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魔女探しという旅人


 イアンからむけられた、まっすぐな、誠意。


 確かに、さっきの占いでは、自分の中で大切な何かを決めたほうが良いと言った。

 絵札の展開を直訳すると、『目的を見失った惰性が人生の発展を邪魔しているからけじめをつけないといけない』というものだったからだ。

 それがまさか、占い師を巻き込むものになるとは。


 彼自身も絵札と向き合った時には思いもしていなかったに違いない。



 ふ、と心地良い笑いがこみあげてくる。


「僕には、襲ってきた人が何なのかわからない。だから何から守って貰う事になるのか、わかってない。それでも、そんな事を決めて、いいのかい?」


「俺が、そうしたいと思ったんです」


 この時点で、さっきの占いは、役目を終えた。

 この閉鎖的な村で、こんな面白い事になるなんて……。

 また襲撃をうけた時、震えていた彼がどう対応するのかが楽しみに思えてくる。

 

「わかったよ。よろしくね、イアン」


 そうポンと肩を叩いて横になると、急に眠くなった。

 毎日屋内で過ごしてきたから、体力が落ちていたのだろう。

 すうっと眠りの中に落ちていった。







 野営の火を囲んだ男女が、難しい顔をつき合わせていた。

 保存食のパンを炙って齧り、飲み込んで、男が声を溢す。


「村人が庇うとは……。ただの占い師だろうに。それとも何か魔法でもかけてあるのか? 本人に危機が迫ったら自動的に守られるような……」

「そうね……可能性は薄いけど、催眠術みたいなものの応用なら、ありうるかも知れないわ」

「それだ、村全体にかけてあるに違いない。くそ、一般人になりすましてるからといって、甘くみたな。本気でかかるか……」

「ちょっと、村人を巻き込むのは駄目よ」

 

 男の赤い目が、野営の火に光ったのをみて、彼女は相棒を睨みつけた。

「大体催眠術なんて、簡単に醒めちゃうものでしょう。普通に村の人に慕われているとみるべきだわ。例え私達が知らないような凄い催眠術だとしても……だからこそ、慎重にならなきゃ」

「じゃあ、どうすればいいんだ……」

 苛立つ声が、火の中に消えていく。

 あのまま力ずくで占い師を連れ出してくる事も、出来なくは無かった筈だ。

 なのに、なぜ、自分は、自分たちは、あそこで躊躇ったのだろう?



 リーオレイス帝国。それが二人の出身地であり、所属でもある。

 寒地でありながら豊かな資源を効率的に活用し、絶対王政のもと厳しい法律と規則によって人民を厳格に育て、治めている。

 閉鎖的な祖国を出て他国を渡り歩いた二人には、自国の性格がよく分かる。

 決して良い国だという客観性は持てないが、抜き差しならない故郷だ。

 しかも旅にあたって国家から資金を得ているから、任務を放棄する訳にもいかない。


 旅という名の『魔女探し』だ。

 『魔女探し』という小集団は、古くから全国各地に存在している。

 が、国の任務として旅をしている集団は他に聞かない。


 大概は、恵まれていない自分の現実を打開するため、魔物狩りをしながら、魔物の脅威で世界を支配している『魔女』を倒すことを最終目標にしている。

 ただし、彼らに資金源は無い。

 世界中を歩き回りながら魔物を退治した報奨金を糧にしており、それで生計を立てて満足してしまう人間も少なくない。


 そういう現実が三百年ほど続いている。


 三百年ともなれば、魔女の存在そのものを疑いたいところだ。

 しかし、実際に各国を脅威支配している事は、自らも調査した様々な事象の例から、ほぼ事実だといえる。

 魔女という存在が継承されているものなのか、不老不死でも手に入れたのか。

 そもそも魔物で充満している魔物の温床である湿原の中に、人が住めるような場所など無い。

 それは三百年の間に命を賭して探索した先人達の結論だ。


 だから、魔女を倒したいのなら、まずは探し出す必要がある。

 命あるうちに倒すべき魔女に辿り着けた人間の話は、まだ誰も、きいたことがない。



 リーオレイス帝国は、厳格な国だ。国民性も合理性の塊のような人間が多い。

 そういう国が任務として二人に魔女探しをさせているのは、理論の上ではこの二人がこの任務を遂行出来ると期待しているからだ。

 2人の任務は、まず情報を集めて纏めるという地味な作業から始まった。

 最近数十年に魔女に関わったと思われる場所を歩き情報を拾い、足跡を辿っていく。


 魔女がいる、という情報は多い。だがその実態は、すべて虚構でしかなかった。

 外見に共通点はなく、年齢層までばらばら。

 よく話を聞いてみれば、地域の悪者にされている一般人か魔法使い。

 魔女ではなく、ただの嫌われ者だ。


 人間に聞いて廻ったところで無駄だと諦める前に、この二人は、対峙した『魔物』に聞いて廻った。

 リーオレイスの人間としての意地が、諦め以外の選択肢を創り出したといって良いだろう。


 人語を喋るような魔物は、強烈に手強い。

 実際、旅程で得た人員は、途中でほとんど戦死している。

 それで魔物に喋らせることができた内容は、人為を介さない、有力な情報だった。

 その情報を重ねた結果の上に、この炭鉱の村の、あの占い師がいる。


 『本当に隠したいものは、普通、ありえない、と思うような所にあるものだ』

 と呟いた吸血鬼の暗い色の目が、胸裏に浮かぶ。


 ありえない所に、ありえない在り方をして、世界の一部に確実に存在するもの。


「あの占い師が、そうであることに間違いは無い筈だ。必ず確保する。……あいつらを無駄死ににはさせない」

 これまで様々な手強い魔物を相手に戦ってきた。

 だが、人間相手は苦手だ。


 帝国の領土外での任務で、一般人が相手では、強盗のようにして動くか、説得にかかるか。

 本当は身分を明かして説得するのが一番良いだろうが、意気込んで押し入ってしまったせいで、まずはそれを謝罪する必要がある。

 それは帝国人として好ましいものではないし、そんな事をしている間に、逃げられてしまっては仕方ない。




「それにしても、可愛い顔をしていたわね。男なのに、女の子みたいな感じもしたし」

 相棒は小さく呟いてから、もうひとつ、声をおとした。

「それはそうよね……魔女なんだもの」


 そうだ。

 どんな容姿も関係ない。


 仲間の命と引き換えにした情報の結果として、あの占い師こそが、世界を統べる魔女だ。



「奇襲する」

「…‥それは……」

 眉をひそめた相棒に、男は真顔をむけた。

「まさか今日の今日ではもう来ないだろうと思っているだろう。不意を衝いた方が、余計な一般人を巻き込むこともない」





 ふと、夜中に眠りから醒めた。

 急に眠くなって寝て、急に起きた感じだ。

 自分でも、わりと気が張り詰めているのかもしれない。


「僕は……どうして狙われているのかな」

 呟いた声に、横でうとうとしていたイアンが、目を擦る。


「目が見えてなくて何だか分からなかったんだけど、盗賊じゃないんだよね」

 ゆっくり瞬きをして、外のぼんやりした薄明りが窓から差し込んでくるのを見つめる。

 イアンも、その疑問にあくびをしながら頷いた。


「ええと……盗賊にしては、金回りが良さそうな感じで、真面目そうでした」

「真面目そう、か……」


 改めて自分が狙われている原因を考えてみたものの、まったく心当たりがない。

 以前滞在していた都市で占った誰かが、何か不利益でも被ったのだろうか?

 けれど、そんな占い内容の客はいなかった筈だ。

 一介の占い師が客の人生に直接関わる事もないし、長く覚えておくこともない。


 そう考えると、今はとても特別な状態だ。

 イアンは初めてセトの「占い師」ではない所に入ってきた人間だ。

 そう思いめぐらしていると、彼がそわそわしているのに気付いた。


「どうかした?」

「いえ……、いつまでもここにいるのも、昼間の奴らに狙われている感じがして……。こんな時間帯ですが、どこかに移動しませんか?」


 なるほど。

 さっきから外で人が動いている気配がするのは、店主や客ばかりとは限らないか。


「じゃあ、店主を呼んで来て貰えるかい?」

 ゆっくり身体を起して、不安な顔のイアンに、内心苦笑した。

 守って貰うのは良いけれど、かなり頼りない。


「ここに迷惑をかけた訳だし、黙って消えるのも良くないしね。宜しくね」


 背中を押して、戸惑うイアンを部屋から押し出す。

 静かに扉を閉めて、さて、と息を吸った。



「――――治療費の支払いに来てくれたのかな」


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