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空を泳ぐ鯉のぼり

作者: ウォーカー

 地方の海辺にある港町。

特に名物も無く、若者の減少が続いている。

春先のある日。

そんな寂れた町で、町興しのお祭りが行われようとしていた。


 その男は、妻と小さな男の子の三人家族。

町にある見晴らしの良い高台の家で、

家族三人仲睦まじく暮らしていた。

そんなその男の下に、町内会から次のような通知が届いた。

「この町では毎年5月5日を、

 端午の節句を祝う子供の日としています。

 今年の5月5日の子供の日に、

 町興しの一環として、お祭りを開催することになりました。

 つきましては、

 各位のご家庭で鯉のぼりを設置して頂きたく思います。

 たくさんの鯉のぼりで町を飾ろう、というのが趣旨です。

 それを見物するための観光ツアーも予定していますので、

 この町の新しい名物とするためにも、是非ご協力をお願いします。」

つまり、町内会の通知とは、

5月5日の子供の日に鯉のぼりを飾って欲しいということだった。

丁度、家に小さな男の子がいることもあって、

その男は二つ返事で参加することにした。

「うちには小さな男の子がいるし、

 子供の日に鯉のぼりでお祝いするのは丁度良い。

 町を鯉のぼりで埋め尽くしたら、さぞいい景色になるだろう。

 このお祭りの企画に喜んで参加しよう。」

そうしてその男の家でも鯉のぼりを用意することになった。


 その男は鯉のぼりを用意するために、町の雑貨屋へ向かっていた。

雑貨屋へ向かう海沿いの道を歩きながら、腕組みをして考えている。

「鯉のぼりを用意するなら、雑貨屋に行けばいいだろうか。

 うちの子供のためにも、

 大きくて立派なものを用意したいのだけど・・・おや?」

すると、その男が向かう先の波打ち際に、

大きな袋のようなものが打ち上げられているのに気が付いた。

「なんだろう、あれは。

 何かの漂流物かな。」

小走りに近付いてその袋のようなものを確認してみる。

袋のようなそれは、海水に濡れてキラキラヌメヌメと光っていた。

恐る恐る手に取って広げてみると、

どうやらそれは、生き物の抜け殻か何かのようだった。

体長10メートルほどはあるだろうか。

大きな筒状の形をしていて、口の周りには長細い髭が何本か生えていた。

一見するとそれは鯉のように見えなくもない。

その抜け殻のようなものを手に、その男は何かをひらめいたようだ。

「これ、鯉のぼりに使えるんじゃないか。

 薄くて筒みたいな形で、鯉のぼりにピッタリだ。

 よし。

 鯉のぼりを買うのではなくて、

 この抜け殻を使って鯉のぼりを作ってみよう。

 そうと決まれば、道具や材料を用意しなければ。

 いずれにしても、雑貨屋に行けば揃えられるだろう。」

そうしてその男は、

その抜け殻のようなものを畳んで仕舞うと、

鯉のぼり作りの道具を用意するため、雑貨屋へと向かった。


 「そんな不吉なもの、うちの店に持ち込むんじゃないよ。」

町の小さな雑貨屋で、店員の老婆は開口一番そう口にした。

どうやら、

その男が抜け殻のようなものを持ち込んだことが、

老婆には気に食わなかったらしい。

その男は老婆に向かって頭を下げた。

「売り物ではない物をお店に持ち込んですみません。

 この抜け殻を使って、鯉のぼりを作ろうと思いまして。

 その道具と材料を買いに来たんです。」

その男の済まなそうな顔に、

老婆は険悪な表情のままで返した。

「そんなことを言ってるんじゃないよ。

 売り物かどうかじゃなくて、それが不吉だって言ってるんだ。」

「これ、何なのかご存知なんですか。」

その男が抜け殻のようなものを摘んで見せると

老婆は鼻を鳴らして応えた。

「ああ、見たことがあるよ。

 この町では、波打ち際にたまに打ち上げられるからねぇ。

 あんたが持ってるものほど大きなものは珍しいけどね。

 ただ、その正体が何なのかは知らないよ。」

「生き物の抜け殻じゃないんでしょうか。」

その男の疑問に、老婆は難しい表情になる。

「詳しくは分からん。

 その昔、この町がまだ村だった頃。

 村は度々、人食い大魚に襲われておった。

 何人もの人が大魚に食われて消えていった。

 ところが、

 外から人や物が入ってくるようになるにつれて、

 人食い大魚は姿を現さなくなった。

 海沿いが整備されたせいだとも言われているが、理由は分からん。

 とにかく、束の間、村に平和が訪れた。

 しかししばらくして、

 その抜け殻みたいなものが打ち上げられるようになった。

 するとどういうわけか、

 村ではまた人が消えるようになったんじゃ。

 それ以来、

 その抜け殻みたいなものが見つかるのは凶兆だとして、

 見つけ次第、海に返すようになった。

 若い人はそのことを知らなかったかもしれないね。

 でも悪いことは言わん。

 今すぐそれを海に返した方が良い。」

そう言われて、

その男は、抜け殻のようなものを間近に眺めてみた。

薄い皮のようなそれは、光を反射してキラキラと光り輝いている。

これを使って鯉のぼりを作ったなら、さぞ綺麗なことだろう。

自分の家は高台にある。

鯉のぼりを飾れば、とても目立つ場所だ。

町中から注目されるに違いない。

小さな息子に、特別な鯉のぼりを用意してあげたい。

町興しのお祭りなら、町で採れた素材を使う方が良いだろう。

抜け殻くらいなら、少しぐらい手元に置いても大丈夫だろうか。

そんなことが頭の中で渦巻いて、手放すのが惜しくなってくる。

そうしてその男はこう返事をした。

「・・・わかりました。

 では、子供の日のお祭りが終わったら、

 この抜け殻はすぐに海に捨てることにします。

 それまでは、鯉のぼりとして使わせて下さい。」

「あたしは、すぐに海に返した方がいいと思うけどね。

 あんたがそう決めたなら、あたしは口を出さないよ。

 その抜け殻みたいなものは、あたしのものじゃないからね。」

老婆は苦々しい顔でそう返事をした。

そうしてその男は、

その抜け殻のようなものを使って鯉のぼりを作るため、

材料や道具などを買って家へと帰っていった。


 そんなことがあって、5月5日の子供の日。

その男の家の庭先には、立派な鯉のぼりが飾られていた。

波打ち際で拾った抜け殻のようなもの、

それに飾りを付けて支柱に紐でくくりつけた、手作りの鯉のぼりだった。

簡単な作りのものだが、

元の素材が持つ美しさと相まって、それは美しいものだった。

その男の家以外にも、

町ではあちこちで鯉のぼりが飾られていて、

晴れ上がった青い空にたくさんの鯉のぼりが泳いでいた。

町を一望する灯台の上では、

観光ツアーに来ていた観光客たちがその光景を一望していた。

観光ガイドがその光景を背に解説している。

「みなさま、ご覧ください。

 今日、この町では、

 子供の日のお祭りが行われています。

 この灯台の上からも、

 たくさんの鯉のぼりが飾られている様子がご覧いただけます。」

観光客たちが灯台から町を見下ろして感嘆の声を上げた。

「まあ、すごい。

 町中で鯉のぼりが泳いでいるわ。」

「海からの風で鯉のぼりがはためいて、いい景色だなぁ。」

「あの高台の家の鯉のぼりを見て。

 大きくてキラキラと輝いていて、すごく綺麗だわ。」

鯉のぼりで埋め尽くされた町を見て、観光客たちは大喜び。

子供の日のお祭りは町興しとしても成功したかのように見えた。


 その男の家の庭先に、大きな鯉のぼりが飾られている。

その鯉のぼりは、あの抜け殻のようなもので作られた手作り。

風に乗ってはためく鯉のぼりを見て、男の子が大喜びしている。

「すごい!

 こんなに大きくてきれいな鯉のぼり、見たことないよ。

 パパ、鯉のぼりを作ってくれてありがとう!」

子供に大喜びで感謝されて、その男は鼻高々。

顔を綻ばせて応えた。

「お前が喜んでくれて、パパも嬉しいよ。

 もっとも、鯉のぼりを作ったとは言っても、

 拾った抜け殻の砂を落として、紐で支柱に括り付けただけなんだけどね。

 あの抜け殻、ハサミも何も通らなくて、それしか出来なかったんだよ。」

頭を掻いて謙遜するその男を、妻が褒め称える。

「あら、それでも立派なものよ。

 材料から手に入れて、あなたが自分で作ったんですもの。

 今日は家族三人であの子の成長をお祝いしましょう。」

そうして、その男の家族三人は、

子供の日を仲睦まじく過ごそうとしていた。

しかし、その時。

海から一陣の強い風が町を吹き抜けた。

その強い風は、その男の家にもやってきて、

大きな鯉のぼりが風に吹き付けられた。

すると突然、

風に吹かれた鯉のぼりが、

まるで息を吹き返した魚のようにバタバタと動き出し始めた。

その様子は、釣り糸で釣り上げられた魚のよう。

吊るされた紐と支柱から逃れようとしているようだった。

その男と妻は、急に動き出した鯉のぼりを前に顔を見合わせた。

「この鯉のぼり、自分で動いてないか?」

「まさか、きっと気の所為よ。

 風が吹いてるだけでしょう。」

しかし今、吹き付けた強い風はもう止んでいた。

こんなに大きな鯉のぼりが動くような風は吹いていない。

ではこの鯉のぼりはどうやって動いているのだろう。

首を傾げるその男と妻を他所に、子供は大はしゃぎしている。

「すごいすごい!

 鯉のぼりが空を泳いでるみたい。

 パパ、どうやったの?」

喜ぶ子供の言葉に、その男は返事に困ってしまう。

「いや、パパは何もしてないんだが・・・。」

そうしてその男が首を傾げていると、妻が袖を引っ張って言った。

「ねえ、あれを見て。

 鯉のぼりの目が・・・」

妻が指差した方へ顔を向けてみると、

その先には、空で暴れている鯉のぼりの顔の部分があった。

鯉のぼりの顔を見ると、

白目を剥いていたはずのその目が、

ギョロッと回って生気を取り戻すところだった。

「鯉のぼりの目が動いてる。

 まさか、生きているのか?」

鯉のぼりは生気を取り戻した大きな目で地面を見下ろしている。

キョロキョロと地面を見渡して、やがてその男の子供の姿を捉えた。

それから、顔から生えた長細い髭を触手の様に伸ばして、

子供の首に巻きつけた。

髭で首を締められた子供は、首が絞まって声を出すことも出来ない。

そうして髭に首を締められた子供は、

体を軽々と持ち上げられて宙吊りにされてしまったのだった。

その男と妻が血相を変えて叫び声を上げた。

「あの鯉のぼり、生きているぞ!」

「それよりあなた、あの子が!」

そうしている間も、

鯉のぼりの髭に捕らえられた子供は、

苦しそうに手足をバタバタと動かしている。

このままでは子供が窒息してしまう。

何とか子供の体を下ろそうと、

その男と妻は必死で鯉のぼりの髭に飛びかかった。

しかし、

鯉のぼりの髭はおちょくるように動き回って、

どうしても捕まえることができない。

ならば、鯉のぼり自体を下ろせばいい。

そう考えて鯉のぼりの支柱を見ると、

支柱はとっくに地面から外れてしまっていた。

「どうなってるんだ?

 鯉のぼりを支える支柱が外れているのに、

 あの鯉のぼりはまだ空に浮かんでいる。」

「あなた!

 あの子が!あの子が!」

妻が空を指差して悲鳴を上げた。

指差したその先では、子供がぐったりと動かなくなっていた。

それからもその男と妻は、

鯉のぼりに釣り上げられた子供を取り戻そうと、

空を泳ぐ鯉のぼりに向かって、何度も何度も手を伸ばしていた。


 その男の子供が鯉のぼりに捕まって吊るされる様子は、

灯台から町を一望していた観光客たちにも見えていた。

動かなくなっていく子供を取り戻そうと必死な親の様子。

しかし、

遠くからそれを見ていた観光客たちには、

その光景は違うものに見えていた。

観光客たちはその光景を目の当たりにして、

楽しそうに歓声を上げている。

「まあ!

 あの高台の家を見て。

 あの家の鯉のぼり、キラキラ光っていて綺麗よ。

 それに、活き活きと動いてるわ。」

「本当だね。

 まるで本物の魚が空を泳いでるみたいだ。」

「あっ、あそこを見て。

 もう一つ小さな鯉のぼりが上げられたわよ。」

「本当ね。

 あの小さな鯉のぼりは、子供の鯉のぼりかしら。

 ピクピクと跳ねる動きが、活き活きとしているわね。

 まるで本物の生き物みたい。」

「それだけじゃないわ。

 その鯉のぼりの下で、

 踊りを踊っている人たちがいるわよ。

 あの二人の踊りも鬼気迫っていて勇壮だわ。

 ガイドさん。

 あの踊りも、この町の名物なのかしら?」

しかし、

尋ねられたガイドは何が起こっているのか分からず、

応えることができない。

「えっと、私は何も知らされていないのですが、

 多分、後から追加された催し物ではないかと・・・」

ガイドの生返事を、観光客の歓声がかき消した。

観光客たちが食い入るように見つめる先では、

鯉のぼりの下で踊りを踊っていた二人が、姿を消していた。

その代わりに、

先ほどよりも少し大きな鯉のぼりが二つ、空に上げられたところだった。

そうして、

大きな鯉のぼりの後から上げられた三つの鯉のぼりは、

ぶらんぶらんと力なく手足を揺らしながら、空に吊るされていた。

それを見た観光客たちは、嬉しそうに拍手していたのだった。


終わり。


 5月なので端午の節句をテーマにした話を書きました。

ある人にとっての不幸が、事情を知らない人からは見世物になってしまう、

その理不尽さを書いてみたいと思いました。


お読み頂きありがとうございました。


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