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時代遅れの勇者様  作者: 裏人
14/21

第14話 観戦の勇者様



ガッツが第七騎士団の団長バットンに願った「魔物の掃討戦が見たい」という願いは、原則として内密ではあるものの、彼の権限によりあっさりと叶った。職務があるためにバットン自身での案内は出来ないが、代わりに数人の部下を付け、見物に適した自軍の受け持ちエリアのところまで連れていってくれるという。


ここまでの待遇を受けられるとは、果たしてガッツとバットンの間には何があるのか?カイは多いに気になったが、ガッツがあまり語ろうという感じではなかったため、今のところは黙っていることにした。



そんなわけで夜道を5人の兵士とカイ、それとガッツが歩いていた。



「もう少しで到着します」



先頭を歩く兵士がそう言った。


日はすっかり落ちていたが、兵士が持つ照明魔術の発動しているランタンのお陰でそれほど暗さは感じなかったことにカイは驚いていた。



「今回の掃討戦には第三軍が当たることになったのですが、我が第七軍はその補佐としてこの戦場におります。掃討戦の観測所を展開しているポイントがありますので、希望に適したところに連れていけると思います」



「何から何まですみません。お手を煩わせてしまいまして・・・」



至れり尽くせりの待遇にカイは申し訳なさそうに言う。



「いえ。第三軍は既に展開済みで、掃討戦の開始までもう間もないところまで来ています。こう言ってはなんですが、この段階まで来ると我々もあまりやることがないので、あまり気にされなくても大丈夫ですよ」



兵士のその言葉には気遣いもあるのだろうが、事実でもあるのだろうなとカイは思った。周辺の安全がある程度確保されているのか、共にしている兵士は皆気の抜けたような顔をしたり、欠伸をしている者もいた。暇そうに立っているだけの兵士も見たし、何となく第七軍全体で空気が弛んでいるようにカイは感じていた。



「メインの大仕事は第三軍とやらの受け持ちのようですし、そこそこの立場以上の者以外は第七軍はあまりやることもないのでしょう」



ガッツが言った。それについて案内する兵士は苦笑いするだけで特に何も言わなかった。



「ダンジョンバースト発生時の流れとしては、まず発覚後はただちに通信を用いて周辺各地の駐留軍で連携し、魔物の拡散を阻止します。それに第一から第四軍のいずれかの軍が合流し、魔物の撃退をしつつ特定のポイントまで誘導します。これは散開した魔物をちまちま撃破するやり方では、打ち漏らしが出てくる可能性があるからですね。そして誘導し終えたら全軍を持ってまとめて殲滅の開始です。そしてこれを後方支援するのが我々第五から第八軍の受け持ちとなります。まぁ、つまるところ、我々は最初こそ忙しいですが、今になるとあまりやることがないのです。あとで忙しくなるのは事後処理くらいですか」



兵士の丁寧な説明に、大まかに理解しながらもカイは自分の知らないところがあったので訊ねる。



「通信、とはなんでしょう。意思の疎通のようなものみたいですか?」



カイの質問に、兵士はやや面食らったような顔をした。



「あぁ、すみません。私は山奥の田舎から出てきたばかりなので、随分とひどい世間知らずなのです」



これもやはりこの時代では常識なのか。やってしまったか、と思いつつもカイはいつもと同じ言い訳をした。



「通信とはですね、小型の魔導石を用いて、遠くの人間と意思の疎通をすることを言います。専用の魔導石を使うだけで、誰でもそれが可能になるんですよ。高価なシステムですから、国軍やよほどの金持ちくらいしか使いませんがね」



ガッツの説明に、カイは目を丸くした。



「それでは・・・戦でも伝令兵が必要ないということですか?」



伝令兵を走らせることなく、瞬時に状況のやり取りができる・・・もしそれが本当なら、これは大変なことだとカイは思った。



「そうですよ。現に今も通信を使って連携し、殲滅戦までの最終調整を行っています。我々も通信を使って第三軍と連携しています」



兵士の言葉にカイは唖然とする。自分の時代ではそう易々と遠くの人間とやり取りする方法は無かったからだ。高位な魔術師や、極めて高価な道具などで簡易的な意思疎通をはかることくらいは出来たから全く存在しなかったわけではないが、それでもここまで爆発的に普及するものだとは考えてもいなかった。カイのいた時代では、極々一部の人間が使えた恩恵であって、戦での連携に使用するなどということなど到底考えられないものだったのだ。




「着きましたよ。ここが我々が受け持っている観測地点です」



兵士の言葉にハッとする。どうやら目的地に到着したようだ。


見るとそこは絶壁の頂上であった。既に数十人の兵士が陣を張っている。



観測しているだけという兵士だけでそこそこの人数がいるようだ。では、実際に戦場で戦う兵士の数は何人いるのだろう?カイはこの場の全てが自分がいた時代の戦のそれと違うことに興奮が冷めなかった。



「しかし・・・」



眼下は真っ暗だ。高さ50メートル程度の絶壁の下では、近場はともかく遠くでは何がどうなっているかよくわからなかった。この場でどうやって戦場の観測をするのだろうか。



「もうすぐ始まるようですよ」



案内してくれた兵士が言う。



「暗くて何が何だかよくわかりませんね」



そういうカイに



「今は一部の者が暗視の魔術で観測してします」



と兵士は教えてくれた。



「まぁ、戦いが始まれば、そんなものがなくても良く見ることができますよ」



彼がそう言うからにはそうなのだろう。カイは特に質問することなく、実際に開戦するのを待つことにした。




「これより始まります!カウントダウン開始!5・4・・・」




観測している兵士の一人が大声でカウントを取り出した。


固唾を飲んで待ち受けるカイとは違い、周囲の兵士たちはどこか気が緩んでいるような感じがしている。




「2・・・1・・・開始!」



兵士のカウントダウンの終わりとともに、無数の流星のような小さな光が夜空に上がった。光の雨が空から陸にではなく、陸から空に降っているかのようだった。


そして小さな光が上空に上がると、ボウッと一気に光が膨らみ、一瞬にして大きな光の玉となった。無数に上がった全ての光が同じようになり、まるで夜空に小さな太陽が広がっているかのような錯覚を受ける。


それまで闇に包まれていた戦場は、一瞬にして昼間のような明るさになった。



「なんと・・・」



見下ろした光景にカイは息を飲んだ。自分から見て左に数千はあろう魔物の大群、そして右には王国軍であろう戦士達が、その倍ほどの数を展開していたのだ。カイのいた時代では一度も見たことのない、本格的な大規模な戦である。



「照明魔術を複数人が使うことで昼間と大差ない明るさで戦うことが出来ます。これにより夜明けを待たずとも、夜にうちにでも速やかに殲滅作戦を開始できるわけです。時間をかければそれだけイレギュラーが起こる確率は上がりますし、犠牲が増えるかもしれませんからね」



「なるほど、先ほどの照明魔術は国軍が放ったものなんですね」



兵士の解説にカイが唸る。カイも暗い洞窟で自分の周囲を照らす程度の照明魔術を使うことは出来るが、ここまでの大規模での使用などは発想も無かった。


更に国軍を見ていると、まるで星のように数百という光が灯っていた。



「攻撃魔術師団による連携です」



解説と同時に、数百の光は各々の大きさが増大し、やがて1メートルほどの火球となった。数百の火球はそのまま一斉に黒く固まっている左に展開した魔物の群れへと飛んでいき、大きな爆発とともに無数の敵を薙ぎ払っていく。


何割かの魔物は焼き尽くされたが、それでもまだ大多数が残っていた。魔物は怯むことなく国軍へと突進する。


しかし魔術師団の攻撃はまだ終わりではなかった。



「第二弾の攻撃です」



またも国軍から数百の光が灯ったかと思うと、やや間をおいてまた同じように数多の火球が突進する魔物達に降り注いでいく。そして先ほどと同じように数百の魔物が焼かれることになった。


魔物達の突進は止まる様子はない。二度に渡る火球攻撃によって数を減らしたものの、まだまだ千を超える数を維持していた。魔物達は遠距離から攻撃を受けながらも、国軍に肉薄する距離まで近づいていく。



『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ』



ある程度まで近づくと、今度は国軍が白兵戦に乗り出した。そこそこの距離が離れているはずだが、雄叫びはカイの耳に十分届いていた。気合は十分、国軍が激しく魔物達に切り込んでいく。凄まじい勢いで国軍は魔物を蹴散らしていった。



「全員が十分な強化魔術を受けています。あそこにいる全員が一騎当千の武神と言えますよ」



兵士の言う通り、国軍の勢いは圧倒的だった。魔物達は成すすべなく薙ぎ払われているように見える。数千あったはずの魔物の軍勢は、大した時間もかからないうちにその九割ほどを喪失していた。巨大な魔物も、小さな魔物も、苦戦することなく、まるで掃除するかのように排除していく様であった。



「おや」



やがて魔物達が攻めの姿勢から、徐々に散り散りに撤退していく様が見て取れた。



「仕上げに入りましたね。これからは我々も少し仕事があります」



観察していた第七軍もいささか騒がしくなった。カイがどうしたのかと耳を傾けていると、どうやら魔物がどこに移動しているのかを逐一通信で報告しているようだった。



「上から観察している我々第七軍が、第三軍に魔物の動きを報告します。第三軍は報告を受けて魔物の追跡、掃討をします。こうしてこの場にいる魔物を一匹残らず殲滅させるのです」



なるほど、報告を受けてか戦っている第三軍はしっかりと魔物達を逃がすことなく追い詰め、各個撃破しているようだった。そうしてやがて間もないうちに、ついに平原に肉眼で見える魔物は一匹もいなくなった。



「ほぼ終わりましたね。ただ、もう少しこの戦域に残って打ち漏らしがないかの確認をします」



先ほどまでの賑やかさが嘘であるかのように、場はすっかり静けさを取り戻していた。カイから見て左前方の平原を埋め着くしていた数千の魔物は、今や一匹もいない。本当に大した時間もかけずに殲滅してしまったのだ。単純に数の力だけではない、自分の時代にはなかった戦術の力というものをカイは思い知った。



「圧倒的ではないか・・・」



自分のいた時代、国軍にあれの半分も力があれば、自分の存在など必要はなかっただろうなとカイは考えてしまっていた。魔王軍はもちろん、自分とて簡単に蹴散らされてしまうだろう。戦術が、魔術が、武具のその全てにおいて人類は魔族を凌駕しているのではないか。



「一方的に見えましたが、国軍の被害はあるのですか?」



カイは訊ねた。



「まだ報告は上がっていませんが、これまでの経験上被害は極めて軽微であると思われます。一人や二人ほど戦死者が出ることもありますが、基本的には軍として無傷に近い状態で終えることが当然になっていますね」



やはりそうか、とカイは答えを聞いて納得した。自信に溢れ、どことなく楽観的な空気だったことも頷ける。もはや人類にとって魔物の軍勢との戦いなど、勝って当然ということだ。



「どうです?満足されましたかな」



「ええ、とても参考になりました」



ガッツの質問に、カイは興奮冷めやらぬ様子で答えた。



「お送りしましょう」



最後の最後まで戦を見ていたかった気持ちもあったが、カイは兵士の言葉に頷いた。何人かの兵が護衛兼案内役としてカイ達に付き、元居たところへと戻ることになった。




数分ほど歩いたときだった。



「そうだ、忘れていた」



後方を歩く兵が突然思い出したかのように言った。



「先ほど連絡が回ってきて、未知の魔物が出現した可能性があるので警戒しろとのことだ」



その言葉に先頭を歩く兵が呆れたように返した。



「それ、重要なことなのではないか?今さら言うのか?まったく・・・。まぁ、どうせ何かの間違いか、戦場に紛れ込んでて今頃既に第3軍に狩られた後か・・・」



呑気なものだ。


先ほどの戦闘の圧勝を受け、浮足立っているのか明らかに気が抜けている兵士たちの様子に、思わずカイは噴き出してしまった。



しかし、その時だった。


カイは不意に、一つの言いようのない不気味な気配が近づいてくるのを感じ取り、思わず歩みを止めた。



「おや、どうされました?」



後方を歩く兵士が気になって声をかける。



「・・・何かが近づいてくる。感じませんか?」



カイは鞘から剣を抜いていた。そんなカイの様子は余所に、兵士たちは首を傾げていた。



「『索敵』を展開してみろ」



カイの話に耳を傾けた兵士が、エリーザのそれほどの性能ではないものの、索敵を使える兵士に促した。


索敵を展開しようと言われた兵士が詠唱を開始する。だが・・・



「おかしいぞ。索敵が発動しない」



何度か詠唱をし直したようだが、やはり駄目らしく首を傾げている。



「魔力が集まってくる感じがしない。全く煉れないんだ。一体どうしたんだ・・・」



魔術の発動が出来なくなったと知り、兵士たちが騒めいた。



「おかしいぞ。通信が出来なくなってる」



現状を報告しようと通信用の魔導石を手に取った兵士が、狼狽えながらでそう言った。



「なんだ?故障か?」



「そんな話聞いたことがないぞ」



「なんだ?何が起きているんだ・・・」



そう言った瞬間、小型の魔導石の照明が悉く消え失せ、辺りは闇に包まれた。




「「「うわあああああああ!!」」」



これによって兵士たちに一瞬で動揺が広がった。



「落ち着け!もう一度起動し直すんだ」



努めて冷静に兵の一人が言ったが、魔導石が再び光を灯すことはなかった。



「駄目だ。何が起こっているんだ?全然魔力が錬られない。ここは圏外か?そんなバカな」



照明の起動魔術を発動しようとした兵士が顔面蒼白で言った。ここで言う圏外とは、大型の魔導石の効果の範囲外であるという意味であるが、それはあり得ないことだったんで兵士たちは混乱した。大型魔導石は国のいたるところに設置してあり、国土のそれも地上であればまず間違いなく魔導石の効果を得て魔術を発動できるはずだからだ。




「一体何が・・・」



兵士たちよりは落ち着いているように見えるものの、ガッツも当然心中穏やかではなかった。



「・・・・・・」



錯乱する兵士たちを余所に、カイは黙って闇の先を見据えていた。



「来たか」



カイがそう言葉を発したとき、闇の中から一匹の魔物が姿を現した。


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