第20話 偶像の勇者様
「う~む?あれ、一体どこに隠れたのかのぅ・・・アヤツは」
暗闇の中で、照明魔術で光を灯しているカンテラを手に持ち、瓦礫をひっくり返して何かを探している様子の老人がいる。
シルエットは人に近いが、耳が尖ったりとその姿は人とは少し違っていた。
「何を探してんだよ爺さん」
探し物をしている老人に話しかけてきたのは、人型ではあるが成人男性の何倍もの巨体を持つ、頭に角を生やした者だった。彼はオークと呼ばれる魔物だ。
「ん~、いや、探し物が見つからんので困っておるんじゃ」
そう言いながら老人はなおも瓦礫をかき分けて探し物を続けている。
「だから何を探してるんだよ。人間が派手に崩しちまったから、小さなものなんてもう見つからねーと思うぞ」
オークは瓦礫の山を眺めて言った。
ここは第3軍の隠密部隊が爆破魔術の符を使い、徹底的に破壊された『D15ダンジョン』の中であった。
完全に崩落しており、この場は元の姿を思い起こすことさえ困難なほど原型を留めていなかった。
「いや、そんなに小さなものではないんじゃ。すぐ見つかるはずだし、勝手にどこかに行くこともないはずなんじゃがなぁ・・・」
「なんだそりゃ?ペットのことか。こんだけ崩落しちゃ潰されてるかもしれねーけどよ、後で仲間にも見てないか聞いといてやるよ。どんなペットなんだ」
「うむ、大きさはこーんなんでの。目玉はこう、ぐりっとでかいんじゃ。足はぶわーっと何本もあっての。見たことないかの?」
手を大きく広げながら、必死にジェスチャーをして伝えようとする老人を見ながら、オークは溜め息をついてから答えた。
「おいおい、なんだか抽象的過ぎるが、それって俺よりでかいのか?そんな大きなやつが瓦礫なんかに埋もれてるわけないだろ。俺は今日は下層にいたんで、上層のことは何も知らねぇーんだ。人間が入り口を爆破して塞ぎやがったとか聞いたんで、見に来ただけなんだ。ここに来る間にもそんなやつには会ってねぇな」
オークの話を聞いて、老人はがっくりと肩を落とした。
「とほほ・・・そりゃまずいのぅ。ここまで見つからないとなると、もしかして勝手に外に出てしまったんかのぅ。いつもならこんなこと起きないのじゃが・・・どうしてこんな」
「外に出たって、外には人間がいるんだろ?あー、残念だったな爺さん、あまり気を落とすなよ」
外に出た魔物は、ほぼ間違いなく人間に殺される。加えてダンジョンの入り口は塞がれているので、ただちに救出に向かうことも難しい。老人の心情を察してオークはそう言ったが
「いや、あれが人間なんぞに殺されることなどない。そんなことは心配しとらん」
老人は即答した。
「じゃがのぅ・・・もし外に出てしまっていたとしたら、早めになんとかしないとまずいんじゃ。怒られてしまうどころではないんじゃよ・・・とほほ・・・」
老人は心底弱った風にそう呟いた。
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その頃、老人の「探し物」は地上でカイと対峙していた。
巨体に大きな目玉、無数の触手。
その魔物はカイの記憶に残っているものだった。かつてカイが過去に戦っていた魔王軍の魔物だ。
「随分大きくなった。あとは何やら体が光っている。見た目は変わったが、間違いなくお前は昔戦ったアイツだ」
見知らぬ外国で一人、心細い状態になっているとき、知り合いに出会うことができたらこのようなテンションになるのだろうか。カイは魔物に出会い、死合おうとしているのに笑みを浮かべていた。
かつての記憶の中にあった魔物が現れ、懐かしささえ感じているのだ。
それは目玉の魔物もそうなのだろうか。
それまで兵士を相手にしていた時とは明らかに違い、目玉の魔物は積極的な動きを見せた。カイに対して無数の触手を伸ばしたのである。
(危ないっ!)
リックはそう叫ぼうとしたが、激痛のあまり声が出ることはなかった。
リックを含めた兵士達でも受けていない、一度に複数の触手からの攻撃。全て受けきれば命の保証はないし、回避できるとも思えない。絶体絶命だった。
だが
(なっ!?)
触手の群れがカイに命中したかと思われた瞬間、カイは甲冑に包まれた鈍重そうな見た目からは想像もできないほどの素早い動きで、そのすべての触手を回避してみせた。
(馬鹿な)
リックは自分の目を疑った。攻撃を回避された触手が、何本か真っ二つに切られていたのだ。カイはただ回避しただけではなく、カウンターに剣を振るっていたのだと気づく。しかし、それらの動作はほとんど目で捉えることはできなかった。
攻撃を回避したカイは、そのまま目玉の魔物の懐まで真っすぐに突っ込んでいく。
そして次の瞬間、目玉の魔物が頭?から袈裟斬りにされていた。なんという切れ味の剣なのだろう。兵士達が打ち込んだどの剣撃とも比較にならないほどの切れ味を持つ一閃だった。目玉の魔物が食材のようにバラバラに斬られていく。
やがて最後には、目玉の魔物はその大きい目玉を持つ頭部?だけとなり、触手は全て本体から切り離された状態になっていた。まさしく手も足も出せない状態、である。
「勝負あり、かな?」
そう言うカイは落ち着き払っていた。息も乱してはいない。
その光景はリック、そして、精いっぱいの気力で立っていたルーカスには異様なものに見えた。
自分達が手も足も出なかった目玉の魔物が、一瞬にしてバラバラに切り刻まれたのだ。自分達にあれほど絶望を与えた魔物が、カイの前ではこうも無力なのだ。
「これは・・・」
ルーカスは震えた。
最初はその恰好を見て滑稽だと思っていた。今どきにない、絵本の中や舞台劇の中だけに出てくるような重装の戦士。だが、現実には兵士は誰一人歯が立たなかった相手を、彼が一人で制してしまった。
「一体何者なんだ・・・」
そう呟いたときだった。
「!?な、なんだあれは」
リックが声を上げた。
見ると、今しがた全ての触手を斬られて動けないはずの目玉の魔物が、何やら痙攣しだしたのだ。そして、ぼんやりと灯っていた光が強くなり、眩しいまでの光になった。
「むっ・・・?」
予想だにしない事態にカイも驚きの表情を隠せなかった。
目玉の魔物の斬られた触手があったところから、新たに光輝く触手が生えだした。いくつも、いくつもだ。
そして、しばらくして光の強さが元の明るさに戻った。
「なんと・・・」
リックが驚愕して声を上げる。
先ほど触手をバラバラにされた目玉の魔物が、全ての触手を再生させた上に、ルーカス達が負わせた斬り傷まで消していたのである。
見た目からでは「完全再生」したようにしか見えなかった。
「流石にこれは初めて見せたね」
前の時代に戦ったときには見せなかった再生能力。
それを有していると認識したカイは、再び表情を引き締めた。
またも同じように無数の触手を繰り出してカイを攻撃する目玉の魔物。
カイは先ほどと同じようにその攻撃をかいくぐると、再び本体を斬り裂いた。
だがそれでは倒れない。何度本体や触手を斬っても、同じように魔物は光り輝いて再生を遂げた。
「なんだこれは・・・こんな魔物がいるなんて聞いたことがない」
既存の魔物のデータは頭に入れておいたつもりのリックもルーカスも、このような急激な再生能力を持つ魔物の存在は聞いたことがなかった。
「客人、お逃げください。この再生能力・・・剣だけで倒すことは不可能です!」
リックはカイに向かって叫んだ。
剣でちまちま切り刻んだところで、すぐに超回復で元に戻ってしまうというのを何度も見せられた。
再生を無限に繰り返すことが出来る魔物だとしたら、このままではカイが疲弊して倒れてしまう。そうリックは考えた。
やはり魔術だ。爆炎系の魔術で焼き払うしか手はないだろう。
「確かに、剣だけでは駄目かもしれませんね」
カイはリックにそう返したが、その口調はあくまで落ち着いていた。
逃げ出す様子は全く見せない。
カイはスッと掌を広げた左手を目玉の魔物に突き出した。
その瞬間だった。
ボウッと、強い光がカイの左手から発せられた。光源は左手に現れた、拳大ほどの火球であった。それは一秒ほどで数倍に膨れ上がると、真っすぐ目玉の魔物目掛けて飛んでいった。
(なっ、魔術だと!?)
今現在、この場では使えなくなっているはずの魔術を、目の前のカイは詠唱もなくたやすく使ってのけた。リックとルーカスにとっていろいろな意味で驚愕する出来事が重なる。
ゴォォォォォォォ
カイから放たれた火球は、目玉の魔物に命中した瞬間に大爆炎を上げた。
巨体の魔物ですらあっさり全身を包んでしまうほどの大火力だった。
「や、やったか・・・?」
何が起こったのかは理解しきれないが、ひとまずこれで魔物を焼き払うことは出来たとルーカスは胸をなでおろした。
あれだけの火力をぶつけられてそうそう無事でいられる魔物はいない。
そのはずだったが、目玉の魔物の動きは止まらなかった。
燃え盛る炎に身を焼かれながら、なおもカイを倒そうと触手による攻撃を繰り出していた。
目玉の魔物は身を焼く炎など意に介していないようだった。
「ふむ、足りないか」
カイはそう言うと、更にもう一撃、同じ攻撃を繰り出した。
再び目玉の魔物を大爆炎が襲う。
「ま、また放った!?」
無詠唱による魔術。
信じられないものを立て続けに見せられ、リック達は完全に固まっていた。
目玉の魔物は激しい業火に見舞われ、体も炎によって所々が弾け飛んでいる。
しかし、動きを鈍くしながらもなおもカイへの攻撃をやめようとしない。
「おや・・・」
だが、目玉の魔物の動きは急激に速度を落とした。
そして体の再生速度までも遅くなっている。
「はぁっ!!」
カイは剣を振るい、またも目玉の魔物を燃えたままバラバラに斬り伏せた。
また再生したときのように体の光が強くなろうとして・・・そのまま弱まり、光が消えた。
今度は再生することなく、目玉の魔物はバラバラのまま燃え続けた。
「こ、今度こそ倒したのか・・・?」
ルーカスは燃え行く魔物の残骸を見ながら呟いた。
壮絶な戦いだった。だが、一番の功労者のカイはただの一度も攻撃を受けてはいない。
ルーカスはかつてエリーザの戦いを見たとき以上の衝撃を感じていた。
彼だ。まさかに彼こそが・・・
「勇者様だ・・・」




