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王都リュセルの英雄



 教会の檀上で、沢山の花束がサワサワと揺れていた。

 夜露に輝いた白い花弁が、ひとつ、ぱらりと落ちて、ハーディスの頬に触れる。


 死者を悼むこの花を愛でていた聖者も、亡くなったのだという。

 そう言われても、実感が湧かない。

 会ったばかりで、朝出掛けたと思ったら、それきりになってしまった。

 聖使達も街の人々も、暗く沈み込んでしまって、折角の花の美しさも、誰の目にもとまらない。


 「―――こんなに綺麗なのに」


 もたれていた手風琴を抱える。

 そっと鍵盤を押さえて、優しい音色を押し出していく。


 音楽に誘われて、ひとりふたりと、聖使が顔を出す。

 演奏の邪魔をしないように、聖堂の長椅子に腰をおろして耳を傾けた。


 いつのまにか、手風琴の響きに吸い寄せられたように、教会の長椅子には多くの住人が集ってきていた。

 三曲を弾き終えて目を上げると、雨音のような拍手が全身を叩く。



 昨日沢山の食べ物を一緒に囲んだ聖使の女性達が、涙を浮かべて笑んでいた。

 その中から次の聖者になれという声が上がって、次々に賛同の唱和がはじまる。


 「―――僕は、そういうのじゃないよ―――。」

 少しだけ前を向いてくれた彼らの哀しい笑顔をみて、ぼんやりと檀上の花々を見上げた。

 古い、聖堂の天井が目に入ってくる。

 生まれる前からずっとここにあって、これからもずっと変わらないこの空間に、人々の注目を浴びて佇んでいるのが、不思議な気がした。


 僕は、そんなに偉くない。


 大人になった外見で皆が頼ってくれるのはわかるけど、本当は、ただの子供だ。

 聖者になんて、なって良い訳がない。




 「―――ハーディス!」

 さっと、夜風がとおる。


 開け放たれた聖堂の入り口の人影がまっすぐ向かってきた。

 「リッドお兄ちゃん・・・?!」

 「ハーディス、一緒に来てくれないか。君の姉兄達を、助けたい」



 

 手風琴の音色が、王城に響いていく。

 はじめは、瓦礫の城門からだった。

 先を急ごうとするリッドに手を引かれてきたハーディスは、城門で一度足をとめた。

 奏で始めたシェリース王国の旋律が、石楼の城内を巨大な音響にして、壮麗な響きを紡ぐ。


 ひとつずつ、燭台に浮かび上がる階段を登るたびに、暗く憔悴した夜の王城の空気が、澄んでいく。

 事態の収拾に疲れ切って自分たちの部署で寝入ってしまっていた官人達も、優しく響き渡る自国の音色に、静かに聞き耳をたてた。



 王都リュセルの英雄。

 後にそう呼ばれるようになることを、本人はまだ知らない。

 魔物を屠った手風琴の音色が、心の琴線を柔らかく癒していく。



 リッドは彼をまっすぐ姉弟のもとへ案内するつもりでいたが、演奏をしながら上層へゆっくり足を運ぶ彼の姿をみて、やめた。

 相次ぐ王家の人間の死に漂っていた悲壮感が、まるで鎮魂歌に触れたように、消えていく。



 次々に解決しなければならない問題はあるけれど、人々の心が立ち直らなければ、いつまでも悲壮感が漂うだろう。

 できれば、聖者が望んだリーアの即位を、そんな雰囲気のままにしたくない。


 音楽の力。

 今まで殆ど気に留めていなかったその価値に、心を奪われる。




 長い時間をかけて高層の城を登りきると、惨状の跡が片付いていない王座の間に辿り着いていた。

 ハーディスは燭台に照らされたその光景に小さく息をのんでから、あらためてそこで最後の一曲を奏で切った。


 「ここで、何があったの? お姉ちゃん達は、どこ?」

 小さな声が、広い空間に反響する。


 「・・・二人共、下の階で手当てを受けて眠っているよ。昨日の夜、王が亡くなって、今日は王妃と聖者が亡くなった。・・・色々な事が、重なっていて、一言じゃ説明できないけど。君の演奏が、城の中の人達の慰めになってくれた。ありがとう。ハーディス」


 自分の膝の上で死んでいった聖者の事を思い出すと、切なくなる。

 しかしその重みの感覚は、演奏の後に軽くなっていた。



 「王様達が・・・。じゃあ、あの王女様しか、いなくなっちゃったんだ・・・。お姉ちゃん達、手当、受けたんだよね。助けたいって、どういう事? ―――傷が深いの?」


 ぎゅ、と手風琴を抱いて、大きな少年が不安な眼差しをあげる。

 それに首を振って、魔法の治癒が完全であることは言い添えた。


 「王を殺したのが・・・アキディスなんだ。オリティアも一緒で、城の人達を一晩、支配していた。俺達が王女様を連れて帰ってきた時に、魔女とその手下とかが出てきて、かなり混乱したんだ。結果的に倒した魔女は偽物で、二人は捕まった・・・。」


 ハーディスが、さっと不安に染まった。

 泣きそうな目が、つらい。


 「でもあの二人は、皆の生活の為を想って、覚悟してやった事だって言ってた。この国の人達は二人を許さないだろうけど、俺は、どうしてもアキディスを、オリティアさんも、助けたいんだ。その為に、街の人達を魔物から助けてくれた、君の力が―――」

 「・・・どうして、お兄ちゃんが・・・・そんなの、無理だよ」


 ぽつんと零れた言葉は、正しい。

 リッドも自分が無理を通そうとしているのは分かっている。

 しかし、諦めてしまったら、二人は間違いなく極刑になるだろう。




 「・・・ここにいたか。其方達、ここは雑談の場ではない」


 あきれたような言葉に振り返ると、燭台を掲げたセキが階段を登ってきていた。

 この夜更けに、楽器を演奏しながら歩いていたのだから、誰かが駆けつけて当然だろう。

 しかし、それが衛士や他の人間でなかったことが、意外だ。



 「英雄殿も―――。先程の演奏、心に染み入るものだった。まずはその礼を言わせて頂こう」

 そういうセキの柔らかい声に、奥行きがある。

 部屋から出て行ってから、何があったのだろうか。

 ―――あの大役は引き受けたのだろうか。



 ペコリと頭を下げてから、ハーディスはじっとセキを見た。

 「お兄ちゃん、どうなるんですか? お姉ちゃんも・・・」

 「そうか。姉弟であったな」


 三人の姉弟の事は、ゼロファに関するクレイの詰問もあって、事情を話してある。

 けれど二人の事を問われたセキの態度に、日中までの厳しさがない。


 「―――安心するが良い。あの二人を極刑に処することはなくなった。あの占術師には、仕事を果たす責務がある。・・・弑逆の事件は、全て、魔女に操られたもの、ということだ」



 空耳のようなものが、聞こえた気がした。

 セキの視線が、いつのまにかこちらに注がれていて、ようやく現実の音声だった事に、気付く。


 「・・・は? セキ、今、なんて・・・」

 「二人に刑は及ばぬ、と言っている。我が女王は、命を助けた者の死を望んでおらぬ。占術師は殺すに惜しい才能がある。これからは、国に尽くす事で、罪を漱いで貰うことになった。―――意味のない情けをかけた訳ではない。たっぷり苦労はして貰う。これからの、王都の為に」


 どっと、力が抜けた。

 リッドは肚の底から息を吐いて、膝を掴む。


 「―――早く言ってくれよ・・・寿命が縮んだ・・・」

 「つい先程、決まったのでな。英雄殿の演奏が聞こえてきていた。アキディスも意識を取り戻したぞ。クレイ殿の質問攻めに遭っておる。早く行ってやるが良い」



 昼間、あれほどアキディスに対して啖呵を切っていたセキから優しい言葉が出て来た事に、内心、首を傾げる。

 目を醒ました彼らと、何を話したのだろうか。


 「アキディスは・・・これから、何を任されるんですか?」

 「―――任せる前に、学ばせる必要がある。姉があれだけ聡明なら、あやつにも、出来る筈だ」


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