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時代遅れの勇者様  作者: 裏人
17/21

第17話 番外の勇者様 その3



ロラーシア王国騎士団第2戦隊は第1戦隊の補佐的な役割を果たす存在である。


王都の城下町、外壁周辺などの広範囲の警備を第2戦隊が担当し、残る王城を第1戦隊が担当する。


当然第1戦隊は手が余るわけだが、その分が基本的に訓練に充てられる。第2戦隊の役目とは、戦のときなら戦に、平時なら訓練に第1戦隊が集中できるようにすることであった。


騎士団である以上、第2戦隊も訓練はするが、時間も内容も第1戦隊には遠く及ばず、純粋に武人としてのレベルは差が開く一方であった。


武人として身を立てるつもりだったり、名誉を欲する者からすると第2戦隊の配属は不本意だが、中には王都に住めてそこそこの給金が貰えて、危険も少なめという理想のぬるま湯・・・とあえて第2戦隊への配属を望む職業軍人もいた。



ルーカスの同僚、ゲイルがそうだ。



「あいつ、マジかよ・・・」



そう言って彼が眺めているのは、休日だというのに営庭でひらすら剣の素振りをしているルーカスだった。


気のせいでなければ彼は時刻は夕暮れ時。朝から食事の時を除き、ずっと訓練をしていたのではないか。


元々学園時代からルーカスは努力家として有名だったが、騎士団に入ってからも通常の職務と訓練の合間にまた自主的に訓練をしていた。それが、先日かのエリーザ嬢の戦いを見てから更に熱が入っている。



「少しは気持ちはわかるけどよ・・・」



エリーザを見て以来、ゲイルの心にも幾ばくかは当てられるものがあった。沸き立つ思いがあったのは自覚していた。それはやはり彼だけではないようで、あの日から第7軍でもいつもより張り切って訓練に励み、自主練をしている人間を何人も見かけている。クレアもその一人であった。


だが、ルーカスはその誰とも比較にならないほど、根を詰めて鍛錬をしている。それは騎士団の中でも異常と言えるほどの、激しい打ち込みようだとゲイルは思っていた。



第2戦隊とて決してそこまで仕事が楽なわけではない。第1戦隊への配置転換を願って、余暇に鍛錬に励む者は何人もいるが、やがて高く厚い壁と、職務の疲労に揉まれ、妥協して第2戦隊の生活に馴染んでいくという。きっと今エリーザ嬢に感化されて鍛錬している者も大半はそうなるのではないか。



果たしてルーカスはどうなるのだろうか。


ゲイルはそれが気になっているし、同僚達も何人かでルーカスがいつ折れるかなんかで賭けをしているという話を聞いた。配属されて一年に満たないうちに、ルーカスはすっかり第7軍でも有名になっていた。






「・・・けどまぁ、やっぱり現実の壁を越えるのは厳しいものなんですよ」



そして時は戻る。ルーカスは既に10杯目のビールを飲み干していた。



「剣も魔術もエリーザさんには遠く及ばず。それどころか先輩にも剣術にボコボコにやられるし、第1戦隊への転属なんて夢もまた夢。俺なんてこの安酒が似合う程度の男なんだよ」



ルーカスはそう言いながらも、鍛錬は今も続けていた。ゲイルもクレアもそれを知っている。いや、第7軍でそれを知らぬ者はいないだろう。


エリーザの活躍を見て感化されて鍛錬していた者の大半は、鍛錬を止めるかペースを落とすなりしていた。依然として尋常ならざるペースを維持して鍛錬しているのはルーカスくらいだ。



「でもさ、それでも武道会で上位に入賞したんだから凄いよ」



嘆くルーカスにクレアは言った。



「ありがとう。でも、先輩にはボコボコにされたぞ」



「その負けた先輩だって、毎年の優勝候補じゃねーか。実際今回も優勝したし。組み合わせが違っていたら、もっと上位に入っただろうぜ」



ルーカスは少し前に行われた第7軍内での武道会にて、5位の成績を残した。新兵であることを考慮しなくても、言うまでもなく非凡といえる成果だった。


だが、ルーカスは心底まだまだ不満であると思っているようだった。



「・・・いや、実際に今のまま鍛錬続けたら、次の大会はもしかしたら優勝行けるんじゃねーか・・・?」



ゲイルのこの言葉は、決して慰めではなく、半分は本心によるものだった。


実際にルーカスの尋常ならざる鍛錬は、当然といえば当然だが、着実に効果が出ているのだ。優勝の壁は高いだろうが、それでも可能性がゼロだとは思えなかった。



「優勝ね・・・まぁ、出来るのであれば、確かにそれは狙ってみたいところだけどさ・・・」



第7軍内の大会と言えど、そこで優勝をすれば第1戦隊への転属の道が開ける可能性はあった。



「なんだ?優勝すりゃ、第1戦隊に入り直すことが出来る可能性だってあるだろ?そうすりゃお前さんの元恋人だって見返してやれるんじゃないか?」



ゲイルの言葉に、ルーカスは少し顔を歪めた。



「俺は別に、エルのことはもういいさ」



そう言うルーカスからは、本気なのか強がりなのかゲイルには測りかねたが



「前に酔っぱらいながら『第1戦隊まで昇って彼女を見返してやる~』って喚いてたぞ」



「・・・えっ?」



言われてルーカスは固まった。



「・・・・・」



チラリとクレアを見ると、彼女はコクンと頷いた。



「そうか・・・振り切ったつもりだったんだけどなぁ~・・・酔って洩らす程度じゃ、まだまだなんだな」



ルーカスは大きく溜め息をついた。



「剣も、魔術も、心も、全てに置いて『勇者様』には程遠い・・・か。ま、本気の本気で目指すなら、こうして酒なんて飲んでいる暇なんて無いんだろうけどさ」



そして自虐的に笑う。



「勇者になれるってのは少なくとも特憲のエリーザのような、ああいう人なのかな・・・」



エリーザを見てルーカスは思っていた。どうあっても彼女のようにはなれないと。なれるはずがないと。そして「勇者にはなれない、なれるはずがない」と言葉に出して、自分を諦めさせようと考えた。


勇者になりたいなどと、自分には分不相応な無謀で子供じみた夢なのだ。妥協しよう、そして、第7軍に馴染み、やがて嫁さんを貰い、幸せに暮らす。これでいいじゃないか。



だが、ルーカスの中でくすぶった火は消えてはくれなかった。むしろ、より燃え広がるように彼は鍛錬に励むことになった。焦りを吹き飛ばすための現実逃避なのか、それとも心の底ではまだ諦めていないのか、それは彼自身にもわからなかった。


それでもどことなくわかることあった。自分が鍛錬を続け、第7軍で一番の騎士になり、第1戦隊への転属が叶い、エルと復縁を果たしたとしても、きっとそこに到達したとして、自分はまだ満足しないのではないかと。




「ルーカスはさ。『勇者』という目標をやめて、新しい目標を立てたって言ったよね。第7軍で偉くなるっていう」



それまで静かだったクレアが唐突に口を開いた。



「・・・言った。妥協した中でも、結構ハードル高い目標だけどね」



先輩にでも聞かれたら、それでも身の程知らずだと言われそうな目標。単純に個人の戦闘力が高いだけでは、軍で出世することはできない。ただ個人として強いだけの人間が、軍で指揮を執ってはいけないのだ。


ルーカスは武道会でそれなりの成績を上げたが、それだけではなく知力、人望、観察力、発言力・・・ああらゆるものを兼ねそろえた人間にならねばならない。成り上がり貴族という、中途半端な後ろ盾しか持たない身分ではなおさらである。出世するにあたってはまだまだ越えるべきものがいくつもあった。


『勇者様』もとんだ夢物語だが、『妥協した目標』も前途多難な険しい道なのだ。





「ルーカスは・・・やっぱり『勇者』を目指してるほうが私はいいと思うよ。そんな小さな目標で妥協なんてしなくてさ」



真っ直ぐに目を見つめながら、クレアはそう言った。


険しい道であるはずの目標ですら、彼女が「小さな目標」と言ったことに驚く。



「ルーカスは絶対、目指したいものを目指すべきだと思う。ルーカスなら、例え時間をかけたとしても、絶対叶えることが出来ると思う」



ずいっと顔を近づけて畳みかけるクレアに、思わず赤面するルーカス。珍しい彼女の気迫にすっかり押されていた。



「高みに向けて努力してるルーカスはキラキラしててカッコいいもん!」



「おっ、急展開」



追撃するように迫るクレアを見て、ゲイルは口笛を鳴らす。



「私はそんなルーカスのほうが・・・」




ガシャン





何かを言いかけて、身を乗り出していたクレアはそのままテーブルに突っ伏した。




「・・・やれやれ。どうせなら最後まで言い切れよな」



ゲイルが苦笑いしながら溜め息をついた。



「今夜はもうクレアは駄目みたいだな。お開きにするか」



「あ、ああ・・・そうだな」



唖然としながらコクコクと頷くルーカス。


まだ先ほどのクレアの雰囲気に飲まれてテンパっているようだ。



クレアは酔いつぶれた。ルーカスよりまだ酒に慣れていないクレアは、もう限界に達してしまったらしく、聞こえないような小声でもにょもにょ喋っているが、意識は半分も無いような感じだった。


最後にルーカスに詰め寄ったのは、完全に酔い切っていた勢いだろう。しかし、意識半ばで起きたこのことは明日には忘れているかもしれない。クレアと飲みに行くとたまに起こることだった。



「んじゃ、お姫様のエスコートを頼むぜ」



「ゲイルは?」



「俺はこれから用事があるのさ。じゃあ頼むぜ」



ゲイルは自分の支払いの分の金をテーブルに置くと、有無を言わさぬ雰囲気で去っていった。






「・・・・・・はぁ」



変な気を遣われている気がする・・・と、ルーカスは感じた。クレアが酔いつぶれたときは、必ず彼は何かしら適当に理由をつけ、ルーカスに彼女を任せて去っていく。そしてゲイルに翌日に会った時には「は?何も無かったの?え?なんで?おかしくない?不能なの?男色?」といったような態度を取られるのだ。




「よう兄ちゃん、今夜もお持ち帰りかい?」



何度かマノスに通うようになって、すっかり顔見知りになった客からからかわれる。


確かに持ち帰るのは間違いない。同じ敷地にある兵舎に、だが。



ルーカスは勘定を済ませると、クレアをおぶって店を出た。クレアがダウンしたときはこうして兵舎まで帰るのが決まりになりつつあった。何度もこうしていれば、確かに傍目には深い関係にも見られるかもしれない。だが、ルーカスとクレアはそういう関係ではなかった。



(変なこと言われたりするから、少し意識してしまう・・・)



酒を飲んで落ち着かないところに、周りからはいろいろ言われ、ついでにおぶれば背中にクレアの胸を感触があるのを実感せずにはいられないので、どうしたって意識をする。


これまでにも何度かこういったことがあったが、それでも結局一線を越えることはなかった。


理由は二つあった。深酒したときのクレアは、先ほどのような意味深な発言をするときもしばしばあるのだが、素面のクレアはあくまで仲のいい普通の同僚としての接し方しかしてこない。故にクレアが実際にどう考えているのかわからないというのが一つ。。


そして、ルーカス自身もまだ心が完全に整理し切れてないというのがわかっていた。ふとしたときに元恋人のエルのことを考えてしまう。自分が寂しいからと、酒の勢いだけでクレアとどうにかなってしまおうなどという気にはならなかったのだ。


クレア自体は嫌いじゃないし、彼女からの印象も悪くはないというのは何となくわかる。だからこそ、軽はずみなことはしまいとルーカスは考えていた。



「うへぇ、真面目だねぇ。もっと軽く考えればいいのに」



ゲイルはいつもルーカスにこう言う。ただ、ゲイルはその軽く考える性格が災いして、それなりに問題を起こしているので、彼の言う言葉を全て鵜呑みにするのは危険だ。


背中に当たる胸の感触を意識しないようにしながら、ルーカスは兵舎までの道をクレアを背負って歩いていた。そうしていると、前から見知った顔が現れた。



「おぅ、トルドー二等兵。貴公も中々隅に置けんな」



背中に背負うクレアの見ながら、からかうように挨拶してきたのは、私服姿の軍団長のバットンだった。


バットンとはたまにマノスで出会うこともあれば、こうして入れ違うこともあった。



「か、閣下!」


「おっと無粋な敬礼などするなよ。大事な背中の彼女を落とすぞ」



思わず直立して敬礼しそうになるルーカスをバットンは制した。



「その・・・も、申し訳ございません・・・」



気まずそうに謝罪するルーカスに対し、バットンは笑いながら



「なに、良く食べ、良く飲み、良く抱くことは、強き戦士になるために必要なことだ。俺は先輩からそう教わった。結構なことだハハハ」



と、そう言った。



「誤解です。彼女とはそういう仲ではありません」



そう釈明すると、バットンは「おや?」と首を傾げる。



「今をときめく第7軍の期待のホープともなれば、既にいろいろとアッチも盛んではないかと思ったのだがなぁ」



バットンの下品な言い方はともかくとして、ホープと言われてルーカスは恐縮した。



「ホープだなどと・・・恐縮であります」



「いや、貴公は実に素晴らしい成果を上げている。武道会では見事であった。俺の睨んだ通りだったな」



「ありがとうございます。自分は幸運でした」



ルーカスは謙遜したが



「いいや、あれは貴公の実力だ。中々期待通りの活躍だったぞ」



バットンはルーカスの入団前からこのように期待していた旨の発言をしている。今もこうして言ってくれた。前にははぐらかされたが、酒が入っていたのもあり、ルーカスはどうしても聞きたくなって訊ねた。



「・・・閣下は、どうして私に期待を寄せてくださったのでしょうか?」



どうしても気になっていた。士官学校でも自分より成績の良い人間はいたはずだ。個人的な付き合いがあったという記憶もない。



「貴公は学校でも有名人だったからな。実はそのときから目を付けていたのだ」



バットンからの返答は、ルーカスが予想していなかったものだった。



「授業が終わると、皆が帰宅する中で誰よりも遅くまで施設に残り、鍛錬をしていたであろう?俺は何度かそれを見ていたのだ」



軍団長を含め軍関係者が、所用で士官学校に顔を出すことは珍しいことではない。バットンは過去にふとした用事で顔を出したときに、遅くまで施設を使って鍛錬しているルーカスを見かけたのだ。


それ以来、士官学校に足を運んだときは少しばかり意識してバットンはルーカスの姿を探すようになった。彼はいつだって鍛錬を怠っていたことはなかった。



「貴公は在籍していた3年間、いつだって鍛錬に励んでいた。成績を見させてもらったが、入学当初はそうでもなかったのに、卒業時には上位にいた。大躍進だ。教師達も舌を巻いていたぞ」



上位の軍関係者ともなれば、士官学校の個人の成績を閲覧することは可能である。というより、目ぼしい人間を引き抜くために、卒業間近になると膨大な在校生の成績表を睨めあいっこをするのが常であった。しかし軍団長自らがそれを行うことはない。第7軍軍団長、バットン以外は。


第7軍だけは、バットンの方針により、彼自身も積極的に選定に関わっていたのだ。



「貴公の年は士官学校でも歴史的とも言えるほどの人材の豊作でな。優秀な人材に非常に恵まれた年であった。上位ともなると、順位を維持するだけで精一杯とも言えただろう」



その話はルーカスも聞いていた。もっともそれを知ったのはつい最近のことだが。


実際にルーカスと同じ代の優等生は、配属先で既に注目されていたり、早くも何かしらの実績を上げているという。



「貴公はその中にあっても、努力し続け、のし上がってみせた。成長度合いでいえば、間違いなく一番であっただろうと俺は思っている」



「・・・買いかぶりです・・・」



ルーカスは思わず否定してしまう。剣術も、魔術も、自分には特別秀でた才能は無かった。ルーカスがこれまでに出会った本当に才ある者は、ルーカスの努力をあざ笑うかのように、常に何歩も先を歩いていた。



『自分は勇者になれる器ではない』



人材に恵まれたとされる士官学校時代、嫌というほどそれを見せつけられ、理解させられてきた。


自分より才に恵まれた人間に挑み、何度も破れ、悔しさを味わった。


以前に特憲のエリーザの存在を見せつけられたとき、トドメを刺されたような気分だった。



自分は期待を寄せられるべきではない、期待に応えられない人間だ。




「貴公はどうにも鈍感でせっかちなようだな」



「ど・・・鈍感でせっかち?」



「いや・・・もしかしたらそれは貴公の短所でありながら、長所に繋がっているのかもしれん」



「・・・え?」



何やら一人で自己完結するバットンを見ても、ルーカスは意味がわからずキョトンとするしかなかった。



「なんでもない。なんにせよ、俺はいずれ貴公が第7軍の、いや、この国の大事な宝になると思っている。これまでは予感めいたものだったが、今では確信してる」



そういうバットンの瞳には、迷いの無い、強い意志のようなものが感じられた。



「まぁ、今は深く考えるな。精進いたせ!」



唐突に話を終わらせたかと思うと、ポンとルーカスの肩を叩き、バットンはルーカスが出てきた方向・・・マノスの方へと歩き出した。





「・・・何なんだ・・・」



バットンも、クレアも、過剰に自分のことを買ってくれている。ルーカスはそのことに戸惑いを感じていた。バットンに至ってはモヤモヤするような意味深な発言だけを残してくれて質が悪い。いや・・・クレアもそうだったか。



ルーカスはモヤモヤした気持ちのまま、兵舎へと歩き出した。





この後、彼の転機となる大事件・・・『D15ダンジョン・ダンジョンバースト』が起こることになる。


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