第3話-3 万華の仙術
今回は、普通のラノベ作家からの依頼だし、ストーカーらしき人物は捕まった …… と言うか、すでに他界した。だから危険なことはないと思うが、なにかあった時、身を守る術はあるのだろうか?
「ところで興味本位で聞くが、万華は、魔法? 仙術? 神通力と使えるのか? 」
と聞くと、万華は胸を張って、
「もちろんや。ウチは1200年の修行を積んだ、天仙やで。飛行、水遁、千里眼、耐火、暗視、調教、変化の七方術は、どれもお手の物や。そうやなぁ、そん中でも、最も得意とするところは、変化やな」
と言い終わる前に久保田が、そこに座っていた。
驚いた。なんの前触れもなく、呪文のような物を唱えたそぶりもない。テレビの番組が切り替わるように、万華から久保田に変わっていた。しかも何処から見ても本人としか思えねぇ。万華の変化ぶりに感心していたが、店の中が気になり見回した。良かった誰も気づいてねぇ。
「万華、天女であることを人間に気付かれたら不味いとか無いのか?」
「時と場合によりますね。それに、今は結界を張っていますので、大丈夫ですよ。誰も気づいてないでしょう?」
と久保田の声で蓬莱語ではない口調で応えた。
もう一度、店内を見回し視線を戻すと、そこには俺が座っていた。
「おい、万華、貧乏探偵事務所に来てくれて本当のありがとうな」
と俺でない俺が喋った。
うえぇ、なんだよ。むず痒いぜ。鏡以外で見る自分の姿ってのは、気分の良いものではねぇな。
「止めろ! 自分を見ていると頭が変になりそうだ」
そして、自分を落ち着かせるためにコーヒーを一口飲んだ。
「おやおや、ゴンちゃん。もっと落ち着いて飲まないと駄目ですよ。あっ、何か言ったかしら?」
と耳に手を当てて此方に向けている御園婆さんだ。
「万華、おめえ、いい加減にしろ。領巾探すまでの面倒見ねぇぞ!」
「へいへい、分かりました」
やっと何時もの万華に戻った。
俺は、コップに手を伸ばし、水を飲んだ。あの死後の世界を知らなければ、発狂しているかも知れない。一度、大きく息を吸い、目をつぶって深呼吸した。そして万華に目を戻すと、オレンジジュースを飲んでいなかった。
「万華、オレンジジュースは嫌いだったか?」
「天女は、食べへんし、水も飲まへん。当然 ……」
と言って、口元に手をあてて、耳を貸せと仕草でアピールしてくる。そして耳を貸すと、
「うんちもせぇへんのよ」と小さな声で答えた。
「止めろ、止めろ、天女のイメージがまた総崩れだ」
全く、変な天女だ。
俺は大人の威厳を保つために、再び気を取り直して、
「しかし、それでは学校に行ったとき、怪しまれるじゃないのか? 昼飯の時、友達どうしで食べたりするだろう? 」
と聞くと、万華はオレンジジュースのコップに手を添えて、ニヤッと笑い、
「ええもん、見せたる」
と言った。
すると、オレンジジュースが見る見るうちに少なくなっていった。次にサンドイッチに手を添えると、これも見る見るうちに消えた。どう言うことだ? 蒸発しているように見える。
「どや? おもろいやろ。食べ物だけやあらへんで」
今度は皿に手とあてると、皿が消えていく。そしてテーブルに触るとテーブルが消えていく。
「おい、どうなっているのだ?」
「ほいでな、ここからもっとおもろいで。こうやって権さんの手を触ると」
げっ、俺の手が消えていく。
「うわー」
と思わず声を上げてしまった。
「ハハハハハハ、おっかしい …… 大丈夫、大丈夫やで。食べ物以外は、イリュージョン、幻覚だから」
と万華は腹を抱えて笑っている。
そして、万華が軽く手を叩くと、皿やテーブル、そして俺の手も元に戻った。
俺は動揺を隠すために、水を飲もうとしたが、コップの縁が口に付く前に水がこぼれてしまった。
「ははははっ、権さん。なんや、赤ん坊か?」
「五月蠅い、ちょっと驚いただけだ」
「ひひひひ、ははははっ」
此奴、人を揶揄って面白がってやがる。俺はそれを止めるよう諭すために人差し指を立てて、少し睨んだ。すると、笑いは止んだが、目が笑っている。それでも俺が心配していることを打ち明けた。
「犯人らしき者はいなくなったが、真相はまだ晴れていない。もし、なにか危ない目に遭ったときは、さっきの幻術を使って逃げてくれ。凶悪犯がバックにいる可能性もあるからな」
すると、目が鋭くなり、口元が少しつり上がった不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、それは楽しみやな。ウチな、鬼退治が一番、得意なんや」
ひょっとしたら、俺は大変な貧乏くじを引いたかもしれん。