第12話 戦慄の勇者様
カイ達がゴブリンと出くわしたその場所は小高い岩壁や森林が近場にある、やや見渡しづらい街道であった。
カイのいた時代では、そういったところの物陰に魔物が潜み、不意をついて襲撃してくるなどということがままあった。なので馬車に中にいながらも、カイはこの場所に差し掛かると自然に感覚を研ぎ澄まし、周囲を警戒した。結果として匂いと気配でぼんやりと魔物の存在を嗅ぎ取ったのだ。
これはカイにしてみれば普通の出来事であった。決してイレギュラーでもない。
だが、エリーザにしてみれば・・・いや、この時代では一般的にそうそうあることではなかった。
まず、魔物と地上で出くわすこと自体が珍しい。魔物は過去の聖魔大戦以降、大半が地下に潜り、以後そこが人間と魔物の主戦場となっている。地上にいるのは統制が取られていない、野生動物と大差ないような存在である魔物がほとんどだ。ましてロラーシア王国の領土内は、よほどの高山など人が立ち入らぬところでない限りは、常に討伐兵やギルドに依頼を受けた冒険者による巡回で秩序が保たれており、魔物がのさばっていることなどあり得なかった。
つまり今起きた街道での魔物との遭遇はイレギュラーなのだ。エリーザも同じ経験が無かったわけではないが、それは『とあることが起きた』時だった。
(こんなところで魔物が・・・まさか・・・)
エリーザは思考を巡らすが
(いや、この戦いが終わってからにしよう)
すぐに戦いへと意識を切り替えた。
カイはエリーザに言われるままに馬車の近くに待機していた。その表情はどこか楽観的だ。
カイのそんな表情を知るはずもないエリーザは、『サーチ』で相手の動きをしばらく探っていたようだが、やがてダッと岩陰に向かって走り出した。
「おぉ」
思わずカイが声を上げる。
エリーザが彼の想像を遥かに超える俊足だったからだ。
「ギッ」
エリーザが岩陰に到達するより先に、こん棒を手に持つ小柄な人型の魔物が数匹陰からサッと飛び出した。それはエリーザが予想していた通り、ゴブリンという魔物だった。
岩陰に身を隠していたが、エリーザが迷いなく真っすぐ向かってくるので慌てて飛び出したという恰好だ。
(あれがゴブリンか)
確かに自分は見たこともない魔物だ、とカイは思った。
複数で敵と戦うことを前提にした動きをする魔物は見たことがなかった。今目の前にいるゴブリンとやらは、エリーザに驚きつつも包囲しようという動きを見せている。しかしそれは彼女には通らなかった。
「ッ!」
ゴブリンが行動を起こすより早く、エリーザの剣は2匹のゴブリンを斬り捨てていた。
木の棒切れかのように、剣を軽く扱っている速さだった。
速いだけではなく、的確に急所を狙ってもいた。一太刀でゴブリンは絶命している。
(やはり速い)
酒場でも僅かに見せたエリーザの戦闘力。やはり彼女は強い。カイはすっかりエリーザの戦いに見入っていた。
3匹目を斬る頃には、流石に他のゴブリンも手に持つ棍棒でエリーザに攻撃を仕掛けていたが、それらはエリーザに当たるはずもなく、あっさり斬り捨てられていった。
最終的にエリーザが岩陰に向かってから20秒もしないうちに、5匹のゴブリンがエリーザの手によって葬られた。
「今度はそこね」
エリーザは森林の方へ顔を向けると、再び俊足を見せアッという間に飛び込んでいった。
ゴブリンは巧妙に姿を隠しているつもりのようだが、エリーザの『サーチ』の能力で正確な居場所は丸裸にされている。困惑するゴブリンは次々とエリーザの剣の餌食となった。
しかしゴブリンの数は多い。エリーザが言っていたように、彼女が馬車から離れた頃、別の方角からゴブリンが数匹岩陰から姿を現した。それらはエリーザではなくまっすぐに馬車へと向かってくる。
「来たか」
出迎えるカイは迎撃の構えを見せる。
その時であった。
「!?」
一瞬の閃光の後、目の前に迫っていたゴブリンは皆倒れ伏していた。
「一体何が・・・?」
カイは困惑したが、馬車へと第二波のゴブリン達が迫っていた。
何が起きたかはわからないが、今は目の前の敵に集中しようとカイは再び構える。
しかし再び同じことが起きた。ゴブリン達が倒れたのである。だが、今度はカイも何が起きたのか理解することができた。エリーザの攻撃魔術によるものだった。
閃光の正体は魔術。それはカイの知らない魔術だったが、荒天時の雷のそれと同じように見えた。魔術で起こした雷によって、一瞬にしてゴブリンは焼き払われたということだろう。その昔、カイより前の代の勇者と呼ばれた者が雷を操ることができたとカイは文献で知っていたが、彼は使ったことはなかった。まさか伝説のそれを後世で目の当たりにすることになるとは。
「フッ・・・」
思わずカイは笑みを漏らす。
「凄いなぁ」
この時代での勇者とは自分ではなく、エリーザのことではないか?とカイは思った。
あの少女は馬車のことを頼むと言ったわりに、極力この場を自分一人で納めてしまおうとしているのである。エリーザはまだカイの腕前を知らないので、馬車の守りを彼に完全に任せきりにするつもりはないようだ。
それは当然といえば当然の判断と言えた。しかし、それを実行するには自分の力に対しての生半可ではない自信が必要だ。エリーザは確かな実力だけでなく、それを躊躇いなく行使するだけの胆力も併せ持っていた。
「この時代の女性にはあんな強い人もいるのか」
最初こそ出会いは微妙なものだったが、綺麗なお嬢様だと思っていた。
それがまさかここまでの戦士だとは。装備の付与魔法とやらの恩恵もあるのかもしれない。だが、それだけではなく、彼女には高いレベルの戦闘をこなすだけのセンスとガッツがあるとカイは確信した。
「・・・いけないな。良くない病気が再発した」
カイは一人ごつった。
「手合わせできないものかな」
カイの血が騒いでいた。興奮を抑えきれない自分がそこにいることを彼は自覚していた。
欲求不満、そう、強い欲求不満を今カイは感じていた。体が疼いて仕方がなかった。
そのときであった。
「ギッ・・・!!」
エリーザが数匹のゴブリンと戦っている間を見計らって、5匹ほどのゴブリンが彼女と対角に位置する物陰より飛び出した。ゴブリン達は真っすぐ馬車に向かってきていた。
「・・・っ!カイッ!!」
エリーザもそれには気付いたようだが、すぐには馬車へと戻ってくることは出来ないようだった。近接戦に気を取られ、魔術の発動も手間取っているようだ。
「お願いっ!」
エリーザは叫んだ。
「お任せあれ!」
カイはエリーザに言葉に答えると、迎撃の構えを見せた。
彼は闘志に満ちていた。
「ギッ!ギィィィィ!!」
だが、カイがいる馬車へと向かってきていたはずのゴブリン達の足が、ある程度進んだところで一斉に止まった。見慣れない鎧姿の人間に驚いたのか、一様に怯えたように動かず、ずっとカイの様子を距離を取って注視しているようだった。
「む・・・?」
何故仕掛けてこないのか、カイには何が何やら理解できなかったが
「来ないのであればこちらから」
向こうが来ないならこちらから・・・と一歩踏み出したところで
「ギィィィィィィ!!」
一匹のゴブリンが叫ぶと、そこにいたゴブリンは一匹残らず一斉に正反対のほうへ逃げ出してしまった。
「え?」
突然の出来事にカイはポカンとしていた。
馬車や周囲を見回すが、特におかしなところはない。ゴブリンが何に反応して逃げ出したのか、カイにはわけがわからなかった。エリーザはまだ近くには来ていないし、他にゴブリンの脅威となるような存在は見当たらなかった。
逃げたゴブリンを追うと馬車を守ることができなくなるため、カイは結局見送った。
他からゴブリンが再び襲ってくるかと思ったが、それを最後に周囲からは敵の気配を感じることはなかった。
5分ほどすると、エリーザが馬車のところへ戻ってくる。
「ありがとうカイ。馬車を守ってくれて」
エリーザは自らの剣についた血を拭き取り始めた。
「いえ・・・私は結局何もしていません」
カイの持つ剣はエリーザの持つそれと違って綺麗なままだ。剣を使うことなく戦闘が終わってしまったからだ。
「何もしていないの?」
戦いに気を取られ、馬車に迫ったゴブリン達がどうなったのかはエリーザは見届けていなかった。てっきりカイが首尾よく退治してくれたものと考えていたので、彼の返答はエリーザには予想外のものだった。
「その辺まで迫ってきたのですが、結局近づくことなく逃げてしまったんですよ。一体なんだったのか」
カイは少なからず不満そうにそう言った。
「逃げたのは、アナタを恐れたからではないですかね」
ふと見ると、馬車の中からガッツが顔を出していた。
「アナタに絶対的な強さを感じ、叶わないと慌てて逃げたんでしょう。奴らは勘が良い」
そう言いながらガッツが馬車から降りてきた。彼は馬車の中から外の様子を伺っていたようで、先ほどのゴブリン達の様子も理解しているようである。
「ゴブリンは頭も勘も良い。勝つためには何でもするが、勝てないと分かった相手には絶対に勝負は仕掛けない。馬車を狙ったが、間近でアナタと対峙したときに『勝てない相手』というのを本能で感じ取ったんでしょうな」
エリーザの戦いぶりを見て昂っていたカイには、とんだ肩透かしであった。
「私は『勝てる相手』だと思われちゃったのかしら」
本気ではないのだろうが、エリーザが嫌味っぽく言った。
「いやいや、アナタの腕前も大したものですよ。鬼気迫る戦いぶりでした」
ガッツはそう言ったが、実際ゴブリンは明確にエリーザとカイとで対峙したときの反応が違っていた。ガッツが言うように、ゴブリンの警戒心が強いのはエリーザも知っている。奴らが実際にカイに対して「戦わない」という判断を下しただろうことは恐らく間違いないのだ。
ゴブリンの勘が本物だとすると、もしやカイは自分よりも強いのだろうか?エリーザは少しだけそれが気にかかった。
「ところで、そちらの首尾はどうだったんですか?」
カイがエリーザに尋ねる、エリーザは我に返り、
「半分ほど倒したわ。後は逃げてしまったけど」
悔しそうにそう答えた。
ゴブリンを追い返すだけではなく、全部を仕留めたかったといった感じだった。
そのときだった。
馬の蹄の音がしたかと思うと、数十もの騎兵が馬車の目的地だった方面からカイ達の所へと向かってくるのが見えた。
「エリーザ様!」
騎兵団の戦闘を走る、一番年長と思われる男がエリーザの姿を見つけるなり名を叫んだ。
「なんとこちらにいらっしゃいましたか」
「丁度これから王都に戻るところでした。それで・・・」
エリーザは自らが屠ったゴブリンの死体に顔を向けた。
察しただろう男は、鎮痛な表情で答える。
「・・・はい。最寄りの『D15ダンジョン』で『ダンジョンバースト』が確認されております」
「やっぱり・・・」
それを聞いたエリーザの表情も、険しいものになっていった。




