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いいよね?



 白い呪いというのがなんなのか、考えていた。



 久しぶりに来た学校。久しぶりなのに、なにも変わることのない見慣れた場所。まだこの高校に通い始めて数ヶ月だから、特に思い入れはない。だから久しぶりに学校に来たからといって、なにか感じるわけでもなかった。



 ……まあそれは、俺に友達が1人もいないからかもしれないが。



 とにかく、ようやく帰ってきた日常。そして、久しぶりの1人の時間だ。少し前までは1人でいることが人生の99%を占めていたのに、今では寝る時も誰かと一緒だ。


 だから俺はそんな1人の時間……授業中に、白い呪いについて考えることにした。



 俺の呪いは、全てが上手くいかなくなるというものだった。



 産まれた直後に死んでしまった俺は、未来の幸福を代償にしてその死をなかったことにした。だから姉さんが呪いを断ち斬ってくれなければ、俺は不幸しかない人生を歩むことになっていたのだろう。


 ということはつまり。白白夜の死神の呪いというのは、なにか願いを叶えた代償のことを指すのかもしれない。


「…………」


 そして姉さんは、言った。呪いを受けている者は、なにか異常を起こすと。俺が不幸を振り撒いていたように、呪われているその誰かもなにかしらの異常を振りまいている。


 ……けれど振り返ってみても、みんなの周りは異常だらけで、なにが白い呪いの異常かなんて分からない。


「…………」


 ……でもなにか、とても大切なことを見落としている気がする。日々の生活に小さな違和感があるのに、それを上手く言葉にできない。


 と。そこで聴き慣れたチャイムが響いて、久しぶりでも長い授業が終わって昼休みに突入する。


「さて、なに食べるかな」


 そう呟き、思考を切り替え立ち上がる。今日は弁当を作ってきていないから、学食に行こうか。それともパンでも買って教室で食べるか。……そんなことを考えながら、教室を出る。すると、ピコンとスマホから着信を知らせる音が響く。


 どうやら、メッセージが届いたようだ。


「……っと。橙華さんから、か」



『屋上で待ってるよー』



 橙華さんから届いたメッセージには、そんな簡素な一文と可愛い熊のスタンプが押されていた。だから俺は『すぐにいきます』とメッセージを返して、屋上へと向かう。


 橙華さんがどうして俺を屋上に呼び出すのかなんて、分からない。けれど別に断る理由もないので、俺は早足に屋上へと向かう。





「…………」


 ……だから俺は、最後まで気がつかなかった。朝からずっと向けられていた、絡みつくような視線に。



 ◇



「あ、なずなくん。こっちこっち!」


 屋上へと続く扉を開けると、柔かに笑った橙華さんが手を振って俺を呼ぶ姿が見える。


「橙華さん。お弁当、作って来てくれてたんですね」


 屋上の床に敷かれたレジャーシートには、まるで花見の時のような大きな重箱がいくつも置かれていた。


「えへへー。実は昨日の夜から、なずなくんの為に作っておいたんだ。驚いたでしょ?」


「そりゃあ、驚きましたけど……。でも朝ごはん一緒に作った時は、こんな重箱なかったですよね?」


「ふっふー。実は驚かそうと思って、隠しておいたんだー。ほら、そんなことより早く座って。ここで外の景色でも見ながら、一緒にお弁当食べよ?」


「分かりました。じゃあ、頂きます」


 色々と言いたいことはあったが、とりあえず今はそう答えて橙華さんの前に座る。


「…………」


 今日は日差しが強くなくて、風が気持ちいい。こんな所でお弁当を食べられるのだから、学校というのも中々悪い所ではない。


「……あれ? なずなくん、食べないの?」


「食べるのは、みんなが来てからじゃないんですか?」


 橙華さんが用意してきたお弁当は、どう考えても1人で食べ切れる量じゃない。だからきっと、みんなで一緒に食べる為にこんなにいっぱい作ってきたのだろう。そう思っていたのだけれど、橙華さんは首を横に振る。


「これはぜーんぶ、なずなくんの分だよ?」


「そうなんですか?」


「うん。なずなくんに喜んでもらいたくて、頑張ったんだ! ……あ、でもちゃんとみんなの分も作って渡してあるから、それは心配しなくても大丈夫だよ?」


「…………」


 橙華さんはニコリと笑う。その笑みは無邪気でとても可愛いのだけれど、なにかが……欠けているような気がした。


「そんなことより、ほら。一緒に、食べよ? あーん」


「……あーん」


 橙華さんが差し出してくれた唐揚げを頬張る。……それは冷えているとは思えないほどジューシーで、とても美味しい。けれど、やはり一瞬。橙華さんの目に、冷たいなにかが見えた気がした。


「美味しい?」


 慈しむように、橙華さんは俺を見る。


「凄く美味しいです。やっぱり橙華さんは、料理が上手いですね」


「そんな風に褒めてもらえるなら、頑張って作った甲斐があったよ!」


 橙華さんは幸福そうにニヘラ笑って、今度は卵焼きをこちらに差し出す。


「……いや、自分で食べられますよ?」


「ダメ。せっかく2人きりのご飯なんだから、こうやって食べないともったいないでしょ?」


「そういものですか?」


「そういうものなの!」


 そうやってしばらく、2人でお弁当を食べる。そんな時間はとても幸せで、なにより橙華さんの料理は頬が落ちるくらい美味しかった。


「うっぷ」


 けれどいかんせん、量が多過ぎだ。だから食べ切る頃には、満腹で一歩も動けなくなっていた。


「ご、ご馳走様でした……」


 そのままバタンと、レジャーシートの上に倒れ込む。眼前に広がる青い空が、目に痛い。あまりにお腹が膨れ過ぎて、意識が持っていかれそうだ。


「ふふっ、お粗末さま。全部食べてくれて、ありがとう」


 橙華さんはそう言って、ゆっくりとこちらに近づいてくる。そしてそのまま、俺の頭を自分の太ももにのせる。


「……いいんですか?」


「うん。全部食べてくれたお礼に、膝枕してあげる」


「ありがとうございます。……でも、食べてすぐ寝ると太っちゃいそうですね」


「なずなくんはスッとしてるから、少しくらい太っても大丈夫だよ」


「ですかね?」


「うん。……あたしなんか、また服がキツくなってきたんだ……。ほら、制服見てみて? 胸のところ、パツンパツンでしょ?」


「…………」


 そう言われて見上げると、真っ青な空に大きな影が差していた。そして橙華さんはそのたわわな影を、見せつけるようにムニムニと揉む。


「あ、なずなくん赤くなってる〜。かっわいいなぁ。……いいよ? 少しくらいなら、触っても」


「いや、ダメでしょ。ここ学校ですよ?」


「ふーん。つまりなずなくんは、学校じゃなかったら揉んでくれるんだ」


「いや、揉みませんよ。……揉んだら、大きくなるって言いますしね」


「あたしは別に、いいんだけどな。なずなくんに大きくしてもらえるなら」


 冗談めかして、橙華さんは笑う。笑って優しく、俺の頭を撫でる。そしてそのままなんでもないことのように、俺の頬に……キスをした。


「────」


 ドクンと心臓が跳ねる。身体に力が入る。


「ふふっ。忘れてたでしょ? あたし言ってたよね? なずなくんがあたしにキスしたくなるまで、何度も何度もキスするって」


「……そう、でしたね」


「うん。それに、デートするって約束もしてるしね」


 そこでまた、冷たい唇が頬に触れる。


「……実はあたし、嫉妬してるんだ。黄葉ちゃんがなずなくんに告白したって聞いた時、凄く……嫉妬した。黄葉ちゃんが戻ってこれて、本当に嬉しかったのに。泣いちゃうくらい……嬉しかったのに。なのにその言葉を聞いた瞬間、あたしの頭……真っ白になっちゃった」


 橙華さんの唇が頬に離れる。大きな胸の向こうから、橙華さんの視線が肌を刺す。


「橙華さん。俺は──」


 と、そこで。俺の言葉を遮るように、授業開始5分前を知らせるチャイムが鳴る。


「……橙華さん。とりあえず今は、教室に戻りましょう。話なら放課後……は緑姉さんと約束があるから、夜にでも付き合います。だから、今は……」


 そう言って俺は、立ち上がろうとする。


「動いちゃダメ」


 けれど橙華さんのその一言で、身体が動かなくなる。


「とうか、さん?」


 橙華さんの柔らかな太もも上で、大きな胸を見上げる。それ以外、なにもできなくなる。指先一つ、動かすことができない。


 これはまさか、橙華さんの……。


「なずなくん。今からあたしと、デートしようよ」


「おれ、は……」


「ダメ。いいって言ってくれるまで、そのまま動いちゃダメ。いいって言ってくれるまで、ほっぺたはむはむし続けるから」


 橙華さんの柔らかな唇が、また俺の頬に触れる。……抵抗できない今の状況では、その感触がやけに鮮明に伝わってくる。


「…………」



 だから、俺は……。




「──なにやってるんですか。橙華姉さん」



 そこで扉の方から、緑色の声が聴こえた。……そしてちょうど、授業開始を知らせるチャイムの音が響いてしまった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 声にも色があるのか/w 早速取り合いのプチ修羅場か。「視線」は素直に緑のものと考えてよいのかな?
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