第6話 鏖殺の勇者様
200センチを超える身長に筋肉の鎧を纏うという巨体を持ちつつ、目端が利いて常に冒険者として第一線を進んできた男、それが剛腕冒険者パーティ「角一族」のリーダーである『角族長』。若くして冒険者デビューをしてから破竹の勢いで名を上げ、自ら結成したパーティは今では町では名を知らぬほど有名で、今でも実績を上げ続けている。
街はずれの一角にある、築25年を越えるもののそこらの宿屋よりは大き目の立派な屋敷・・・これがパーティ『角一族』のアジトであった。数年前に拡大を続けるパーティの勢いに乗って、没落貴族が安く放出した別邸を借金して買い取った屋敷だった。
買い取った当時はリーダー、『角族長』も身に余った買い物なのではなかったかと贅沢した気分になったが、それからも勢力は拡大し続け、借金も前倒しで完済するどころか今ではこのアジトも手狭に感じてきたかと思い始めてきた。全てが順風満帆だった。
今夜は会合から帰宅して自室に入ってソファに腰掛けると、かつての自分の月収と同じだけの金額もするワインのボトルを手に取り、グラスに注ぐでもなくそのまま口につけて飲み始めた。どれだけ金が無いときでも、一日の終わりはこうしてワインを飲んでその日の疲れを忘れてリラックスしてから寝る。これが昔からの角族長の習慣だった。
ところがつい先ほど、子飼いにしている憲兵からつまらない話を聞き、リラックスしていた気分が一気に台無しになり、ワインの味をすこぶる悪くした。
パーティメンバーであるスコットが酒場で特別高等憲兵と揉め、あろうことか独断でその憲兵の宿に押しかけて報復をするという。ただの町の憲兵なら問題はない。そもそも奴らは骨抜きにしてあるから揉めることすらない。しかし特憲は別だ。町の憲兵と違ってパイプなど出来ているはずもないし、懐柔のしようもないくらい強い権力を持つ相手だ。これと揉めたことは角一族にとって大きなダメージになる。
角一族はメンバーの多くをエネルギッシュな元ならず者が占める。それを圧倒的な力を持つリーダーがコントロールすることでこのパーティは勢力を拡大してきた。
しかしそこはならず者・・・酒だの女だのでたびたび問題を起こすのが常であった。なので起きた問題に対し円滑に対処するために憲兵に安くない袖の下を握らせることで、どうにか問題を水面下で解決させて「表向きは」問題のないパーティとしてやってきた。
必然的に冒険者ギルドにも安くない金を叩いて懐柔する必要が出てきたが、お陰で談合、同業者の排除なども円滑にいき、結果的に出費以上の利益を上げることができるようになった。
憲兵、冒険者ギルド、金と時間を費やした変わりに、彼らと懇意にすることで角一族はこの町の影の支配者といっても過言ではないだけの存在感を持つことができた。
さて、話を戻すと特憲と揉めるとこれまで角一族が積み上げてきた全てを脅かすリスクが発生する。
角一族に問題があるとされ王都から監視されるようになると、今度は町の憲兵や冒険者ギルドとの関係が怪しまれる可能性がある。良くても関係を疑われないようにするために距離を置く必要が出てくる。
監視の目が緩む頃には、どれだけの損失を被っているか想像もできない。監視されている間にメンバーが問題を起こさず大人しくしているという保証もない。
特憲というのは別件のついで、もしくは抜き打ちで王都から離れた町村に視察が来ることがあるが、そういうのも作ったパイプから予め情報が来るようになっていたはずだったが、今回はその特憲が何らかのきまぐれを起こしたか、パイプがたまたまうまく機能しなかったようで酒場での出来事も寝耳に水だった。
せめて会合に行かず自分もその場にいればすぐに気づくことが出来たかもしれなかったが、済んだことは今となっては仕方がないことだ。
「やるしかねぇか」
角族長は決意をすると、空になったワインボトルを地面に放り出してソファから起き上がった。
コンコン
丁度そのタイミングで部屋のドアがノックされた。
「入れ」
許可を出すと「失礼します」の言葉とともに副リーダーが部屋に入ってきた。
酒場での出来事をすぐに報告しなかったことと、その場をうまく纏めることが出来なかったことに対して罰を与えられていた彼の顔は、見るも無残に腫れあがっていた。
「族長・・・スコットの野郎が戻ってきました」
腫れた頬のためにしゃべりづらそうにしながらも副リーダーは告げた。
「今から行くから広間に待たせとけ。後、今ここにいる全員を集めろ」
角族長のその言葉に副リーダーは一瞬ハッと驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いて部屋を出ていった。
「スコットのやつ、案の定しくじったか」
襲撃に成功したならこんなに早く帰ってくることなどあり得ない。即座に失敗して必死に逃げてきた、そんなところだろう。スコットのやつは角一族の中でも腕っぷしは強いほうだし、連れていったという仲間もやり手揃いだが、特憲の戦闘力は非常に高いと聞く。高確率で返り討ちにあうだろうなとは思っていた。
「久しぶりだな。こいつを使うのも」
角族長は壁にかけてあった自分の「得物」に手をかけると屋敷の広間へと向かった。
「おぅ集まってるな」
吹き抜けになっている広間には屈強な男たちが20数名集まっていた。
踊り場から見下ろす角族長の元に、そのうちの一人が駆け寄った。スコットだ。
「族長、すまねぇ、その・・・」
スコットのみならず角一族のメンバーからすると、角族長は頼もしい存在であると同時に、畏怖の対象でもある。スコットは気まずさと恐怖が入り混じったような表情で、角族長の顔色を伺いながら口ごもらせている。
「話は聞いてる。しくじったんだな?」
角族長の言葉に、スコットは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げながらも、「はい」と小さく呟きゆっくりと頷いた。
「馬鹿やりやがって。お前の処分はあとだ。まずは現状を何とかするぞ。おい、お前らも話はわかってるな?」
スコットの襲撃には加わらなったものの、酒場の一件についてこの場にいる大半のメンバーがわかっていたので彼らは角族長の言葉に頷いた。
「緊急案件だ。酒場で揉めた特憲の女とそのツレの襲撃にスコット達が失敗した。このことが王都に広まると俺たちは解散どころの話じゃねぇ」
スコットは俯く。自分の不甲斐なさを仲間に晒すことになるのと、襲撃の失敗によって今度起こりえる大問題に気づいて青くなっているんだろうか。
「これからただちに特憲どもを始末する。多少騒ぎになっても仕方ねぇ。とりあえずやることさえやれば後のことはどうとでもなる」
実際は特憲を死なせたとあってはその後のことをうまく処理するのに大変な労力と金を消費することになりそうだが、ここではそれには触れない。仲間たちには現状何も考えず力を振るってもらいたいからだ。
「待ってくれ族長」
ここでスコットが声を上げた。
「俺が・・・俺たちが襲撃に失敗したのは特憲の女相手じゃない。ツレの男なんだ。全身を劇団員みたいな鎧を着こんだ、妙なやつだ」
「あぁ?なんだそりゃ・・・」
角族長はスコットの言うことがすぐには理解ができなかった。
「俺たちは特憲どもの泊っている宿屋『転がるみかん亭』に向かったんだが、その目の前でツレの男が通せんぼしやがったんだ。そいつが・・・」
スコットはここで言いよどみ
「俺たちだけじゃ手が出せないほど強かった。ロイドをはじめとして、俺が見ただけでも3人殺された。今まで見たダンジョンのどの魔物よりも強い・・・と思う」
振るえた声でそう続けた。
「3人殺されただと?馬鹿な!」
そんなことはあり得ない。特憲は通常の憲兵よりも遥かに強い権限を持っている。俺たちならず者に絡まれたとして、いきなり切り捨てたところで罪に問われることはない。が、実際にそんなことをやった特憲の話は聞いたことがないし、そんなことを考え無しにするようなやつは特憲にはなれない。
特憲のツレだというなら、その人間がいきなり3人も殺すなど考えられない。
「特憲のツレなんだろう!?そんなことするわけがねぇだろうが!」
「本当なんだ!警告は確かにしてきたが、躊躇いもなく本当に警告通りに殺しにきやがった!何者かわからねぇが、普通じゃねーんだよ!」
スコットの表情は恐怖で引きつっていた。
「頭のおかしいイカレ野郎だ!族長が相手を・・・いや、ここにいる全員でかからねぇと・・・」
スコットの怯えぶりを見て、角族長は困惑した。
(こいつがこんなに弱気なことを言うとはな・・・)
スコットは腕っぷしは悪くないし、ダンジョンで遭遇した強敵にも怯まないタイプだ。悪い見方をすると頭が悪く、喧嘩っ早くて誰にだって手段を選ばなければ勝てると思いがちなタイプとも言える。良くも悪くも怖い者知らずだが、このパーティの前衛にはこういうのがいてもいいなというのが角族長のスコットに対する認識だった。
「奴は良くわからない詠唱の無い火球魔法のようなものを使う。ロイドはそれで一撃で死んだ。他に鎧を着こんでいるくせに素早いし、剣も強え。俺は逃げるので精いっぱいだった。人間じゃない、大型の狂獣が相手だと思ったほうがいい・・・」
「ふむ・・・」
怖い者知らずだと思っていたスコットにそこまで言うとは相当な相手なようだ。
特憲そのものも手ごわいが、もしかしたらツレのそいつのほうが危険な相手かもしれない。
スコットの言葉を聞いた仲間たちは怪訝な顔をしている。半信半疑といったところだろうか。スコットの恐怖が伝わりきらないうちに行動をしたほうがよさそうだ。
「どんなやつがいても俺がこの手でぶち殺す。いつも通りにな。お前ら行くぞ」
角族長の言葉に一同が頷いた。そのときだった。
バァン
と、広間の扉が乱暴に開かれた。その場に飛び込んできたのはスコットと一緒に襲撃に参加した角一族のメンバーの一人だった。腕に切り傷があり、出血したまま命からがら逃げてきたという感じだ。
「た、助けてくれ!」
恐怖で顔を歪めながら角族長の元へとその男は走り寄る。
その時だった。
「ここがアジトか」
全身鎧を身に纏った厳ついナリをした男が開かれた扉から現れた。カイだ。
角一族の面々は息をのんだ。
剣にも鎧にも血がついている。それを見て交戦した角一族を何人も斬ったということはすぐにわかった。
(なるほどこいつが・・・)
角族長はカイを見て悟った。
確かに得体の知れないやつが、強いのというのは勘でわかる。この角一族の自分以外の連中が束になったところで勝てないだろう、と。
(そしてこいつの目。ここにいる全員を殺すつもりだ)
自分に牙を向いた以上、徹底的に戦う。確かに人間というより狂獣に近いだろう。
角族長の手のひらに汗が滲んだ。彼はダンジョンでもここ数年、滅多にないほどの緊張をしているのを感じていた。
「ここにいるので全員か?」
カイが口を開いた。
角族長は緊張を悟られないよう、努めて平静を装って答えた。
「さぁ、どうだと思う?」
実際にはこの広間にいるので全員だが、伏兵を匂わせるために揺さぶりをかける。
「まぁ、どちらでもいいことか」
しかしカイは大して興味も無さそうだった。
「お前がボスだろう。お前さえ倒してしまえば、例え数人を打ち漏らしたところで、大した脅威にはならない」
カイの視線は角族長だけを捉える。角族長の背筋にゾクッと一気に寒気が走った。
「そうかよやってみな!」
角族長は自分の部屋から景気づけに持ってきていたワインボトルをカイに向かって投げつけた。何のことはなくカイはそれを左手で払いのけるが、角族長にしてみればその一瞬だけ時間を作れれば問題無かった。
「ふっ!」
一瞬にして角族長は自分の得物をカイの頭上に振り下ろす。
得物は棘が無数についた大型の金棒であった。筋力増加と速度増加の付与魔法を何重かに受けたその武器は、大型のモンスターでも頭部に命中すれば一撃で頭蓋骨を粉砕する威力を持つ。そしてその武器を最大限に生かした角族長の攻撃は、常人では目にも留まらぬ速さで繰り出される。
ガキンッ
最初の一撃を正面から受け止めるカイ。
本来なら一撃で砕け散るはずだったが、しっかりと受けたカイを見て、角一族の面々は驚愕した。
しかし角族長は手を止めることなく次の攻撃に移っている。
一秒にも満たないうちに再度同じ攻撃。再び受けるカイだが、大理石で出来た床の方が耐え切れずにヒビが入った。
恐ろしいのはそんな攻撃を受けきるカイである。普通ならとっくに鎧が砕け散っているはずだった。
ここで角族長は金棒を振り下ろすのではなく横なぎに払った。これを受けてカイの体は弾かれ、壁際まで飛ばされることになる。
「やれ!」
角族長と距離が離れた瞬間に出された合図と同時に、今まで後ろで詠唱をしていた仲間たち12人が当時に攻撃魔法をカイに向けて発動させた。炎、電撃、爆裂、数種類の属性がそれぞれカイにもろに命中する。
大きな炸裂音とともに館の壁に大穴が空き、カイは炎に包まれ、館はいたるところが着火した。
「これで済めば安いもんだがなぁ」
館が火事になっても角族長はあまり気にしていないようだった。
なりふり構わず全力でかからねばカイを倒すことはできないと思っていたからだ。十数発の魔法が命中したことで上がった巨大な火柱を眺めながら、角一族の面々は族長を除いて僅かに安堵の表情を浮かべていた。
普通の人間ならまず無事ではすむまい、それだけの攻撃魔法を打ち込んだつもりだった。
「なっ・・・!?」
炎の中から平然としているカイが現れたのを見て、一同は驚愕した。攻撃がまるで効いていないようにしか見えなかったからだ。
カイは左手を魔法使いの面々に向けて掲げた。
「お前たちを先に沈黙させないと街に被害が及びそうだな」
そう言い、何かボソッと呟いた。
瞬間、カイの左手の掌にこぶし大の火球が現れ、魔法使いたちに向かって飛んでいった。
ドンッ
こぶし大の火球は彼らの近くまで飛ぶと、大きな音を立てて爆ぜた。ロイドを仕留めた魔法と似ているが、威力が断然高いもので、一人どころかその場にいた8人が一瞬で火だるまとなった。
「なっ・・・!?」
角族長は無詠唱で魔法が放たれたことに驚愕した。いろいろな冒険者を見てきたが、同じ芸当が出来る人間は一度も見たことがなかったのだ。
ドザリと、焼かれた8人はそれぞれに倒れる。ロイドと同じく完全に黒焦げの炭のようになっており、一瞬にして絶命していた。
「ひぃっ!!」
隣に立っていた仲間が焼かれたものの、たまたま難を逃れた男が悲鳴を上げた。
「俺に強化魔法をかけろ!」
恐怖が伝染し、角一族のメンツの戦意が喪失しそうだったが、角族長の言葉がかろうじて戦意を保たせた。そうだ、自分達にはまだ族長がいる。この人に任せるしかないのだ、と。
攻撃魔法隊はほぼ全滅だが、補助魔法の使い手は残っていた。彼らは攻撃補助、防御補助、速度増加などそれぞれの強化魔法を角族長にかけようと詠唱を開始した。
「このぉ!!」
カイの前に大柄な男が剣で切りかかった。ダンジョンでは前衛を務めている男だが、補助魔法の発動まで盾になるつもりだった。角族長も前に出る。
しかし前と同じようにカイは流麗な動きでその一撃をいなしつつ、一刀で鮮やかに切り捨てた。直後にきた角族長の一撃も今度はいなしていた。
「なに・・・」
先ほどは受けたはずの自分の一撃が入らないことに角族長はまたも驚愕する。
間もなく真横から繰り出された槍使いの槍の突きですらカイはいなすと、その男も一瞬で切り裂く。
一瞬にして角族長以外の前衛が死に、前衛は彼一人となった。
後衛からの補助魔法の発動には、まだ若干の時間が必要であったが、カイは切りかかってくるわけでもなく待っているように見えた。
「てめぇ何のつもりだ」
奇怪なカイの行動に思わず角族長は言ったが
「お前に補助魔法がかかるのを待っている」
カイの返答は、角族長の想像だにしないものだった。
「今仲間が準備している補助魔法がお前にかかれば、お前はもっと強くなるのだろう?」
「・・・は?・・・」
一瞬、カイの言っていることが理解できなかった。
しかし、若干の間をおいてその言葉の意味を理解すると、角族長の顔は怒りで歪んだ。
「てめぇ・・・そりゃ俺をなめてるのか・・・」
最初に角族長の攻撃を受けたのはあくまでこちらを試していたから避けずに受けていた。そして先ほどの攻撃を受けなくなったのは、もう試す必要はないから躱しただけのこと。今こちらの補助魔法がかかるのを待っているのは、またこちらの実力を試すつもりだから。
終始自分はなめられていたのだと気付くと、角族長の頭は怒りの炎に包まれていた。
「殺す」
角族長がそう言い終わると同時に、詠唱を終えた仲間たちの補助魔法が角族長にかけられた。
今の角族長は先ほどの1.5倍弱の筋力と速度が付与されている。
彼は持っている金棒を頭上で振り回したかと思うと、自身もスイングしながら金棒と同じように回転をはじめ、やがて角族長は一つの竜巻のようになった。
『旋風砕瓦塵』
これは角族長が編み出した必殺技であった。強力なダンジョンボスに出会ったとき、あるいは魔物の大群に遭遇したときに使う、滅多に使わない奥の手だ。
まるで嵐が来たかのように強風が吹き荒れ、館にある様々なものが風に乗ってまき散らされている。
角一族の面々は竜巻と化した角族長から距離を取り、成り行きを見守っている。旋風砕瓦塵は発動中は敵、味方の区別をつかないため、仲間たちは巻き込まれないように距離を取る。万が一にも攻撃範囲に入ってしまえば一瞬にして肉塊と化すのだ。
その狂暴な角族長の有様に「鬼」と呼ばれ、それが今のパーティ名の角一族の名前の由来になったとされている。ダンジョン内でも壁から天井からあらゆるものを破壊するために使用を制限する技だが、やはり館もいたるところが風圧でダメージを受けていた。技の発動が終わる頃には半壊しているかもしれなかった。
しかしそれでも角族長は相手を殺すつもりなのだと、本気になってしまったのだと仲間たちは思った。かつて同じ人間に対してこれほど本気になった角族長を見たのは彼らがこれが初めてであった。
竜巻の勢いが最大に達したのか、角族長はそのままカイへ近づいていく。
この強烈な竜巻は、生半可な物理攻撃は弾き、先ほど使ったような炎の魔法もかき消してしまうほどの威力を持つ。角一族の面々は勝利を確信していた。
あの頑丈な鎧の男も一瞬にしてバラバラになる。そうなるはずだった。
「・・・っ!」
フッと、一閃。目にも見えないカイの一刀により勝負は決した。
大量の血が舞った。カイのものかと角一族の面々が最初思ったが、竜巻が止んだかと思うと袈裟斬りにされた角族長が血を吹きながらあっけなく地面に突っ伏し、それが間違いだったと気付く。
「こふっ・・・」
鬼と呼ばれた角族長は、冒険者になって一度とて倒れたことなどなかった。そんな姿を仲間に見せたことはなかった。見たこともないリーダーの姿に、その場にいた仲間の誰もが凍り付いていた。
攻撃補助のみならず防御強化も何重もかけられていた角族長は、強獣の攻撃とて正面から受けても耐えられるはずだった。
「長居は無用か」
カイへの攻撃魔法で着火した館の壁が激しく燃え始めているのを見て、カイが言った。角族長はカイを巻き込んだ全力の集中魔法攻撃で葬ったら消火するつもりだったが、今では誰も消火することはない。このままなら屋敷ごと炎に巻き込まれてしまうだろう。
しかし角一族の面々は動こうとしなかった。
「夢だ・・・夢だろ」
まだ生き残っていたスコットは完全に腰が抜け、ただ「夢だ」と呟くだけになっていた。
自身が絶対的な恐怖を感じながらも信頼していた男が、自分が身を寄せていた町で一番強いはずのパーティが、目の前のたった一人の男によって葬り去られようとしている。
しかもそのきっかけを作ってしまったのは自分だ。
「なんで、なんでここまでされなきゃならねぇんだよ!」
発狂したスコットが叫んだ。
「族長もっ、ここで死んた仲間もっ、お前たちの襲撃には関係ないだろうがっ!ここまでする必要があったのかよ!!」
スコットの勝手な発言にカイはとくに怯むことなく
「一人でも仲間を残しておけば、それは後になって脅威になるかもしれない。だから殺す」
特に感情が籠めず淡々と言った。
「恨むなら不用意に仲間を巻き込んだお前自身にするんだな」
そう言って剣を振りかざすカイが、スコットがこの世で最後に見たものだった。