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連れて来られた理由

 大都市であるため、規模は大きいが、教会の典型的な景色だ。

 中央の大きな扉を通り抜けると聖堂があり、壇上には細身の剣を手にした天使の木像が立っている。

 その背後には大きな窓があり、窓の外には緑の庭園が広がっている。


 一般的に、この聖堂の左右には孤児や聖使が住む宿舎や書庫、そして聖女や聖者が使う部屋がある。


 ジノヴィはセトの腕を掴んだまま、真っ直ぐ右の立入禁止の扉に向かい、堂々と扉を開けて中に入ってく。

 聖堂には何人かの人がいたが、ジノヴィが立ち入ることが許可されているのかどうかはわからず、咎められるような気配は感じられない。


 少し首を傾げながら引かれるまま中に続くと、思いがけず螺旋階段が現れた。

 見上げると、最初の二階までがかなり遠く感じられる。

 これでは不法侵入者も嫌気がさすだろう。


 立ち入り禁止の筈の扉の音を聞きつけたのか、2階の扉が開き、聖使らしい金髪の女性が顔を覗かせた。

「誰? 今日は来客の予定は……あ!」

 咎めるような口調が、驚きにかわった。


「只今戻りました。我々を風で上げて頂けませんか」

 疲れを感じさせない低い声が、階上まで響いていく。


 鉄製の階段が音響効果をつくりあげているせいで、声が響いた。

 これだけ音が響けば、来客の物音が階上の人間にもすぐに分かるだろう。

 2階の女性が風の魔法を詠唱すると、ふわりと浮いて、静かに階段を飛び越えて目的地の階に降ろされた。

 慣れない感覚に転びそうになりながら、足元を踏みしめる。


 ジノヴィは慣れた様子で床を踏みしめ、セトの足元を片目で見てから腕を離して目の前の人物の前に膝をついた。



「彼が、そうなの?」

 魔法使いの強い目が、セトに向けられる。


 厳しそうな女性の観察の視線を受け止め、いつもの習慣で薄く笑顔を作った。

 占い師は、最初から信頼されるわけではない。

 疑い深い客には、やんわりとした笑顔が必要だ。



「間違い無い筈です。一介の占い師として確かに村で生活していたし、連れ出す際には村人の抵抗がありました。集団催眠のようなものではないかと考えています」

「……ジノヴィ。リーオレイス人の貴方を信用していない訳じゃないけど、私には確信が持てないわ。何か立証できるものは無いかしら」


 そう厳しい声をおとした彼女も、リーオレイス人のような厳格さがあるようだ。

 見たところ20代半ばだろうか、整った容貌に他人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。

 風の魔法を使っていたところを見ると、聖使特有の長い丈の服装をしているが、退魔士としての活躍もしているのかも知れない。


 そんなふうにぼうっと観察していると、いきなり細い剣先を突きつけられた。



 切れ味の良さそうな剣先が、左胸の下から服の生地を引っ掛けて跳ね上げてくる。

 身動きする暇も無い程の一瞬だが、動いていれば逆に危険だったろう。


 裂けた服が、ぱさりと腕に落ちる。

 切先が少しでも狂えば胸元を切られていた、この状況。

 ……脅しているつもりだろうか。



「姉さん! やめて!」


 突然眼下に暖かな金髪が割り込んできた。

 小さな、男の子。

 セトに向けられた細い刀身を剣鍔で押し退けて、背中で庇ってきた。

 部屋の隅にでもいたのか、気付かなかった。


 ジノヴィと女性は少し驚いて、より険しい顔になる。


「何をしているの、アルヴァ。……その人間が何なのか、わかっているでしょう?」

「駄目です。……傷付けちゃ、駄目なんです……!」

 男の子は必死に良い言葉を見つけようとしているようで、何故か、後ろから見ていても可愛い。


「傷付けるつもりはないわよ。確証がないかと思ってるけど。で、何故割り込んだの?」

 息を吐いて剣を収めながら、女性は厳しい声を小さな子供に投げかける。

 アルヴァが口ごもったのを見て、横からいたジノヴィが言葉を続けた。


「アルヴァ。スティアはお前を心配しているんだ。さっき俺は、集団催眠のようなものの可能性を指摘した。そこに今のお前の反応だ。初対面の筈のお前が、どうしてそれほど彼を庇う?」

 その落ち着いた低い声には、少しだけ、優しさが含まれている。

 はじめて彼の生きた声を聞いた気がした。


「心配はともかく。ジノヴィのいう通りだわ。催眠? 洗脳? ついさっきまで別に普通だったじゃない。どういうつもりなの?」


 問い詰める彼女に、アルヴァの足が一歩退く。


 セトはその肩にそっと手をのせた。

「……今の状況じゃ、行動の理由なんて出てこないですよ。後でゆっくり聞いてあげればいいじゃないですか」


 強張っていた肩が、手の中でふと柔らかく馴染んでくる。

 そっと振り返って、驚いたような顔でこちらを見上げてくる幼い様子がまた可愛い。


 セトは膝をついて、目線の高さをあわせる。

 誠意から出た行動には、誠意で応えたい。


「庇ってくれてありがとう。人を助ける事は、良い事だよ。君は、悪い事なんてしてない」



 ぽかんとした少年の頭を撫でて、顔を上げる。

 ジノヴィは今にもこちらに斬りかかって来そうな姿勢で硬直しているし、彼の姉も宙に手を差し出して、いつでも魔法を撃てる姿勢だ。


 どうしてそんな臨戦態勢になるんだろう。頭を撫でただけなのに。



「どうして僕は危険人物扱いなんですか? 簡単な魔法しか使えないし、魔物と戦った事もない、ただの占い師です。今まで誰かに恨まれるような事をした覚えも無いんですけどね」

 

 ジノヴィと女性は少し目配せをして、そっと攻撃姿勢を解いた。

「……面倒な人間を連れてきたわね、ジノヴィ。これじゃあ本物だとしても帝国に連れて行ったところで、証明できるとは思えないわよ。」


「しかし、魔物の証言は一致しています。現状がどうあっても、この人間を帝国に連れて行きます。道中、正体を現す可能性も無い訳ではない」

「……わかったわ。とにかく皆にも諮りましょう」


 セトの質問が全部無視されている。

 しかしここまで話をきけば、ある程度の想像はついた。





 聖使の住まう建物の一角に共同浴場がある。

 とにかく、土埃を落としたいのはジノヴィも同じだった。

 一度身支度を整えてから、会議を開くことになったようだ。


 まだ昼間だからか、他に浴場を利用する聖使の姿はない。


 切り裂かれた服の土埃を落として、またこれを着るしかないのだろうかとぼんやり考えていると、アルヴァが新しい服を届けてくれた。

 姉からの詫びだというのを、快く受け取っておく。



 広々とした浴場は、清掃が行き届いている。

 ざっと全身の土埃を洗い流して、温かいお湯にほっとひと心地ついた。


 けれど、ジノヴィがじっと凝視してきているのが、物凄く気になる。

 視線から逃れるように、ざぶ、と湯船に頭まで潜った。


 ――自分が連れて来られた理由の予想があたっていれば、見つめてくる理由もわかる。


 茶色の髪をかきあげて、ざっと立ち上がる。

 顔面を流れる水を払ってくるりと振り返ってみると、やはり、緊張した様子でこちらをじっと見ていたジノヴィと目が合った。



「残念ながら僕は男だよ。……魔女になった覚えも無い。どうして、君は僕が魔女だと言い切れるの?」


 驚きが彼の目に浮かぶ。

「では何故、お前は自分が魔女だと思われていると考えた? 話していない筈だが」


「あの子のお姉さん、スティアさんだっけ。あれだけ色々喋ってるのを聞いていれば察しが付くよ。それに、ここは教会だよね。『魔女探し』達の情報の拠点として歴史がある事は、一般人でも知ってるよ」



 そうかと呟いて、土埃を落としただけのジノヴィは踵を返した。

「お湯には入らないのかい?」

「……お前だという答えに辿り着くまで、多くの命が失われた。狎れ合う気はない」


 その小さな言葉に、強い意志が滲み出てくる。

 頑なに任務を遂行する姿は、帝国に帰着すれば、賞賛されるべきものなのだろう。

 けれど、彼の性格には、たぶん、柔軟性がない。

 遵守すべき規則、守るべき信念を精神に色濃く住まわせている、生粋のリーオレイス帝国人だ。


 それに比べると、セト自身は持つべきものも持たない、という事を心掛けている。

 他人の心理に関わる仕事は、自分の考えとは別の、広い客観性を持った言葉が必要だからだ。



 ふと、その大きな基本的な性格の格差が、おもしろいと感じた。

 この先このリーオレイス人に付いて行って、セトが持っていない性質の要素に触れていけば、今より少し違った自分が見えてくるのかも知れない。


 また逆に、彼にもセトの何かが伝播するとしたら、おもしろそうだ。



「ジノヴィ。……そう呼んでも良いね」

 一応、嫌がられそうな気もするから、一言ことわっておく。

「……何だ」

 予想通りに眉間に皺をつくって振り返った顔に、笑顔をむける。


「僕は逃げないよ。面白いから、君にちゃんとついていくつもりでいる。……だから、もう少し、肩の力を抜いていいよ」


 咄嗟に何か言おうと開けた口を、ジノヴィは静かに結んだ。

 手にした綿織物で薄銀髪から滴り落ちる水気を大雑把に拭う。


「……変わった奴だな」

「占い師だからね」


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