だから女神は時計を巻き戻す
勇者アルスは体中の痛みを抑えて両手で剣を構える。頭から流れる血が視界をぼやけさせる。アルスの鋭い視線の先には角が生えたオーガ。アルスが切り落とした片腕をものともせず、巨大な斧を構え、闘志は衰えない。
「うおぉぉ!」
アルスは自分を鼓舞し、オーガに向かって走り出す。呼応するようにオーガは斧を頭の上に構える。オーガから振り下ろされた斧をアルスは掻い潜り、オーガの肩口から斜めに剣を振り下ろした。
「よし!」
オーガは体に振り下ろされた剣の勢いと共に膝をつく。アルスが決着が着いたと力を緩めた時、オーガの腕が振り上げられた。迫りくる斧がアルスの目の前に迫り、苦痛に歪むアルスの顔は頭ごと吹き飛んだ……
◇
勇者アルスは、ぼんやりとした意識から覚醒すると焚火の前にいる事に気付いた。
「そうか……俺は死んだのか……」
アルスは神からの死に戻りの祝福を受けていた。勇者である限り、死んだら記憶だけを残して、一定の時間が巻き戻る。他の勇者のように人の何倍もの力を手にするようなものではなく、単に時間が巻き戻るだけの祝福だが……
「アルスどうした? 死にそうな顔をして?」
体格の良い大剣を携えた剣士がアルスの傍によってくる。アルスはその状況を見て、咄嗟に剣を構えて立ち上がる。
「全員、迎撃準備! 囲まれている!」
アルスが声を上げると同時に一本の矢が剣士に向かう。アルスはその矢を叩き落とし剣士を守った。
「あぶねえ! アルス……助かったぜ!」
剣士は現れたゴブリンの群れに向かって剣を振るう。魔法使いが魔法で辺りを照らし、弓使いが弓に矢を番える。
(よし、これでいい。前の時は、ここで剣士を失って苦戦を強いられた。これで俺は更に前に進める)
戦闘は勇者達の優勢に進み、このまま戦闘は終わるかに思われた。しかし、一本の毒矢がアルスの首を掠め、アルスは地面に倒れた。
「俺はまだ死ねない……ま、魔王を倒すまでは……」
アルスは剣を震える手で掴もうとするが、毒の効果の為に力が入らない。流れる血が意識を奪い、アルスの意識はここで途絶えた。
◇
神の国の塔のテラスで、けだるそうに人間界を見下ろしている女神は、手に持っている時計の針に指を掛けようとする。その様子を見ていた天使が女神に話しかけた。
「時の女神ノルン……なぜ? あのような人間ごときを構うのですか?」
「私は自分の力で立ち向かう姿が好きなの。今回の勇者は楽しいわ」
そう言って、女神は時計を巻き戻した……
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