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第67話 万華の怒り

 湘賢は、権蔵を連れ去ろうとする初老の男を睨み付けた。


「自分、誰や」

「君の大先輩だよ。ほう、君の仙力も中々な物だな。だがしかし、まだ若い」

「千野はんを離さんかい。さもないと ……」

「さもないと? 何かな? こうかな? 」


 その男が、指をちょっと動かすと、湘賢は地面に叩きつけられた。


   ◇ ◇ ◇


「お嬢ちゃん、やるな。でもまだまだな」


 ついさっきまで、オークを蹴散らしていた万華の前に、両手に戦斧をもった蚩尤が立ちはだかった。それから二十合ほど、やり合ったが万華の槍は全く届かない。対して蚩尤の戦斧は万華を傷つけ、数カ所から血が流れている。


「オノレ、蚩尤。一体誰に仕えてるんや」

「あー、秘密。無駄口叩いているなら、こちらから行くよ」


 その声を聞いた次の瞬間、蚩尤の顔が目の前にあった。万華を持ってしてもその速度に追随するのが精一杯だ。万華はなんとかバックステップして槍を薙いだ。しかし、戦斧で止められ、もう一方の戦斧が万華の首を襲う。背中を反らし、辛うじて避ける万華。そこへ蚩尤に蹴りが入った。


 万華は、吹き飛ばれた勢いで、三つの砂の山を抜いていった。


「かー、やるな、オッサン」


 万華は、口の血を腕で拭う。


 蚩尤はオッサン呼ばわりされて、少し頭にきた。


「誰が、おっ」


 蚩尤が悪態をつくまえに、万華の蹴りが腹にあたった。万華は空中で止まっているが、蚩尤は後ろによろめく。


「あいこや」


 万華が軽く報復をした後、怒濤の槍の突きを浴びせる。しかし、蚩尤は、それをかわし切った。


「お嬢ちゃん、本気出したらどうだ? 」


 今度は万華の背中辺りに回り、戦斧が叩き込まれる。


「ぐっ」


 万華は咄嗟に身をねじらせ、直撃を防いだが、蚩尤の攻撃は内臓に響いた。


 蚩尤の二撃目の戦斧が降りてくる。万華は心の中で、『転がれ、転がれ』と叫び、動きが鈍った身体を転がし、間一髪の所を避ける。


 続けて蚩尤が三撃目を与えようとしたとき、蚩尤の頬をかすめる物があり、咄嗟に身体を捩って、追撃を警戒して大きく後退した。頬をかすめた物は地上にあたり、そこがガラス状に溶けている。


万華は、最初、蚩尤が後退した理由が分からなかったが、乙姫が超長距離ライフルで荷電粒子弾を撃ってきたことを悟った。


そして、万華の頭の中で乙姫の焦った声が響いた。


「“万華お姉様、大変や。重傷を負った湘賢からや。千野はんが掠われた。加芽崎はんは …… ”」


 万華の目がカッツと見開かれ、跳ね起きた。


「なんやて! もういっぺん、言うてみい」


 万華の顔色が変わった。目が据わり口元に笑みをうかべる。


「蚩尤、ちょいまともな男やと思とったけど、卑劣やな。ゆるさへんで」


   ◇ ◇ ◇


 俺は、この変な仙人に捕まり、異様な気配がする洞窟に連れてこられた。


そして、前に二人。


「妲己、お前しつこいな。それにそこの仙人、お前、申公豹だろう」

「おや、私を言い当てましたね。流石探偵と行った所でしょうか。ただし、申の字は隠遁生活の時に捨てました。流罪にされる前から名乗っている公豹のみです」


 架空の人物とされる申公豹には妙な点が多い。何故、同門の意向に逆らい、易姓革命を邪魔したのか。その動機が、今ひとつハッキリしないのだ。もしも、紂王を堕落させて何か他の目的に使う筋書きを申公豹が書いていたとしたら。まあ、これは俺の推測に過ぎないが。しかし妲己と同じ時代で、蚩尤を使える程の実力者、そして蓬莱石が仕える仙人と考えると、こいつ、申公豹かと思ったのだ。


「俺を如何するつもりだ?」


 身体を捩ってみたが、ロープも無いのに腕が上がらない。


「貴方は餌ですよ。ところで、小娘の正体をご存じですか? 」

「万華か? 万華は万華だ。正体も何もねぇ」


 万華は戦闘のとき、凡そ天女とは思えない残忍な顔付きになる事がある。万華の戦闘における凶暴性がどこから来るのか以前から疑問に思っていたが、あえて聞いてない。


「千野さん、貴方と話しをしていると、何故か二人の転生者を思い出しますね。もっとも一人は元々、仙人でしたが」

「俺は、過去にお前に会った事など覚えがない」

「そりゃそうでそう。例え同じ転生者だとしても、天上神に記憶を消されています。それにしても、その喋りっぷり、お節介、不利な状況でも、その不貞不貞しい態度。まったく彼奴らとよく似ていますよ。泣き叫んで許しを請えば良いものを」


 公豹は、過去の誰かに嫉妬しているな。数千,数万年前の話しだろう。疲れないのかなと思ってしまう。


「俺を餌と言ったな。そこの妲己のか? 」

「いえいえ、小娘をおびき出すための餌です」

「なにぃ? 万華を如何するつもりだ」


   ◇ ◇ ◇


「湘賢さん、湘賢さん、お気を確かに」


 ナリーナは、賢明に、湘賢に治癒魔法をかける。


権蔵と加芽崎が、悲鳴の主を探しに行って間もなく、レフリーは魔術を使った激しい戦闘音を聞いた。魔法が使えない権蔵と加芽崎が、魔法使いから攻撃を受けていると思い、加勢しようと急行した。しかし、すでに戦闘は終わり、そこには胸から腹にかけて大きく切りつけられた加芽崎と身体の半分が潰れている湘賢をいた。


「湘賢さん、湘賢さん、お気を確かに」


 仙人には、治癒魔法が効きにくい。ナリーナは自分の術の効果が薄い事に焦りを感じていたが、それ以外に恩人を助ける術がない。


そこへかぐや姫がやってきた。太極円盤を湘賢の胸に置き両手で印を結ぶ。その円盤には、外側に(けん)()・離・震・(そん)(かん)(ごん)(こん)の記号が描かれ、その内側に漢数字、中心に太極が描かれている。かぐや姫が最後に手刀を切ると太極を中心にしてクルクルと回り始めた。


「仙人は、魂があれば大丈夫や。それより加芽崎はんは? 」

とかぐや姫はナリーナに聞いた。


 ナリーナは、横たわっている加芽崎の方をみて、


「かなり重傷です。私の治癒魔法で一命は取り留めた様ですが、気が抜けません」


「そうなんや。これ、仙薬を飲ましたって。ナリーナはんの治癒魔法と相性がええ思う」


 ナリーナは加芽崎の傍らに膝を突いて、仙薬を与え再度治癒魔法をかけた。すると、蒼白だった顔に赤みが差し、呼吸もしっかりし始めた。


「おお、かなり効果がありますね。治癒魔法だけより、早いです」

「良かった。仙薬は自己免疫力を高め、造血する作用があるんやけど、治癒魔法は仙薬その物にも活力を与えるさかい効果倍増するんどす」

「かぐや姫さんって、医術にもお詳しいのですね」

「ははは、宝物庫にある書籍を、ちょい盗み読みしたんどす。そうや、今度呼吸法を教えたるね。施術のあと、自身の回復に役立つ思うねん」


   ◇ ◇ ◇


 怒りに満ちた万華は、蚩尤を追い詰める。


「権さんを何処につれていったんや? 答えろ」

「さー、俺は知らねぇぞ。それより ……」


蚩尤は言葉が続かない。万華の攻撃を躱すので精一杯なのだ。そして、仙力以外の禍々しい力を感じ、『この娘、一体、何者だ? 覚醒したら、俺でも敵わないぞ』と思い始めた。


 やっとの事で、万華から離れた蚩尤は、万華に向かって叫んだ。


「俺は、その権さんとやらの事はしらねぇぞ。これは本当だ」

「まだ、言うのか。半神であっても許さへん」


 万華の怒りが益々強くなり、黒いオーラが出始めた。そして額に第三の目が現れた。三つの目を持つ神仏は多い。それ自体は珍しくはないが、万華の黒いオーラは妖気だった。


「お前、本当に天界の天女なのか? 」


 万華は答えず、槍を扱いた。妖気は益々大きくなって行き、再び蚩尤に飛びかかろうとしている。それに対し、蚩尤はこれまで、感じた事の無い戦慄を覚えた。『黄帝に挑んだときは、僅かだが勝てる見込みもあった。それに負けはしたが、地方部族の意地を見せつける事ができた。しかし、今回は …… 俺は公豹が今ひとつ信じられない。俺が死んだとして、各世界の部族の権利を代弁するか? 彼奴は腹の中が見えねぇ』と思いを巡らしていると蚩尤の頭の中で公豹の声が響いた。


「“蚩尤さん、粗方、計画通りに進みました。ゴールデントライアングルで落ち合いましょう”」


 計画通り? 何の計画だ。俺は公豹の駒だな。


「おい、蚩尤、ぼけっとしてるんやったら、こっちから行で」


 万華がそう告げて、槍を後ろに構えて飛びかかろうとしたとき、突如として、ドラゴンズパレスが小舟に思えるほど、巨大な戦艦が上空に現れた。次元結界。物体を平行世界の間に置く結界。その蓬莱石を使った結界から現れた戦艦には、4ThWC(4Thワールドカンパニー)と書かれている。


 万華はそれに振り向き、敵意を向ける。


「オノレ、誰や。権さんは何処や。お前やな、ふざけたまねをしくさったんは。殺すけん、まっとれ」


 戦艦はそれには答えず、地上に向けて、荷電粒子砲を数発撃った。砂漠の砂が大きくえぐられたその後、今度は光りの帯が発射され、二つの物体が戦艦に吸い上げられる。


 一つは黒い妖気で周りの空間が歪み実態が見えない。そしてもう一つは、千野権蔵、その人だ。


「権さん、今、行くけん」


 万華はできる限り速い速度で権蔵に近づこうとする。しかし4ThWCの戦艦からは荷電粒子砲の弾幕が張られ、万華の行く手を阻む。六機のエンジンに火が入り、高速で移動していった。


「まてや、畜生め」


   ◇ ◇ ◇


 かぐや姫は、血相を変えて叫んだ。


「あかん、あかん、こらあかんで」


 被害者の治癒をしているナリーナとレフリーを残して、かぐや姫と加芽崎は、湘賢を運んで、ドラゴンズパレスに戻った。そして、分析結果を式神から聞いたかぐや姫は、艦内に響き渡る程の大声で叫んだのだ。


「かぐやさん、何が不味いの? 」


 加芽崎は、ナリーナの治癒魔法とかぐや姫から、もらった仙薬で回復していた。


「加芽崎はん、あの怪しい宝物は、妖槍ゲルンガンやで …… ちょい、そこの蛸、乙姫を至急、呼んどぉくれやす」


 加芽崎は首を傾げるばかりだが、乙姫はかぐや姫の求めに応じて現れた。それを見つけたかぐや姫は、乙姫が質問する前に畳みかけた。


「万華はどこや? 万華に連絡して、万華を直ぐにつれ戻すんや、早よ」

「落ち着きなはれ、かぐや姉様。順を追って話しておくれやす」

「あの宝物は、妖槍ゲルンガンや、万華、近づいたら、狂うてまう」


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