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……ごめん。



 ひいらぎ赤音あかねは、分からなかった。



「…………」


 リビングのソファに腰掛けた赤音は、なにかを確かめるように赤い腕輪に視線を向ける。


「……あいつ、大丈夫かな」


 つい先ほど、偶然なずなと公園で出会った。まるで運命みたいな出会いだったけど、それは本当にただの偶然だった。だからなずなの顔を見た瞬間、赤音の心臓はどくんと跳ねた。


 ……けれどなずなは酷く、疲れているように見えた。それこそまるであの頃と同じように、なにもかもを諦めたような目をしていた。


「もしかしてあいつ、また昔みたいに……」


 言葉を途中で止めて、息を吐く。……赤音は一瞬、思ってしまった。


 もしかしてなずなは、新しく仲良くなった女の子に虐められているのかもしれない。なら自分が、助けてあげなきゃいけない、と。


「……なんて、馬鹿みたい」


 でもそれは、自分にとって都合がいいだけの妄想だ。そのことに気がつかないほど、赤音は馬鹿ではなかった。


「そもそもあいつを虐めていたのは、私じゃない」


 だからきっとなずなは、新しい家で暮らすようになって少し疲れていただけなのだろう。……仮にそうじゃなかったとしても、それはもう……自分には関係ないことだ。


 赤音はそう強く自分に言い聞かせ、遠い空に視線を向ける。


「……あいつ、嬉しかったって言ってくれた。ありがとうって、言ってくれた」


 ならもう、それだけで充分だ。それだけで自分は、今日も『夜』を戦える。


「…………」


 そう思うのに、赤音の胸に冷たい不安が影を差す。



 ……もう2度と、なずなには会えないかもしれない。



 どうしてか、そんな予感めいた不安が胸のうちで渦巻く。……でも赤音は、そんな弱さを無理な笑顔で打ち払う。


「さて、そろそろ時間ね」


 真っ白な月が、ゆっくりと暗く染まる。それを合図にするかのように、少女たちは『夜』へと向かって歩き出す。


「……赤音姉さん、少しいいですか?」


 けれど『夜』に繰り出す直前、しばらく話していなかった緑がそう声をかけてくる。


「別に構わないけど、時間がないから手短にお願いね」


 その赤音の言葉を聞いて、緑は怒りを抑え込むように小さく呟く。


「なずなのところにお見舞いに行ったのは、赤音姉さんですか?」


「……なんの、話よ」


「なずなから、メッセージが届いたんです。お見舞いの品、ありがとうって。でも私、なずなのお見舞いになんて行ってません」


「だから私だって、言いたいの? でも残念ながら、私は行ってないわよ。あいつのお見舞いになんて」


 赤音はそう言って、誤魔化すように窓の外に視線を逃す。けれど緑はただ真っ直ぐに、赤音の姿を見つめ続ける。


「お見舞いに行くくらいなら、どうしてなずなを追い出したんですか! どうしてなずなを……傷つけたんですか! 答えてください!」


「だからお見舞いになんて、行ってないわよ。……そもそもどうして今になって、そんな話をするの? 今さらそんなの、もうどうだっていいことじゃない」


「……私は、知ってます。赤音姉さんが、理由もなく理不尽なことをする人じゃないって。だからきっとなにか理由があって、いつかそれを話してくれるんだと、ずっとそう思ってました。なのに赤音姉さんは、いつまで経ってもなにも言ってくれない……」


「それで痺れを切らして、私のところに来たってわけね。……でも悪いけど、私から言うことはなにもないわ」


「赤音姉さん! 私は──」



「赤音、緑。話はまた、あとにしなさい。……そろそろ『夜』が始まるよ?」



 2人の様子を遠巻きに眺めていた青波が、そう声を響かせる。だから2人は黙って頷き、『夜』に向かって歩き出す。


「……私はまだ、許してませんから」


 そんな緑の呟きが、最後に小さくその場に響いた。



 ◇



 そして少女たちは、今日も『夜』を駆ける。



 未だに破壊することが叶わない、巨大な蜘蛛の悪夢。それは時間が経つ度、『夜』が深まる度に力を増していき、少女たちは防戦一方になっていた。


「ごめん! もうあたしの魔法じゃ、止められない! 攻撃、緑ちゃんの方にいったよ!」


 橙華のそんな叫び通り、蜘蛛の巨大な脚が凄い速さで緑に迫る。


「……この程度なら、問題ありません」


 そんな状況にも緑は一切臆することなく、右手を前に掲げて魔法を発動させる。


「────!」


 するとその瞬間、緑の方へと迫っていた蜘蛛の脚は細切れになって霧散する。


「ダメ! 緑ちゃん! 脚は、1本じゃない!」


「……え? しまっ──」


 橙華の声を聞いて、緑は慌てて次の魔法を発動しようとする。……が、夜の闇に紛れて迫る蜘蛛の黒い脚は、予想以上に速い。



 ……もう、間に合わない。



 そう緑が思った瞬間、声が響いた。


「いい加減、鬱陶しいのよ……!」


 赤音は苛立つようにそう叫び、赤い瞳で緑に迫る2本の脚を睨みつける。


 するとそれだけで、2本の脚はいとも簡単に燃え尽きる。……すぐにまた、再生してしまうが……。


「ほんと、化け物ね……」


「……その、助かりました、赤音姉さん」


 真っ直ぐに蜘蛛の悪夢を睨みつける赤音に、緑はそう言って頭を下げる。


「……別に。これくらい、当然よ」


「それでも本当に、助かりました。赤音姉さんがいなかったら、私は今頃……」


 2人の間に、少しだけ穏やかな空気が流れる。……が、そんな風にのんびりしている暇はないというように、また蜘蛛の悪夢が暴れ出す


「2人とも! 喋ってる暇があるなら、わたしの援護を頼む!」


 そう叫んだ黄葉が、迫りくる蜘蛛の大足を片腕で引きちぎり、そのまま蜘蛛に向かって空を駆ける。


「────!」


 蜘蛛はそんな黄葉に苛立つように、耳障りな鳴き声をあげて口から糸を吐き出す。


「それはもう、何度も見てます」


 そう呟いた緑が風を起こし、蜘蛛が吐き出した糸を逆に蜘蛛自身の方へと押し返す。


「ここで、ボクの出番だね」


 そして、ただ1人この場に居ない紫恵美の魔法である巨大なゾンビの人形が、蜘蛛の動きを止めるようにのしかかる。


「長くは保たない! だから黄葉、やるなら早く!」


「サンキュー! 紫恵美ねぇ! ……おらっ、喰らえ! これが私の100%だ! 黄葉クラッシュ!!」


 空間がきしむほど速い黄葉のパンチが、蜘蛛の腹部に直撃する。


「──!」



 蜘蛛が、宙を舞う。



 黄葉の強力パンチを受け、蜘蛛は無防備な姿で夜空に吸い込まれるように浮かび上がる。そしてその隙をついて、緑が先程の糸を使い蜘蛛の身体を拘束する。


「これで死んでくれると、有難いんだけどね」


 夜空を見下ろすくらいの高所で待ち構えていた青波は、動きが止まった蜘蛛の全身を視界で捉える。


「……そういうことか」


 そんな青波の狙いに気がついた紫恵美は、自身の魔法である巨大なゾンビの人形を、沢山の小さな人形に変化させる。そしてその小さな人形を使って、辺りに漂う悪夢を破壊していく。


「こっちは、あたしたちにまかせて! 行くよ? 赤音ちゃん!」


「分かってる!」


 一連の戦闘に参加していなかった橙華と赤音は、紫恵美と黄葉の動きから青波の狙いに気がつき、紫恵美の人形では破壊し切れない大きさの悪夢を破壊していく。



 だから『夜』が始まって以来はじめて、蜘蛛の悪夢は完全に無防備になる。



 長くて多い脚は全て自身の糸で絡め取られ、辺りには吸収できる悪夢もない。蜘蛛はそんな状況でも必死になって足掻き、助けを求めるように大きな叫びをあげる。


「────!」


 ……が、そんな蜘蛛を助けてくれる人間は、どこの世界にもいやしない。



「さて、準備は整ったね」



 姉妹のみんなが蜘蛛から距離を取ったのを確認して、夜空に立った青波が魔法を発動する。


 姉妹にはそれぞれ得意な魔法があり、役目の間は主にその魔法を使って戦う。



 緑は、風を使った切断。

 黄葉は、肉体強化。

 赤音は、炎。

 紫恵美は、人形の操作。

 橙華は、催眠。



 そして、青波は……。



「バイバイ。誰かの悪夢」



 青波の腕輪が鈍く光り、魔法が発動する。



「──!」



 蜘蛛は、苦痛に歪んだ声をあげる。……が、青波の魔法から逃れる術はもうない。


 視界に収めたものなら、なんでも消滅させられる青波の魔法。少しでも視界からはみ出ていれば効果はないが、それでも一度視界に収めてしまえば、どんなものでも消し飛ばせる。


 それはこの巨大な蜘蛛の悪夢も例外ではなく、だから蜘蛛は一切の欠片も残さず『夜』の世界から消え去る。


「……終わった」


 赤音のその呟きに、誰もなんの言葉も返さない。……だってみんな、分からなかった。本当にこれで、あの蜘蛛の悪夢を破壊することができたのか。誰も確かな確信を、得られなかった。


「終わりなわけないじゃないですか、赤音姉さん」


 赤音の前に現れた緑は、呆れたように息を吐く。


「……! じゃあまだ、あの蜘蛛は生きてるの?」


「違います。『夜』はまだ、始まったばかりだと言ってるんです。私たちの敵はあの蜘蛛ではなく、神の悪夢──天底災禍です。だからまだまだ、終わりじゃありません」


「……そうね。緑の、言う通りね。ちょっと気が抜けてた」


「はい。でも……さっきは、ありがとうございました。その……やっぱり赤音姉さんは、凄いです」


「私なんか、青波姉さんと比べればまだまだよ。……でも、緑が無事でよかった」


 2人は顔を見合わせて、小さく笑う。それだけで、ずっと胸に刺さっていた棘が消えたような気がして、2人の胸は同じように軽くなる。


「…………」


 だから赤音は、真っ直ぐに緑を見て口を開く。


「いつか、話すわ。全部全部、本当に全ての問題が解決したら。みんなにも、あいつ……なずなくんにも、ちゃんと全ての事情を伝える。今はこれだけしか、言えない。……ごめん」


「いいです。……もう、いいです。それより今は──」


「──っ! 危ない! 緑!」


 赤音は必死な形相でそう叫び、力いっぱい緑を突き飛ばす。するとまるで、緑の影から湧き出るように現れた蜘蛛の悪夢が、長い糸で赤音の身体を絡め取る。


「赤音姉さ──っ!」


 そんな赤音を助けようと、緑は腕を前に掲げる。……が、急速に巨大化していく蜘蛛の脚に蹴り飛ばされ、間に合わない。


「……ここまで、か。どうして嫌な予感ほど、よく当たるのかしら……」


 赤音はそう言って、全てを諦めたように肩から力を抜く。そんな赤音を助けようと、姉妹みんなが必死になって魔法を発動する。……が、もう間に合わないと赤音は誰より強く自覚していた。



「……ごめん、みんな。あとは……任せた」



 最後に赤音は、笑った。そうしてなんの容赦もなく、蜘蛛の悪夢は赤音の身体を飲み込んだ。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] タイトルは凄いラブコメ感が強いのに、ストーリーは憂鬱だよね。 まどマギ展開になるし、22話で姉妹の誰からも童貞を狙われていない。あと、赤にヘイトを集めすぎたよね。話の中で、主人公を冷遇…
[一言] このまま是非とも退場で。 正直今のところ朱音さんにはそのぐらいの印象しかないですね…。人を陥れたりとか完全に悪役ですし、ヒロインキャラじゃないですよねこの子。
[一言] 報酬がないはずのお勤めの、それでも報酬を先に得てしまっていたのか。その対価はなにになる? 全てを知っているのは赤だけなので、さすがにここでの退場は無いのだろうけれど… タイトルの回収ができ…
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