病弱令嬢と張り切るカレン
「さて、何を書きましょうか」
便箋に向かったはいいものの、家族を安心させる為の手紙だ。本当の事を素直に書いたら大変な事になるのは目に見えている。
先ずは『魔女の子』はただの遺伝だ。と、いうことは伝えておきましょう。本当のことだものね。
それから……そうね、使用人たちには丁重に扱われていることと……洋服も沢山用意して貰っているのだから、旦那様にも優しくしていただいていることも……。
「……優しく」
マリーの手が止まる。
安心させる為なのだから嘘も方便でいいのだが、どうしてもマリーの気持ちとしては引っかかる。
『……気にする必要はないと思うぞ』
グレンは確実に何か知っている。そんな口振りだった。
気にするなと言いながら、なぜか同情的な目を向けられていたのが気になる。
しかし、それもカレンの乱入ですっかり有耶無耶になってしまった。
カレンはぴったりとマリーに張り付いているので――正確にはマリーの部屋の壁にだが――もう一度グレンを呼ぶのも憚られる。
カレンも何か知ってそうだけれど、教えてはくれなそうよね。
私のこと慕ってくれているように見えるけど、それは演技なのかしら。
それとも、私が知る必要がないから黙っているだけ?
そんなことはないわよね。私のことなんだから。
でも、ここで何も伝えずに私に何かあっても実家は理由が分からないということよね。
でも、もしかしたら私の出す手紙の内容は確認されるかもしれないし……。
でも、でも、と悩んだ末マリーは結局当たり障りのない文章をしたため、カレンに手紙を託した。
◇◇◇
午後。
仕立て屋が来ると同時に色んな生地も運び込まれた。
「……ここでお店でも開くの?」
決して狭くない応接室に所狭しといった感じで並べられた生地と色見本を目にしたマリーは本気でそう思った。
一つの色に対して十種類くらいグラデーションで用意されている。
決して裕福とは言えない育ちのマリーとしては、お店とは「こちらから出向くもの」と、いう認識である。
こちらに来てもらうのはおいくらぐらいするのかしら。と、それだけで少しどきどきする。
「何を仰っているんですか。奥様に一番似合う色を選ぶ為です!」
ふんすっ。と、鼻息荒くカレンが気合を入れている。
「そうですとも!でもここに無いお色でも対応は出来る限り致しますので遠慮なく仰って下さい!」
仕立て屋のオーナーもカレンと同じく気合い十分で、連れて来た従業員に指示を出す。
指示を受けた従業員たちはわらわらとマリーを囲み、あっという間に採寸を完了させた。
「ご希望のお色やデザインはございますか?」
オーナーはにこにこと笑顔で当然の如く尋ねてくるがマリーには希望などない。強いて言えば動きやすい服がよい。と、いうくらいだ。
だが、マリーが迷う必要はなかった。
「奥様は陶器のような白いお肌をされていますから、はっきりとした色合いが良いですわ!」
何故ならカレンが気合い十分で、率先してマリーに生地や色見本を当てているから。
「そうですわよね!ですが、明るいお色でしたらこういうふんわりしたお色もお似合いですわ。
こちらのお色で、このデザインなどはどうです?」
「いい……いいですわっ!!」
そしてオーナーも負けていなかった。
瞳をきらきらさせてオーナーと話を合わせるカレン。
マリーそっちのけで話が進んでいく。
いくつかのデザインで話が進んだ頃、部屋の扉がノックされ、イーサンが「間に合ったようですね」と、顔を出した。
「まあ、イーサン。あなたは旦那様と一緒だったはずでは?」
「ええ、そうだったのですが。旦那様がどうしてもこのデザインのドレスも仕立てて欲しいと仰るので」
そう言って取り出したのは一枚のデザイン画。
そしてそれはマリーの手ではなく、オーナーに手渡された。
「まあ!……ふふ」
オーナーはにやにやとしながら、そのデザイン画をカレンに見せている。
見せられたカレンも両手で口を押さえてにやにやとマリーを見つめた。
「えぇ、ええ。こういうデザインも有りだと思っておりました!おりましたとも!」
カレンは、宣言するように言った後、「良かった。やはり、旦那様は……くぅーっ!!」と、何やら悶えていたが、イーサンに睨まれるとスンッと表情を隠し生地を選ぶように視線を落とした。
何がなんだかさっぱりなマリーも、そのデザイン画を覗き込む。
夜会用のドレスのようだ。よく見ると生地は黒色と色指定がされている。どうやらフィリクスは黒いドレスをご所望らしい。
このドレスで何をそんなに盛り上がっているのかしら。
マリーはもう一度、デザイン画を眺める。
マリーが着るには少々大人っぽいデザインにも思える。
それに……。
「これ、肩が全部出ているわよね」
マリーはこれまで、首まである洋服しか着たことがない。こんな露出の多いドレスは気後れしてしまう。
「こんな、『夜の女王』みたいなドレス。私には似合わないわ」
「奥様。夜の女王って、何です??」
「それは……知らないけれど」
カレンにつっこまれたが、マリーとて特に意味があって言った訳ではない。つい、口から出てしまっただけだ。
「このままでも十分素敵ですが……では、リボンを大きめにして少し可愛らしさも出しましょうか。ドレープも少し多めがいいですわね」
マリーの気持ちを察したのか、オーナーはデザイン画とマリーを見比べながら修正を加えていく。
……それでもデザインのベースは変えないのね。
「黒地にゴールドのラメの指定ですが、これもビジューに……いや、待って、それだとごてごてしてしまうわね……やはり、光沢のある生地で……」
オーナーはマリーそっちのけで、修正案を口にしながらぶつぶつと自分の世界に入って行ってしまった。
露出の部分が変わらないのであれば、マリーに口出し出来ることはない。専門家のいいようにしてくれたら良いと思う。
そして結局十着ほど仕立てて貰うことにした。
マリーにはこれが多いのか少ないのか分かりかねるが、放っておくときりがないので「十着まで」と、止めたのだった。
「……ふぅっ。疲れた」
どうしてこうも興味のない事は疲れるのか。
特に何もしていないのに、どっと疲れたマリーはソファに凭れる。
「さあ、次はアクセサリーですわ!」
「……え?」
「え?では、ごさいません」
「聞いてないわ」
「ドレスとアクセサリーはセットでございましょう?」
そんな道理はマリーにはなかった。
やっと仕立て屋が帰ったと思ったら、宝石商が待っている。
「ベースはゴールドですよね……ブラックオパールとか、ブラックダイヤモンドがあれば最高ですわね!奥様!」
ここでもカレンは気合い十分なようだ。
「それにしても、なんでそんなにブラックとゴールドに拘るの?」
ドレスもそうだった。
もしかして黒と金の色の物を必ず持っていないといけないとか社交界での常識があるのか。
社交界にもファッションにも疎いマリー。
そんなマリーを、カレンが信じられないものを見る目で見つめた後、頬を染めてによによとした。
「うふ。嫌ですわ、奥様ったら。自分の色を相手に身に着けさせるのは『この人は自分のだー!!』と、いう独占欲の表れではないですか。愛です。愛!」
何やら拳を握りしめて言ったカレンに、好々爺といった宝石商も微笑ましそうにマリーを見ている。
えっ、そうなの??
自分の色って??
そうか、旦那様が黒髪に金色の瞳をしているからか。だから旦那様は黒いドレスを……。
ん?でも愛って、どういうこと?
旦那様の場合、独占欲というより。
『こいつは俺が狩る獲物だー!!』
……的なことではないの??
いや、いや、いや。流石にそんな意味はないわよね。あはは。
仲睦まじそうに振る舞っていた方が私に何かあった時に疑われないということよね。
それにしてもカレンだって事情を知っているのに、何でそんなに嬉しそうにしているのよ。
またしてもマリーそっちのけで宝石商と話が弾んでいるカレンを横目に、マリーは虚しくなっていた。
年内にあと一話くらい投稿したいとは思っておりますが、間に合うか……。
亀の歩みで申し訳ないですが、お付き合い頂けたら嬉しいです。
お読み頂き有難う御座いました。