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病弱令嬢と嘲笑う家令

宜しくお願いします。

「身体は大事ないか?」


「はい。皆さん、よくして下さいますので」


「それは、良かった」


マリーは、だだっ広いダイニングルームでフィリクスと食事を共にしていた。



あの後、表面上は立ち直ったカレンが「旦那様の様子を窺って参ります」と、マリーを自室に残して執務室に向かってくれたのだが、カレンが戻って来た時はフィリクスが一緒だった。


固い表情で口を噤むカレンはあの事には何も触れない。

そして何故かそのままフィリクスのエスコートでダイニングルームに直行することになり。


そして、やっと挨拶をしてからの先程のやり取りなのだが。



……旦那様。体調でもお悪いのかしら。



フィリクスはマリーを迎えに来た時から終始俯き、その顔色も悪そうだった。



具合が悪くなりたいのは私の方なのだけれど。



マリーは豪華な料理を前に、最初こそ「毒でも入ってるんじゃないかしら」と、警戒して恐る恐る口にしたが大丈夫そうだと分かると少し警戒を解いた。

今ではしっかり料理の味も分かる。

どうやら毒殺する気はないらしい。


「あの、旦那様。ドレスを何着も、有難うございました」


このだだっ広い部屋で食事をしているのはマリーとフィリクスの二人だけ。側にイーサンとカレンも控えているが、特に会話が弾むわけもなく。

その静けさに耐えきれずマリーが話を切り出すと、フィリクスが少しだけ顔を上げ、虚ろな目をマリーに向けた。


「ああ、いや。明日、採寸の為の仕立て屋を呼んでいるから……好きなデザインを注文したらいい」


「へ??あの、でも。もう、十分ですよ?」


「今あるものは取り急ぎ用意させたものだから……」


これ以上服を購入してどうするんだ。と、フィリクスを見遣ったマリーとフィリクスの視線がぶつかる。

フィリクスはマリーと目が合った瞬間、何故か金魚のように口をはくはくさせ始めた。

徐々に顔も赤く染まって、本当に金魚のようだ。


「……旦那様?」


話の途中で急に金魚になったフィリクスを不審に思いマリーが首を傾げると、突然フィリクスは口を押さえ横を向いて俯く。


それと同時に「ぶふっ!!」と、空気が漏れる様な音がした。


「へっ??」


今の音は何?と、マリーは部屋を見渡すが、特に変わったところはない。カレンが怪訝そうな面持ちでイーサンを見ている以外は。


マリーが戸惑っていると、側に控えていたイーサンがフィリクスに近付き何事か囁く。


「次は大丈夫だ……もう慣れた」


「ですが、二度あることは三度あると申しまして……」


「うるさい!!三度目の正直だ!」


マリーには二人のやり取りの意味は分からないが、聞こえたのはそんなところだった。

そしてフィリクスは徐ろに立ち上がる。


「旦那様?」


細長いダイニングテーブルで向かい合っていることもあり、顔の半分を手で押さえているフィリクスの表情はよく分からないが、不機嫌そうにも見える。

何か気分を害してしまったのかと、マリーは突然立ち上がったフィリクスに恐る恐る声を掛けた。


「後は部屋に運んでくれ。……あなたはここでゆっくり食事をして下さい」


「え……」


フィリクスは顔を押さえたままマリーと目を合わせることなくそう言うと、足早にダイニングルームを出て行ってしまう。


「えっと……」



何これ?



だだっ広いダイニングルームに唯一人残されたマリーは、フィリクスの出て行った扉を唖然と見つめるしかなかった。


「奥様、お気になさらないで下さい。旦那様は少々……アレなんで」


戸惑うマリーにイーサンが声を掛ける。



アレって、何??



「やれやれ……ハンカチを用意しませんと……」


イーサンはぶつぶつと呟いている。

眉を顰めてイーサンを見上げると、仄かに口元が緩んでいた。



ここ、笑うところ??

しかも、ハンカチって……何で??



マリーが何事か聞こうと口を開く前に、イーサンは「では、失礼します」と、恐らくフィリクスの許へ向かったのだろう。部屋を出ていった。




「……ねぇ、旦那様は持病でもお持ちなの?」


一人ぽつんと残されたダイニングルームで、側に控えていたカレンに聞いてみたが、そんな話は聞いていないと言う。



たまたま具合が悪くなっただけだろうか。それとも不機嫌そうに見えたから、自分と同じ部屋にいるのも嫌だということだろうか。



そこでマリーは、はたと気づく。



あ。結局、旦那様が私を選んだ理由を聞き忘れたわ。

でも、きっと選ばれた理由が殺したい理由ってことなのでしょうね……。



マリーは茫然としつつも料理を口に運ぶ。

その料理の味は感じられなかった。






◇◇◇


翌日。


朝早くから仕事があるというフィリクスは、マリーが目覚めた頃には既に屋敷を発っていた。


「奥様。午後は採寸の為に仕立て屋が来ますが午前中はどうなさいますか」


マリーは自室で軽めの朝食を頂く。フィリクスと顔を合わせずに済むのは気が楽だった。


午後はフィリクスが言っていた通り仕立て屋が来る予定になっている。

マリーには無駄な出費にしか思えないが、これが公爵家というものなのだろう。と、納得しておく。


「ところで、カレン……昨日の事なんだけど……」


「おっ、奥様。お茶でもお淹れ致しましょうか!」


昨日のフィリクスとイーサンの会話の事を相談しようとしたが、カレンがそれを遮るようにしてお茶を淹れ始めた。



頼んでないのに……。

それに、なんだか落ち着きがないわね。

カレンあなた……何か知っているわね??



視線を泳がせながら茶器を扱うカレンをじっとりと見つめていたマリーは別の事を思い出した。



ショーンに手紙を出していないわ。



落ち着いたら書くと言っていたのに数日経ってしまった。



まあ、落ち着いてないのだから仕方ないのだけど。



「午前中は実家に手紙を書くことにするわ」


カレンがお茶を淹れ終わるタイミングを見計らって伝えると、「では直ぐに便箋を用意致します」と、カレンが部屋を出て行く。


マリーはカレンが部屋から出て行くのを見届けると天井に視線を向けた。


「グレン。いるんでしょ?下りてきてよ」


「………」


襲撃事件の後も変わることなくグレンはマリーの護衛を務めている。何故か天井裏で。


「ほら、お茶もあるし……お菓子もあるわよ?」


グレンがそんなものに釣られるとは思いはしなかった。


やっぱり駄目か。と、視線をテーブルに落としたマリーはぎょっとした。そこにはもそもそとクッキーを頬張るグレンがいたのだ。


「…………」



……いつの間に。



どうやって下りてきたのかは分からないが、グレンはちゃっかりソファに座ってマリーの為に淹れられたお茶まで飲んでいる。


「いただきます。は?」


ツッコむところはそこじゃない。とは思いつつも、マリーはついつい弟のショーンにするように言ってしまっていた。


「俺はまだあんたを信用していない」



……答えになってない。



「でも護衛はしてくれているのね……あっ?!」


少し大きな声を上げたマリーに、びくっとなったグレンはクッキーに伸ばしていた手を引っ込めた。


「なんだよ。一枚しか食べちゃ駄目なのか?」


「良いわよ、何枚でも食べて。そうじゃなくて……もしかして、グレンて私を暗殺する役割もある?」


「……そりゃ、そういう指令が下ればするかもしれないけど……今は護衛しろ。としか言われてない。

と、いうか。暗殺されるかもしれない相手に、何をそんなに平然と聞いてんだよ。もし、その指令が出てたら本人に言うわけないだろ?」


何言ってんだこいつ。と、いう顔でクッキーを口に放り込んだグレンは嘘を言っているようには見えない。



そりゃ、そうか。


……と、いうか。信用してないとか言っておきながら、お茶とクッキーは普通に口にしちゃうのね。



「グレンも昨日の旦那様とイーサンの会話を聞いていた?」


「聞いてたよ」


天井裏を伝って護衛していたのであろうグレンなら、マリーとカレンと同じように会話を聞いていたのではないかと思ったマリーだったが、平然と答えたグレンに拍子抜けした。


「えっと……」


「言っておくけど、俺はあんたの前は大旦那様の護衛をしてたわけ。だからカレンと違ってこの公爵家にも精通してる」


「……うん?」


「だから!カレンと違って、俺は優秀なの!信用されてんの!」


グレンはじっとマリーを見据えながら口だけもしゃもしゃと動かしている。


「えっと……つまり?何を聞いても答えないということ?」


「お!よく分かってんじゃん。まあ、そんなところ」


グレンはごくごくとお茶を飲み干してから目を細めた。恐らく笑ったのだろう。


「グレンて……何歳なの?」


「今、そこ気にする??……二十歳だけど」


グレンは若干呆れた様子で答える。

呆れながらも答えてくれるあたり素直である。


確かに今する質問ではないかな。と、思ったが頭巾を被っているので見た目で判断出来ない。グレンの随分と可愛い雰囲気に歳下なのかと思って思わず聞いてしまった。



歳下かと思ったら、まさかの歳上!!



「何だよ。背が低いから子供だと思ってたのか?あんたよりは歳上だ。敬え」


マリーの心の声が顔に出ていたのだろうか。グレンはどこか誇らしげに胸を張る。


若く感じた理由は身長だけではないのだけれど。

そして、「敬え」とは?仕えているのはどちらなのか。


マリーは目の前の男がどこまでが本気か分からず返答に困り戸惑う。


「あー……でもまあ、暗殺がどうのっていうのは、あれだろ?昨日の旦那様とイーサンの会話が原因だろ?

それで言うなら、そこは別に気にする必要はないと思うぞ……まあ、あんたが本物の奥様だった場合だけどな!」


グレンはどこか同情的な視線をマリーに向けて言う。


「必要ないって……それは、どういう……」


「グレンッ!!あなた、何してるのっっ?!」


グレンの思わせ振りな物言いに問い質そうとしたマリーの声は、便箋を手に部屋に戻って来たカレンが物凄い形相でグレンを怒鳴り付けたことでかき消された。


「何って……茶、しばいてる」


「茶しばいてるって、しばくって……それは、あんたがしばいて良い茶ではなーいっ!!」


「はぁ?だって、こいつが飲んで良いって……」


「はぁあっ??こっ、こいつぅ?!こっ、こ、こ、こ、………きぃいいいーっっ!!」


突然始まった口喧嘩にマリーが呆気に取られていると、マリーを指差して「こいつ」呼ばわりしたグレンの胸ぐらを、おかしな言葉を発しながらカレンが掴み上げた。

カレンは今にも「ピーッ!」と、音を立て湯気を上げそうなほど真っ赤な顔で怒り狂っている。



「きーっ」て言いながら怒る人、初めて見たわ。



仲良し兄妹を見るような微笑ましい気持ちで二人を眺めていたマリーだったが。


「おっ、おいっ……ぐふっ……」


「隠密は隠れてなんぼでしょうが!大人しく隠れてなさいよ!!」


カレンは掴んだ胸ぐらで両手を交差させると、ぐいぐいと更に締め上げている。

グレンは焦った様子でカレンの腕を叩いていた。


本気で落としにかかっているようだ。



隠密って、そういうことじゃないと思うけど……。



とか言っている場合ではなかった。 

流石にこのままでは不味いと思ったマリーが「まあ、まあ」と、止めに入る。

しかし、カレンの耳には入っていない。


仕方ないわね。と、マリーはカレンの肩と膝裏を同時にトンと触れる。

瞬間。カレンは「あっ」と、声を発しながらその場にすっ転んだ。


「もう!いい加減にしなさい!」


マリーは仁王立ちになり、出来るだけぷんすかしている表情を作る。

立ち上がりながらマリーを見つめて「……奥様、可愛い」と、呟いたカレンの言葉はこの際無視する。


曲がりなりにも公爵夫人となったマリーは舐められてはいけないのだ。怒る時は怒らなければ。


「だって、奥様……奥様の為にご用意したお茶とお菓子を……」


「カレン、「だって」ではありません!あなたの気持ちは嬉しいわ。でもグレンは仲間でしょう?それを乱暴するなんてどういうことです!」


カレンをすっ転ばせた自分を棚に上げるマリー。


「そうだよ。俺はこいつが言うから仕方なく……」


「グレン、あなたもです!私は正真正銘の『マリー』です。『こいつ』呼ばわりはお止めなさい。それでも、私を信用しないというのなら、本物のマリー·マクシミリアンを連れていらっしゃい。話はそれからです!」


ぴしゃりと言ったマリーを二人はぽけっと見つめていた。

流れる静寂。



あれ?ちょっと言い過ぎたかしら。

偉そうだった??

でも、普通のことしか言ってないわよね?ね?



今まで人との関わりが少なかったマリーは、「これで嫌われたらどうしよう」と、不安になる。


「だから……皆、仲良く……ね?」


結局マリーは小首を傾げておずおずと言葉を締めくくる。


「お、奥様……な、仲良くって……首こてんて……」


カレンは真っ赤な顔で瞳を潤ませ唇をふるふるとさせている。



え、やだ。そんなに嫌だったの??

そこまで、この二人は仲悪いの??



「……可愛い……!格好良くて可愛いとか、もう反則です!!」


カレンは両手で顔を覆うとおかしな発言をしはじめた。



あれ?

なんか反応が……思ってたのと違う。



「ちっ……、簡単にカレンを倒すなんて、絶対普通じゃないが……本物ってことにしといてやる」


カレンの反応に若干引いていたグレンだったが、「ふんっ」と、捨て台詞を吐くと「ひゅんっ」と、消えた。どうやって消えたのかは分からない。






やれやれ、朝から騒がしかったわね。



ふぅ。と、カレンが淹れ直したお茶で一息つくと、未だに悶えているカレンから受け取った便箋を手に机に向かう。



あれ?

私、グレンに何か聞こうとしてなかったかしら?



マリーは机の上に置いた便箋を前に、「はて?」と、首を傾げた。

お読み頂き有難う御座いました。

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