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作戦開始!



 そして、翌日の昼休み。暖かな日差しが降り注ぐ屋上で、柊 赤音がやってくるのを待っていた。


「上手くいくとは、思えないんだけどな……」


 雲一つない青空を見上げながら、昨日の黄葉の言葉を思い出す。



『赤音ちゃんはさ、ああ見えて少女漫画が大好きなんだよ! だから少女漫画みたいなシチュエーションを作れば、ころっと落ちること間違いなし!』



 黄葉は満面の笑みでそう言って、とある作戦を俺に授けた。


 その作戦は、少女漫画のことも柊 赤音のことも知らない俺からすれば、荒唐無稽なものだった。しかし何事も、先達の意見は尊重するべきだ。


 ……まあ、その作戦を聞いた紫恵美姉さんは呆れたような顔をしていたが、それでも俺は黄葉を信じると決めた。



 だから俺は黄葉に言われた通り、昼休みの屋上で柊 赤音がやってくるの待っていた。


「なんか今から、告白するみたいだな」


 なんてふざけたことを呟いた直後、屋上の扉が開いて1人の少女が姿を現す。


「黄葉? いきなりこんな所に呼び出して……って、どうしてあんたがここいるのよ」


 柊 赤音は、親の仇でも見るような鋭い目で俺を睨む。……が、俺はそんな柊 赤音には目もくれず、黄葉が動くのを待つ。


「なんなのよ、黙り込んで。……いや、まさかあんた、また私に告白する気じゃないでしょね」


「…………」


「……なんなのよ。黙ってないで、なんとか言ったら──」


 そこでようやく、黄葉が動く。柊 赤音の方からは死角になる位置に潜んでいた黄葉は、紙袋に詰め込んでいた()()を青空に向かって投げ捨てる。


「……え?」


 夏の始まりと幼少期の思い出が合わさった赤銅色の()()は、黄葉の正確無比なコントロールによって、柊 赤音の頭上に落ちる。



 その光景は、圧巻だった。



 なんせ、数えきれないほどの蝉の抜け殻が、突如として柊 赤音の頭に降り注いだのだから。


「……っと、これで終わりじゃない」


 目の前の地獄のような光景から意識を戻し、大きく息を吐く。そして、できるだけ爽やかな笑みを浮かべながら、黄葉と一緒に何度も練習したその言葉を口にする。



「──なぁ、赤音。頭に、蝉の抜け殻ついてるぜ?」



 柊 赤音の綺麗な髪を撫でるように、ゆっくりと手を伸ばす。


「死ねっ!!!」


 ……が、その手が彼女に触れる前に、俺の腹に衝撃が走る。どうやら腹を殴られたらしいと気がついたのは、屋上のフェンスまで吹き飛ばされたあとだった。


「大丈夫か! 師匠!」


 隠れていた黄葉が姿を現し、俺の方に駆け寄って来る。


「……や、やっぱり、むりじゃねーか。おかしいと、おもったんだよ……」


「実はわたしも8割くらい、そう思ってたんだ。だって赤音ちゃん、虫……大嫌いだから……」


「それ、を……さきに言え……」


「でも仕方ないんだ、師匠。他に髪に引っ付くようなものが、なにも思い浮かばなかったんだ!」


「にしても、蝉の抜け殻はねーよ。……がくっ」


「し、師匠……! 死ぬな! 師匠! 師匠……!」


 意識がだんだんと、薄くなる。けれど黄葉が俺の肩をぐわんぐわんと揺らすから、気絶することもできない。


「黄葉。あんた、これはなに? いやまさかあんた、こいつに言いくるめられて私に嫌がらせを──」


「違う違う! わたしが赤音ちゃんに、嫌がらせなんかするわけないだろ! じゃなくてわたしはただ、赤音ちゃんに喜んでもらえるようサプライズを──」


「蝉の抜け殻を頭から浴びせられて喜ぶ奴が、どこにいるって言うのよ! このバカ!」


 それは確かに、その通りだった。そうして俺の意識は、冷たい闇へと沈んでいく。その最中、もう黄葉の言うことは絶対に信じないと、そう強く心に決めた。



 ◇



 そして、翌日の昼休み。暖かな日差しが降り注ぐ屋上で、柊 赤音がやってくるのを待っていた。


「上手くいくとは、思えないんだけどな……」


 そう呟き、屋上に潜んだ黄葉の頭を叩く。


「あいた。なにすんだ、師匠」


「あいた、じゃねーよ。どうして俺は懲りもせず、こんな所にいるんだよ」


「そりゃ師匠が、赤音ちゃんと仲良くなる為だろ?」


「そうだけど、そうじゃねーんだよ。昨日の今日で、成功するわけねーだろ。バカなのか? 俺とお前は」


「ちっちっちっ。甘いぜ、師匠。昨日の敵は今日の友。わたしはすでに、あの蝉の抜け殻と和解を済ませてあるのさ」


「…………」


 もうダメだ、こいつは。俺も大概世間知らずだが、こいつのそれは次元が違う。いい歳して、蝉の抜け殻を集めてる時点で図抜けているとは思っていたが、まさか脳みそまで空だとは思いもしなかった。


「まったく師匠ともあろう人が、わたしの作戦を信じられないのか?」


「信じた結果が、昨日のあれだからな」


「バカ師匠。弟子の言うことはなんでも信じるのが、いい師匠の条件なんだぜ?」


「そんな条件、聞いたこともねーよ」


「いいから聞けって、師匠」


 春の心地い風が吹きつける中、黄葉は勝手に聞いてもいない作戦を話し出す。


「第一印象が最悪の相手に、いつの間にか恋に落ちてる。それもまた、少女漫画の定番なんだよ」


「それはそうなのかもしれないけど、その定番が今の状況とどう関係してるんだよ」


「そんなの決まってるじゃねーか! なんと昨日の失敗は、今日の為の布石だったのさ! ああして一度嫌われることで、赤音ちゃんに師匠のことを強く意識させたのさ!」


 黄葉はババーンと、胸を張る。


「な、なんだって! 元から第一印象は最悪だったと思うけど、まさかお前がそこまで考えていたとは……」


「へっへー。もっと褒めろもっと褒めろ」


「凄い凄い、天才美少女。……それで、肝心の作戦は?」


「雨の中。捨て犬に優しくする大作戦」


 その黄葉の言葉を聞いて、空を見上げる。今日は快晴で、雨なんて1滴も降っていない。そこで視線を、屋上に戻す。当たり前だが、屋上に捨て犬なんているわけがない。


「よし。帰ろう。柊 赤音が来ないうちに、さっさと逃げよう」


「あ、バカ待て師匠」


「バカはお前だ。雨も子犬もなしに、なにをやるって言うんだよ」


「雨はこれから降るの。紫恵美ねぇのま……じゃない。天気予報で、そう言ってたんだ」


「じゃあ、子犬は?」


「バカ師匠。子犬を雨に濡らすなんて、そんな可哀想な真似できるわけないだろ?」


「作戦の立案者の癖に、なに言ってんだよ」


「それで、代わりにこれだ!」


 黄葉は俺の言葉を無視して、とあるものを懐から取り出す。


「……ってそれ、蝉の抜け殻じゃねーか!」


「そうだ。和解したと言った筈だぜ?」


「知らねーよ」


「おっと、そろそろ雨の時間だ。師匠はそこで、この蝉の抜け殻に優しくしてやってくれ。きっと赤音ちゃんもその姿を見たら、師匠にころりと落ちる筈だぜ?」


 強引に、蝉の抜け殻を渡される。するとその直後、本当に雨が降り出した。


「……まじかよ」


「へっへー。だから言ったろ? じゃあ、あとは頑張れよ? 師匠」


 黄葉は最後にニヤリと笑って、屋上から出て行く。俺はそんな黄葉を見送って、ざーざーと降り注ぐ雨に打たれながら、手の平に置かれた蝉の抜け殻を見つめ続ける。


「…………」


 そうして気づけば、昼休みが終わっていた。柊 赤音は、来なかった。昨日の今日だし雨も降ってるし、来るわけがなかった。


「……なあ、黄葉。1つだけ、訊いてもいいか?」


「なんだ? 師匠」


「お前さ、少女漫画……読んだことある?」


「いや、ない」


「…………今度一緒に、読もうな」


「うん! 約束だぜ? 師匠!」


 そうして作戦は、大失敗した。柊 赤音に殴られ、雨でびしょ濡れになり、なにもいいことはなかった。



「もう絶対に、黄葉の言うことは信じない」



 冷たい雨に打たれながら、俺はそう強く心に決めた。



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