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第1話-1 探偵、死す

「”ボス、聞こえますか? ボス、奴がライブ映像に映りました。直ぐ後ろです”」

「確認。なんだよ。警備がいねぇじゃねぇか、チッ」


 俺は、全速で駆け寄り依頼者と不審者の間に割って入った。


「 …… は、俺だけのものだ!」

と叫び声が聞こえ、突進してくる気配を背中に感じた。俺は不覚にも振り向き、不審者を止めようとした。


 ドス


 胸のあたりから、鈍い音が体を伝わって聞こえてくる。

 ん? 胸が熱い。周りがユックリに見える。


「しまった。しくじった」

と呟いたつもりだが、言葉になったのか定かではない。


   ◇ ◇ ◇


——— 事件が起きる6時間前 東京某所。時代に取り残されたような雑居ビルの2階 ———


 トン・・トン・・トン、ガシャ


——— 年季の入った曇りガラスの扉を開けると、正面には古ぼけた応接セット。左手には仕切りを挟んでパソコンのモニターが四台。そのモニターの砦と仕切りの間を抜けると、そこにはリサイクルショップでも引き取らないような机が一つ ———


「おはようっす、ボス、昨日も飲み過ぎですか?」

 

 モニター群の向こうから、マウスのクリック音とキーボードの打鍵音を響かせて、若い男の声が聞こえて来た。


「ばっかやろう、張り込みだよ、張り込み。ああ、だりー」


 俺は、重い足を引きずりコンビニで買った新聞を丸め、首筋を叩きながら窓際の机の方に向かった。そして、新聞を机の上に投げ捨て、ドスッと椅子に座る。


 太陽が椅子に当たっていたのだろう。暖かく心地よい。


「ボス、酒の臭いがこっちにも漂ってきますけどね」

「うっせよ…… ところで、久保田、新しい依頼は?」


 俺は新聞を広げながら、久保田からの報告を聞くことにした。

 政治家の汚職事件が一面トップだ。こいつらは何時の時代でも同じようなことをしてやがる。


「いえ、あの依頼から数週間、新しい話しはないすっよ。うちの事務所、大丈夫ですかね」


 なかなか、厳しいね。業務の幅を広げるか。しかし、俺と久保田の2人だけじゃ、こなせるものは限られる。


 取りあえず、

「そんな事、俺に分かるわけねぇだろう」

「えーっ、ボスは、一応、ここの経営者でしょ?」


 久保田君、痛いところ突いてくるね。しかしだ、俺には立派な理念があるのだよ。


「俺は、経営者である前に、誠実な探偵でありたい」

「また、そんな事を言って。従業員である僕の生活のことを考えてくださいね」


 はいはい、分かっていますよ。ところで久保田君、さっきから、マウスのクリック音が鳴り響いているのだが、株でもやっているのかな。安月給だから仕方ないけど、大やけどはしないようにな。


 さて、三面記事はと、また猟奇殺人か。ここ数年、時々あるな。今年は10件に達している。新聞には書いてねぇが、昔の同僚の話じゃ現場は惨劇その物らしい。まあ、この類いの事件は、桜田門にお任せしましょう。


『明朗会計、安全第一』


 ここの社訓だ。


「久保田、例の上坂(のぼりざか)京子の依頼、印刷してくれたか?」

「右の書類受けに入れています…… ボス、今やテレワークの時代ですよ。いい加減、この事務所もペーパーレスにしませんか?」

「ああ、考えておく」


 俺はマーカーでチェックを入れながら依頼書に目を通した。気になる部分はクリップから外し机に並べる。


「PCの画面じゃ、こうゆうのができねぇから駄目だ」

と呟くと、

「僕みたいにマルチディスプレイにすればいいんですよ」

と、ディスプレイの砦からアドバスしてくれた。


 青年のありがたいアドバイスは無視して、依頼書を読み返す。


 上坂京子、ライトノベルの売れっ子作家。数年前から流行の異世界転生もので大ブレイクした。20歳そこそこと言う若さや、その歳に似合わない面白い言動、ビジュアルも良いせいか、動画配信でもブレイクした。最近ではテレビ出演も増えている。

 しかし、半年前から誰かに付きまとわれているらしい。その人物を突き止めて欲しいというのが依頼内容だ。桜田門は例によって事件にならないと動きが鈍い。


「おい、久保田、この写真は?」

と俺は、印刷された書類にある写真について、久保田に聞いた。


「ああ、それは、動画・写真サイトにUPされた画像から拾った物です」

「ふーん。同じ服装の奴が映っているな」

「ええ、でも奇妙な事にそいつだけ顔がぼけているでしょう?」


 フードを被り、顔を下に向けているので見えにくいが、確かにこいつの顔だけがぼけているな。なんか、気味が悪いが、今日の15時から依頼者のサイン会だ。手付金は貰っているから警備に行くしかない。目星を付けたら、桜田門に任せよう。


   ◇ ◇ ◇


「久保田、どうだ? 何か手がかりはあったか? こっちは、特に何事も無くサイン会が終わったところだ」

とこんな感じで、俺はインカムを使って久保田と連絡を取り合っていた。


「”そうですね。上坂さんのライブ動画サイトや、提供してくれた防犯カメラの画像をチェックしていますが、それらしい人物は引っかかりません。ただ …… ”」


「ただ? ただ何だ?」

「”上坂さんの動画サイト、『良いね』が、うなぎ登りですよ”」

「なんだ、気を持たせるな!」


「”あれれ、ボス、上坂さんのライブで、これから、会場周辺を歩くって言ってますよ”」

「なに、おい、ちょっと待てよ。そんなの予定にないだろう。ちっ」


「”ボス、僕に怒鳴られても”」

「ああ、悪りぃ。こっちも移動する」


 ったく、自分が付きまとわれていると言うのに、今の若い奴らの考えることは分からねぇ。


「”ボス、聞こえますか? ボス、奴がライブ映像に映りました。直ぐ後ろです”」


「確認。なんだよ。警備がいねぇじゃねぇか」

「 …… は、俺だけのものだ!」

「しまった。しくじった」


「キャー」


「人が刺された、誰か救急車をよ ……」


……


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