デートです!
今日は柊さんの家に来てから、初めての休日だった。
「……うにゃうにゃ」
けどここ最近は本当に色々あって、かなり疲れが溜まっていた。だから今日1日は好きなだけ眠って英気を養おうと考え、ぐーすかぴーと眠り続けていた。
「なずな。出かけますよ」
けれどそんな声が響いて、肩を揺すられる。
「……だれ?」
「緑です。さあ、なずな。出かけますよ」
「……ごめん。今日は、パス。まだ眠いから、あと2時間は寝かせて」
寝ぼけた頭でそう言って、そのまま枕に顔を埋める。
「……仕方ないですね。……はむ」
「うおっ!」
不意に耳に形容できないような刺激が走って、思わず飛び起きる。
「おはようございます、なずな」
「……おはよう、緑姉さん。それで今、なにをした?」
「耳をはむっと、はみました」
「……なんで?」
「前にネットで、見たんです。男の子がされたい起こされ方ランキング、第2位でした」
「ちなみに1位は?」
「内緒です。今度またお寝坊するようなら、してあげますね」
「寝坊しないよう、気をつけるよ」
悪戯気に笑う緑姉さんに軽い笑みを返して、スマホで時刻を確認。
「……って、まだ9時過ぎじゃん」
「ですね。けれどなずなには、ゆっくり眠っている暇はない筈です」
「……なんか、あったっけ?」
「今月中に、私たち姉妹と仲良くなる。そしてその為に、赤音姉さんにプレゼントを渡す。昨日そう、言っていたではないですか」
「それはまあ、そうだな」
でも、まだなにをプレゼントするのか決めていない。
「だからこれから、そのプレゼントの下見に行くです。ほら、早く着替えてください。朝ごはん食べたら、すぐに出かけますよ?」
待ってますからね。そう言って緑姉さんは、さっさと部屋から出て行ってしまう。
「……ま、いっか」
色々と言いたいことはあったが、取り立てて言うことでもない。なのでそのままさっさと着替えて、朝食を食べて電車に乗って、近くのショッピングモールまでやって来た。
「さて、なずな。どこから見ていきましょうか」
「いや、緑姉さん。来てから言うのもなんだけど、俺まだなにも決めてないんだよ。というか緑姉さん、昨日言ってたよね? プレゼントするなら、まずは相手を見てからだって」
「はい、言いました。けれど、今のなずなが赤音姉さんのことを知るのは、少し難しいと思うんです」
「それは、確かに……」
今の俺が話しかけても、まともに会話なんて付き合ってくれないだろう。でもだからって黙ってジロジロ見ていると、ストーカー呼ばわりされてしまう。
「だから今後の為に、私が姉妹みんなのことを教えてあげようと思ったんです」
「……ああ。その為に、こうして誘ってくれたのか。緑姉さんは、優しいな。ありがとう」
「ふふっ。私はお姉ちゃんですから、当然です」
緑姉さんは嬉しそうに、えへんと胸を張る。……可愛い。
「それじゃまずは、その辺のカフェにでも入って話をするか?」
「いえ。時間は限られていますし、歩きながら話しましょう」
緑姉さんはそう言って、小洒落た雑貨屋に入っていく。だから俺も、その背に続く。
「じゃあ上から順に、説明していきますね」
「上って言うと、橙華さんか? ……あー、でも確かその上にもお姉さんがいるんだよな」
「そうです。……青波姉さん。今は大学2年生で、大学をサボって冒険をしているスーパーお姉ちゃんです」
「確かに色々と、スーパーそうではあるな」
一人暮らししているわけでもないのに、俺が来てからまだ一度も家に帰って来てないお姉さん。変わり者姉妹の中でも、一際変わり者のようだ。
「青波姉さんは、皆んなの憧れなんです。……姉さんは本当に凄い人で、私たち姉妹が束になっても敵いません。運動も勉強も料理もなにもかも、青波姉さんは飛び抜けているんです」
「それって黄葉より強くて、橙華さんよりも料理が上手いってこと?」
「そうです。だから私たちはみんなは、青波姉さんに憧れてるんです。あの人は本当に、凄い人ですから」
緑は手近にあった白い犬の置物を見ながら、目を細める。
「ちなみにだけど、その青波さんは俺のこと気に入ってくれると思う?」
「分かりません。姉さんの好みは、まちまちですから。……でも思えば、青波姉さんは昔から好き嫌いが激しい人でした。一度嫌いになったものはずっと嫌いなままだし、好きなものは好きなまま。だからあの人は今でも、ピーマンが食べられません」
「……それはちょっと、可愛いな」
「はい。青波姉さんは、隙がある完璧超人なんです」
「隙がある完璧って、それもうほとんど化け物じゃん」
なんでもできるのに、弱点がはっきりしている。そういう人は、完璧なのに周りに好かれる。……どう考えても、俺の手には余る人だ。
「でもまあ、なずななら大丈夫だと思いますよ。……だってなずなは、とても優しい人ですから」
緑姉さんはそう言って、笑う。
「…………」
けど俺は今まで、緑姉さんに優しくしたことがあっただろうか?
「まあいいや。んで次は、橙華さんか」
「はい。橙華姉さんは、凄く優しくて人当たりもいい人です。友達も沢山います。でも、偶に突拍子もないことをして、みんなを驚かせます」
「……それはまあ、そうなんだろうな」
あの風呂での出来事を思い出して、軽く息を吐く。
「それに橙華姉さんは、昔いろいろあって……あんまり人を信じられなくなってるんです。だから、優しい人だなっと思って踏み込み過ぎると、危険です。一気に嫌われてしまいます」
「……なにがあったかは訊かないけど、大丈夫なのか?」
「それは、なずながですか? それとも、橙華姉さんがですか」
「橙華さんの方に決まってるだろ? 俺がいてなにか嫌なことを思い出すなら、俺は……って、なんで頭を撫でるんだよ?」
「なずながいい子だからです。……よしよし」
人目があるのに、よしよしと頭を撫でられる。……ちょっと恥ずかしい。
「これくらい普通だよ。それより、次の店に行こうぜ?」
そう誤魔化して、雑貨屋から出て近くにあった帽子屋に入る。
「あ、これ可愛い」
緑姉さんは帽子屋に入ってすぐ、灰色のキャスケット帽を手に取る。
「うん。確かに似合ってるな。買ってあげ……られない。ごめん、俺お金なかった」
「いいですよ。それに、今日は赤音姉さんのプレゼントを見に来てるんですから、お金はそっちに残しておきましょう」
緑姉さんはそう言って、帽子を棚に戻す。……なんだか少し、情けない。近いうちにバイトして買ってあげようと、心に決める。
「それで、次は紫恵美姉さんなんですが……あの人は、あの通りの人です。特に言うことはありません。ちなみに黄葉も一緒です。あの2人は裏表がないんで、心配しなくても大丈夫です」
「まあ、あの2人とは速攻で仲良くなれたからな」
けど、紫恵美姉さんはあんな性格なのに、学校に行かず引きこもりをしてる。もしかしたら、その辺りになにか事情があるのかもしれない。でもデリケートな部分なので、今は訊かない。
「それで肝心の、赤音姉さんです。赤音姉さんは一言で言うと、怖い人です」
「怖い人。まあ確かに、怖い人ではあるな。けどあの人、学校では凄い人気があるだろ?」
「まあ、赤音姉さんは美人ですからね。でも赤音姉さんは、近づいてくる人は誰であれ拒絶します。だからあんまり、友達もいません」
「……なるほど。でも誰でも拒絶するってことは、俺だけが嫌われてるってわけじゃないんだな」
「いえ。理由は分かりませんが、なずなに対してだけ人一倍あたり強いです。あそこまで人を拒絶する赤音姉さんは、私も見たことがありません」
「じゃあダメじゃん」
大きく息を吐いて、帽子屋を出る。そして次に目についた、服屋に入る。
「……でも、赤音……さんは、どうしてそこまで他人を拒絶するんだ?」
俺のその問いを聞いて、緑姉さんは少し言いづらそうに視線を逸らす。
「赤音姉さんにも、色々あるんです。……でも、その辺りは赤音姉さんの問題なので、私の口から伝えるわけにはいきません。ごめんなさい」
「いや、いいよ。悪いな、変なこと訊いて」
「いえ。……でも赤音姉さんも本当は、凄く優しい人なんです。だからできれば、嫌いにならないであげてください」
「……分かってるよ。だって結局、赤音さんがあんなに怒るのは……あ」
そこでふと、気がつく。赤音さんがなに大切にしていて、なにをすれば喜んでくれるのか。
「どうかしましたか? なずな」
「いや、ありがとう、緑姉さん。姉さんのお陰で、いいプレゼントが思い浮かんだ。きっと多分、これなら上手くいく。緑姉さんは天才だ! ありがとう!」
「ふふっ。構いません。だって私は、お姉ちゃんですから」
緑姉さんは照れたような笑みを浮かべて、えへんと胸を張る。……やっぱり、可愛い。
「……あ。そういえば、緑姉さんは? 緑姉さんは、なにが好きなの? というか緑姉さんは、どうしてここまで俺に優しくしてくれるんだ?」
6姉妹の最後の1人。緑姉さん。彼女はこうして休みの日まで、俺に付き合ってくれている。紫恵美姉さんや黄葉は、曲がりなりにも仲良くなるきっかけがあった。けれど緑姉さんだけは、きっかけなく初めから俺に優しくしてくれる。
そこには一体、どんな理由があるのだろう?
そう思い、緑姉さんを真っ直ぐ見つめる。すると姉さんは、なにかを懐かしむような表情でニヤリと笑う。そしてその笑みを浮かべたまま、楽しそうにその言葉を口にした。
「ふふっ。内緒です!」
そうしてそれから、2人でゆっくりと買い物を楽しんだ。
だから俺は、気がつかなかった。こうしている今も、柊 赤音が俺を追い出す為の準備を進めていることに……。




