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時代遅れの勇者様  作者: 裏人
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第3話 衝撃の勇者様

3人は大衆酒場へと向かうために宿を出たが、道中すんなりとは目的地にたどり着けなかった。


「これはすごい。どうなっているのですか?」


街にある、ありとあらゆるものにカイが子供のように反応を示すからである。今カイが注目しているのは街灯だった。


「それは街灯よ。暗くなれば付与魔法が発動して明かりが点くようになっているわ」


エリーザがそう教えると、カイはグルグルと街灯の周りの回りながら、熱心に光源を見つめた。


「火ではないんですね」

「簡易的な照明魔法よ。付与魔法に近いわ。火よりも明るいし、火事になることもないわ」


エリーザの答えはカイには物凄く刺激的だった。


「まさか街の明かりにまで魔法が使われているなんて。それもこれだけの数が!なんという贅沢・・・僕の時代では王城と城下町の目抜き通りに松明がいくつか並んでいたくらいでしたね」

「現代ではこれが普通よ。どんな小さな町にだって同じ街灯くらいある。今どき火の照明なんて嗜好品と言えるわ。それこそ贅沢よ」

「なるほど・・・ランタンを持ち歩かずしても外出が出来るのですか。時代は大きく変わったのですね」


カイは腕組みしながら深く頷きそう言った。時代の大きな変化に感動しているようだった。


「しかしあれが付与魔法とは・・・誰かが毎回発動させているのですか?」

「いいえ違うわ。あれは魔術装置なの。人が毎回魔術を発動しなくとも、自動的に装置そのものが魔術を発生させる仕組みになっているの」


エリーザの言葉にカイは茫然とした。あまりに理解の外を出ていたからだ。


「カイがいた時代とはここが大きく違うんじゃないかな。人が魔術を使わなくとも、時間の経過とか、人が近づいたりとか、いろいろ条件を決めて自動的に魔術を発動させることができるという物を作れるようになっているんだよ」


アネットが補足した。


「魔術の修行をしなくても、誰でも物を使って火を起こしたり、明かりを灯したりできるようにいろいろな物が開発されたのさ。これを『魔科学』というんだけどね。今でも研究は進んでいるよ」

「魔科学・・・なんと・・・」


カイは言葉を失っていた。カイの時代ではこういった魔を使うことそのものが誰でもできたわけはなかった。小さな火を起こすことさえ、それが出来るのは集落に一人いるかいないか、そんな世界であった。今の世では誰もが物を介すことによってそれが可能であるらしい。


「魔科学が急速に発達したのはここ100年くらいの話だからね。流石にカイにはまだピンと来ないかもしれないね」

「うむ、では魔科学とやらはこれから更に進化するかもしれないということですね」


凄い時代になった、とカイは感動した。カイはまるで小さな子供のように目を輝かせていた。次はどんな凄いものも見ることができるのだろう?そういった好奇心が満ち溢れているようだった。


「む、あれは何ですか?」


カイがまたもや見かけたものに反応した。

それは大広間の中心にある、淡く緑色に光る3メートルの高さはあろう水晶のような柱であった。


「それは魔導石よ。魔科学の集大成と言えるものね」


エリーザが答えた。


「魔導石?」

「地上に漂う『魔素』を最適な形に変換して放出してくれているものなの。これがあることによって誰でも付与魔法の恩恵を受けることができる。魔術の発動も以前よりは簡単に出来るようになったらしいわ」



-魔素-


それは世界中に漂う、あらゆる魔のエネルギー元と言えるものである。今より850年ほど前にその存在は一部地域で確認され、以来数百年に渡りその量は爆発的に増え、現在では世界中ほとんどの場でその存在を確認できる。

最初は一部の高度な修練を積んだ魔術師が、何時間もかけ難解な術式を組み魔素を変換し、ようやく小さな火が出せるといったレベルのものでしかなかった。面倒な上に時間がかかるというデメリットがあったが、魔素さえ漂っている場であれば、その魔素を集めて変換して発動するので自身の魔力を消費することなく無限に魔術を発動できるというメリットがあった。人々はこの魔素という夢のエネルギーの研究に没頭した。

そしてついに、世界中に漂う魔素を魔術の発動に最適なものに変換して空間に放出するという装置が開発された。それが「魔導石」である。

この魔導石が開発されて以来、魔素の最適化による術式の簡略化によって魔術の発動は著しく高速化された。高位の魔術師でなくとも魔素から魔法を短時間で生み出すことができるようになったのである。

また、それだけではなく付与魔法というものも開発されたが、これも魔導石によって誰にでも利用できるようになったものであった。水晶のような姿をしているものの、人工物であるこの装置は、賢者の石などと呼ばれ世紀の大発明とされた。

ちなみに魔導石はこの場にある規模のそれ一つで数km程度はその恩恵を受けることができる範囲である。現在地上のいたるところに設置されているので、地上のほとんどの場で魔導石の力を借りて魔を使うことができた。




「なんということだ・・・では、この魔導石と魔素がある限り、誰でも無限に魔法を発動できるということですか?」


カイの目は魔導石に釘付けだった。一般人でも簡単に魔法の類を扱えるのは彼の時代では到底考えられないことだった。


「誰でもってわけじゃないし、どの程度まで使えるかは人の才能と努力によるわ。理論的には無限に魔術を使えないこともないけど、制約もあるのよ。けど、これからの研究次第でいつかは無限に使うことができるようになるかもしれないわね」


そんなエリーザの言葉も実際にあり得ない話ではなかった。ここ数十年だけでも魔科学の進歩は劇的なものになっているのだ。


「なるほど。僕の時代とは随分違うのだなぁ」


持っていた武具もそうだが、今の時代では自分がどこか無力であると感じて、カイは少しだけ寂しい気持ちになった。




そうして話をしながら3人は酒場に到着した。盛況な店内だったが、どうにか空いた席を見つけて座ることができた。


「随分と活気があるところですね」


カイがキョロキョロと見渡して言った。店内は町民だけではなく客の半分くらいは冒険者が占めていたが、品の無いのが多く来ているのか大変賑やかというか、ちょっと煩いと思うレベルだなとエリーザは思った。


「酒場に来たのは初めてかい?」

「いえ。けど、ここまで活気があるところは初めてですよ。いろいろな人が集まるのですね」


アネットの問いにカイはそう答えた。

カイの時代では魔王による侵略の脅威があったせいか、酒場ですらちょっと影があるというか、今見ているほどの活気があるようなところは皆無だった。世が平和であるということは良いことだと、この酒場の喧騒もカイは前向きに捉えた。


「カイはお酒はイケるかい?」

「あまり強くはありませんが、少しくらいなら」

「じゃあビールね」


通りかかったウエイトレスにアネットが飲み物と、あと何品か料理を注文した。エリーザは未成年であるので飲むのはソフトドリンクだ。


「では、今日の出会いに乾杯!」


飲み物が運ばれてくると早速乾杯をした。カイはビールを口に運ぶと、一気に全部飲み干した。


「ぷはっ!なんだこれは・・・とてもおいしいですね」


どうやら味を大層気に入ったようだった。アネットが笑いながらウエイトレスを捕まえて、カイのためにお代わりを注文する。


「僕の時代にこれほどおいしいお酒はありませんでしたよ」

「食文化も1100年もあれば随分変わるだろうからねぇ・・・」


お代わりのビールが届くと、これもまたカイはすぐに飲み干した。

そしてそれから更に二回ほどお代わりが届くころにようやく注文した料理が届いたが、これもカイは一瞬で平らげてしまった。


「なんて美味なんだ・・・かつて宮廷の祝宴で食べた料理よりもおいしいと思います。凄い。時代は変わった・・・庶民ですらこんなに美味しいものが食べられるなんて。スープも塩気だけじゃなくていろいろな味がするし、パンも今まで食べたことがないふわっとした食感です。この肉についているソースも実に・・・」


料理の一つ一つにカイはいたく感動したようだった。エリーザ達からすると別段普通のレベルの食事だと思ったが、カイにしてみれば大変美味なご馳走だった。


「ところでカイはさ、いつからあの森にいたんだい?」


食事が一段落したところでアネットは尋ねた。


「あの森で目が覚めたのは二晩ほど前でした」


食後のデザートを啄みながらカイは答えた。


「あそこの大樹の幹で目を覚ましました。どうしてあそこで寝ていたのか、全然覚えていません。剣や鎧とか持ち物を見て程度のことは思い出せたんですが、今でもいろいろ頭にモヤがかかっていて・・・」

「おかしな話だね。ダラムートの勇者であることを思い出せはしても、どうしてあそこで寝ていたのかとかが思い出せないなんて」


アネットが当然の疑問を口にした。エリーザもそれは気になっていたようで頷いた。


「そうなんです、何故だか一部の記憶だけモヤがかかるというか、全然思い出せないんですよ。それで、何か手掛かりはないかと森の中を動き回ってみたんですが、あそこには木以外何もなく、特に掴むものはありませんでした」

「あそこは国有の大森林だもの。一般人はまず入らないようなところだし、本当に何もないわね」

「そう、なので捜索範囲を広げようかなと考え、その前にまずは腹ごしらえをしようと湖の魚を捕まえようとして・・・で・・・」

「エリーザと鉢合わせした・・・と」

「はい・・・」


アネットの言葉にカイが何かを思い出したようで顔を赤らめて少し俯いた。


「あれは・・・忘れましょう」


エリーザも同じく顔を赤らめてそっぽを向いた。普段は冷静で取り乱したりはしないエリーザにしてみれば、あの出来事は醜態以外の何物でもないのだろう。早く無かったことにしてしまいたいようだった。


「そういえば、カイが言うダラムートという国は一体どこにあったのかしら」


居た堪れなくなったエリーザは話題を変えた。


「わからない」


アネットの即答にカイがあからさまに落胆した。


「950年前に起きたという『聖魔大戦』で大きな地殻変動まで起きたとされているし、もし当時の世界地図が残っていたとしても、今の大陸図はあまりそのときの姿を保っていないんじゃないかな。書物で「そういった国があった」って記されている程度なんだよ。しかも信ぴょう性だって怪しいものさ・・・」


そういう意味ではカイがダラムートの勇者であることを名乗ったのは、アネットにとっては衝撃的だった。彼が実際にその当時の人間だったとしたら、ダラムート王国が存在したことを証明する手がかりになるからだ。


「その・・・聖魔大戦、とは?」


気になったフレーズについてカイが尋ねた。


「950年前に起きた、魔族との世界規模の大戦・・・ってことだけど、詳しいことはあまり資料にも残ってないんだよね。神の支援を受けた人類と、世界に蔓延る魔族との全面戦争があって、あまりの激しい戦いによって地上の三分の一が姿を変え、人類も三分の一が犠牲になったと言われているんだ。今でもその戦いの爪痕とされるものが世界のいたるところに残されているよ」


そうした爪痕をアネットも調査することはあるが、目ぼしいものは数百年の間にすっかり調べつくされており、最近は疎遠になっていた。


「その戦いの結果、人類は勝利して魔族は滅んだということですか?」

「魔族は滅んだわけじゃない。けど、人類同様に大きな損害が出て、地上での勢力は大きく衰えたとされている。そして魔族の大多数は地下・・・ダンジョンに潜った」


アネットは地面を指をさす仕草をした。


「世界に百数か所とダンジョンを作り、魔族はそこに籠城した。以来、人類と魔族との戦いの場は専ら地上ではなくダンジョンの中になったとされる。そして戦いは数百年、今でも終わらずに続いているよ。」


カイはポカンとした表情で話しを聞いていた。自分の思っていたものとは話のスケールが違っていて、すぐには内容を理解しきれないでいた。


「まぁ、何しろ数百年のことだからね・・・全部が全部本当のことなのかは怪しいものだけど」

「そうね。歴史が長すぎてピンと来ないわ」


エリーザもそれほど詳しくはないが、とりあえずある程度は知っている、といった感じであった。知らなくても大きな問題はない、この歴史は世間ではそのレベルの知識であった。


「聖魔大戦時に人類の文明はほとんどが滅んでしまったと言われているんだ。それ以前の書物から何から滅多に見つかることがないから、カイの持っているものや知識は非常に貴重な資料になるのさ。だから来てもらったんだけど、いろいろ私の資料作りに協力さえしてくれれば、それなりの礼はするつもりだよ」

「僕にわかる範囲であれば協力しますよ」


カイはすんなりと了承した。話が本当なら、ダラムート王国どころか自分が知っているものはほとんどが今現在は存在しない。これから先身の振りをどうするとしても、誰かの協力を得ないことには何をするにも苦労するだろう。アネットに協力した見返りに今後の自分が生きていくためにいろいろ必要知識を得させてもらおうとカイは考えていた。


「しかしそれにしても驚きました」


カイはエリーザのほうを見て言った。


「僕の時代にはエリーザさんのように若い女性が戦士になるというのは聞いたことがありませんでした」

「今は男も女も関係ない時代よ。付与魔法が発達してからますますその傾向が強くなっているわ。筋力の差も魔法一つで埋まってしまうのだもの」


エリーザは剣士だが、その実力は並みの男では到底太刀打ちの出来ないレベルであった。事実ロラーシア王国で実戦で彼女に勝てる者は本当に数えるほどのものしかいない。


「今この酒場にいる客の大半も冒険者よ。彼らもダンジョンに潜って魔族を相手に戦って生計を立てているわ。今は戦士なんて全然珍しい存在じゃないの」


エリーザに言われてカイは周囲を再び見回してみた。

いろいろなタイプの人間がいるが、確かに武器を携帯しているようだった。剣、短刀、槍、斧、弓、杖・・・カイの知らない何かを持っているのもいるが、とにかく何かしら得物を持っている人間が多い。

見るからに屈強な男もいれば、一般人にしか見えない男もいる。女もいる。それほど筋力があるようにも見えない女が大き目の剣を得物にしているのが見えるが、あれも魔法の補助で振り回したりするのだろうか。


「ところで、そのエリーザ『さん』っていうのやめてくれない?あなたにそう呼ばれるとなんだか変な感じがするわ」


不満そうにエリーザが言った。


「・・・変ですか?」

「ええ。普通に呼び捨てでいいわ」


最初の出会いでいろいろあったからだろうか。今さら畏まった感じにするのも変かなとエリーザは感じていた。何より自分もいつの間にかため口になってしまっている。それについてはカイも同年代に見えるし、まぁいいかと自分で納得するようにしていた。


「わかりましたエリーザ」


カイは呼び名を変えたが、口調は丁寧なままだった。それを咎めると


「僕は誰にでもこの話し方なんですよ」


と答えた。


「子供の時から勇者として恥ずかしくないようにと、両親からこういう風に育てられたんです」

「子供の頃から・・・?」

「言葉遣いだけじゃなく、剣術、格闘術、サバイバル術、勉学、とにかくいろいろと仕込まれました。勇者の家系なのだから、恥ずかしくないように・・・と、厳しくはありましたが、お陰でいろいろ役には立ちましたよ」


カイは懐かしむような、どこか遠い目をしてそう言った。


「カイは王国の勇者だったって言ったわよね。何か偉業を成し遂げたの?」


現代において『勇者』とは国によって定義は様々だが、少なくともロラーシアでは凡人では得られることのない称号だ。エリーザはカイを見て只ならぬ人物であることは察していたが、実際に何を成し遂げたのか気になって仕方がなかった。


「えっと・・・確か大陸を支配していた魔族の王・・・魔王を倒したような・・・そんな記憶が・・・」


カイは必死にいろいろ思い出そうとしながら、曖昧にそう言った。いくらか記憶の底から絞り出せたようだが、それでもまだ完全に思い出すには時間がかかりそうだ。エリーザは落胆したが、おいおい思い出してくれることに淡い期待をしておくことにした。


「カイのことが気になるなら、一度手合わせしてみたらどうだい?」


アネットがエリーザにそう提案したときのことだった。


「やめてくださいっ!!」


喧騒に包まれていた酒場に、ひと際大きな女性の声が響いた。

一瞬にして周囲が静まり返る。


声の主は店のウエイトレスのようだった。傍にいた屈強な大男が彼女の腕を掴んでいた。見るに男が無理に迫って拒否されたといった感じだろう。


「おいおい、フラれてんじゃねーかスコット!」


そう野次が飛んだかと思うと、途端に店中が下品な笑い声に包まれ、喧騒が戻った。店中の大半の客が野次られたスコットと呼ばれた男の仲間のようだった。スコットはウエイトレスの腕を掴んだままだが、彼女を助けようという者は誰もいない。


「おいおい、仲間の前で恥かいちまったよ。嬢ちゃんが大袈裟に騒ぐせいだぜ」


飄々としたようにスコットは言ったが、目は笑っていなかった。仲間の前で恥をかかされたことに身勝手に怒りを覚えているようだ。


「詫びによぉ、ちょっとくらい酒に付き合ってくれてもいいよな?」


無茶苦茶な話ではあるが、有無を言わさぬといったようにスコットは迫った。

先ほどは反発したはずのウエイトレスは今は恐怖のあまり顔面蒼白となり、完全に反発する意欲を失っていた。店中の客はおろか、店主含む店員の誰しも見て見ぬふりをしており助けが望めない状況だからである。酒に付き合えというが、実際はスコットはそれだけでは放してくれないだろう。


「はぁ、どこにでも馬鹿はいるものね」


絵に描いたような小悪党に呆れながらも成り行きを見守っていたエリーザだったが、もうこれは少々手荒な手段に打ってでも介入しないと大事になると思い、腰の剣に手をかけて席を立った。


「そうだね。そろそろ行かないと危ないかもね」


アネットの言葉にエリーザは頷いてスコット達のところまで歩いて行った。カイは黙ってその様子を眺めている。


「ちょっと、あなたいい加減にしなさいよ」


そう言いながらエリーザはウエイトレスを掴むスコットの腕を取った。


「あ?」


スコットは何が起きたか理解できていないという顔をした。ウエイトレスもポカンとした顔をしている。いつの間にか周囲も静まり返っていた。エリーザの介入は彼らにとってかなり意外なものだった。


「なんだ嬢ちゃん、お前・・・俺らのこと知らねぇのか?」

「さぁ、知らない。賞金首か何かだったかしら?」

「ハハ、マジで知らねぇのか。俺らはエリア最強の冒険者パーティ『角一族つのいちぞく』よ」


エリーザの軽口をいなしてスコットは得意げに言った。回りの男たちは下品に笑う。今この店の客の大半がそのパーティの一員か、その関係者なのだろうとエリーザは思った。


「・・・・・・」


スコットの言葉に角一族と無関係と思われる店員や客は俯いたり目が泳いだり様々な反応をみせている。

どうやら角一族の名は今の場にいる人間には畏怖の対象であるらしかった。ウエイトレスに絡んだスコットに見て見ぬふりをしていたのもそのためなのだろう。

実際、角一族は自称した通りエリア最強とされる冒険者パーティで、ダンジョンの攻略や討伐依頼などでそこそこの結果を出していた。パーティメンバーは30人を超える実力派で構成されており、ひとつの小さな傭兵団といえる。構成員はごろつきが多くトラブルも非常に多いが、町の治安に関わる依頼での貢献も少なくはないうえに、単純に軍事力が強大なので町では誰も彼らに逆らうことはできなかった。


「今日のところは無かったことにしてやるからよ。ガキは帰りな」


エリーザの沈黙を萎縮してしまったからだと勘違いしたようで、スコットは大人の寛容さを見せたかのような態度だった。


「私、その『つのいちぞく』というのを知らないんだけど。勝手に話進めないでくれるかしら」

「なっ・・・」


エリーザは本当に彼らのことを知らなかったが、その言葉にスコット達は絶句した。


「エリア最強か何か知らないけど、そんなローカルな存在でよくそんなに得意気になれるわね。はっきり言うけどあなたたち、自分達で思っているより有名じゃないんじゃないの?」


エリーザはあえて挑発的に続けた。狙いの通り、スコットの手はウエイトレスを離れ、完全に意識はエリーザの方に向いていた。それまで余裕ぶってヘラヘラしながら鑑賞するようにやり取りを見ていた周囲の仲間も、今はエリーザを取り囲むように立ち上がっていた。


「俺たちを知らない、か。そりゃ悪かったなお嬢ちゃんよ」


スコットは笑みを浮かべながらそう言った。口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。


「俺たちのことを教えてやるよ。ちょっと付き合いな」


そう言って彼は今度はエリーザを腕を掴んだ。

先ほどウエイトレスとやったのを同じように、有無を言わせず連れていこうとする気だった。


「勝手に触らないでよね」


スコットが掴んだ腕を引こうとした瞬間だった。自分の足の親指に何かが激しくぶつかり、刹那激痛が走って思わず腕を手放す。


「っっ!!」


見るとエリーザの持つ剣の鞘がスコットの足の指を靴の上から潰していた。鉄板入りの靴のはずだったが、鉄板ごと足の指を潰したようで、じわりと靴にスコットの血が滲んでいる。


「いっ、(いて)ぇぇぇ!」


スコットはそう叫んでたまらず膝を折った。


「そっちから先に手を出してきたんだから文句言わないわよね」


脂汗を浮かべて睨むスコットに冷静にエリーザが言った。


「てめぇ・・・」


スコットが挑もうと体を動かそうとした瞬間だった。エリーザは先ほどスコットの足の指を潰した剣の鞘を、実に素早く今度は真横にいた男のみぞおちに打ち込んだ。


「がっ・・・」


打ち込まれた男は悶絶して転がりまわった。床には今男が出そうとしていたと思われる大型のナイフが転がっていた。隙をついてナイフをエリーザに突きつけようとしたが、彼女に察知され、逆に先手を打たれた形だ。


「得物を抜くというなら、次は私も抜かなければならなくなるわ。出来ればそこまではさせてほしくはないわね」


剣の柄に手を添えてエリーザは言った。今まさに武器を構えようとしていた男たちはその動きを止める。

彼らは直感で理解した。目の前の少女は自分達の適う相手ではないと。例え不意打ちを仕掛けたとしても必ず察知され、それ以上に素早い動きで反撃されてしまうだろう。そして彼女がもし得物を抜いたとすれば、そのときは間違いなく命が無いだろうというのが今のやり取りで理解できてしまっていた。


「一応そこそこ冒険者としての経験を積んでいるのは確かなようね」


10を超える男で取り囲んでおきながら、誰一人エリーザに向かってこない様を見て彼女は言った。角一族も相手の力量を見極める能力くらいはある程度はあるということが理解できたからだ。そういうものが全くない、ただ勢いだけの未熟者なら、今頃はエリーザに飛び掛かって逆に切り伏せられ、命を落としていたかもしれない。


「あ、あんたは・・・!」


突然、角一族の一人があることに気付いて思わず叫んだ。その目はエリーザの持つ剣の鞘にある紋章に向いていた。


「特憲だ・・・特憲の紋章だ!」


その言葉に反応して角一族の他の男たちも同じように紋章を確認した。そして一気に凍り付いたような表情になり


「すまねぇ!許してくれ!」


皆、一斉に頭を下げた。

『特憲』とは特別高等憲兵の略称であり、王国の正規兵の中でも高位にある憲兵の更に高位に属する位である。治安維持のための逮捕権、捜査権が非常に強力だけでなく、戦闘能力も正規兵の中でも群を抜いて高い。エリーザは若くしてその特憲であった。彼女の持つ剣の鞘にはその印である紋章が入っているが、それに男たちは気付いたのだ。


「今回のことは見て見ぬふりは出来ないので然るべき報告はさせてもらうわ。まぁ、パーティの即時解散までは勘弁してあげるけど、それなりの罰はあると思って頂戴」


エリーザの言葉に男たちは「はい・・・」と小さくうなずいた。スコットも到底納得のいっていなさそうな表情ではあったが、それでも何をするということも出来ず、黙って頭を下げたままだった。エリーザがその気になればこの場にいる角一族たち全員牢獄送りのうえ、強制的にパーティを解散させることも出来る。それだけの力が特憲である彼女にはあるので、腕っぷしとは別にしても誰も逆らうことができない。


「今後の振る舞いについてはよくよく考えて頂戴」

「はい、すみませんでした」


酒場はすっかり静まりかえっていた。

角一族はいそいそと会計を済ませると、バツが悪そうに去っていった。

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