第68話 詐術の力
「最大戦速、一杯。敵戦艦を追尾。荷電粒子砲、砲撃準備、誘導術式付与、砲撃は指示あるまで待機」
乙姫は、かぐや姫の話を聞き、テキパキと指示を出した。
「駄目や、万華に念話、通じん。どないしよ」
「かぐや姉様、諦めず、続けておくれやす」
ガガガッ
乙姫とかぐや姫が、話しをしているその時、ドラゴンズパレスの船体が揺れた。
鯛の式神が乙姫に報告してきた。
「左舷後方から被弾。被害軽微、前方、四隻、左右、一隻ずつ、艦影を確認、本艦は囲まれました」
前方、左右の艦艇がスクリーンに映し出される。
それを見たかぐや姫が、
「あの兵器は第六平行世界のもんや。彼奴ら、蓬莱石をつこうて、無茶苦茶しよるな。何処でルート装置を発動してるんやろ」
と呟いた。
それを聞いた魷が、乙姫に耳打ちした。
「かぐや姉様、あの、敵旗艦からどすえ」
「そやったら,早、あれを壊さなぁ」
「そないなこと、姉様に言われへんでも分かっとります。先ずは包囲網を抜けます。姉様は万華お姉様と交信を続けておくれやす」
「ああ、そやった。そやった」
かぐや姫は目を瞑り賢明に万華へ念話送った。乙姫は艦長席から立ち上がり、スクリーンを指し示す。
「荷電粒子砲誘導術式変更、目標、前方中央二隻。防御結界最大、連続砲撃開始後、中央突破する」
乙姫が指示を出している最中も敵戦艦から砲撃を受け、ドラゴンズパレスは揺れている。
「諸君、常世は、各員が義務を尽くす事を期待する。打ち方始め、突き進め!」
ドラゴンズパレスの両舷十機、計二十機の砲門が火を噴き、荷電粒子弾が発射された。その軌跡は一度横に広がり、急カーブを描いて前方の二艘の敵艦めがけて飛んで行く。
「着弾確認出来ず。敵障壁にて消滅」
人型の紙のように薄い式神の船員が報告する。
「ひるむな! 全ドローン投下、前方二隻に集中攻撃。船速維持、打ち続けろ!」
「万華、まっとってな。気くるたらあかんで、気くるたら ……」
◇ ◇ ◇
蚩尤は、今ひとつ腑に落ちず、速度を出さずに飛行していた。『彼奴の計画とやら、何に向かっているんだ? 誘われたときは、天界と交渉して自治を勝ち取りましょうと言っていたが』。蚩尤の感は、公豹はその方向に向かっていないと警告を鳴らしている。
「“蚩尤はん、ちょっとお話、出来まへんやろか”」
頭の中に直接呼びかける者がいた。
「“下どす。下”」
蚩尤は、促されるまま下の森に降りた。独特の喋り方からすると天界の関係者であることは容易に想像がついたが、敵意は無いと感じた。
そして、森の中で見た物は一匹の白描だった。
「蚩尤はん、お初にお目に掛かります。ワテはラッキーちゅう、九天仙女様の式神どす。本来なら、主、直々にお目に掛からねばならないところ、色々訳あって、ワテを通して会話して欲しいちゅう事どす。ええやろか?」
「九天か、随分と懐かしい名前が出てきたな。それに俺はお前を知っているぞ。以前は福猫と名乗っていたろ」
「あちゃー、そうでっか。そら失礼いたしやした。名前をハイカラにして見たんどす。それより、ええやろか?」
「ああ、良いぞ」
蚩尤の了解を聞いた白描は,背伸びをして、身体を揺すった。すると白い煙に変わり、その煙の中から天女が現れた。
「おお、凄い結界だな。俺を閉じ込める気か?」
「何仰いてはる。人払いの結界であること、ご承知やろう」
「ああ、まあな。ところで何だ? 俺を殺しに来たのか?」
「いえ、今のとこ、蚩尤殿、討伐の命令は出ておらしまへん。が、公豹に着いていくと、いつかは天罰下ります」
「天罰か。消滅するという事だな。それを言いに来たのか?」
「それだけやあらしまへん。公豹は元蓬莱の仙人やったことはご承知やろと思てます」
「ああ、知っているぜ」
「あの者は、蓬莱、常世の中でも最も詐術に長けとります。天上神さえも騙す力があるんどす。蚩尤殿 騙されたまま、天罰を受けるんは不憫でならしまへんよって、お話、来たしだいどす」
「天罰を恐れて、同志を裏切る蚩尤と思っているのか? 」
「同志なら、止めはしまへんが、そやけどほんまに同志どすか? それから、公豹からどう言われて助力することになったのかは分からしまへんけど、そら蚩尤殿と天界の交渉毎で済むのちゃうか思います。他の人を巻き込む必要はあるんでっしゃろか?」
蚩尤は考えた。公豹は俺を駒としか見ていない。同志とは言いがたい関係だ。それに、天界が交渉しても良いという条件を出してきた。これは自分に取って十分過ぎる成果ではないか。自分だけが死んだとして、あの公豹が部族のために骨を折るなど無いことは分かって来た。自分と公豹が死なずに天界に勝ったとしても、彼奴が俺の敵に変わる可能性は非常に高い。
「詐術に長けた者ね。承知した。しかし、公豹討伐に手は貸さねえぞ」
「そら、こちらに任せとぉくれやす」
「所で、あのお嬢は何者だ? 天女のくせに妖気が半端ないぞ」
九天は眉を少し歪めた。
「妖魔王の娘。あのまま妖気が増長したら、天罰は、先に万華に下る。そやさかい、何としても助けな …… 」
◇ ◇ ◇
私は、スクリーンに映し出されたあの娘を見てほくそ笑んだ。そこには三つの目が赤くギラギラと光り、牙が生え、黒いオーラが巨大な翼の様になった万華が映っている。
「もう、妖魔に覚醒する一歩手前だな。怒りがあの娘の強さであり弱点だ。そして魔槍に近づけば近づくほど、自分では抑えられなくなるだろう」
後は、あの天界の槍の代わりに妖槍を持たせるだけだ。
思えば、今回の計画も、紂王を魔王に仕立てるときと同じくらい手の込んだものになった。
まず、蓬莱石を配下にした仙人に盗ませ、奴らのルートを破壊し、その混乱に乗じて妖槍をここに転送した。妖槍が深海に落ちる事も想定してレヴィアタンを呼び、さらに妖槍を使えそうな魔王を転移させた。しかし試験的に転移させた牛頭巨人は勿論の事、ガガットも、使い物にならなかった。そこで半神である蚩尤ならば、使えるだろうと思い、奴を騙して連れてきたのだ。ところが、あの娘がこの世界にいる事が分かった。計画が少し変更され、蚩尤は用無しになったが、あの娘のかませ犬には丁度いいと思い、殺さずにおいた。
小娘が覚醒すれば、蚩尤とは比べものにならに力で天界を破壊し尽くすだろう。何と言っても妖魔王の娘だからだ。そうして天界を破壊すれば、ルートは私のものだけになる。
私が唯一の天上神になるのだ。
「そうだ、あの不貞不貞しい奴に見せてやろう。公牙、姜子牙の生まれ変わりかどうか分からないが、一興には違いない」
指を鳴らし、あの男を呼び出した。しかし立っていられず、横たわっている。そうか、この世界の奴は瞬間移動に耐えられない身体だったな。
「おい、起きろ、お前の万華の変わりようを見たくはないか?」
この男は、恐れるかな、嫌悪するかな、楽しみだ。
「如何した。驚いて声も出ないのか? 」
「お前、万華に何をした? 」
私が思っていたほどの反応は無いが、少しは動揺しているようだ。
「別に、まだ何もしていない。お前を取られて、勝手に怒って、暴走しているだけだ。半分は母親の人の血を引いているが、半分は妖魔だ。所詮、妖魔と言う事だよ。そうだ教えておいてやろう、万華は天上神が付けた名前だが、本名はファーだ。妖魔王の娘のファー。天上神は、お前には隠していただろうけどな」
「一体、万華をどうするつもりだ? 」
それにしても反応が薄い奴だな。いや、そのように装っているといえる。感情を押し殺しているならば、心の中は葛藤して苦しんでいるだろう。まったく、何処までも公牙に似ている奴だ。
「ふふふ、知りたいか? あの小娘には、妖魔王女として覚醒させ、天界が自分の敵だと教えてやるのさ。あとは小娘が勝手に天界を破壊する。まあ、天敵となれば、小娘も只じゃ住まないだろうけどな」
如何した。もっと驚け。なんだ、その反応は。お前の無力さを認識し、あの小娘を助けてくれと俺に頼んでみろ。
「万華、可愛そうに。済まない。どうにかして助けてやるから」
なにぃ。此奴、何処まで馬鹿なんだ? 実力も無いのに一端なことを言いやがって。義兄上と同じだ。
「目障りだ、地上に落ちて死ね」
私は、この男を外に放りだした。
◇ ◇ ◇
公豹と妲己が去った後、俺は洞窟の出口を目指して尺取り虫のような格好で這っていた。
何だよ畜生、オークに締め上げられたところから、みそがついた。加芽崎はどうなっただろうか。無事でいてくれ。それに俺が万華をおびき寄せる餌と彼奴が言っていた。だから、ここから出て万華に警告してやらないと。ああー腰が痛い。と思ったその時だ。爆音が起きて、そして空に舞い上がった。
気が付くと、ドアの無い部屋にいた。その部屋でも尺取り虫になって、動いていると、突然目の前が真っ暗になり、また、気が付くと公豹の横に飛ばされた。目が回り、内臓がひっくり返っている。あー気持ちが悪い。
瞬間移動って、こんな酷いことになるのか。そんな時、此奴が、楽しそうな声で、『万華を見たくないか』と言ってきた。
俺は目を開けるのも、やっとだったが、頭上のスクリーンを見た。そこには姿の変わった万華が砲撃を避けながら、こちらに向かっている所が映った。その理由をこの男に聞くと、俺を助けるためと言った。済まん、万華。俺などほっとけと言ってやりたい。
そして、奴は、俺が聞いてもいないのに、昔の万華のことを喋り始めた。俺の推測では、此奴は相当にプライドが高い。そしてかなり嫉妬深ぶかく、昔の事を何時までも根に持っている。俺を通して昔の誰かに復讐している様だが、その相手は公牙か姜子牙だろう。最後に万華を如何するのか聞くと、妖魔王女とやらに覚醒させて、天界を破壊するよう仕向けるつもりらしい。
「万華、可愛そうに。済まない。どうにかして助けてやるから」
そう言うと、公豹は立腹したらしく、腕をふると、床が抜け、空に放り出された。地面が近づく。また、一灯仙人と会う事になりそうだ。でも、万華を助けてやらないと。万華、もう良いから、戻れ。
口の中に風が入る。頬が強制的に広がる。
「わーーーー、ブブブブブ、ごごごごご」
待てよ。身体がペシャンコになっても生き返るのだろうか?




