第11話 高揚の勇者様
「あぁ、それは僧兵だね」
宿屋に戻ったカイは、アネットの部屋で先ほど起こったことについて質問していた。
武装した聖職者のことを聞くと、「僧兵」と呼ばれる憲兵に近い存在だという。
教会のため、その信徒のため、エイセル教が自らの秩序と平和を守るために結成された私兵であるらしい。
「その場所のエイセル教の影響力にもよるんだけどね、憲兵よりも幅を利かせていることもあるよ」
「治安維持のためにいる憲兵よりも偉い存在ですか」
彼らの称える神とはどれだけ尊い存在なのだろう。
そしてその神に仕えているとされている彼ら自身はどれほどの人間なのだろう。
自分に対しやや高圧的な態度にも見えたが、この町でもそこそこの権力があるのだろうか。
「カイはそんな心配はないと思うけど、僧兵と・・・エイセル教と揉めることだけは控えてね。とっても面倒なことになるんだから」
先ほど話した冒険者風の男と同じことを言うアネット。
これだけ言われるということは本当のことなのだろうとカイは肝に銘じたのだった。
「ただいま」
そこへエリーザが戻ってきた。
「遅くなってごめんなさい」
「どう?何かわかったかい」
「ちょっとだけね。でもとりあえず王都行きの乗り合い馬車がもうすぐ出るみたいだから、話はあとでするわ。急ぎで悪いけど準備して」
エリーザは慌ただしく自分の部屋へ戻っていった。
彼女は角一族の事件のことを調べにいったので、もしかしたら自分のことについて掴んでしまったのではないかとカイは心配していた。だがエリーザの態度からしてその感じは無さそうなのでカイは胸をなで下した。
「カイは出発の準備は大丈夫かい?荷物とか」
アネットに言われるも、確認するまでもなくカイの荷物は元々大したものはない。剣と防具くらいだ。
そう、剣と防具だ。
「おお、なんだか凄い人が来たね」
乗り合い馬車の御者が、甲冑に身を包んだカイを見てそう言った。
宿から車での道のりでも通行人から注目されていたし、この場でも他の乗り合い客の視線はカイに集中していた。
(やはり今の世ではこの姿は目立つのか・・・)
前の時代ではこんなことはなかった。見られたとしても綺麗で立派な鎧だから、などその程度の理由だったはずだ。全身を鎧で包むなんてのは戦士ならば珍しい恰好ではなかった。
だが今の世では異質らしい。剣はいい。だが、全身を覆う鎧と、今は大きな盾もある。これがとことん異質らしい。
今朝出会った冒険者風の男も、今乗り合わせる客の中の戦士風の男も、いずれも自分に比べると軽装も軽装といった身なりだった。あれが今の世の普通であると考えると、なんだか自分がひどく浮いているのを自覚して、カイはほんの少しだけ恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、何とか乗られるかしら?」
「まぁ、幸い少し余裕がありますからね、大丈夫でしょう」
エリーザと御者との話を聞くからに、カイも何とか馬車に乗られるようだ。まずはホッとした。
「何だか申し訳ありません」
「いいのよ仕方ないわ。大事な装備なんでしょ」
そう、カイの身に着けている武具は大事なものだ。前の時代では自分の身を守ってくれた。今の時代では浮いていて、いかにこれより優秀なものが揃っているとしても、簡単に新しいものに替えようとはカイは思わなかった。
「失礼しますよ」
ガシャン
カイは馬車の隅を占拠するかのように腰掛けた。実際占拠するつもりはなかったが、どうしても場所を取るので結果としてそうなった。
「それでは行きますよ」
御者がそう言うと馬車が動き出した。カイは馬車は初めてではなかったが、前の時代のそれとあまり変わりがなく、かえってそこに少しだけ驚いていた。
馬車が目的地の王都に着くまでに半日ほどという。エリーザとアネットを含む他の乗客は黙って馬車に揺られていた。カイもそうしようと思ったが、隣に座る髭面の男がジロジロと見てくるので無性に気になった。
「・・・何か?」
カイは耐えられなくなってついに声をかけてしまった。
「あぁ、いやお構いなく」
男は勝手なことを言いながら遠慮することなく、カイに視線を這わせ続けた。
いや、正確には身に着けている鎧に目がいっていた。
「・・・立派なものですな」
男は溜め息をつきながらそう言った。髭面で分かりづらいが、その表情は恍惚に浸っているように見える。
「触ってもよろしいですか?」
「えぇ・・・」
困惑するカイを余所に、男は返事を聞くまでもなく鎧に手を這わした。胸のあたりを撫でまわす。「こんなところで始めるのかよ」とどこからか小声が聞こえた。
「ふむ・・・」
男は唸りながら鎧に熱心な様子だった。あまりの熱意にカイはどうにも振り払う気になれず、なすがままにされている。
すっかりどうしたものかと困りはて視線を巡らせると、対面に座るエリーザと目が合った。彼女は何も言わないが、何やら頬を赤らめてじっとこちらの様子を見守っているようだった。隣のアネットは寝ていた。いずれにせよ助け船は期待できそうにない。
「ううむ・・・」
男はまた唸ったかと思うと、すっと鎧から手を離した。そこでようやくカイはホッとしたが
「あなた、脱いでくれませんか」
との男の言葉で再び固まった。対面のエリーザがガタッと身動きする。
「冗談ですよ」
男はその髭面をぐにゃっとひしゃげて笑った。カイは笑えなかった。
「この場では脱いでもらっても、十分にその鎧を見せてもらえるスペースもありませんしね」
随分勝手な男だ。もしスペースさえあれば、強引にでも脱がして心行くまで鎧調べを堪能したのではないか?とカイは思った。
「今度はそちらを見せてもらえませんか」
男の視線はカイの持っていた盾に移っていた。カイは溜め息をつきながら
「えぇ、どうぞ。よろしければ剣も見ますか?」
男の好きなようにさせることにした。どうせ馬車に揺られるだけでやることもないのだ。ここで無下にしたところで、王都に着くまでしつこく迫られるのは目に見えていたからだった。
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「いやいや、ありがとうございました。ご迷惑おかけして申し訳ない」
熱心に好き好きにカイの装備を調べつくした男は、ようやくいくらか熱も落ち着いてきたのか、ここでようやくまともに話が出来るようになった。
「私はこれでも武器商人の端くれでしてな。申し遅れましたが、私はガッツという者です。王都で店を開いています」
男・・・ガッツはそう名乗った。
「私はカイと申します。・・・旅の者です」
「どうもカイさん。大変失礼をしました。いや仕事柄なのか、どうしても見慣れぬ武具を見てしまうと夢中になってしまうのです」
「はぁ・・・」
ガッツになすがままにされていたカイはドッと疲れたのか、あまり反応をしなかった。
「剣も、盾も、あと十分に見られなかったものの、鎧もとても素晴らしい出来栄えのものであることが良くわかりました」
しかしガッツがそう言うと、カイはガバッと身を乗り出して
「そう思いますか?」
思わずガッツにカイは詰め寄っていた。
自分の持つ武具を褒めてくれたことに対しての反応だった。
「えぇ、間違いなく一級品ですとも。これまでいろいろな武具を見て参りましたがね、こんな業物は見たことがありませんよ。付与魔法なんて無くてもこれは十分に強いものです」
「・・・そうですか」
カイの反応は大人しめのものではあったが、内心自分の装備を褒められてかなり嬉しい気持ちになっていた。昨晩自分が角一族と戦ったときの実感だけでなく、今の世を生きる武具の専門家からもお墨付きをもらうことができたからである。
「これは一体どこで手に入れたものなのですか?差支えなければお教え願いたい」
ガッツはズイッとカイに詰め寄った。差し支えなければと言いつつも、何が何でも聞き出そうという態度だった。
どうしたものかカイは悩んだ。前の世で手に入れたことは間違いないのだが、詳細をまだよく思い出せないのと、実際に思い出したところでその話を信じてもらえるのだろうかと。
「えーっと・・・」
カイは答えに窮していたが
「!!」
突然、顔を引き締め
「何者かがここに近づいてきてますね」
そう言った。
ガッツも他の乗客もポカンとしていたが、遅れてエリーザも
「・・・本当ね」
カイと同じように顔を引き締めた。
彼女も『サーチ』を展開し、馬車の周囲を警戒していたのだった。
「馬車を止めて!」
エリーザが叫ぶと、御者は慌てて馬車を止めた。
乗客が騒めく中、カイとエリーザは颯爽と馬車から飛び出す。
「一体どうしたっていうんですか!?」
質問する御者に答えずに、カイは問答無用で彼を馬車の中に押し込める。
「巻き込まれたくなければ、何があっても中にいることです」
カイの真剣な表情に、御者はすっかり気圧されてそれ以上何も言わなかった。
「10・・・20・・・25・・・結構な数ね。この動き方は・・・これはゴブリンかしら」
『サーチ』で迫る敵の数を確認したエリーザは、そう呟きながら鞘から剣を引き抜いた。
「ゴブリン?」
カイは聞きなれない言葉に首を傾げた。
「人型の小さな魔物よ。一体一体は大したことないけど、基本群れで行動をしていて、連携したり割と知能も高めだから油断しちゃダメよ」
カイの記憶に該当する魔物はいなかった。もし思い出せないわけでなければ、初めて戦う魔物ということになるかもしれない。
カイは既に臨戦態勢に入っていた。
「私が遊撃するから、カイは馬車を守ってほしいの。手薄になれば奴らは必ず馬車を狙ってくるわ」
「わかりました」
ゴブリンとやらについての知識がないカイはエリーザの指示に従った。
場は緊迫しているはずだった。カイとエリーザの除く人間は馬車の中で息をひそめ、エリーザも当然表情を引き締めている。
しかし、カイだけは高揚感を抱くあまりに口元がいくらか緩んでいた。果たしてどのような魔物が出てくるのだろう。エリーザの戦いぶりはどのようなものなのだろう。
カイにはこれから起きる戦闘が楽しみで仕方がなかった




