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時代遅れの勇者様  作者: 裏人
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第4話 深夜の勇者様

「ありがとうございます!」


助けてもらったウエイトレスが涙声でエリーザの元に駆け寄って礼を言った。

バツが悪そうに店主と思わしき男もヘコヘコしながらやってくる。


「職務ですので。お店を汚してしまったことに関しては謝罪しますわ」

「いえ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか・・・」

「釘を刺した以上、彼らも少しは大人しくなることでしょう。監視をつけるように話をしておきますね」


ひらすら礼を言う店主を制しながら、エリーザはアネットとカイが待つテーブルまで戻ってきた。


「なんだか飲み続ける空気じゃなくなってきちゃったね。今日はここでお開きにしようか」


残ったビールを飲み干してアネットが言った。

お代は結構ですとかたくなに代金の受け取りを店主が拒否するので、金をこっそりテーブルの上に置いてエリーザ達は酒場を出た。立場上、こうした好意を受け取るわけにはいかないからだ。

店を騒ぎを聞きつけたと思われる野次馬が集まっていて注目を浴びたが、特に気にするでもなく宿へ向かって歩きだす。


「エリーザは結構偉い人なんですね」


特憲についてアネットから説明を受けていたカイが道中エリーザに言った。


「やめてよねそういうの。恥ずかしいから。そういうのじゃないし」


エリーザはそう言ったが、実際に特憲はロラーシアにおいて強い力を持つ高位な存在であった。このことを知った人間はエリーザに対する対応が大きく変わることが多かった。先ほどの角一族のように急にペコペコしだす者もいれば、表面上は今まで通りと装いつつも、どこか配慮するようになって余所余所しくなる者など様々だ。

だからエリーザは極力プライベートで会う人間にはこのことを知られなくはなかった。


「まぁ立ち振る舞いも品があるし、きっと高位な方なのかもなとは思っていました」


エリーザはそれを聞いて少し俯いたが


「最初に僕をボコボコにしたことは別としてね」

「なっ・・・」


続けたカイの思いもよらぬ言葉にエリーザは顔を真っ赤にした。


「あ、あれは・・・!」

「わかってますよ。あれは僕が悪いんだし。けどまぁ、先ほどの凛とした姿からは想像もできませんね」


笑いながらそういうカイに、エリーザは怒ったようにしつつもホッとしたような顔をしていた。

酒を飲んでカイも陽気になっているのもあるだろうが、どうやらエリーザの身分についてはあまり気にしない性格のようであった。あまり特憲について深く知らないから、ということでもあるのだろうが、それでもエリーザはカイの反応が嬉しかった。

アネットはその様子を眺めながら「良かったね」と、二人に聞こえないような小さな声で囁く。エリーザが特憲という高位の役職に就いたことで、いろいろと孤独な思いをしてきたのを見てきたからだった。


「しかし凄いですね。あれだけの人数に囲まれておきながら、臆することなく場を制してみせた。エリーザは相当強いですね」

「いえ、あの程度大したことはないわ」


エリーザは謙遜したが、カイは更に続けた。


「ナイフの男に気付いたのも流石でした。まるで動くことが事前にわかるような反撃のタイミングだった」

「あれは周囲の動きに反応できる魔術を使っていたんだよ」


カイにわかるようにアネットが説明する。


エリーザはあの場にて二つの魔術を使って男たちと向き合っていた。

まずは自分の周囲のあらゆるものの動きを1ミリ単位から把握する『感知(レーダー)』。背中に目がついていなくても360度周囲のあらゆる物の動きを察知できる魔術である。エリーザの場合は半径3メートルまでなら察知し、対処することができる。

二つ目は『障壁(バリア)』。『感知(レーダー)』で察知出来ない遠距離から魔術による攻撃をされても、攻撃を防ぐ防壁を築く魔術を使っていた。どのくらい強い防壁かというと、さきほどの場面でいうなら酒場を一瞬で焼き払うだけの規模の炎に突然襲われたとしても、エリーザだけは無事でいられるくらいの強さの障壁だ。ただし効果は魔素を含む攻撃・・・つまり魔術にのみ有効なもので、スコットが腕を掴んできたように、物理的なものに対しては壁の効果は持たない。

魔術の詠唱と発動はエリーザが角一族の前にたどり着くまでの間に既に済ませていて、スコットが標的をウエイトレスから彼女に変えるころには戦いの準備は既に出来ていたのだ。



「まさかそんなことが。見ても全然わからなかった」


カイはすっかり感心した。


「『障壁』とか目に見えないように張るのは結構大変らしいけどね。ま、それが出来てしまうのがエリーの凄いところさ」

「アネットさんも出来るんですか?」

「全然。私は魔術はほとんどからっきしさ。というか、そういう高等な魔術を素早く展開できる人はそうそういないよ」

「もう、いいじゃないその話は」


褒められてばかりなので少し照れくさそうにエリーザが言った。


「いや、エリーザは本当に凄いですよ」


しかしカイはエリーザに正面から向き合い、彼女の両肩に手を置き続けた。


「酒場で見せた流麗な動きといい、今日はあなたに感心させられてばかりです。一人の戦士として尊敬します」


じっと真正面から見据えられてそういうカイに、エリーザはあまりの恥ずかしさに言葉を失う。


「しかも美しいと来た」


続けて出た言葉に、ついにエリーザはボンッと爆発したように顔を真っ赤にさせた。

カイは酒で陽気になっているので、本気で口説こうとして言っているわけではないのはエリーザもわかってはいたが、面と向かって言われるとあまりの恥ずかしさに何も言えなくなる。


「ちょっ・・・そういうのは・・・えっと、あなたちょっと飲み過ぎよ!」


突然のことに思考が定まらないエリーザを見て、アネットがニコニコと嬉しそうに笑う。アネットがこんなエリーザを見るのは初めてのことだった。特憲という立場のこともあり、常に人前では気を張ってばかりで年相応の感情を表に見せることのないエリーザに対し、ずっと思うところがあったのだが、今日初めて会ったカイにはいろいろな表情を見せている。

アネットはカイとエリーザの出会いは本当に素晴らしいものであったと確信した。



「しかし冒険者か。先ほどの冒険者たちは随分と素行が悪いように見えましたが、ああいった手合いは多いのですか?」


酒場のことを思い出してカイが尋ねた。


「割合でみれば少数ではあるけど、どこにいても必ず見るわね。ああいうのは」


仕事で国中を移動したことのあるエリーザは自分の見たままを言う。抜き打ちで町や村に立ち寄って、無法者と化した冒険者たちを罰することもエリーザの仕事の一部であった。


「力を生業とする人間だからね。そりゃ、いろいろなのが出てくるのは仕方がないさ」


フィールドワーク先でいろいろな冒険者を見てきたアネットもそう言った。


「なるほど。こういうのは僕の時代とそれほど変わってはいないんですね」


カイがそう言いながら意味ありげに笑みを浮かべていたことには、エリーザもアネットもそのとき気付いていなかった。





----------





暗がりの路地裏で先ほど酒場でエリーザと悶着のあった男、スコットは腕組みをしながら壁に寄りかかっていた。


「おぅ戻ったかミルド」


スコットは誰かの気配を感じ、その方向に向かって言った。


「わかりましたよスコットさん。町のはずれの『転がるみかん亭』に入って行きました」


スコットの元にやってきたミルドという男は、酒場を出たエリーザ達がどこの宿に行くのかを確認するために先ほどまで彼女らを尾行していた。


「転がるみかん亭?中々いいところじゃねぇか。町のど真ん中ならちょっとだけ面倒になるところだったぜ」


不適に笑ったスコットは腰元に下げたダガーの柄に手を添える。そして路地の奥にいるもう一人の男のほうを向いた。


「そっちの首尾はどうよロイド」


スコットに話しかけられたのは深青のローブに身を包んだ背の低いロイドという男だった。

彼は酒場でエリーザに鳩尾に一撃くらって悶絶した男である。


「準備はできた。いつでもいける」


そういうロイドの腰元には酒場にいたときには無かった携帯バッグがあった。


「じゃあお礼参りといくかね」


スコットとロイド他数人はエリーザへの報復を考えていた。酒場では大人しく下がったように見えたが、すぐにエリーザ達の宿泊している宿を調べさせるために隠密スキルを持つ仲間に彼女らを尾行させ、自分達は報復のために準備をしていた。特別高等憲兵という立場にいるエリーザに手を出せばどうなるか。それは重罪であり、場合によっては死刑も十分にあり得る。剛腕でならした角一族といえど、プライドのためにエリーザに報復しようなどとは考える者すらほとんどいなかった。しかしゼロではない。

損得だけで物を考えない、プライドを守るためならお上にすら手を上げるという、狂暴な冒険者たちがスコットと共にエリーザ達の元に向かっていた。

その数10人。

公衆の面前で恥をかかされたのが我慢ならないと、報復を考えていたスコットに同調した者たちだった。


「我々の出動をどれだけ遅らせても30分です。それまでには済ませてくださいよ」


小綺麗な鎧兜を纏った男がスコットの元にやってきた。彼はこの町に治安維持のために配備されている憲兵の一人だった。


「わかってる。そっちに手間はかけさせねぇよ」


そう言ってスコットは男に少しばかり金を握らせる。この町の憲兵の大半は角一族と金のやり取りがあった。そうしてこれまで角一族が起こしてきたいざこざの大半をもみ消してきたのだ。今回の酒場での一件をエリーザの口から王都に報告されると彼ら憲兵にとっても面倒なことになりかねなかった。なんで今回のスコットによるエリーザへの復讐も、もし騒ぎになって一般人が通報してきても、憲兵を現場から離れたところに配置しておいたりと、駆け付けるまでに時間をかけられるようにしてあった。

特別高等憲兵であるエリーザにスコット達がどんな報復をするかまでは知らないが、少なくとも今日酒場であった出来事を王都に報告することが出来ないようにするくらいはやるだろう。


「しかしそれにしても・・・」


憲兵の目がスコットの足元にいく。


「怪我をされているようですが、手当はしないのですか?」


スコットの靴は血で滲んだままだった。今なお出血しているようで、スコットが歩くあとにはたまに血痕が残ることがある。これはエリーザに潰された指の怪我だった。


「あぁ、このままでいい」


スコットは涼しい顔で言った。角一族には回復魔法を使える者がいるが、彼はあえて治療を受けることなく怪我をそのままにしていた。


「こうして怪我をそのままにしておくとだな。あの女に対する恨み、怒りを忘れなくてテンションを維持出来るのよ。次会ったときにどうしてやろうかっていろいろ考えているときが楽しくってしょうがねぇ」


怪我の疼きすら快感になると言う口ぶりだった。うっすら笑みを浮かべてそう言うスコットに、憲兵は「変態だな」と内心で思いながらも最後は彼を見送った。




-さて、もうすぐ奴のいる宿屋までたどり着くな。どうしてやろうか。


エリーザ達が宿泊している宿屋「転がるみかん亭」に近づいてくると、スコットはにんまり笑いながら考え始めた。


まずは薬師であるロイドが痺れ薬をばらまく。これでまず襲撃に目を覚ましても動くことはできない。部屋がどこかまでは調べていないが、それほど大きい宿ではないからすぐに目当てのクソ女は見つかるだろう。同行していた仲間がいるみたいだが、邪魔なようなら消すだけだ。

女を見つけたらその場では何もせずに、拘束だけしてすぐに町の外に運び出す。人気のない森にでも連れ込んだら、まず手足をへし折って動けないようにしてやろう。痛みと絶望に歪む顔を見ながら、まずは最初に俺が犯してやる。たっぷりと屈辱を与えて絶望させた後はどうしてやろうか。殺してしまうのはもったいない気がする。嬲ったその姿のまま街の広場にでも放置して見せしめにしてやろうか?プライドの高そうなあの女のことだ・・・悲観して自ら命を絶つ可能性も高い。まぁ、それはそれで楽しそうだが、辱めたことで脅していろいろ自分達に便宜を図ってもらうようにするのが一番良いだろうか。屈辱と後悔の中で俺たちに屈服させるのは悪くない。

まぁ、死ぬか死んだほうがマシな目か、いずれかなのは間違いねぇが、何しろ自分が受けた屈辱と痛みの倍以上は返してやらねぇとな。



そう考えているうちに、気が高ぶってきたのか、スコットが先ほどまで感じていた足の指先の痛みを感じなくなっていた。テンションは十分のようだ。これから祭りが始まる。

エリーザ達が宿泊している宿屋が視界に入ったところで立ち止まり、無言のままスッと手を上げてスコットが合図をした。

それに応じるように薬師のロイドが持っていた鞄から小瓶を取り出して頷いた。瓶の中身は粉末状の強力な痺れ薬であった。これから隠密に長けたロイドがこっそりと宿屋全体にそれをばらまく。ドアの隙間から流し込むだけでも十分に機能する痺れ薬である。ターゲットは寝ながらにして気付かないまま痺れ薬により動けなくなる。既にスコットを含むここにいる仲間全員はロイドが使う薬の中和剤を飲んでいるので、彼らがロイドの痺れ薬にかかることはない。


-そう、彼らの段取りは完璧なはずだった。




「それ以上は近づくな」


単身宿屋に忍び込もうとロイドが一歩踏み出したとき、スコット達とは違う別の男の声が彼らの耳に入った。周囲は薄暗く、スコット達以外には誰もいない。


「・・・誰だ」


自分達にかけられた言葉だと理解したスコットは声のした方向、自分達の前方を睨みながら言った。


カシャン


その言葉に返事をするかのように、何やら金属音が聞こえてきた。


カシャン カシャン


その音はだんだんとスコット達に近づき、そしてついに音の主が前方右にあった暗い路地裏から姿を現したものを見て、スコット達は顔をしかめた。


「・・・何だ、てめぇ・・・」


現れたのは古めかしく少し派手な装飾の鎧に全身を包んだ、彼らの知らない男だった。カイだ。


「お前たちに名乗る名などない」


そういうカイの口調はこれまでエリーザ達と話していたときのそれとは全然違っていた。おどけた空気も、何の温かみもない冷たい口調。ただそれだけのものだったが、スコット達は背中に冷たい水が滴ったかのような感じがした。


(なんだこいつは・・・)


スコットは自分でも驚くほど気圧されているのがわかった。目の前に立つカイが、ただただ恐ろしく感じるのだ。他の皆も同じであるようで、ここにいるスコットの仲間は誰一人言葉を発することもしなければ、動こうともしない。


「警告は一度だけだ。このまま後ろを向いて去れ」


それだけ言ってカイはスラッと鞘から剣を抜く。


-さもなくば命は無い-


その仕草だけでスコット達にはそう伝わった。


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