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セト=リンクス


 「マジで汚ねぇ! こりゃ、荷物は全部ゴミですぜ、お頭~」

 「馬車本体は上等じゃないか。布類以外は処分だよな」


 大男が馬車の中からひっくり返すように外に広げた荷物を見た優男が、奪ってきた馬をみている首領に声をかけた。

 盗賊の首領は優しく馬を撫でて、その轡を外す。


 「すごく疲れてるね。こんな可愛い馬をいじめるなんて、馬車の中身だけじゃなくて、あの持ち主も、ゴミなんじゃないかな」


 「お頭~、捨てていいですか~?」

 「いいよ。あ、でもちゃんと放置しないで埋めておいてね」



 そういって部下に笑顔を見せた盗賊団の首領の名前を、セト=リンクスという。


 かつては、北方の国の狭間で豪邸を襲って金品を稼いできた。

 だが、度重なる盗賊活動に、とうとう王国軍本体が重い腰を上げて討伐活動に出るという情報を掴んだので、さっさと撤退してきたのだ。


 リュディア王国のすぐ南西が、シェリース王国だった。

 フェルトリア連邦に入っても良かったが、連邦国は今までいた帝国とは警備組織の系統が違っていて、対策方法が立てられず、一旦見送った。

 シェリース王国で稼ぎつつ、隣のフェルトリア連邦の情報もあつめて、転々とするつもりだ。



 それにしても、シェリース王国にはあまり資源も豪邸もない。

 どうしてか稔りも多くないし、強奪する対象に乏しい。


 結局フェルトリア連邦の国章をつけた貴族の馬車を奪ってみたものの、20人強の人数の生活を回転させるには心許ない状況だ。


 ゴミを担いで姿を消したジルを見送って、いくつかの品を手にしたイアンが嬉しそうな顔で駆け寄る。

 「食糧が少しありました。フェルトリアの保存食ですかね。結構旨そうですよ、ほら」


 いままで見てきた北方の干し肉とバキバキに硬いパンには比較にならない。

 ほんのり茶色に焼き色のついた棒状の硬いパンに、色鮮やかな香辛料が片面ぎっしり貼り付いている。

 それと、硬く燻製にしたチーズと腸詰まで揃っていた。

 早めにフェルトリア連邦に移動した方が良い気がしてくる。


 「全員で頂くには少ないね。パンだけ君達に残して、あとは皆で競技の景品にしよう。待ってるだろうから、先に持っていってくれるかい?」

 「お頭は、いいんですか?」

 「僕はこの馬に会えただけで十分だよ。皆の方が動くし、遠慮しないで」


 そういうセトの方針を、イアンも心得ている。

 はい、と嬉しそうに笑って、食糧を持って茂みの中に入っていった。

 森の奥の洞窟に、まだ沢山の仲間が待機している。

 今回の獲物は馬車ひとつだったから、大人数で殺到する必要はなかった。

 彼らは、選抜して出掛けた者の成果を待ちわびているだろう。



 ジルが戻ってくるのを待つ間、今後の方針を固めないといけない。

 シェリース王国は治安が不安定だから動きやすいけれど、得物になりそうなものも乏しい。


 座り込んで思案してると、サワサワとそよいでいた風の中に、セトはふと違和感を感じた。



 「―――誰かいるのか」

 まわりを見回しかけたセトの外套を、ドンと矢が地面に縫いとめた。


 ざっと木陰から飛び出したリッドは、素早く駆け寄りながら魔法を繰り出す。

 『水よ 我が意に従い 封じよ』

 水の塊が、セトーーー盗賊の頭を包む。

 

 驚いている盗賊の横をすりぬけて、リッドは自分の馬を叩き起こす。

 だが、馬具が外されていて、咄嗟にうまく扱えない。


 水滴がはじける。

 魔法の集中力が切れて、あっさりと破られていた。




 「そんなに、この子をいじめたいわけ?」

 仲間を呼ぶのでもなく、魔法を撃ってくるのでもない。


 冷えた低い声でしずかに声をかけられて、リッドは一瞬、身体がこわばった。

 破った魔力の水で茶色の長髪を濡らした青年が、きり、と睨み付けてきている。


 それだけのことに、何故か、きつく胸が痛んだ。

 自分の方が悪者のような気がしてくる。



 「急いでいるんだ。いじめている訳じゃない。とにかく馬だけでも、返して貰う」

 馬具を拾い集めて馬を動かそうとする。

 

 が、立ったものの、その場を動こうとしない馬に焦っているうちに、いきなり背後からガッチリと捕まった。



 「おいおい、俺達のお頭に、何してくれたんだ、ガキが」

 しまったと身をよじってみるが、当然、相手にならない。

 さっき一目みて戦闘になるのを避けた大柄の男が、鼻で息を鳴らす。


 「ジル、それもゴミだから。捨ててきてくれる?」

 と、お頭と呼ばれた青年が、硬い声でさらりと怖いことを言う。


 「それは良いですが。こいつお頭に矢まで放ちやがって。イアンがみたら、全員で袋叩きだって言いますぜ。まぁ俺は、ひとりで八つ裂きにしてきますがね」

 「え、殺しちゃダメだよ。四肢を潰す位にして。馬をいじめたことを反省して貰わないと」

 


 無害そうな顔で残酷なことを言い放った盗賊の首領は、外套を地面に縫いとめていた矢を引き抜くと、手の中でくるりと回して、ピタ、と鏃を頬に当ててきた。


 「大体、この馬車一式、君だって誰かから盗ってきたんじゃないかい? フェルトリアの貴族の馬車が、こんな所を護衛も連れずに少年ひとり乗せて走ってるなんて、ありえない」



 鏃の冷たさに、背筋が冷える。

 ここまで連れてきてくれたゼロファを頼る訳にはいかない。


 力技で逃げ出せない限り、口先で何とかするしかない。


 「・・・俺の家の馬車だよ。確かに俺個人のじゃねーけど。でも、盗ってきたんじゃない」

 声をおとして、盗賊二人の感情に火をつけないようにする。


 「ふぅん。本当に貴族の子なら、身代金で稼がせて貰おうかなぁ」


 その一言で、一気に焦燥がたちのぼってくる。

 そんな事をされたら、格好悪いどころの話ではない。


 「いや、待て、腰を据えてまっとうに稼げばいいだろ?! 結束力があるなら、工業系も農耕系も、いくらでも稼ぎ口があるはずだ。いや、シェリース王国の事情は知らないけど。フェルトリア連邦になら、どんな職種だってある。こんな危ねぇ事しないで、働けよっ」


 言い切ってしまってから、慌てて口をつぐむ。

 盗賊相手にそんな当然の事を言っても仕方ないし、火に油を注ぐようなものでしかないだろう。


 実際、後ろ手に固定された腕が、ギリ、と締め上げられて、小さく悲鳴をあげた。


 「くそガキが。何も知らねぇくせに」

 どこか悲壮感をにじませた男の声が、頭のうしろから降った。



 「・・・僕達は、魔女探し達に村を焼かれた。だから奴らが大嫌いだし、それを応援する普通の人達との価値観も相容れない。どこに行ってもそうだ。かならず、争い事になる。だいいち大量の魔女探し達を消してきたんだ。今更普通になんて、戻れないよ」




 思いがけず目の前の首領が溢した言葉に、間違ってでも自分が魔女探しですと言わなくて良かったと小さく思う。


 だが、それとは別の焦燥が募る。


 「魔女探しを消したって―――」


 「この国の事は知らないよ。大勢集まってきてるみたいだけど、興味ない。ジル、縛り上げてそのへんに置いといて。身代金にするにしても、色々考えておかないとね」


 「わかりました。じゃあ吊るしときますね。逆さでいいですか」

 「それじゃ、死んじゃうよ」


 荒っぽくない代わりに淡々と恐ろしいところのある首領だ。

 後ろ手にきつく縛り上げられると、体力を持っていかれる前に、気力が急激に減っていく。


 あっという間に見事な手さばきで木に吊り下げられる途中で、ぼうっとどこか麻痺した意識が、首領の容姿をとらえる。


 盗賊の首領なのに、きれいな女顔をしている、と思った。




 「・・・普通の仕事が駄目なら・・・俺が・・・君達まるごと、雇う・・・」

 ぽつりと溢した言葉に、首領は一瞬だけ、目をあげた。


 だが、すぐに暗く破顔する。


 「他人の下につくのは、嫌いだね」



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