表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/98

ずっとずっと……。



『明けない夜が、君の魔法だ』



 その言葉を、赤音は一瞬たりとも忘れたことはなかった。



 ◇



「……うん。ごめんね、無理させて。……違うわ、姉さんたちが頑張ってくれたお陰よ。……うん。詳しいことは、また後で話す。だから今日は、先に帰ってて。……ありがとう」


 そこで電話を切って、赤音は小さく息を吐く。


「上手くいって、よかった」


 ずっとずっと悪夢を見続けていたなずなの心を、救うことができた。泣き続けていたなずなの涙を、止めることができた。……それであの蜘蛛の悪夢が消える保証はなかったけど、どうやら上手くいったらしい。


 無論、明日からどうなるかはまだ分からない。けれどそれでも、今日の『夜』はもう終わった。


 青波からの電話でその事実を確認した赤音は、膝の上で眠るなずなの頭を優しく撫でる。


「あんたも、お疲れさま」


 赤音の胸でしばらく泣き続けたなずなは、そのまま倒れるように眠ってしまった。だから赤音は、そんななずなを近くのベンチまで運び、目を覚ますまで自分の膝で寝かせてやることにした。


「……かわいい寝顔。もう、大丈夫だからね。これからは私が、あんたを守るから」


 もう一度、優しくなずなの頭を撫でる。なずなはただ、気持ちよさそうに寝息を立てる。赤音はそんななずなの髪を指で軽く梳かしながら、意味もなく空を見上げる。


「…………」


 空はまだ、暗いまま。夜はまだまだ、明けない。



『明けない夜が、君の魔法だ』



 赤音がまだ、幼かった頃。大きなリュックサックを抱きしめて、いつまで経っても来ない彼を待ち続けていた夜。唐突に姿を現した女性は、赤音に向かってそう言った。


『私と契約を結べば、また彼に会うことができる。もう死んでしまった、もう二度と会えない筈の彼に、もう一度会うことができる。……けれどその代わり、君は魔法少女になって私の代わりに戦わなければならない』


 その言葉に、赤音は頷いた。少しも迷う素振りを見せず、当然のようにその女性の手を取った。これから先、どれだけ辛い未来が待ち受けていても。もう一度彼の笑顔を見られるなら、どんな困難も怖くなんてなかった。


 そんな赤音を見て、その女性は言った。



『明けない夜が、君の魔法だ。君がずっとずっと1人で苦しみ続ける限り、君の魔法は永遠だ』



 そう言ってその女性は笑いながら、3つの約束を赤音と結んだ。その約束を1つでも破れば、夜の魔法はたちまちその効力を失い、彼はまた冷たい地獄に落ちてしまう。



『だから赤音。君はずっと、1人で苦しみ続けなければならない』



 明けない夜が、赤音の魔法だ。赤音はそれを、片時も忘れたことはない。



「……ほんと、可愛い」


 意識を現実へと引き戻し、子供のような顔で眠るなずなの寝顔をぼーっと眺める。それだけで、赤音の胸は張り裂けそうなほどの幸福で満たされる。



 愛しくて。愛しくて。愛しくて。



 誰よりなにより、愛しくて。幸福を噛み締めるように、赤音は小さく笑う。


「……大丈夫だよ。貴方は、私が守るから」


 赤音は、心に決める。この愛しい人を、未来永劫ずっとずっと守り続けていこうと。



 ……たとえその想いを、彼に伝えることができなかったとしても。



 その女性と赤音が結んだ、3つの約束。それは今この瞬間も、赤音の心を縛り続ける。



『この魔法のことを、誰にも教えてはならない』



 それが、最初の約束。だから赤音は、大切な家族である姉妹たちにも、この魔法のことだけは話していない。ずっとずっと1人で孤独に戦い続けなければ、夜の魔法は解けてしまう。



『ずっと永遠に、なずなを愛し続けなければならない』



 それが、2つ目の約束。赤音の想いが片時でも途切れてしまえば、その瞬間……なずなは元の冷たい死体に戻ってしまう。……けれどそれは、赤音にとって当然のことだった。


 たとえ魔法なんてものがなかったとしても、赤音はずっとなずなだけを愛すると決めていた。



 そして、最後の約束は……



『その想いを、その愛情を、決して彼本人に知られてはならない』



 だから赤音は、母親の真白がなずなと同居すると言った時、声を荒げて反対した。そんなのは絶対に、認められないと。


 でも真白は一向に取り合ってくれず、言いたいことだけ言って海外に行ってしまった。……真白は決して、意味のないことはしない人だ。だからその行動にも、きっとなにか理由があるのだろう。



 けれどそれでも、赤音だけはその同居を認めるわけにはいかなかった。



 だから赤音は、なずなを振った。放課後の校舎裏。告白されてもいないのに、理不尽な態度で嫌いだと言ってみせた。自分がなずなを嫌っていると、そう印象づける為に。


 そして無理やりにでも、なずなを家から追い出そうと画策した。だって同居なんてしていたら、この溢れんばかりの愛情を知られてしまう。そして知られてしまったら最後、なずなはまた元の死体に戻ってしまう。


 だから無理やりにでも、なずなを追い出さなければならなかった。それで彼に、嫌われることになったとしても。それで他の姉妹たちに、軽蔑されたとしても。


 胸に秘めたこの想いだけは、絶対に絶対に……知られるわけにはいかなかった。



「……いい夢、見てたらいいな」


 どうしてか湧き上がってきた過去を振り払い、赤音は優しく頬を緩める。この寝顔を守れるなら、たとえどれだけ嫌われても大丈夫だった。



 明けない夜が、赤音の魔法だ。



 だから赤音は、ずっとずっと待ち続ける。未だに机の下に置いてある、大きなリュックサックを抱きしめて。真っ暗な夜の、ベンチに腰掛け。もう絶対に来ないと知っている彼を、ただただ待ち続ける。


 彼が自分を忘れて、他の誰かを好きになっても。しわくちゃなお婆ちゃんになって、彼の顔を思い出せなくなったとしても。


 彼が心から生きててよかったって思えて、楽しくて幸福な人生を終えるまで。赤音はずっと、待ち続ける。



 ずっとずっと、たった1人で待ち続ける。




 それが、柊 赤音の魔法。




「大好きだよ。貴方が世界で1番私を嫌っても、私は世界で1番貴方を愛してる。……だから、お願い。きっといつか、幸せになってね」


 万感の想いを飲み込んで、赤音は優しくなずなの頭を撫でる。するとちょうど、なずなが目を覚ました。


「…………ごめん、寝てた」


 なずなは照れたように頬をかきながら、身体を起こす。


「いいわよ、これくらい」


 離れていく温かさを寂しく思いながら、それを一切表情に出さず、赤音はいつもと同じ顔で立ち上がる。


「俺、どれくらい寝てた?」


「1時間とちょっと」


「……悪いな。そんなに長く、膝枕させて。脚、痺れただろ?」


「大丈夫よ。だって私は、魔法少女だもん。これくらい、へっちゃらよ」


「……そっか」


 なずなはそこで伸びをして、まだまだ暗い夜空を眺める。


「それより、そろそろ帰りましょうか。いくら夏が近いからって、いつまでもこんなところで寝てるとまた風邪ひくわよ?」


 赤音はそう言って、なずなに向かって手を差し出す。


「…………」


 けれどなずなはその手を取らず、赤音が時折見せる幸せを噛み締めるような笑みを見つめて、言った。





「──長い間、待たせて悪かったな」




 星が、流れた。一筋の流れ星が、長い長い夜に亀裂を入れる。


「な、なに言ってるのよ。意味……分かんない。私は別に、あんたを待ってなんか……」


 それでも赤音は、知られるわけにはいかなかった。この気持ちを。この胸から溢れ出す、真っ赤な愛情を。どうしても、彼にだけは、知られるわけにはいかなかった。



 ……しかしそれでも、なずなの言葉は止まらない。



「ずっと、忘れてた。ずっとずっと、思い出せなかった。俺はずっと、過去から逃げていたから。あの頃の夜が怖くて、ずっとずっと目を背けてきたから」


 でも、と。なずなは遠い空を見上げる。


「辛いだけじゃなかった。大切な……なにより大切な思い出が、そこにはあったんだ」


「……知らない。私はそんなの……知らない」


「同じなんだよ。髪の色も、瞳の色も、()()も。なにもかも、違う。でも、本当は自分も辛い癖に強がって笑うそのかっこいい笑顔だけは、変わってない。……俺が大好きだったあの子と、同じなんだよ」


「違う! 変なこと、言わないで! あんたが誰と私を勘違いしてるのかなんて、知らない! けど私は、あんたなんか──」



「でも、ずっと待っててくれたんだろ? ……ごめんな、()()()()()



 赤音は反論の言葉を口にしようと、口を開く。……けど、そのなずなの笑顔はあの頃の彼と全く同じで、



 だから、赤音は……。




「遅いよ! バカ……!」



 もう、我慢できなかった。



 赤音もなずなと、同じだった。彼女もずっとずっと、我慢し続けてきた。本当は、気づいて欲しかった。本当は誰にも、渡したくなんてなかった。本当はただ……自分だけを、見て欲しかった。



 だって誰より、貴方が好きだから。



 貴方の笑顔が好きだから。貴方の優しさが好きだから。貴方の声が、貴方の横顔が、貴方の全てが大好きだから。



 だから誰より、側に居たかった。



「大丈夫。今度は俺が、側に居る。もう一緒には逃げられないけど、それでも側に居るって約束する」


「……いいよ。そんな約束、しなくていい。だから、今だけ……。今だけは、側に居て。私を……私だけを、抱きしめて。お願い……」


 もう来ないと知っていた。どれだけ待ち続けても、彼は来ないと知っていた。それでもずっと待ち続けていたのは、いつか来てくれるんじゃないかって、そう期待してたから。



 いつか奇跡が起きて、こんな風に抱きしめてもらえるんじゃないかって、ずっとずっと期待してた。



 だから赤音は、泣き続ける。



 奇跡が起きても、想いは伝えられない。けれどそれでも、彼のこの温かさは本物だったから。何度も何度も夢に見たこの温かさは、決して夢ではなかったから。



 ……もう何年、待たされ続けたのだろう?



 もう何度、1人の夜を過ごしたのだろう?



 なにもかもが変わってしまって、あの頃と同じものはもうなにもない。……いや、違う。2人はずっと、同じ笑顔で繋がっていた。だからなずなは、赤音を見つけることができた。ちゃんと、約束を守ることができた。



「お互い、泣き虫だな」



「うるさい、バカ……!」



 今度は赤音が、なずなの胸で泣き続ける。



 長い長い夜が明けて、日が登るまで。ずっとずっと、今までの分の涙も流すように。赤音はただ、誰より愛しい人の胸で泣き続けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] でも赤音さん結局は主人公に下着盗みの罪を被せた人なんですよね。
[一言] 誓約は、相手にその気持ちを知られない事。だからこそ、気持ちが通じたのがとても嬉しかったと。 でも、それでは夜が明けて魔法が解けてしまうのでは…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ