心臓を鷲掴みにしてしまった。これは運命だと思ったよ!それが君なんだよ、マリー」


興奮しているフィリクスは、マリーの両手を包むようにしてぎゅっと握る。


確かに父親と行った海は、フィリクスの言うオーレイ海岸ではあった。

マリーはじっとフィリクスの顔を見つめる。

何しろ幼少期の記憶だ。その少年の面影があるような、ないような。マリーは、ふんわりと、全体的な雰囲気で、格好いいと思っただけなのだ。


「そのまま連れて帰ろうとしたのだけどね。どうしても仕事であの場を離れなければいけなかったんだ。大急ぎで仕事を片付けて浜辺に戻ったのだけれど、もう天使はいなくなっていたんだ。あの時は死んでしまおうかと思うくらいに後悔した……」


「………」


饒舌に語るフィリクスは心底悔しそうだ。本気なのか冗談なのか真意ははかりかねるが、どちらにしても誘拐事件が発生することがなかったのがなによりだとマリーは思う。


「神様は俺たちを出会わす為に、君の帽子を俺の所まで運んだんだな」


マリーの帽子を拾ったというならば、マリーの記憶と相違はない。と、いうことは、フィリクスの言う通りマリーがフィリクスの初恋相手なのだろう。

本来ならば喜ぶべきところなのだろうが、マリーは何とも言えない気持ちになっていた。


「あ、あの、その節は……ありがとうございました」


「分かってくれたんだね!」


「え、ええ、まあ……ですが、旦那様の色彩の事は?」


「ぁ、ああ……それでね。その後、俺は三日三晩寝込んでしまったんだ。その時は、天使を連れて帰る事が出来なかった事によるショックだと思っていたけれど、理由はよく分からない」


きらきらと輝いていたフィリクスの瞳が、次第に不安そうにふらふらと泳ぎ始めた。


「そして、意識がはっきり戻った時には、今の色に変わっていたんだ」


「え、そんなこと……あるの?」


「うん。理由は今でも分からないのだけれど、本当だよ。だから、君と出会った時、俺は間違いなく碧眼だったんだ」


一晩で白髪に……。とかいう話は、どこかで聞いた事がある気がするが、こんなにはっきりと色素が変わることがあるんだろうか。

マリーはフィリクスの髪と瞳を交互に見つめた。


「マリーが言うように、それまでの俺の瞳の色は常に揺れ動いていた。まるで、何かを決めかねるように。今思うと、マリーに出会った事で決めたのかもしれない」


「何を……」


「魔力をこのまま持ち続けていくか否か。だってね……意識が戻った時に、気付いたんだ。それまでは自分の身体に流れる魔力を感じることすら出来なかったのに、その魔力を感じ取れるだけではなくて、コントロールまで出来るようになっていることに」


そう言うとフィリクスは、マリーを窺うように不安そうな双眸を向けてきた。それはもう、審判を待つかのように。じっと。無言で。


「……?あの……?」


明らかに何かを求められているのだが、その何かが分からない。縋るような顔でじっと見つめられていたマリーは居た堪れなくなった。


「俺のこと、嫌いになってない?」


「えっと……はい」


「本当に?魔力なんて、普通と違うでしょ。気持ち悪くない?」


ああ、そういうことか。と、マリーは理解した。

人は自分と違う者を恐れるきらいがある。

ただでさえ世間では「魔女の子」だなどと蔑まれているのだ、これで魔力もあるなんて知られたら本気で恐がられるだろう。


「魔力を持っていようがいまいが、旦那様は旦那様ですもの。嫌ったりしませんわ」


それを聞いたフィリクスは、ぱあぁーっと、花弁が開くように破顔した。

きっと今のフィリクスであれば、どんなご令嬢の心も奪ってしまうのではないかと思われた。

そんなことを考え、ぶぁーっと、顔に熱を集中させたマリーは、嫌でも自分が面食いであることを自覚したのである。

お読み頂き有難うございました。

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