第36話 万華 小鈴に出会う
「おとう! おかあ! おかあ! おかあ!」
「おたの申します。どうか娘だけは、お助けください。お願いします」
時は宝亀 平安京が開かれる前のこと。鈴鹿峠は魑魅魍魎、盗賊の巣窟となっていた。そんな街道で、伊勢から都に登る下級官吏の一行が、盗賊の餌食となった。数人の護衛はすでに討ち取られ、残るは官吏と妻、そして娘の3人だけ。
半裸の盗賊の頭が、官吏の肩を足で踏みつけて、汚らしい笑いを向けている。
「お貴族様よ、ここを通るには、金目の物がいるだよ」
官吏は貴族ではないが、盗賊にとっては都言葉を話すものは全て貴族であった。
「わっ、分かった。分かったから、これをやるから。そこの箱の中の物もやるから。どうか、妻と娘は見逃してくれ」
懐から、金を差し出し、祈る官吏。その後ろでは、その妻と娘が泣いていた。
「なーんだよ。これっぽっちかよ。子供の使いじゃねぇぜ。女と娘は頂く。当分は楽しめそうだ」
「やっ、止めろ、妻と娘に手を触れるな!」
官吏は、妻と娘を守るために盗賊の頭にすがる。
「うるせい」
盗賊の頭は官吏の顔を張り倒した。そして、グサっと鈍い音がした。
「カーアアアアアアぁぁぁぁ」
官吏は声にならない叫び声を上げて、血を吐き出し絶命した。盗賊の頭は、錆び付いた太刀で、官吏の首を突き刺したのだ。
「あなた! あなた! あなた!」
「おとう! おとう〜」
残された妻と子供が、夫である官吏、父親である官吏を必死に呼ぶ。しかし、返事は返ってこなかった。
「おい、ガキを抑えていろ。俺はこの女を味見するからよ」
盗賊の頭は、今し方、官吏を突き刺した太刀を一振りする。官吏の血が妻と娘の顔に飛んだ。
「この子だけは、この子だけは許しください」
母親は、子供を抱きかかえ、盗賊の頭に頭を下げて、必死に祈った。
しかし、盗賊の頭は、子供を母親から引き剥がし、手下に押しつけて、夫の死骸を前にして、その妻を犯した。
「頭、このガキ、結構上玉だ、俺が頂いて良いですかい」
盗賊の頭は、腰を動かしながら、
「駄目だ。そいつも俺が味見してからだ。この女をやるから、これで我慢しろ」
と言った。
妻は、絶望し、汚い盗賊の頭の顔を見ないように横を向いた。その目線の先には口と首から血を流し、苦しみの形相で目を開けている夫の顔があった。
官吏の妻で果たした盗賊の頭は、今度は10歳そこそこの娘に近づく。その姿は褌も脱ぎ捨て、身につけているのは汚い布の脚絆と小手だけだった。
盗賊の手下達が、妻に乗りかかろうした。その一瞬の隙をついて、母親は、死んだ護衛の刀を拾い、手下を切りつけ、
「小鈴、逃げなさい。走って」
と叫びながら、渾身の力を込めて盗賊の頭の背中へ、刃を向けた。
「てめぇ」
「きゃーああああ」
母の叫び声を後ろに聞き、小鈴は走った。走りにくい山道を懸命に走った。
「おかぁ、おかぁ、おかぁ」
それだけを言い、走った。絡んでくる草を切り、草で顔が切れるのも構わず走った。息が続く限り走った。
そして、崖から落ちた。
◇ ◇ ◇
「儂は一灯仙人じゃ。そなたは、まだ、元の世界でやり残したことがある。これからは万華が、そなたを助けるじゃろう」
◇ ◇ ◇
「頭、ここにいるぞ。崖から落ちて伸びてるぜ」
「手間取らせやがって、お仕置きに朝まで回してやる」
小鈴は、意識がもうろうとしていた。何処か別の場所に行っていたように思ったが、盗賊の頭の声が聞こえ、鈴鹿の山に居ることを悟った。目を開き走りだろうとするが、盗賊共に囲まれた。
「へへへ、もう逃がさねぇぞ。たっぷり可愛がってやるからな」
と頭が近づいてくる。
「おかあ、おとお、えーえん、えーえん」
と小鈴は如何することもできず、その場に座り込み膝を抱えて泣き出した。
その時、
「おい、オノレら、その娘に、汚い手で触れるな」
と若い女の声がした。
その若い女は狩衣姿で、崖の下の岩に座っていた。
「なんだ? 何で、こんなところに、女が居やがる。狐か?」
「狐? 失礼な奴やな。ウチは天仙や。引導を渡すけん、覚悟しいや」
「おい姉ちゃん、こっちは男6人だぜ。大口を言うのも大概にしろ。おい、お前達、この女も捕まえろ。三日間は楽しめるぜ」
と盗賊達は涎を垂らしながら、狩衣姿の若い女を取り囲んだ。
「ああ、全く」
と一言、若い女が呟くと、手下達は、股間を押さえて悶絶した。
盗賊の頭の目には、何処から現れたか長い槍で、一瞬にして5人の股間を突き刺したように見えた。
「お、おまえ、鬼か?」
「鬼? あー面倒めんどくさ」
と若い女が、呟いたときには、盗賊の頭の首は、胴から離れていた。
「小鈴、ウチは万華や。遅れて堪忍な」
それが、小鈴 後の鈴鹿御前と万華との出会いだった。




