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病弱令嬢と初恋の君

「さ、マリー。私がつけてあげるよ」


フィリクスは上機嫌でマリーの首に腕を回し、ペンダントをつけていた。

マリーはフィリクスの膝の上に座らされたままなので近いことは間違いないのだが、更にマリーの頭は当たり前のようにフィリクスの肩に乗せられている。必要以上に身体が密着していると感じるのは気の所為だろうか。



頭を抱き込む必要って、あるのかしら。

どうなの?ここで何か言うのは自意識過剰になる??



そもそもネックレスなど装飾品の類はつけたことがあまりない。ここに来て試着でメイドにつけてもらったが、その時はこんなに近くなかった。



男性がつける時は近いの??



そんなわけないだろう。と、カレンだったらつっこみたくなるところだが、首筋に触れるフィリクスの指先に、そわそわどきどきしながら、マリーはされるがままにフィリクスの肩に頭を乗せていた。


かちっと小さな音がしてペンダントをつけ終えただろう後もフィリクスはマリーの頭を抱き込んでいる。というか、これはもう抱きしめている。


これが近いと感じるのは気の所為ではないはずだ。


「あの、旦那様」


「何だい、マリー?」


「……近いです」


そっとフィリクスの胸を押して身体を離す。「んー」とかフィリクスの不満そうな声がしたような気がするが、聞こえなかったことにする。


「うん。似合っているよ」


フィリクスは首にかけられたペンダントの石を人差し指で掬い上げると、これには満足しているのか声が明るい。


「こんな高価な物……私が貰っても、良いのですか?」


マリーもフィリクスの指先で青く輝く石にそっと触れる。



サファイア、かしら?



宝石の種類、価値などは全く分からないマリーでも、これは高価な物ではないかと思われた。何しろ不思議な輝き方をしている。


「もちろん。寧ろ、マリーしかこのペンダントをつけることは許されない。それに、高価かどうかは分からないしね」


「……分からない?」


「何しろ唯一無二の代物だからね」


「唯一……無二?」


「ドラゴンの涙で出来ているんだ」


「……へー」


思わずマリーの口から気の抜けた声が漏れる。慌てて口を押さえたが、もう遅い。

だが、フィリクスは気を悪くすることなく上機嫌で語る。


「はは。信じられない?でも本当なんだよ。

昔々、初代のシズカ夫人の友人に聖女様がいてね。その聖女様が使役していたドラゴンの涙だという話だ。友情の証として賜った品物なんだって。

ドラゴンの涙――我が家では『カントラの涙』と呼んでいるけど――そんなの市場に流通してないから相場価格は分からない。でもそれ以来、代々当主夫人に受け継がれているんだ。だから、マリー以外の人間がこれを身に付けることは許されない」


「……ドラゴン」


マリーは饒舌に語るフィリクスをまじまじと見つめた。



それって、恐ろしく高価な物なんじゃ??



聖女様とか。ドラゴンとか。マリーにとっては荒唐無稽な話で些か信じられないが、魔力を持っていたといわれる人たちの話だ。

本当にドラゴンの涙かどうかはさておき、とんでもなくレアな代物ではある。……はずだ。


それを。


「私なんかが……」


石に触れるマリーの指先が震えた。


「そんな大事な物……。私よりも、これを持つのに相応しい方がいらっしゃるのではないですか?」


「何を言っている。君以外で持つことを許されるとしたら、それは私の母くらいなものだ」


フィリクスは心底心外だという顔をして言った。


「でも、私はたまたま旦那様の相手に選ばれただけですし……」



そうよ。どうして私が選ばれたかは分からないけれど、旦那様はずっと好きな人がいるのだもの。本当ならその女性と結婚したかっただろうし、このペンダントもその方に渡したかったはずだわ。



マリーは申し訳ない気持ちで俯いた。

なんだか泣きたくなってきた。しかし、泣くわけにもいかず必死に堪えていると、フィリクスが小さく息を呑んだのが伝わってきた。


「……もしかして、何も伝わってない?」


「何がですか?」


俯いたまま尋ねると、フィリクスは「うそだろ」と、唸るように呟いて天を仰いだ。


かと思ったら、かばっとマリーの二の腕を掴み、額がくっつきそうなほどその顔を近付けてくる。

その衝撃に驚き過ぎて涙も引っ込んだ。


「ひ、ひぃ……!」


どうやら怒っているらしい表情。

美しい顔面はそれだけで暴力になることがあるのだということを、マリーはこの時に学んだという。


「確かにイーサンから言葉が足らないとは言われたが……それでも私は……君を愛していると、はっきりと伝えたはずだったが??」


「は、はい……でも、旦那様にはずっと想っている女性がいると……だから、旦那様は、本当はその方と……結婚、したかったのですよね……」


涙は引っ込んだが、言いながらマリーは再び悲しくなってきた。

言葉にした途端に重みを増し、マリーの胸をぎゅうぎゅうと締め付けてくるのだ。

それに、よく考えればフィリクスは、自分の想いを押し殺してでも、マリーとの関係を築いてくれようとしていたのだ。

それを無下にしてしまう発言。

マリーは悲しいを通り越して青くなった。


「はっ??誰が言ったの、そんなこと」


「……で、殿下です」


ついでにチクるような発言までしてしまう有り様。


眉間にしわを寄せたフィリクスは、ぎりっと、鈍い音を立て歯軋りすると、どこか宙を睨みつけた。


「やはり、遠慮なんてするものではないな。小石を貫通させるなんて生温いことは言わず、土手っ腹に風穴を開けてやれば良かった……」



不穏が過ぎる。



フィリクスの台詞に、マリーは言い様のない恐怖を覚え戦いた。それに気付いたのかフィリクスは、マリーを安心させるように優しく頬に触れる。

先程の形相が嘘のように、マリーを見つめる顔はうっとりと蕩けているのが逆に怖い。


「大丈夫だよ。君に嘘を吐いた悪者は私が退治しておくからね」



全然……だいじょばない。

悪者を退治って……殿下を退治するってこと??


なんだろう。


――――本当に殺りそうな気がするーっ!!!



「う、嘘……ですか。なんのために……?」


「きっと私から君を奪おうという魂胆だったのだろう。

この際だから言っておく。私は君に初恋を捧げ以来、過去、現在、未来までも含めて、君に愛を誓った。君以外の女性に気持ちが揺れたことなど、一度もない。私自身が君を妻にと望んだんだ」


「え、はつ、こい?」


フィリクスの言う殿下の魂胆とはただの被害妄想だとしか思えないが、マリーの聞き違いでなければフィリクスの初恋はマリーだということになる。

そして、その想いは現在進行形で、今も顕在だという。



『あの男が一途に想っていた人がどんな女性か、ずっと気になっていたんだよ』



あの時、殿下は確かにそう言っていた。

その想い人が初恋の人の事を指すのであれば……。



ざぁーっ。と、音がしそうな勢いで血の気が引いていく。



つまり……人違い。



フィリクスとは、結婚してからこの屋敷で初めて会ったのだ。マリーが初恋の君であるはずがない。



もし、子供の頃に会っていたとしても、旦那様の瞳と髪の色を忘れるはずがないわ。


どうしよう。


言う?


もし、これで、人違いでしたー。とかなったら、私……どうなるの??



そこで、マリーはハッとする。



そうかっ!!これが!


これが、私が殺される理由なのねっ?!



たとえ、一方的な勘違いで組まれた婚姻だったとしても、マリーが無事で済む気がしない。

寧ろ、正しい想い人と結婚する為に、マリーは亡き者にされる。と、いう未来の方がしっくりときてしまう。



もうー!!勝手に愛を誓うなら、相手はきちんと確認してーっ?!

お読み頂き有難うございました。

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