行こうぜ?
柊 黄葉は、期待していた。
なずなに手を引かれて、ボウリング場にやって来た。それはとても唐突な行動だったけど、ボウリングなんて小学生のとき以来だから、黄葉の頬は自然と緩む。
「ふふっ」
それになずなは、勝負と言った。しかも勝った方が、なんでも好きなことを命令できるらしい。そんなことを言われると、わくわくしない筈がない。
「…………」
……けどそういう子供っぽいところが、自分のダメなところなのだろう。みんなみんな大人になっていくのに、自分だけ子供のまま。自分1人……置いて行かれる。
それだけは絶対に、嫌だった。
「ふっ。そんな腑抜けた顔してると、俺には勝てないぞ? ……とりゃ!」
なずなはそう言って、綺麗なフォームで球を投げる。それは凄いスピードで転がって、吸い込まれるように……横の溝に落ちた。
「ガターだな、師匠」
「…………なぁ、黄葉」
「なに?」
「勝負、次からにしないか? 最初の1ゲームは、練習。これ、基本だよな?」
「そんな基本、わたし知らない」
「くそっ、無知な奴め」
なずなはぶつくさ言いながら、今度は慎重に球を投げる。それはゆっくりと転がって、端の1ピンだけが倒れる。
「……あれ? おかしいな。こんな筈じゃなかったんだけど……」
「へへ。どんまい、師匠」
「うるせぇ。次はお前の番だぞ? 黄葉」
そう言われて黄葉はゆっくりと立ち上がり、自分の球を持ち上げる。
「…………」
今日はロングスカートで、少し動き難い。それになずなには、なにか考えがあるようだ。ならここは、本気でやらず──。
「柊 黄葉は、勝負事では手を抜かない。そうだろ? 黄葉」
そのなずなの言葉を聞いて、黄葉の肩から力が抜ける。
「……そうだった。……よしっ。見てろよ、師匠! コテンパンにしてやるからな! 喰らえ、必殺 黄葉クラッシュ!!!」
黄葉の投げた球が、凄い勢いで転がる。それはまるで吸い寄せられるように前へと進み、全てのピンを倒すどころか吹き飛ばす。
「ふっ」
それはまさに、完璧な投球だった。……倒れたのが、隣のレーンのピンでなければ。
「バカお前! なにやってんだ、黄葉!」
「あ、やばい! すいません! すいません! ごめんなさい!」
なずなと2人で、隣のカップルに頭を下げる。カップルは特に気にした風もなく、微笑ましく笑って許してくれた。
「よかったな、隣が優しい人で」
「うん。でもロングスカート履いてなきゃ、ストライクとれてた」
「言い訳すんな。……ほら、つぎ投げろよ。あ、言っとくけど、ちゃんと自分のレーンにだぞ?」
「分かってるって。見てろよ? 師匠。吠えずらかかせてやるからな!」
そうして、一切手加減のない本気の勝負が始まった。
「よっと」
なずなは本気で勝ちにいくというように、丁寧に丁寧に投げ、毎回数本ずつピンを倒していく。実はなずなは、ボウリングをしたことがなかった。けれど元が器用なので徐々に順応していき、偶にスペアをとったりしながら、順調にスコアを伸ばしていく。
「おりゃ!」
一方黄葉は、流石にもう隣のレーンまで投げることはなくなったが、一球一球、全力で球を投げ続ける。だから何度も何度も、ガターになった。……けれど偶に運良くストライクをとったりして、一気にスコアを伸ばす。
だから試合は白熱していき、あっという間にラスト1球。
「ふふっ、黄葉。ここでストライクとれなきゃ、お前の負けだぜ?」
偉そうに足を組んで、なずなが笑う。
「ふっ。つまりここでストライクをとれば、わたしの勝ちってことだ。……喰らえ! 必殺 黄葉クラッシュ……改!!!」
黄葉の投げた球が、目にも止まらぬ速さで転がる。それは吸い込まれるように全てのピンを吹き飛ばし、軽快な音が辺りに響き渡る。……それは今度こそ、文句なしのストライクだった。
「やったっ! 見ろ、師匠! わたしの勝ちだ! あははははは!!」
ついさっきまでの憂鬱なんて嘘だというように、黄葉は高らかに笑う。
「……俺の負けだよ、黄葉。やっぱお前は、すげーよ。……さて。じゃあそろそろ、本番といくか」
「いかない。師匠が言ったんだからな? なんでも言うこと聞くって」
黄葉はとてとてとなずなの方に近づいて、無邪気に笑う。だからなずなは、諦めたように両手を上げて言う。
「……分かったよ。予定とは違うが、仕方ない。なんでも言えよ、黄葉。俺にできることなら、なんだってしてやるからさ」
「やったっ!」
そう言って、黄葉は笑う。そしてそのままわくわくしながら、考える。どんな命令をすれば、もっともっと楽しくなるのだろうかと。
「…………」
……でも、そうやって考えていると、ふと思い出す。
この前、カブトムシが沢山集まって来る場所を見つけた。だからいつか、なずなを連れて行ってあげようと思った。
好きなアニメのBlu-rayを買った。なずなと一緒に観ようと思っていたから、まだ封も開けていない。
それに実は、ずっと水切りの練習をしていた。あの河川敷じゃすぐに向こう岸にたどり着いてしまうから、もっと大きい川か池に行って、2人で勝負してみたいとずっとそう思っていた。
それ以外にもいっぱいいっぱい、なずなとやりたいことがある。……けれど変に意識してしまって、ずっと話しかけることができなかった。
『貴女は、いつまで経っても子供ね』
なずなにまでそう言われたら、なにか大切なものが壊れてしまう気がした。なずなにまで呆れられかもと思うと、胸が痛くて痛くて仕方なかった。
みんなみんな、変わっていく。だからきっとなずなも、自分みたいな子供と遊ぶより、みんなと恋愛していた方が楽しい筈だ。……自分も大人にならなきゃ、なずなにまで置いていかれてしまう。
そう思ったから、なずなをデートに誘った。こうしてデートすれば、変われると思ったから。キラキラしてるみんなに、追いつけると信じたから。
……でも、必死に背伸びしてデートをしても、愛も恋も全く理解できない。可愛い服を着るとわくわくするし、手を繋ぐとドキドキする。……けれどそれより、こうやって2人で子供みたいに遊ぶ方が、ずっとずっと楽しかった。
「なあ、師匠」
「なんだ?」
「わたし、ずっと変わらなきゃって思ってた。早く大人にならなきゃみんなに置いていかれるって、ずっとそう思ってたんだ」
でも、と軽く息を吐いて黄葉は言葉を続ける。
「本当は変わる前に、やりたいことがいっぱいあるんだ。みんながどれだけ前に進んでも、わたしはまだここでやりたいことが、いっぱいいっぱいあるんだ!」
黄葉はずっと被っていた重い仮面を脱ぎ捨てるように、軽やかに笑う。そんな黄葉を見て、なずなもまた同じような笑みを浮かべる。
「……そっか。じゃあ黄葉は、俺になにを命令するんだ?」
「わたしは、また師匠と一緒に遊びたい。ずっとずっと、そばにいて欲しい。まだまだわたしに、付き合って欲しい。わたしの命令は、それだけだ!」
「分かった。実は俺も、ずっとお前と遊びたいって思ってたんだ。だからいつか俺とお前が大人になるまで……いや、大人になっても。ずっと一緒に遊ぼうぜ? きっと1人くらいそういう奴がいた方が、人生楽しい筈だからな」
なずなはそう言って、手を差し出す。だから黄葉はもう照れることなく、その手をぎゅっと握りしめる。
「さて。いくか、師匠。デートはまだまだ、これからだ!」
そうして、楽しい楽しいデートが始まった。




