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そして──。



「黄葉──!」



 赤音はただ、手を伸ばす。悠久の時を嘆き続けた悪夢を蹴飛ばし。世界を染める真っ暗な闇を笑い飛ばして。彼女は一心に、手を伸ばす。


「届け──!!」


 まるで人形のように静かに目を瞑っている、大切な家族。誰より真っ直ぐで優しい、ひたむきな女の子。そんな寝坊助な少女を助ける為に、赤音は闇を突き進む。


「──っ。届いた!」


 赤音の手が、少女に触れる。ぽかりと空いていた胸の穴が、ようやく塞がる。ずっとずっと生きた心地がしなかった心臓が、喜びを叫ぶ。



 やっと、手が届いた。



『夜』を染める悪夢を止めて。天を統べる神と戦い。悠久の嘆きが詰まった悪夢を突き破り、赤音の手がようやく黄葉に届いた。


「いつまで寝てるのよ、黄葉。……一緒に帰ろ? みんなあんたを、待ってるんだからさ」


 黄葉の手を優しく握る。けれど黄葉は、目を覚まさない。ここも『夜』の一部なのだから、黄葉にも外傷1つない。肩を揺すれば目を覚ましそうなほど安らかに、眠っている。眠ったまま、目を覚さない。



 しかしそれは、当然のことだ。



 悪夢に飲まれた人間は、今の黄葉のように果てない悪夢を見続ける。ふと目を覚ますことはあっても、赤音のように自由自在に動けることなんてありえない。


 だからおかしいのは、赤音の方だ。赤音自身にもその理由は分からないが、赤音には不可能を可能にする力があった。



 けれど今は、そんなことより……。



「待ってて、黄葉。こんな悪夢、私がすぐに終わらせるから!」


 もう離さないと言うように黄葉の手をぎゅっと握りしめ、赤音はまた悪夢を進む。


「──っ!」


 進む度に、声が響く。行かないで行かないでと、寂しが屋な悪夢が赤音の脚を掴む。


「……知ったことじゃない。あんたの苦しみも怒りも、どうだっていい。そんな理由で、私は家族を諦めない!」


 思えば、1番最初に話しかけてくれたのは、いつも黄葉だった。養子として柊の家にやって来た時も、魔法少女の役目を聞いて手が震えていた時も。



 いつも最初に、黄葉が笑いかけてくれた。



「──だから今度は、私がこの子を助けてやる番なんだ──!」



 絡みつく闇を燃やして、赤音はひとえに天を目指す。万年の嘆きも。人々の愚かしさも。神の卑劣さも。白い夜の力も。全て関係ない。



 赤音はただ、温かな幸せに向かって前へと進む。



「これで、終わりだ──!!」



 黄葉の手を握りしめ、絡みつく悪夢から抜け出る。そしてその勢いのまま、『夜』の闇にも染まらない透明な水晶を叩き割る。



 ぱりん、と音が響く。



 粉々になった水晶は、それでも赤音と黄葉を傷つけない。……ああ。神々(しょうじょたち)はここまで壊れてしまったけれど、それでもまだ人を愛している。彼女たちは誰より人を愛しているから、こんなにも狂ってしまった。



『約束だよ!』



 そんな声が、最後に聴こえた気がした。そうして悪夢が、目を覚ます。『夜』を染めんと突き進んでいた闇の濁流は、夢のように溶けて消える。空に入った亀裂も、澄んだ夜空が埋めていく。青波が対面していた神もまた、狂気と一緒に闇に消える。


「…………」


 けれど青波は、最後に見た。闇へと消える神の瞳が、安堵の色に染まっているのを。



 そうして青波と赤音は、気づけば夜の空に立っていた。



「終わった、の……?」



 他の姉妹たちとは距離が離れているから、その赤音の問いに誰も言葉を返せない。……けれど確かに、温かな感触が手のひらにある。ずっと会いたかった大切な家族を、ようやく取り戻すことができた。


「…………」


 静かな夜風が、頬を撫でる。落ちてくるような大きく丸い月が、夜の街を照らす。そこにはまだ、なずな悪夢である蜘蛛の大群がいる。けれどそれでも、夜はとても静かだ。


 世界を飲み込まんとする悪夢は、もうどこにもありはしない。


「終わったんだ……」


 噛み締めるように、そう呟く。それでようやく、肩から力が抜けた。そしてそんな赤音とその胸で眠る黄葉に向かって、4人の少女たちが夜を駆ける。



 長い長い『夜』が、終わりを告げた。



 ……そして。そんな終わりの気配を感じとったように、少女の瞼がゆっくりと開く。


「黄葉!」


 長い戦いの疲労も忘れて、姉妹たちは愛しい家族の名を呼ぶ。


「…………」


 すると少女は、それに応えるように自身の足で空に立つ。そして吹きつける風に髪をなびかせながら、ゆっくりとその言葉を口にした。














「──勝ったと思ったか? 小娘ども」




 瞬間、夜の闇に痛みが走る。夜より暗い漆黒が、天を染める。


「──っ! な、なによ、これ……」


 神と直接対峙した青波ですら動けなくなるほどの、圧倒的な神威。悪夢でも、影でも、骸でもない。正真正銘の神の力が、夜を覆う。


「その程度の力で、神に勝てると思ったか? この程度の想いで、妾の万年を塗り潰せるとでも思ったか? ……この程度の希望で、妾の夜を終わらせられると──本気で思っていたのか!!!」


 声が、空を震わせる。助けた筈の黄葉が、ようやく取り戻したと思った家族が、蜘蛛の声で叫びをあげる。


「なん、で……」


 その呟きは誰ものか。……少女たちは目の前の現実が理解できないと言うように、唖然と黄葉の姿を見上げる。


「……ああ。やはりこの世は、悍ましい」


 吐き捨てるようにそう言って、少女はゆっくりと夜空を上る。歩くだけで夜が震え、見るだけで心が折れる。そんなどうしようもないしょうじょが、月を背にして街を見下ろす。


「…………」


 決して花が咲かない、永劫の冬のような世界。血を流すしか能のない、嘘で固めた人の世界。彼女はそんな世界を、冷めた瞳で睨みつける。



 ……彼女は、黄葉ではない。



 無論その肉体は、黄葉のものだ。長年一緒にいた少女たちが、それを見紛う筈がない。……けれどその中には、暗い悪夢が詰まっている。本来、持ち主にしか戻れない筈の悪夢が、どうしてか黄葉の中にいる。


「遊びは終わりだ、小娘ども」


 夜は明けない。悪夢は終わらない。闇は消えても神は死なない。



「──さて、悪夢の続きを始めようか」



 月光が照らす暗い夜に、闇色の声がただ響く。



 だからまだまだ、夜は明けない。



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