第18話 番外の勇者様 その4
その日はよく晴れた天気の良い日だった。
ルーカスは王城外壁下の歩哨として勤務しており、いつものように平和な街並みを眺めながら欠伸をかみ殺していた。
有事のためにと警備をするという仕事だが、王城で事件が起きたことなど、ただの一度も聞いたことがないというほど平和だ。城下町ではたびたび騒ぎが起こるときがあるが、そちらの管轄は憲兵だ。要するに王城周辺や城下町外壁の警備に置いて、やることといえば散歩かただ立っていることしかやることがない。そしてそれが平時の第2戦隊の仕事なのだ。
「・・・いいなぁ」
ルーカスの視線は、外壁沿いに走り込みをしている、第2軍の面々に向けられていた。
第1戦隊である第2軍は、平時において王城内部以外の警備業務が無い。代わりに警備を担当する者以外は、全て勤務時間が訓練に充てられる。
第1戦隊が純粋に訓練に集中できるための補助をするのも、ルーカスが属する第2戦隊の役目だ。こうして第2軍の連中が切磋琢磨している間、自分はただ立っているだけ。人によっては結構な身分だと思うだろうが、ルーカスのように向上心溢れる人間には歯がゆいことこの上ない。そして、晴天ならまだいいが、雨天でも雨具を着たまま、ずっと立ったままでいなければならない。これはこれで忍耐の必要なことであった。
「あれ・・・?」
ふと気が付くと、第2軍面々が走り込みをやめて休憩をしていた。妙だなと思った。今は昼過ぎ。昼休みが終わった直後で、彼らが訓練を休憩する時間にはまだ早すぎたからである。
「おや、随分と久しぶりだね」
疑問に思っていると、ルーカスは不意に声をかけられた。
振り向くと、そこにはつい先ほどまで走り込みをしていたと思われる、第2軍の男がそこに立っていた。
「・・・君は・・・」
声をかけてきた相手を見て、少しだけ間が空いたが、ルーカスはそれが誰か思い出すことが出来た。
「アレン・・・?」
疑問形で返してしまったのは、アレンと呼んだその男がルーカスの記憶に残る姿と違い、すぐには結び付かなかったからだ。
「覚えていてくれたのか。いや、すまんね。ちょっと君を見かけて、思わず声をかけてしまった」
若干の不安はあったものの、どうやら名前が合っていたとわかり、内心ホッとするルーカス。
アレンはルーカスよりやや長身で細身、紫色の長髪を結っており、色白でゲイルと負けじと劣らずの色男だった。だが、そう記憶していた彼は、今は随分と髪は短くなってさっぱりとし、肌はいくらか日に焼けてワイルドになった印象を受ける。
アレン・ギーネス。
彼は士官学校時代のルーカスの同級生であり、また、元恋人のエルと婚約をしたという男だった。
そう・・・ルーカスにしてみれば、かつての恋敵であるのだ。
思うところはあるが、アレンが直接的に手を下してエルと破局をしたわけではないと考えているルーカスは、とりあえず普通に接することにした。
「久しぶりだ。随分見違えたな。すぐにはわからなかった」
ルーカスは思ったままを口にした。
アレンとは士官学校の卒業以来、顔を合わせたことが無かった。とはいっても在学中も特別親しくしていたわけではないのだが、それでもエルとの絡みのこともあって名前と顔だけは記憶している。
ほぼ一年ぶりに見たアレンは、ルーカスから見て驚くほどの変貌を遂げていた。厳しい訓練をすることでだいぶ鍛えられたらしい。
「君もいくらか変わったな。まぁ、僕は見てすぐにわかったけどね」
アレンはそう言って薄笑いを浮かべた。
ルーカスも学生時代は少し長めだった髪を短くしたし、体つきもいくらか逞しくなった。ついでに言葉遣いも周囲の影響を受け少し変わった。
「まぁ、第2軍の訓練は中々に大変でね。流石に自分でも自分の変化がよくわかるよ。まだ卒業して一年のはずなのに、学生時代が恋しい限りだ。けどまぁ、この国の平和を担う第1戦隊の騎士としては、泣き言は言っていられないよね」
アレンは聞いてもいない話を、若干演技臭く得意気に語る。
「あまりに訓練がキツくてね。僕も気楽な第2戦隊あたりに配属されたほうが良かったかなと、考えるときもあるよ」
明かな嫌味だな、と、ルーカスは感じた。どうやらアレンは自分を見下しているようだと察する。
だが彼は言い返したりはせず、ただ黙って聞いていた。
第1戦隊の騎士が、第2戦隊の騎士に見下した態度をとるのは、それほど珍しいことではないからだ。
放っておけば飽きてどっか行くよ、と先輩騎士が教えてくれたので、その通りにしようとしたが
「士官学校では、最初は僕のほうが君より成績が上だったけど、途中で抜かされてしまったよね。あのときは悔しかったけど、今となっては僕が第1戦隊の第2軍で、君が第2戦隊の第7軍と逆転してしまった。人生は本当に何が起こるかわからないね」
黙っているルーカスに対し、圧倒したと思ったのか、アレンは一方的に語り続ける。良く知らなかった人間だが、こんな面倒なやつだったのかとルーカスは頭を抱えたくなった。
こうなれば何を言われても黙っていよう。自分は岩になったと思い込もう。そうして無視を徹底しようとルーカスは考えていたが、次のアレンの一言がその流れを少し変えた。
「それに・・・エルフィーナ嬢と僕が婚約することになった」
ピクッ・・・っと、それまで黙っていたルーカスの口元が動いた。
エルフィーナ・・・ルーカスの元恋人のエルとの交際は、基本的にはあまり表沙汰にはしていなかったが、アレンは知っていたようだった。そしてその事で今ルーカスを煽っている。
(そこまで言うかね・・・)
アレンとはあまり親しくしていたわけではないし、意識もしていなかったが、彼からすれば自分は学校時代の強烈なコンプレックスの対象だったのだなと、ルーカスは初めて気付いた。
(それもかなり激しく意識してくれたみたいだな・・・)
わざわざ見かけたからと絡み、現状騎士としても男としても逆転したと、それをわざわざ強調して突きつけたいようだ。学生時代、特に目立つタイプには見えなかったと思ったが、まさかずっと自分に嫉妬の炎を燃やしていたとは、夢にも思っていなかった。
アレンが言う通り今現在彼がルーカスより世間的には上位に立っているというのは確かであるし、ここで何を言い返しても返り討ちにあう可能性はある。だから無視を決め込んでもいいのだが、さてどうしたものかとルーカスは考えた。
アレンの方は一旦言葉を止め、元恋人の名前を出すことで、ルーカスがどのような反応に出るのか様子見をしているようだった。
ルーカスはそれを見定め、一呼吸して口を開く。
「まずは、婚約おめでとう」
ルーカスの口から出たのは、祝福の言葉だった。今度はアレンの口元がピクりと動いた。
「俺が言うべきことでは無いだろうが、エルフィーナ嬢を幸せにしてほしい」
ルーカスとの破局時を見られていたことについての噂は、どうやら婚約そのものには悪影響を及ぼさなかったようだと、そこだけはホッとしていた彼は半分は本心からそう言っていた。
もう半分は「悔しがっている自分の姿は絶対に見せない」という気持ちで、あくまで平然としているように繕う。
悔しさも複雑さもあるにはあるが、もう自分はエルとは終わった人間なのだから、そこはもう考えるべきではないし、目の前の男には意地でもそこを気にしている風を見せようとは思わなかった。
そうして表面上は平常を保っているルーカスを、アレンは唖然として見ていた。そのままルーカスは言葉を続ける。
「ただ、士官学校時の・・・他の人の成績については、正直俺は意識したことがなかったから、よく覚えていない。すまない」
そのルーカスの言葉には、アレンは露骨に表情を歪ませてみせた。
アレンはルーカスのことを強く意識していたが、ルーカスにしてみれば彼は・・・言ってはなんだが、有象無象の一人でしかなく、決して意識したライバルでもなければ、まして目標でもなんでもなかったのだ。
実際にルーカスは学生時代に張り出された順位表について、上を目指してはいたものの、特定の誰かを意識したことなどなかった。
ただ、アレンにしてみればその事実は屈辱だった。ただそれを口に出しただけで、先ほどまでルーカスを一方的に煽っていたはずのアレンが、すっかり平静さを失っている。
『そっちは意識してたかもしれないけど、お前なんか相手にしたことないよ』
と暗に言われれば、強くコンプレックスを抱いてきたアレンからすれば平常心でいられないのも無理はない。
ルーカスにしてみれば「これくらいなら言ってもいいよね?」程度のジャブのつもりだったが、アレンにとっては体重の乗ったストレートパンチを入れられた気分だ。それはルーカスにとっては予想だにしていないことであった。
学生時代がどうであれ、今現在はアレンは第1戦隊の第2軍に属し、軍内ではルーカスの上位にいる。おまけに、ルーカスが婚約を解消されたエルとも婚約をするという。今もなおルーカスにコンプレックスを抱く必要などないのだ。「エルフィーナ嬢は僕に任せておいてくれたまえ」との捨て台詞でも吐いて去ってしまえば、表面上はともかく、心の底ではそれなりにルーカスに傷を負わせることくらいはできるはずだった。
アレンはルーカスが量れないほどの、歪なコンプレックスを学生時代に築き、今もなおそれを抱えていた。
(なんだこいつは・・・何か気持ち悪いな)
アレンの表情を見てどうやら思いのほか精神的優位に立ったというのを実感したのもあり、ルーカスはどこか呑気に彼の表情を観察していた。
そのときだった。
「伝令!伝令ーーっ!」
そんな大声とともに、一人の兵士がルーカスの元に走ってきた。第7軍の伝令兵である先輩だった。
「トルドー二等兵!閣下がお呼びである。直ちに第3広場に向かわれたし!」
「えっ?」
「歩哨の後任は後から来るようになっている。急げ!」
茫然とするルーカスを置いて、伝令兵はすぐ様次の目的地のほうと思わしき方向へ走っていった。
突然のこと過ぎて何が何だか理解しきれないルーカスだったが、それでも体はすぐに第3広場へと駆け出していた。
完全に放っておかれたアレンは、憎々しげにルーカスの後ろ姿を見つめながら
「・・・あいつがどうして・・・」
絞り出すように、そう呟いていた。
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ルーカスが第3広場へたどり着くと、そこでは第7軍の兵士が数百人か集まっていた。
(これは一体・・・)
それを横目に疑問に思いながらも、ルーカスは早々にバットンの姿を見つけ、彼の元に駆け付けた。
「失礼します!トルドー二等兵、参上しました!」
ビシッと敬礼をして挨拶をすると、バットンは今までルーカスが見たこともないような真剣な顔つきで
「トルドー二等兵。これより我が軍は『D15ダンジョン』周辺まで移動し、第3軍の補助を行うことになる。貴公にはこれより俺に付いてもらう」
と言った。
「ダンジョンバーストが発生した。これより速やかに準備を終えたのち、王都を発つことになる」
(えっ?)
と、ルーカスは心の中で一瞬戸惑ったが
「はっ!承知しました」
と、敬礼で返すことが出来たのは、士官学校時代から続く軍隊教育の賜物であった。
(え、えぇぇぇぇ!?)
だがルーカスの内心はパニック状態だ。
今日はいろいろなことが起き過ぎて、既に彼の頭はパンク気味だった。
「後はリックから聞くといい」
バットンがそう言うと、リックと呼ばれた先輩騎士がルーカスの前に立った。
「よろしくお願いします!」
ルーカスがそう言って敬礼するのを見届けると、バットンは打ち合わせがあるのか他の騎士と話をしながらその場から離れていった。
「うむ」
リックの流麗な返礼をルーカスは緊張しながら見届け、敬礼する手を下した。
目の前にいるリックという男は、武道会でルーカスを破り、最終的に優勝までいった騎士だ。ルーカスより10年以上先輩で、第7軍の武道会でも何度も優勝をしている、軍内では言わずと知れた有名人である。ルーカスのような新兵にとっては軍団長のバットンと等しいくらい、神様のような存在と言えた。
そんな神様のような人が、どういうわけか自分と行動を共にすることになった。これはどういうことなのか?ルーカスは光栄やら緊張やら恐怖やら、いろいろな感情が頭の中で織り交ぜあって、何やら吐き気さえ覚えてきそうな感覚に囚われた。
「リックだ。これから一緒するわけだが、よろしく頼むぞ」
「はっ!よろしくお願いします。リック少尉!」
リックは自分の砕けた態度にも、大真面目に返すルーカスに破顔する。
「必要以上に固くなるな。俺はそういうのは苦手だ。必要以上に畏まる必要などない。俺がやりづらいからな」
カチコチに固まっているルーカスを気遣って、リックが言った。
「俺のことはリックでいい。家名は無い。少尉もいらん。お前のこともルーカスと呼ぶ。これでいいな?」
「は、はいっ。リック・・・先輩・・・?」
なんと呼べば良いか。ギリギリまで逡巡して、出た呼び名がそれであった。リックは肩をすくめると「あぁそれでいいよ」と苦笑いした。家名は無い・・・平民出身のリックは、貴族としての後ろ盾も何もない状態で少尉まで昇った叩き上げだった。
ちなみにロラーシア王国では、学生同士または軍人同士における身分差別を禁止している。実力社会の構築を是正としているロラーシアにしてみれば、身分の差で正常な競争が阻害されるのは害悪となるからだ。
もちろん、そういう建前が全て守られているわけではなく、裏ではやはり貴族の影響力なるものは今だ健在であるわけだが、少なくとも表面上は貴族も平民も、同じ学生や軍人であるならば平等であった。
礼をする必要もなければ、言葉遣いに気を付けねばならないわけでもない。
子爵家の令息であるルーカスだが、ここでは先輩であり上階級であるリックに従うのが当然であった。
「さて、閣下から話は聞いたと思うが、D15ダンジョンにてダンジョンバーストが発生した。これを受け、第3軍が鎮圧に出動。我ら第7軍がその補助をする。ここまではわかるな?」
「はい」
ダンジョンバースト・・・災害級の魔物の大暴走である。スタンピードとも呼ばれているもので、士官学校の座学でもその恐ろしさはしっかりと叩き込まれる。ダンジョンバーストの項目だけで一冊の教本が存在しているレベルだった。
第2軍が訓練を取りやめていたのはこれが発生したせいかと、ルーカスは今になって気付いた。
「率直に言うとこれからお前はその現場の見学だ。俺が引率をする」
「えっ・・・?」
「主な任務は補助とはいえ、実戦は実戦だ。その空気を感じろということだ」
ルーカスは開いた口が塞がらなかった。
「わ、私は新兵同然ですよ?」
思わず聞いてしまう。
通常は実戦の現場へ投入されるのは、早くて配属二年目からと決まっていた。体づくりも未熟なうちから実戦へ投入しても、むやみに死者が出るだけだという考えからだった。第1戦隊の補助なので戦死などまず事故でもなければ起きそうにないが、第1戦隊に倣ってそのように決まっている。
本来ならルーカスは頼み込んでも見学はおろか、現場に近寄らせてももらえない。
「武道会で5位に入賞する者なんぞ新兵の括りではないのだ」
リックのその言葉に、ルーカスはハッとする。
「お前は力を見せつけた。力を持つ者は期待を受け、相応の働きをする責務がある。いくら謙遜しようが、周囲がお前の価値を定めた以上、可及的速やかにそれなりの役職になって励んでもらわねばならん。今回は見学だが、次は現場に入ってもらうことになるだろうな」
第7軍は他の軍の違い、バットンの方針により、年功序列ではなく、実力主義の色が濃い。平民出身のリックが少尉になれたのもそのためだ。本来なら貴族出身の兵士でないとそうそうなれない。
名誉なことではあるが、それは同時に、能力があるならほぼほぼ強制的に相応の立場に立たされるということでもあった。
「お前はもう新兵扱いはされん。させてもらえん。能力に見合った然るべきカリキュラムによって育成され、第7軍に最大限貢献できるだけの人材になることを、強いられているんだっ!」
ガンッとルーカスの頭には鈍器で殴られたような衝撃が走った。
評価してもらえていることは事実のようだが、どうやらそれにより、自分の知らぬところで今後の進路が定められてしまったようだ。
新兵だからだとか、武道会のあれは幸運だったとか、もうそんな言い逃れで拒否できるような状態ではないのだ。この場でなおも謙遜しようものなら、今度は鉄拳が飛んでくるかもしれない。
「わかりました!」
ルーカスはもう迷わないという意志を込めて、そう返事をした。ルーカスにしてみればこの状況は渡りに舟であり、何も文句はない。
「よし、いい目だ」
リックはそう言ってニヤリと笑った。
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それからの展開は実に早かった。国軍はダンジョンバーストに対する備えは常に怠っておらず、また高度にシステム化され、発生から2時間もしないうちに出撃できるようになっている。
多額の費用がかかるシステムではあるが、ダンジョンバーストは対処が遅れると、被害の拡大が桁違いとなる。それは国を揺るがすレベルのリスクであり、ロラーシアではコストをかけてでも早期解決を図るという方針を取っていた。
日頃の対策を怠ったがために亡国となったところも一つや二つではない。
「・・・・・・」
ルーカスは緊張した面持ちで歩いていた。
予期せぬタイミングでの初陣。それも、大災害であるダンジョンバーストだ。今回はあくまで見学人であり、ルーカスには実際に割り当てられた役割があるわけではない。しかもバットンがいる本陣にくっついているので、まず危険があるわけでもない。
「ピクニックだと思えとは言わんが、まぁ、そこまで気を張ることはない」
そう言ってリックはルーカスの肩を軽く叩く。
「過去、俺はダンジョンバーストに3回ほど出向いたが、一度も剣を抜いたことがない」
「・・・戦闘にならないと?」
「あぁ、そうだ。そういうのは第1戦隊の仕事だからな。稀に打ち漏らしたやつがうちらのところに来ることもあるが、本当に稀だ。そういう幸運が俺のところに無いかと待っていたが、ついに来なかった」
魔物が自分のところに来てほしいなどというリックだが、顔は笑っていたが、ルーカスには彼が冗談を言っているようには感じなかった。
武道会で優勝するほどの戦闘力があっても、それを発揮する場がないのは空しいと思っているのでは?だとすると、ルーカスは彼の気持ちが少しわかる気がした。
「もし、もしもだが、今日魔物が間違ってお前の前に現れたとしたら、俺がそいつの相手をするから譲ってくれよ」
ルーカスはそれに頷いた。
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あれよあれよ言う間に、いよいよ掃討戦が始まろうとしていた。
「おい、ちょっと面白いことになったぞ」
戦場にいながら不謹慎なことを言いつつ、閣下に呼ばれていたリックがルーカスのところへやってきた。
「掃討戦を見物したいという客人がいてな。俺達がもてなすことになった」
「客人・・・ですか?」
「そうだ。閣下が懇意にしているという、大事な客人だ」
聞くと、掃討戦をどうしても見物したいという部外者がおり、その人らを護衛しながら案内するという。
正気か?と思ったが、これも最前線で戦わない、安全とされる第2戦隊の仕事の一つであるということだった。無論、そんなことは通常表沙汰にはしないし、誰でも望めば叶うということではない。
多額の寄付をしてくださっている貴族や、政治的な影響力を持つ者、あるいは軍上層部と懇意にしている者・・・そんな人たちの中に、実際の戦というものを見てみたいという酔狂も少なからずいるのである。その酔狂が今日たまたま現れ、手を余している上に剣の腕も立つルーカス達が、彼らの接待することになったというわけである。
「接待も護衛も訓練すらしたことがないのですが・・・」
ルーカスは当然のように困惑した。一介の騎士にそんな仕事が回ってくるなんて聞いたことも想像したこともない。
「心配するな。俺は少しだけ心得ている。俺がやるから、お前はなんとなくそれっぽくしているだけでいい。俺の部下も何人かつくし、問題はない」
リックの言葉に、ルーカスは少しだけ胸をなでおろした。
しかし、掃討戦をわざわざ見物したいなど、一体どんな人なのだろう。
「・・・・・・」
実際に客人を見たとき、ルーカスは目を丸くした。
客人は二人だった。一人は髭面で老けているように見える男で背は低め・・・もう一人は全身を包む大袈裟な鎧に身を包んだ男。はて、この鎧の男はなんだろう。巨大モンスター及び巨獣対策の重装兵団だろうか?それとも歌劇団の人?
いずれにせよルーカスには初めて見るようなタイプの人間だった。今ここにいる第7軍はおろか、最前線にいる第3軍にもここまでの重装をしている兵士はいないだろうと思った。
付与魔術の技術がまだ発達していなかった時代・・・それこそ博物館レベルの時代の鎧だ。鎧もそうだが、それを着込んだ人を実際に見るのは初めてだった。重装兵団に似ているが、彼らとてここまでの装備はしていない。
「よろしくお願いします」
鎧の男の声は若かった。自分と同じくらいの年齢か?とルーカスは思う。
リックが先導をし、戦場を見渡せるところまで護衛しながら案内することになった。
道中、鎧の男を見ていて、ルーカスは一つ気付いたことがあった。
「あの人、もしかして素人の人じゃないんですかね?」
同行している、リックの部下に当たる先輩にルーカスはこっそり尋ねる。
「ん?あぁ、身のこなしからして、ちょっと腕は立ちそうだよな・・・」
移動する際に頭の上下がほぼほぼない。武をそれなりに嗜んでいるように見えた。
「こういう見物客にはさ、一応戦場だからってんで、安全と雰囲気作りも兼ねて大袈裟な鎧を着込んでくる貴族の人もいたんだわ。見ていて滑稽でなんねーの。けど、あの人は何か・・・違う気がする・・・」
先輩の指摘は具体的ではなかったが、ルーカスも同感だった。身のこなしだけでなく、どことなく漂うオーラからしても、ただの酔狂で見物に来ただけの道楽者には見えなかったのである。
・・・が
鎧の男は未開の地からやってきたかのようで、一言で言ってしまえば物凄く「無知」であった。
聞こえてくる会話の節々から「そんなことは子供でも知っているのでは」ということまで知らずにいたということが見てとれた。それは日常生活に支障が出るレベルなのでは?と言いたくなるような内容だった。
掃討戦が始まると、ルーカスも戦場に釘付けになった。彼とて多人数による本物の戦など見たことはない。ふと鎧の男に目をやると、彼もまた熱心に戦を見つめていた。彼の知らぬあれこれをリックに質問し、その答えを聞いてわかっているやらいないやら、ふむふむと頷いていた。
何にでも興味を持つその様は、失礼ながら、まるで赤ん坊のようだとルーカスは思った。
しかし何だろう。古めかしい鎧を着て、戦場を眺めるその姿は、不謹慎ではあるが絵になるなと思ってしまった。実際に戦場に立ったらどうなのであろう。その姿は、自分が憧れ思い描いていた『勇者様』そのものになるのではないか?と、馬鹿馬鹿しいと思いつつもルーカスは想像してしまう。
だが、それは想像に終わることはなかった。
僥倖なのか不幸なのか。ルーカスは命の危険の中で、実際にその憧れの光景を目にすることになる。
その後掃討戦が終わり、本陣まで客人を護衛する中で、彼らは「未知との遭遇」を果たした。
それはルーカスの運命を大きく変える出来事となるのである。




