遠い夜に。
「じゃあ今日も、2人で秘密の魔法を使おう!」
楽しそうな声が、静かな夜の公園に響く。無邪気な笑顔が、冷たい夜に花を咲かせる。
「…………」
俺はそんな2人の様子を遠巻きに眺めながら、どうするべきかを考える。このまま2人の様子を眺めるべきか。それとも、消えてしまった緑姉さんを探しに行くべきか。
「……ダメか」
一応、ポケットからスマホを取り出すが、圏外。連絡をとることはできないようだ。
「なら仕方ない。今はしばらく、様子見するか」
闇雲に探し回っても、見つけられるとは思えない。なら今は、この2人の様子を見ておいた方がいいだろう。こうして過去の景色を見せられているのにも、きっとなにか意味がある筈だから。
「……にしても、昔の俺ってこんな顔してたんだな」
小さく息を吐き、2人の方にゆっくりと近づく。2人にはそんな俺の姿が見えていないのか、楽しそうに会話を続ける。
「なずなくん。今日はどんな魔法を探しに行きたい?」
幼い頃の緑姉さんは楽しそうに口元を綻ばせ、灰色の少年の手を握る。
「僕には分からないよ、魔法のことは。だからいつもみたいに、緑ちゃんが教えてよ」
「それでもいいけど、それだとなずなくんは退屈じゃない? せっかくこうして夜の公園に来てるのに、いつもいつも私ばっかり話をして」
「大丈夫。緑ちゃんの話、楽しいもん」
「ほんと? じゃあ今日も、私が魔法を教えてあげるね!」
2人は親しげに笑い合う。その光景はとても微笑ましいもので、見ているだけで頬が緩む。……まあ、夜の公園で小学生が2人きりで遊んでいるというだけで、微笑ましい光景ではないのだろうが。
「その辺もなにか、理由があるのかな」
目の前で2人の会話を聞いていても、これが自分の過去だとは思えない。こんな風に夜の公園で女の子と話した記憶なんて、やはり俺にはない。
「なずなくんは知ってる? あの向こうの山にはね、100年に一度しか咲かない花があるらしいんだ。だから今日は2人で、その花を探しに行かない?」
「別にいいけど、花なんて見てもつまらなくない? それに……それって魔法なの?」
「魔法だよ! だってその花を見たら、どんな願いでも叶うらしいんだ!」
「……! それほんと⁈」
「ほんと! だって学校でみんな言ってたもん!」
小さな緑姉さんはえへんと胸を張って、灰色の少年はそれにキラキラとした視線を向ける。それはやっぱり微笑ましい光景だけど、とても……歪だ。
「本当に、なにやってるんだよ」
話している内容は、子供らしいもので特に変だとは思わない。だから気になるのは、2人はどうしてこんな時間のこんな場所で遊んでいるのか。
この頃の俺は確かまだ姉さんと出会ってなくて、学校にも行っていた筈だ。……無論、呪いのせいで馴染めてはいなかったけど、それでも父さんと入院している母さんと3人で、楽しい生活を送っていた。
だからこんな風に、人目を避けて夜の公園で遊ぶ理由なんてない。遊びたいなら、昼間に堂々と遊べばいい。そしてそれは多分、緑姉さんも同じ筈だ。
「さ、行こう。夜はまだまだ、長いんだから!」
緑姉さんは幼い俺の手を引いて、歩き出す。……その光景はなんだかついさっきの俺と緑姉さんのようで、思わず小さな笑みが溢れる。暗い考えが、少しだけ薄まる。
「……静かだな」
2人が歩く夜の街は、とても静かだ。聴こえてくるのは2人の弾んだ声と、静かな風の音だけ。俺たちの住む街は都会というわけではないから、夜はいつも静かだ。けれどこの日は、いつにも増して音がない。
「でもここは多分、本当の過去じゃなくて緑姉さんの記憶を元にした世界だ」
だから余計なものは、省かれているだけなのかもしれない。……まさか本当に過去に来ているなんて、そんなことはない筈だ。
「そうだ。なずなくん」
小さな緑姉さんは欠けた月を見上げながら、少年を呼ぶ。
「なに?」
少年は灰色の髪を夜風になびかせて、真っ直ぐに少女を見つめる。
「前に言ってた白い夢について、なにか分かった?」
「────」
その言葉に、ドクンと俺の心臓が跳ねる。
「ううん、全然。どれだけ話しかけても、あの子はなにも答えてくれない。だから緑ちゃんが言ったみたいに、友達になるのは無理そうだよ」
「……そっか。それは残念だね。でもなずなくんなら、どうにかできる筈だよ」
「そうかな?」
「うん! だってなずなくんは、みんなのヒーローなんだもん!」
2人が笑い合う。俺はズキズキと痛む頭を押さえながら、黙って2人の後をつける。
「なんなんだよ……」
この過去の世界のことと、緑姉さんが言っていた結婚の約束。その2つの謎について分かると思って、2人の後をつけてきた。
なのに2人は一体、なんの話をしている?
どうして小学生の時の緑姉さんから、白い夢なんて言葉が出てくる? それに、俺がヒーロー? 白に呪われていたこの頃の俺に、他人を助けることなんてできる筈がないのに……。
いったい俺は、なにを忘れているんだ?
「……あ」
そこで2人は、躊躇なく夜の山へと足を踏み入れる。その山は昔姉さんが住処にしていた山で、結構な大きさがある。一応2人は舗装されている道を歩いているが、それでも子供の足で登り切れるとは思えない。
「誰か止めろよ。……つーか子供の頃の俺って、こんなに考えなしだったっけ?」
ここが現実の世界でないことは分かっている。そもそも俺も緑姉さんも怪我なくちゃんと生きているのだから、ここで2人が死ぬようなことにはならない筈だ。……そう分かっているけど、子供の無謀な行動に余計な思考が消える。
とりあえず今は、あの2人の動向を見守ろう。
そう決めて、早足に2人の方へと向かう。
「って、なにやってんだよ!」
2人は当たり前のように、舗装されていない道の方に向かう。そっから先は入り組んでいるから、絶対に迷ってしまう。だから俺はそんな2人を止めようと手を伸ばすが、俺の手は2人の身体をすり抜ける。
「…………」
でもどうしてか、そうやって近づく俺の足音は聴こえていたようで、2人はびっくりしたように足を止める。
「な、なずなくん。なんか……変な足音、聴こえなかった?」
「……うん。聴こえた」
「…………お化けかな?」
「お化けなんていないよ」
「じゃあ、動物?」
「……だと、思うよ」
2人は不安そうに身を寄せ合い、姿の見えない俺を見つめる。
「なあ、聞こえてるのか?」
そう声をかけるが、2人からの返事はない。どうやら声は、聞こえないようだ。
「…………」
だから試しに、近くの木の枝を掴みバサバサと揺らしてみる。
「……!」
2人は恐怖と驚愕に目を見開き、そのまま手を取り合って逃げるように舗装された道の方に戻っていく。
「地面を歩けてるんだから、物に触れられるのは当然か」
なら文字を描いたりすれば、意思疎通ができるかもしれない。……でも果たしてそれに、なんの意味があるのだろう? 思わず2人に関わってしまったが、それは正しいことだったのだろうか?
なんの答えを出ないまま、ビクビクと震えながらも必死に歩く2人の背中を追う。
「大丈夫だよ? 緑ちゃん。お化けが出てきても、僕が緑ちゃんを守るから」
「うん、ありがと。やっぱりなずなくんは、優しいね?」
「……別に、優しくなんてないよ」
どこかで見たようなやりとりをしながら、2人は前に進む。俺はそんな2人を追って、ただ足を動かす。……時折、変な方向に進もうとする2人を、物音を立てて誘導しながら。
「綺麗……」
「すごい……」
そして少女たちは、見つける。俺が昔、姉さんに案内してもらった、目を見張るようなただの花畑を。100年に一度どころか毎年花を咲かせるその眩い花畑に、2人の視線は釘付けになる。
「これならきっと、私たちの願い……魔法も叶うよ」
「……そうだね、緑ちゃん。これで僕たちの魔法も完成する」
2人はぎゅっと強く手を繋ぎり合い、静かに願いを口にする。それで俺は……知ることになる。この小さな夜の意味を。無謀としか思えない、小さな冒険のわけを。
だからまだ、夜は終わらない。




