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時代遅れの勇者様  作者: 裏人
15/21

第15話 番外の勇者様 その1



照明が消え、通信も途絶え、索敵の魔術も使えない、まさに目と口を塞がれたに等しい状況に突如置かれた兵士達。冷静なのはカイだけだったが、闇の中より現れた未知なる魔物を目の前にしその場にいた全員が一瞬で言葉を失った。そのとき魔物の近くにいたルーカス・トルドーは、脳裏にこれまでにあった出来事が走馬灯のように蘇っていた。











「婚約破棄とはどういうことだ、エル!」



『どういうことかはこちらの台詞ですわルーカス様。第1戦隊の配属が確実で、将来有望というから結んだ婚約ですのに、まさか第7軍への配属だなんて。話が違うのではなくて?』



「た、確かに私は第1戦隊には選ばれなかった。けどまさかそんなことで婚約を・・・」



『私、既に婚約者は第1戦隊の配属になると周囲に話してしまっているのです。このままルーカス、あなたと婚約を結んだままでは私は大恥をかいてしまいますし、私もそんな男の伴侶となるのは御免ということですわ』



「えっ・・・なにそれは(困惑)」



『そこで私としても話の整合性のために、別の殿方と婚約を結び直すことにしましたの』



「どういうことだ?」



『お相手はルーカス様のご学友のアレン様ですわ。このたび、第2軍への配属と聞きまして、私は彼と婚約を結び直すことにしたのです』



「ファーーーー!?」



『それではご機嫌よう』






ロラーシア王国騎士団第2戦隊第7軍の兵士ルーカスは、かつては自分の将来に絶望していた。それは国軍に入った自分が配属されたのが、第七軍だったからだ。ロラーシア王国での国軍は、中央に属する第1軍から第4軍により構成される第1戦隊と、第1戦隊の補佐を主軸とした活動をする第5~第8軍で構成される第2戦隊。後は辺境を警備する地方警備隊。そして憲兵団と海軍だ。大きく分けるとこの5つで構成されている。国軍の出世街道として、地方警備隊への配属は論外。憲兵団と海軍はまた別枠だ。そして中央でもどの軍に配属されたかでその後の明暗が概ね確定する。



第1~第4軍の第1戦隊の配属なら将来は安泰である。ダンジョンバーストを主とした実戦では矢面に立たねばならないが、昨今の戦術レベルの飛躍的向上で戦死は稀であるし、収入も他とは比較にならないほど多ければ、福利厚生も充実し、国内の誰にでも胸を張れるだけの名誉職である。軍部で出世するためにも第1~第4軍の第一戦隊配属であることが最低限の条件であるとも言えた。


一方で第5~第8軍といった第二戦隊配属となると、基本的には出世の道は閉ざされたと言っていい。第一戦隊の補佐が主な任務となるため、武功を上げて活躍することも出来ないためである。無論、収入も福利厚生も第一戦隊とは差が出てくる。それどころか地方警備隊への転属もあり得る。世間の目も第一戦隊を見るそれとは、まさに雲泥の差というものがあった。また、第一戦隊に属しておきながらも、軍閥の政争の敗北者となると流刑地として送られるのもまた第二戦隊であった。



ルーカスはというと貴族の出で、魔術にもそれなりに長け、剣術については士官学校でも上位に位置する成績を有しており、第一戦隊入りは確実視され、将来有望とされていた。




だが彼が配属されたのは第2戦隊である第7軍であった。


配属とて確実に士官学校の成績上位から順に第一戦隊へと決まるわけではない。最終的には軍団長の意向も踏まえた上での配属となるので、その傾向が強いというだけだ。特別抜きん出た成績でないのなら、低い確率だが、何かしらの拍子に弾かれる可能性もある。ルーカスは不幸にも、その数少ない例外を引いたようだった。


婚約まで話が進んでいた恋人エルには失望され婚約破棄となり、ルーカスは失意のドン底にいながら第2戦隊第7軍に配属された。




「くそぉ・・・どうして僕がこんなことに・・・」



ルーカスは配属数日前、城下町の酒場「マノス」で酒に溺れていた。大通りから外れた、裏道に入ったところにある、狭くて小汚い店である。


裕福な子爵家の出であるルーカスは、これまでならば城下町の安酒場で出てくるような安酒など、絶対に手を付けたりはしなかった。実家にあるものか、それとも行きつけの店にある上質なワインしか飲んだことが無かったルーカスだが、今はあえて安酒に溺れていたかった。上質なワインよりも、今はこの安酒のほうが自分に相応しいと思ったからだ。



「なんだ、意外と安い酒も悪くないじゃないか。あぁ、もしかして僕がコイツに相応しいレベルまで落ちたからなのかな・・・フフッ」



これまで順風満帆で、自信と希望に溢れていたルーカスはすっかり自虐的になっていた。無理も無かった。愛していた恋人には裏切られ、期待されていたエリート街道への道は閉ざされ、ルーカスの自尊心はすっかり崩壊していたのだ。家族はこんな自分に優しくしてくれるが、今はそれがむしろ自分を惨めな気持ちにさせてくる。



「本当なら今頃は、入団の準備とエルとの婚約を正式に結んだりでてんてこ舞いだったはずなんだよなぁ・・・ふふ、それが現実には時間を持て余して、これまで近寄りもしなかったような安酒場の安酒で一人で乾杯か。ふふ・・・」



元恋人エルとはあくまで口での婚約であった。両家と正式に結んだものではないので、解消すること自体は簡単だ。エルは早期の正式な婚約を望んでいたが、「正式に国軍(第1戦隊)に配属が決まったら」とのルーカスの希望があり、保留になっていたのだ。



「浮かれてたな~ なんでもったいぶって正式に結ばなかったかな~ なんで失敗しないと信じられたのかな~」



目を瞑れば思い出す。エルと一緒に行きつけのレストランで食事したときのことを。優雅で巧みな弦楽器の演奏を聴きながら、上質なワインと料理に舌鼓を打ち、お互いに将来について語り合っていた。


それが今はどうだ。飲んでいる酒は10分の1ほどの値段。料理の肉は硬いし、パンはパサつき、テーブルは掃除が不十分で不衛生。演奏の代わりに聞こえて来るのは大勢の低俗な客の大声での猥談。何もかもが正反対だ。そして・・・



「あら、あなたイイ男ね。どう?サービスするから遊んでみない」



時間を置いて、入れ替わり立ち代わりで娼婦がやってきて話を持ち掛けてくる。ルーカスはルックスは悪く無かったし、やけ酒をあおってはいるが身なりは綺麗だ。彼女たちも普段は見ないような上物をロックオンしていた。



「やめとこう。興が乗らない」



ルーカスはその全てを断っていたが、実際には「どうせならハメを外してみるのもいいか」と少しだけ考えていた。だが、現れる娼婦はどれも元恋人のエルに及ばない容姿だと感じ、イマイチ持ち上がらなかったのだ。


エルは美しい女性だった。綺麗で長い金髪で左右にドリル・・・いや、巻き髪が良く似合う美人だった。一夜の遊びとはいえ、どこか元恋人の姿を追い求める自分がほとほと情けなくなり、また酒をあおる。



「結局自分は大きくはめを外すこともできない半端者なのだ。ははっ」



顔を真っ赤にし、考えもおぼつかなくなってきた。そんなときだ。



「よう、ここ空いてるか?」



頭上でそんな声がしたかと思うと、声の主は返事も待たずにテーブルの向かい側の席に座りだした。



「楽しんでるようだなルーカス・トルドー君。おう姉ちゃん、俺にもビールを一杯もらえないか」



対面に座った男は即座に酒を注文する。どうやら問答無用でルーカスと飲むつもりであるようだった。


筋骨隆々で、大柄の男だった。歳は40ちょっとだろうか。



「な、なんだ?あなたは一体・・・」



突然の出来事にすっかり目の覚めたルーカスだが、目の前の男がどこかで見たことのあるような顔だとじっくり見定め、そして・・・



「あっ・・・!」



ようやく記憶をほじくり返して答えに行きついた。目の前の男は、ルーカスが今度所属することになる、第7軍の軍団長のエイベル・バットンであった。



「し、失礼いたしました、バットン閣下!」



ルーカスはその場で直立不動になり、安酒場に不釣り合いな敬礼をした。


失態だ。普段着で気付きづらかったとはいえ、不敬を働いてしまった。ルーカスの全身から冷や汗が噴出した。



「良い、座れ。君はまだ配属前だ。いちいちそんなことをせんでも良い」



「・・・っしかし・・・」



「座ってくれ」



バットンの言葉に、ようやくルーカスは座った。



「おいおい閣下ぁ。部下虐めかぁ?アハハハ」



泥酔した男がバットンに絡んだ。



「いや、今日はそれはお休みだ。あまりやりすぎて逃げられると、部下がいなくなってしまうのでな」



バットンはそう返して、男と一緒に笑う。


ルーカスは目の前で繰り広げられているそのやり取りが、不思議な光景を見ているような気分だった。



「君は中々センスがいいな。ここは俺が贔屓にしている店なんだ。騒がしくて飯は微妙だが、酒はうまいだろ?」



そう言ってバットンは届けられたビールを一気に飲み干した。



「あの・・・どうして私のことを知っているのですか?」



ルーカスは気になって仕方がなかったことを、恐る恐る訊ねた。



「自分の受け持つ部下のことは入団前に覚えておくようにしている。たまたま飲みにここに来たら、まさか入団予定者に出くわすことになるとは驚きだ」



驚いたのはルーカスの方だった。第2戦隊といえど、その軍団長である人間がまさかこんな安酒場に来るなどと。そしてルーカスを覚えていたというバットンの言葉にも。新入団員は今年だけでも数百人はいるというのに・・・。



「随分空けたようだな。酒は好きか?」



「・・・いえ、その・・・」



バットンの質問に、ルーカスは答えに窮した。まさか「第7軍の配属に絶望して、ヤケ酒を飲んでおりました」などとは言えまい。



「ふふ、第2戦隊の配属が不満か?」



バットンが直球で来たことに、ルーカスは顔を強張らせる。どうやらルーカスの心情はすっかり見透かされているようだった。



「恐れながら申し上げますと、自分は第1戦隊を志願しておりました」



下手に誤魔化しても駄目だろう。それまでに幾分か飲んだ酒の力もあって、ルーカスは正直に漏らした。



「恐縮ですが、士官学校での成績でもまずまずの手ごたえがあったと自負しておりました。第1戦隊への配属は確実だろうと教官殿にも太鼓判をいただいておりました」



「だろうな。君の士官学校での成績は決して悪くはなかった」



バットンの言葉にルーカスはまたも驚く。なんとバットンはルーカスの成績さえも把握していたのかと。



「だが、実際には第2戦隊への配属になった」



そう続けてバットンはお代わりのビールに口をつけた。



「そうです。婚約者にも見限られてしまいました」



しまった、こんなことまで言わなくても良かったか。思わず口から出てしまった言葉にルーカスはハッとした。酒のせいだろうか、バットンはどうにも壁を感じない話し安さがあった。



「第1戦隊に入るという前提での婚約だったのか?」



「いえ、そういうわけでは・・・」



ないはず・・・だ。少なくともそんな話はした記憶がない。エルと婚約をしたのは、自分が第1戦隊配属有望と見なされる前からだったはずだ。



「失礼だが、そのお嬢さんは見る目がないな」



「え?」



バットンの言葉にルーカスはキョトンとする。



「ルーカス・トルドー。君はいずれ大きく羽ばたくことになる逸材だ。だから地方警備隊に配属されそうだったのを、俺が無理矢理もぎ取ったのだ」



「えぇーーー!?」



ちょっと待って欲しい・・・今驚くことを二つも言ったぞ。ルーカスは頭の中が混乱していた。



「っと、流石にこれは口が滑り過ぎだな!忘れてくれ!ははは」



忘れられるわけがありませんよ!と言い返したかったが、ルーカスは黙った。前者はともかく、後者を漏らしたことが知れては大問題になりかねない。自分は聞かなかった、記憶にもとどめない、少なくとも表面上はそうしなくてはならない。



「その、どうして私をそこまで買ってくれているのでしょうか」



後者があまりに気になったが、差支えないほうについてルーカスは訊ねた。



「どうしてかって?そりゃな・・・」



バットンはここで少し間を置いた。ごくりと生唾を飲んでその先を待つルーカス。



「勘だ。君が化けるという」



えぇ?とルーカスは思わず崩れそうになった。



「なんだ?俺の勘は良く当たるぞ」



「あの、いえ・・・光栄です」



がっかりしたことを隠そうと、適当に繕うルーカスを見てバットンは笑いながら



「すまん冗談だ。理由は・・・まぁ今は内緒にしておこう」



そう言って一気にビールを飲み干した。


内緒とはどういうことだ!とツッコミを入れたいところだったが、当然ルーカスは我慢する。



「君の配属を心から待っているぞ」



そう言って立ち上がり、バットンは腰元の小袋の中身を覗いて硬貨を数えだした。



「あっ・・・」



「・・・?」



「すまん、奢ってやれれば良かったのだが、手持ちが自分の分だけで精一杯であった」



恥ずかしそうにバットンは言った。



「うちは小遣いが少し厳しくてな」



安酒場での勘定もカツカツであるほど厳しいのだろうか。収入的には十分ありそうなものだが、とルーカスは思った。



「ではな」



そう言ってバットンは去っていった。


ルーカスにしてみれば、まさに嵐が去ったようであった。さきほどまで自虐的に一人酒を飲んでいたことを忘れそうになるくらいの、強烈な出来事だ。



「ははっ・・・」



だが、その嵐が去った後は晴天が待っていた。



「単純だな僕も」



理由はわからないが、軍団長が自分を買ってくれているという喜び。


信じたくはないが、本来なら第2戦隊どころか地方警備隊配属だったのを、すんでのところで軍団長に拾われている幸運。


そして、何故だか湧いてきたあの軍団長の元でやっていきたいという高揚感。


これらが厚い雨雲に覆われていたルーカスの心を晴れやかなものにした。


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