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病弱令嬢と不治の病②

あれ?そもそも令嬢じゃなくない?と、サブタイトルを書きながら気付いた今日この頃。


まぁまぁまぁ……このまま突っ走ります。

叫び声を上げてしまったマリーだったが、直ぐに「ない、ない、ない」と、首を振る。


だが待てよ。と、マリーは思い返す。


茉莉であった頃も恋愛などからは縁遠かった。

格好いいと思う男性はいたが、それは空手道場の師範や先輩たち。

その感情が「恋愛の好き」ということか、と親友の咲に聞いてみたことがある。

彼女は絵が得意で、自分で恋愛漫画なんかも描いていたからだ。


「相手を思い出すと、きゃーってなって、きゅーってなって、胸が苦しくなったり、夜眠れなくなったりするの」と、興奮気味に語っていた咲だったが、彼女も彼氏がいたことはない。

しかし、彼氏がいないのと、恋愛をしたことがないというのは別問題だ。

ただ、問題があるとすれば、咲の恋の相手は二次元が多かったということか。


そんな咲に、試合で相手を一撃で倒した先輩に「きゃーっ!!」と、なった。と、伝えたら「それ……なんか違う」と、白い目で見られたことがある。

確かにプライベートの師範や先輩に対して何かを感じた事はなかったし、胸が苦しくなった事はなかったから違ったんだろうと思う。




ふぅむ。なるほど。

確かに、きゅーってなって胸が苦しくなったわ。


これが、そうなのかしら。


まあ、私と旦那様は夫婦なのだから、私が旦那様に恋をしたところで支障はないのだけれど。


あ、でも旦那様には好きな人がいるのだから……。

え〜、そうしたら私の片想いということになるの?

そんなの切ないじゃない。


あ、でも待って。

単純に私に男性の免疫がないだけ。ということはないかしら。

実際にお父様以外の男性と触れ合ったことはないのだし……ましてや、キス……なんて。



ここで思わずフィリクスの唇の感触を思い出し、ぶわぁっと身体が熱くなる。



うわぁっ?!なに、これ!

おでこがむずむずする!

胸もお腹もむずむずしてきた?!



マリーは枕に顔を埋めて「うわぁあ」と、悶える。

しかし、いくら枕に額をぐりぐりしてもむずむずがなくならない。



はぁっ……。

やっぱり、これは免疫がない所為よね。

きっとそうだわ。

慣れてくれば、こんなことはないはず。



マリーは無駄に息切れを起こしていた。



はぁー……。

あれ?

それよりも、何か忘れている気がする。

もっと大事なことがあった気がするのよね。

何だっけ??



枕から顔を上げ、起き上がる。

マリーは自分が小さく唸りながら奇行に走り、百面相をしている事に気付いていない。

なので、カレンが「こんな事で悩む奥様かわいい」と、温かく見守っている事や、グレンから「あほらし」と、白い目を向けられている事にも気付いてはいなかった。


「カレン。私、あまり男性と接した事がないから緊張していただけみたい。お医者様は呼ばなくていいわ」


「左様でございますか」


やっと落ち着きを取り戻したマリーに、にこにことカレンが答える。

そのカレンの横でグレンが鼻で笑った。


「まあ、こんな事で悩めるのは幸せだよな……カレン、茶をくれ」


「はい、はい……って、誰が淹れてやるか、馬鹿たれがっ!!」


グレンがカレンに頭をしばかれ、夫婦漫才が始まったところでマリーは「またか」と、くすりと笑った。


「ねぇ、ところで、グレンは何でいつも隠れているの?護衛なら別に見える所にいてもいいじゃない。結局こうやってお茶をしたりするんだし」


なんだかんだで、カレンはマリーにお茶を用意するついでにグレンにも淹れて上げている。勿論マリーにお願いされたからだが。


器用に頭巾をずらしてお茶をすすっているグレンは、視線だけをマリーに向けた。


「奥様。隠密とは隠れているものです。隠れんぼの上級者なのです。それと、普通は護衛の者と一緒にお茶はしません」


グレンが口を開く前にカレンが答えた。


「カレン……だから、その認識は間違ってるって。何だよ隠れんぼの上級者って。馬鹿じゃねぇの?それで言うと鬼の上級者もいるのかよ?」


グレンの悪態にカレンは、つんっとそっぽを向く。

マリーは「まあまあ」と、二人を宥めた。


「でもこうやって姿を見せても問題がないのなら、普通に護衛騎士みたいにしてくれてもいいんじゃないの?服装もそんな黒ずくめではなくて、騎士服にするとか……今の服装はまるで……」



そう。まるで、忍者のようだ。



という、台詞はマリーの心の中だけに留めておいた。

忍者は茉莉の知識だからだ。恐らくこの国では忍者という者はいないはず。


そう思ったのだが―――……


「これはニンジャという職業の装束を真似ているんだ。俺はこの衣装を気に入っているからこのままで良い」


「忍者って、この国にもいるのっ?!」


マリーは思わず前のめりになった。それに驚いたグレンが口元でびしゃっとお茶をこぼしてしまい、じろっとマリーは睨まれた。


「あー……この国ではそんな呼び方はしないけど、シズカ様の故郷では暗殺も含めた隠密裏の仕事をする人間をそう呼んでたらしいな。

んで、昔、シズカ様が面白半分で自分用に作ったらしくて、それと同じ物を俺も仕立ててもらったんだ……って、何であんたは知ってるんだ?」


布巾で口元を拭いながらマリーを睨むグレンの目が訝しむように細められたが、頭巾が濡れてその部分だけ色が変わっている。なんとも笑える感じになっていた。


「えー……と。ほら!濡れちゃったから気持ち悪いでしょ。今は隠す必要がないんだから、せめて頭巾だけでも脱いだら!?」


どうせ前世がどうこう言ったところで誤魔化していると思われるだろう。

マリーが説明を誤魔化そうとグレンの頭巾に手を伸ばしたが、グレンはその手から逃れるように身を捩る。


「いいんだよ!これは、俺のアイデンティティーなんだから!」


「あ、あいでん……?」


何やら難しい事を言われたが、頭巾が濡れていて気持ち悪くないのだろうか。


「そういえば、グレンてどんな顔をしているの?奥様に顔を見せなさいよ」


そう言ってカレンもマリーとは反対側からグレンの頭巾に手を伸ばす。


「あら、カレンもグレンの顔を見たことないの?」


「はい。私がこの屋敷に連れて来られた時にはグレンは既にグレンでした」


既にグレンとは何だ?とは、思ったが、ならば是非グレンの顔を見たい。

マリーとカレンのわきわきとした手がグレンに迫った。


「さあ!顔を見せなさい!そして、これからは騎士として奥様に使えるのよ!」


別に騎士としてではなくてもいいのだが、カレンは楽しそうにグレンを捕まえようと奮闘している。

これは、ただただグレンの素顔が見たいだけだろう。


だが、いつもは簡単に首を絞められているくせに、今日のグレンはやたらとすばしっこい。

頭巾を被ってアイデンティティーも無いもんだと思うが、そんなに顔を見られたくないのかと思うと申し訳なくなってきた。


そろそろカレンを止めてあげようと思ったマリーだったが、次にグレンの放った台詞にはっとする。


「ふざけんな!そんな事をしたら、俺が旦那様に殺されんだろぉ!」


「……それよっ!!」


「……どれだよ」


突然のマリーの大声に二人が動きを止めた。

動きを止めはしたが、グレンはしっかり頭巾を押さえていた。


「昨日、殿下から『君は殺されないように頑張ってね』と、言われたの。

……これ、どういう意味だと思う?」



そうよ、そうよ!

色々とあってすっかり忘れていたけど、そこよ!



「……そのままの意味じゃねぇの?王族は簡単に人を殺すからな」


「そうじゃないのよ。グレンも旦那様とイーサンの会話を聞いていたって言ったじゃない」


吐き捨てるように言ったグレンの声は冷たい。

だが、セドリック殿下の言っていたのはそういうことではなかったように思う。

マリーはカレンに詰め寄った。


「ね、カレン。前に旦那様が私を殺す、みたいな事を言っていたわよね。カレンも聞いたわよね?ねっ?!」


マリーは思わずカレンの二の腕を掴み、揺さぶっていた。


カレンは視線を泳がせ「あぅ」とか、「うぅ」とか、単語にならない言葉を発していたが、意を決したように口を結ぶと「すみませんでした!!」と、土下座の勢いで頭を下げた。


マリーは何の謝罪か分からず、きょとんとしてカレンのつむじを見下ろす。


「あの日……あの時、旦那様のお部屋に行ったら、部屋の前にイーサンがおりまして……その会話の真意を尋ねましたところ、それは大丈夫だと言われまして……」


カレンは頭を下げた状態で、マリーを窺うように上目遣いで見上げる。


「何が大丈夫なの?」


「それが……私にもよく……なので、奥様にどうお伝えしたら良いか分からず、今まで黙っておりました。申し訳ございません!!」


「いいのだけど……いや、よくはないのだけれど。イーサンに何が大丈夫なのか、なぜ聞かなかったの?」


「それが、その……それ以上を求めるなら、地獄の訓練をすると言われまして……申し訳ございませんでした!!」


「地獄の訓練?」


地獄の訓練とやらが余程怖ろしいのか、カレンは「あれはもう嫌です」と、涙目でぶるぶると震えている。


「つまり、イーサンから脅されたということね。大丈夫よ、怒ってないから」


「ははっ。あれはキツいからなぁ」


グレンはけらけらと笑っている。

カレンが知らなくてもグレンなら知っているだろう。と、マリーはくるりとグレンに向き直った。

警戒しているのか、グレンは「なんだよ」と、頭巾を押さえながら軽く身構えた。


「グレンは知っているのでしょう?」


「そりゃ、知ってるよ。でも、そのうち分かるだろ。旦那様もイーサンも何も言わないなら、俺が言うことじゃねぇしな」


「……そのうち?」


「ああ、あんたが本物の奥様なら言わざるを得ないだろうしな」


グレンはそう言うと、濡れた頭巾が気持ち悪かったのだろう「着替える」と、言って消えた。



――――――本物の奥様なら



マリーは紛うことなく本物なのだが、グレンは未だに信用はしていないようだった。

それはそれで、別にいい。それに関しては気にしていないつもりでいた。



――――――旦那様もイーサンも何も言わない




つまりそれは、旦那様も私を信用していないから何も教えてくれないということ?

こちらは命の危険を感じているというのに??



フィリクスはマリーに会話を聞かれていることを知らないのだが、ひとり悶々とするマリーの胸が、ちくっと痛んだ。

お読み頂き有難う御座いました。

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