約束だ!
「あ、師匠! 今度はあっちに行ってみようぜ? ほら、早く早く!」
俺の手を引いて、楽しそうに黄葉は笑う。
「分かってるから、そんな引っ張んなって」
俺はそんな黄葉の笑顔を見ながら、小さく息を吐く。
ボウリング場を後にした俺たちは、近くの焼肉屋で昼食を食べ、ショッピングモールにやって来た。特に目的があって来たわけではないが、黄葉が楽しそうにはしゃぎ回ってくれるので、とても楽しい時間を過ごせていた。
……まあ、ボウリングで負けたのは完全に想定外だったが、これはこれでよかったのだろう。なんせ俺が勝ったら、『また前みたいに、一緒に遊んでくれ』と命令するつもりでいたから。
「……つまり、結局は同じだ」
だから別に、悔しくはない。……本当に本当に、悔しくはない。
「あ、そうだ。なあ、師匠。ペットショップ寄って行こうぜ? わたし、猫みたい!」
俺の思考を遮るようにそう言って、黄葉はぐいぐいと俺の腕を引っ張る。
「お、いいな。俺も猫、好きだぜ? ……どっちかっていうと、犬のが好きだけど」
「……は? 師匠ともあろう人が、なに言ってんだよ。犬より猫の方が、ふさふさに決まってるだろ?」
「ふさふさかどうかなんて、どうでもいいんだよ。そんなことより猫より犬の方が、元気じゃん。いつも元気に走り回ってて、可愛いじゃん」
「な、なんだよ、それ……。もしかして師匠、わたしのこと口説いてる?」
「なんでそうなる」
黄葉が顔を赤くして目を逸らした意味が分からず、首を傾げる。
「あ、そういやさ。前から気になってたんだけど、お前ら魔法少女にはマスコットとかいないの? そういうの、お約束だろ?」
「……あー。確かにアニメとかだと、そういうの絶対にいるよな。戦わないのに、偉そうなこと言うやつ」
「そうだけど、なんか微妙に嫌な認識だな……。で、いないの?」
俺がそう尋ねると、黄葉はすぐにいつもの笑みを浮かべて、言う。
「そんなの、いねーよ。……まあ、紫恵美ねぇの魔法なら真似することはできるんだろうけど、意味ないしな」
「紫恵美姉さんの魔法って、どんなのなんだ?」
「紫恵美ねぇは、人形を使って戦うんだよ。あの人は昔から、ものを動かしたり組み替えたりするのが得意なんだ。だから『夜』の時は、いつもゾンビの人形を巨大化させて戦ってる」
「……なんか、怖いな」
「うん。でも人形は人形だから、アニメのやつみたいに喋ったりはできないらしい。……少なくとも昔頼んだ時は、無理だって言ってた」
黄葉は本当に残念そうに、息を吐く。
「頼んだのかよ」
「うん。だって魔法が使えるんだぜ? ならそういうの、真似したくなるだろ?」
「……気持ちは分かる。なんたって、魔法少女だもんな」
まあ男の子である俺は、そういうのよりライダーや戦隊モノのほうが好きだったりする。でもそういうのへの憧れは、男も女も一緒なのだろう。
「まあでも、わたしたちが勝手に言ってるだけなんだけどな。魔法少女って」
「そういや、そんなこと言ってたな。……でもじゃあ、その魔法少女……柊の役目には、他になにか呼び方があったりするのか?」
「うん。なんかあった筈だぜ。……えーっと、なんだったけな? なんかあれ……小難しい呼び方があったんだよ。昔、お母さんが言ってたんだけど、難しくて覚えられなかったんだ。だからみんなで、魔法少女って呼ぶことにしたんだ」
黄葉はそう言って、無邪気な顔で笑う。……その笑みがなんだか不意打ちで、少しドキッとしてしまう。
「……でも、あれだな。天底災禍とか、覚えづらいもんな。……あ、でも『夜』はそのまんまだな。それはなんか、意味があんの?」
「それは……って、師匠! ガチャガチャあんぞ? しかもちょうど、魔法少女のやつだ。やる? やるよな?」
「ふっ。黄葉はお子様だな。でもいいぜ、付き合ってやるよ」
「やったっ! 流石は師匠だ!」
「よしじゃあ、あれな。このシークレットを先に出した方の勝ちな」
「師匠はなんでも勝負したがるよな。……ぷぷっ、お子様だな」
「うるせぇ。お前だって、同じ癖に」
「ふふっ、そうだな。じゃあわたしから回すぞ! ……って、小銭がない! 頼む師匠! 貸してくれ!」
「仕方ない。そのかわりあとで、倍にして返せよ?」
なんて風に2人で、ただ無邪気にはしゃぎ回る。そんな時間は本当に本当に楽しくて、だからあっという間に時間が流れていった。
そして空が茜色に染まる頃。少しだけ遠回りして、あの河川敷にやって来た。
「なあ、師匠」
「なに?」
「この河川敷から見る夕焼けってさ、なんか寂しくないか? 楽しい時間はもう終わりだって言われてる気がして、胸がきゅんって痛くなる」
頬を夕焼けに染めて、少しだけ大人びた顔で黄葉は言う。
「……確かにな」
俺もゆっくりと沈んでいく夕焼けを眺めながら、そう言葉を返す。
「まあでも、楽しい時間はまだ終わらないぜ?」
「うん? まだどっか行くのか? 師匠」
「違う違う、そうじゃなくて。こっち見ろよ、黄葉。それでちょっと、目を瞑ってくれ」
「なんで? ……って、あ! もしかして師匠、キスする気だな! キスしてくれるんだな! そうなんだろ?」
目をキラキラと輝かせた黄葉が、思い切り俺の肩を掴む。
「ちげーよ、そうじゃない」
「嘘だな。キスだ。だって師匠、なんか照れた顔してるもん」
「うるさいな。いいから早く目を瞑れ」
そう言って強引に、目を瞑らせる。そして黄葉が完全に目を瞑ったのを確認してから、用意していたそれを素早く取り出し、黄葉の首にかけてやる。
「もういいぞ」
「あれ? まだキスしてねーぞ、師匠」
「キスはしないの。いいから目を開けろ」
そこでパチリと、黄葉の大きな目が開く。
「なあ、師匠。わたし、キスされてないぞ?」
「だからしないって。しつこいな。……そんなにキス、して欲しいのか?」
「…………そう言われると、恥ずかしい。やっぱまだ、わたしには早い」
黄葉は夕焼けよりも真っ赤に頬を染めて、照れたように顔を背ける。
「そんなことより、首見てみろよ。いいものがあるぞ?」
「首って……あ。これ……」
首につけられたネックレスを見て、黄葉は驚いたように目を見開く。
「それ、俺からのプレゼント。……あんま高いものじゃないけど、それでも黄葉に似合うと思って買っといたんだ」
「……そっか。でも、いいの? こんな可愛いの、本当にわたしが貰ってもいいのか?」
「当たり前だろ? その為に、買って来たんだから」
「……そうなんだ。ふふっ、ありがとう!」
黄葉はまるで宝石にでも触れるように優しくネックレスに触れ、また照れたように笑う。俺はそんな黄葉を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「……最初に、言ったよな。最後に言いたいことがあるって」
「……あ、じゃあ師匠は初めから、これを用意してきてくれてたのか」
「うん。それさ、ひまわりがベースになってるんだよ。ちょっと子供っぽいかもしれないけど、それでも……可愛いだろ?」
うん。と黄葉は素直に頷いてくれる。だから俺は、言葉を続ける。
「黄葉が今、なにを悩んでいるのか。俺はそれを、理解してやれない。……いや、きっと多分、悩みなんてものは他人には理解できないものなんだと思う。……そもそも俺、大人とか嫌いだしな」
だって俺はそんな大人たちに、子供でもしないような嫌がらせを何度も何度もされてきた。
「でも俺はちゃんと、黄葉を見てる。……いや、俺だけじゃない。姉妹のみんなも、ちゃんと黄葉を見てる。お前のいいところも悪いところも、みんなちゃんと知ってる。黄葉がみんなに負けないくらい凄いやつだって、俺たちはちゃん知ってるんだよ」
「…………」
黄葉の綺麗な金髪が、風に揺れる。それはまるで本物の金のように、眩くて綺麗だ。
「だからさ、黄葉。無理して変わろうとする必要なんてないよ。お前は今のままでも、充分凄いやつだ。変に背伸びなんてしなくても、充分……魅力的な女の子だ。だからお前はお前らしく、真っ直ぐに成長していけばいいんだよ。……その、ひまわりみたいにな」
そう言って黄葉の頭を撫でてやろうと、手を伸ばす。……が、その手が届く前に、黄葉が凄い勢いで俺に向かって突撃してくる。
「ありがとう! 師匠! やっぱ師匠は、凄い! 大好き!」
黄葉は俺を押し倒し、そのまま凄い力で俺を抱きしめる。
「痛い痛い! 分かったから、手を離せ! 背骨が折れる!」
「やだ。離さない!」
「バカ! 離さないと、俺が死ぬ!」
「……じゃあ、優しく抱きしめる。だから、離さない」
黄葉の腕から、力が抜ける。だから身体中から軋むような痛みが消え、代わりに柔らかな感触とドキドキとした鼓動が伝わってくる。
「なんか凄く、ドキドキする。……このドキドキした感覚、わたし忘れたくない」
「……なら忘れないよう、しばらくこうしてるか?」
「いいの?」
「……ああ。いくらでも、付き合ってやる」
「ありがとう! やっぱ師匠、大好き!」
黄葉の激しい心音が、伝わってくる。きっと俺の心音も、黄葉に伝わっているのだろう。その感覚がなんだかとても心地よくて、しばらくそうやってお互いの鼓動を聴き続ける。
するとぽつりと、黄葉は言った。
「なあ、師匠。わたしもさ、最後に言いたいことがあるって言ったよな?」
「うん」
「……わたしさ、今日の夜はわたしを選んで欲しいんだ。『夜』の役目を終えあと、今日は師匠と一緒に眠りたい」
黄葉は恥ずかしがるように俺の胸に顔を埋めて、言葉を続ける。
「エッチなこととかそういうのは、まだわたしには分からない。でも師匠がしたいなら、別にいい。……というか本当は、わたしを大人にしてくれって頼むつもりだった。……けど今日はただ、側にいて欲しい。……いいだろ?」
「ああ、もちろん。今日は絶対に、黄葉と寝る。約束だ」
「うん。約束だ!」
黄葉は顔を上げて、太陽みたいな晴れやかな顔で笑う。だから俺も思い切り、笑った。
そうして最後に幸せな約束を結んで、楽しい楽しいデートは終わりを告げた。
……けれど、その約束が果たされることはなかった。今日の『夜』。天底災禍と呼ばれる悪夢が姿を現し、そして黄葉はその悪夢に飲まれて……。
この世を、去った。




