病弱令嬢
不定期でマイペースに投稿しております。
稚拙な文章な為、色んなことが許せる方、宜しくお願いします。
R15は念の為の保険です。
トレイス王国。
大きな大陸の片隅に位置するその国は、王都の北方に高い山々が聳え、その裾野には深い森が広がり自然豊かであった。
その国のさらに片隅に、金色の絨毯を広げたような小麦畑を有するマクシミリアン男爵領がある。
なにもない。まっさらだった広い大地を開墾し立派な小麦畑へと変えた先代が、その土地を管理するようにと王陛下より叙爵したのだ。
歴史の浅い男爵家。
成金と呼べるほどの収入もないその家には、男爵とその妻。娘と息子がいた。先代はとっくに引退し、別荘と呼べなくもない屋敷へと移り住んでいる。
裕福でもないが貧乏なわけでもない。家族仲も良く、必要最低限の使用人に囲まれ慎ましくも幸せな日々を送っていた。
強いて難を言えば、その娘が身体が弱く病弱である。ということか。
◇ ◇ ◇
目が覚めると見慣れた天蓋が目に入る。
「……生きてる」
思わず呟いた声が掠れていた。小さく咳き込む。
マクシミリアン男爵家の長女、マリー·マクシミリアンは今年十六歳になるが、生まれつき病弱でそのほとんどをベッドの上で過ごしている。
今回も風邪を拗らせ肺炎になり呼吸もままならないほど悪化させてしまっていた。
「お目覚めですか、お嬢様?」
マリーの咳に気がついたばあやのメイリンは、その枕元に近寄ると、安堵の表情で優しくその頭を撫でた。
「……ばあや」
流石に十六歳になって頭を撫でられるのは気恥ずかしく、マリーは咎めるように軽くばあやを睨む。
「お嬢様はまる二日も意識がなかったのですよ……今、お医者さんを呼んで来ましょうね」
しかしメイリンからしてみれば孫のような年齢のマリーはいつまでも頭を撫でたくなる存在なのだろう。マリーに睨まれたことなど気にすることなく部屋の外へ出て行った。
ふぅ。と呼吸を整えるように天井を見上げる。
呼吸器が弱いらしい。少し走っただけで心拍が跳ね上がり呼吸が苦しくなる。酷い時は貧血で倒れてしまう。
十六歳で成人となるこの国。
貴族子女ともなればこの時期にはほとんどの者に婚約者が宛てがわれるのだが、マリーにはまだ婚約者もいない、それどころかこのままでは社交界デビューも難しそうだ。
マリーには五歳下の弟のショーンがいるし、経済的にも大丈夫そうだから今のところは政略結婚の駒にならなければならない。ということもない。
マクシミリアン男爵家の存続としては問題はなかった。
このままでは完全に穀潰しですわ。
はぁっ、とマリーは息を吐く。
政略結婚はせずとも良いとはいえ、マリーの身体では子を産むことが出来るかさえわからない。
実際、マリーへの婚約の打診もいくつかあったが、内情を知られれば、結局は相手の都合ということで円満に白紙になる。
こんな女性を好んで娶るような男性は、貴族、平民問わずいないということだ。
お父様が引退する時に一緒に隠居しようかしら。
自分の存在価値って何かしら。
弟の結婚式には出られるかしら。
などと、マリーがぼーっと今後の人生設計を考えていると、既に十年以上の付き合いになった医師のドミニクが来ていくつか質問し、「まだ無理をしないように」と、言って薬を処方して帰って行った。
◇ ◇ ◇
「お姉様!元気になったの?」
午後、庭でメイリンとお茶をしていると、お姉様大好きのショーンが元気良く走って来た。
にこにこしながら隣に座るとメイリンがショーンにもお茶を出す。
「もう大丈夫よ。勉強は終わったの?」
可愛らしいショーンの頭を撫でながら聞く。マリーもショーンが大好きだった。とにかく可愛い弟を前にすると頬が緩んでしまう。
「僕はもう子供じゃありませんよ!」
可愛らしいほっぺたを膨らませて頭を撫でたことに抗議する。その姿が子供らしくて可愛いんだけど。
「……だから、たまにだけにして下さい」
上目遣いにショーンがお願いする。
ぁああっ!!絶対分かってやってますね!
でも良いんです!あざとさも時には必要です!
「もうっ!可愛いんだから〜!」
「お姉様!これはやり過ぎです!」
「お嬢様、あまり興奮されるとお身体にさわりますよ」
その後、ぎゅうぎゅう抱きしめ頬擦りしたマリーはショーンに本気の抗議をされ、メイリンには窘められた。
ショーンはもうすぐ王都の貴族学校に入学し、寮生活が始まる。
そうしたらもう簡単には会えなくなってしまう。
だからこれくらいは許して欲しいとマリーは思うのだった。
◇ ◇ ◇
あっと言う間に入学の季節になりショーンが屋敷を出て、更に社交界のシーズンが来て両親も夫婦揃って王都に行ってしまうと狭い屋敷だがやけに広く感じ寂しくなる。
母親は毎年マリーの為にカントリーハウスに残ると言ってくれる。
しかし、ただでさえ自分は穀潰しだと思っているマリーは社交の邪魔をしたくないので「社交もお仕事ですよ」と、両親を送り出していた。
母親も父親と一緒にいたいと思っていることをマリーは知っているのだ。
恋愛結婚だった二人は今でもらぶらぶなのだから。
さて、どうしましょうか。
屋敷に一人残されたマリーは、ふぅむ、と考える。
病弱な人間をやっていると、体調の良い時はどうしても暇を持て余すのである。読書や刺繍などはもうすっかり飽きてしまっていた。
そもそも書物は高価なので男爵家の書庫にはあまり書物がない。なので、マリーほど貴族名鑑を熟読している令嬢はいないだろうと思うほど、屋敷にある書物は何度も読み返していた。
「体調がよろしければお散歩されてはどうですか」
軽い朝食を終えるとメイリンが言った。
ベッドで過ごすことが多いマリーは体力そのものが少ない。体力がなければ体調も崩しやすい。悪循環だ。
「そうね。体調の良い時は身体を動かさないとね」
こう見えて、実はマリーは身体を動かすのが好きだった。
身体が弱くなければ乗馬なんかもやってみたい。と、思うほどだ。
マリーは食後のお茶を飲み干すと、静かに立ち上がる。
この行動が後の運命を大きく左右するなど、この時は露ほども思っていなかった。
◇ ◇ ◇
晴れ渡る青空。
この日は何かが違っていた。いや、何かは分からない。
だが珍しい事が起きたのだ。
マクシミリアン領にも小さいが領民たちが集う商店街はある。そこから少し離れた場所に男爵のカントリーハウスは建てられていた。
その屋敷の前に、少し大きな農道が通っている。
普段は畑に通う領民が荷馬車で通るくらいだ。
その道を乗客のある馬車が対抗して走り、屋敷の門の前ですれ違うなんてことは今まで一度もなかった。
だがこの日はすれ違ったのである。
ただすれ違ったのであれば何ら問題もなかったのだが、すれ違う寸前、片方の馬が暴走した。
虫か何かが飛んできたのだろうか、急に頭をぶるぶるっとさせると、対抗車に向かってよろめき後の車体が大きく揺れた。
馬同士はなんとか接触を避けられたが、車体同士が接触し、派手な音を立てて両車とも停まる。
運悪く、散歩に出たマリーの目の前でその事故は起きたのである。
「―――――――――っ?!」
マリーは目の前の光景に瞠目した。
派手な音の割に車体の損傷も激しくなく、怪我人もない。事故自体はそれほど大したものではなかった。
マリーが驚いたのはこの事故の光景ではない。
「な……に?これ」
大した事故ではないが、馬は未だ興奮し嘶いてそれを宥める御者。対抗車の馬も興奮し始め、乗客たちも何だ何だと騒ぎ始めている。
そんな光景とぶれるように、マリーの脳裏には違うものが映っていた。
――――――大きなトラックが自分に迫ってくる。
けたたましいクラクションに振り返る。視界に入り切らないほど接近している車体。
ブレーキを掛けられ、アスファルトに削られる耳障りなタイヤの音。
そして――――――。
「―――――きっ、ゃぁあああーっ!!!」
マリーは絶叫し、意識を手放すとその場に崩れ落ちた。
マリーは、マリーとして生まれる前の人生を思い出した。
お読み頂きありがとうございました。