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少女ネルと夕暮れの聖女  作者: 佐倉アヤキ
4章 神都への旅路
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「やだやだやーだーやアァだアァァァ!おれもドワーフの村行ーきーたーいーっ!」


 エルフというのは人間より成長が遅いので、見た目は幼くてもネルより長く生きていることもある。メルセナがあれで20歳だとすると、目の前のディセインはだいたい25、6といったところだろうか。人間からすれば十分な大人だ。

 しかし、目の前で駄々をこねながら地面を転がりまわるディセインは、とてもネルより年上には見えなかった。


「なんダコイツは。恥を知らないのカ?」

 ドワーフは辛辣な感想を口にした。否定できないのが悲しいところだ。

 ローシスはせっかくの美しい苔と水晶の道でギャンギャンわめくディセインを見下ろして、きっぱりと言い放った。

「俺たちは落石を退けるためにドワーフたちに助けを求めにきたんだ。あちらさんの要求に従うのが当然だろう?」

「でもォ、おれも見たいよ、ドワーフの村…」

こんなかたくなな性格で商売人がつとまるのだろうか、ネルは見当違いな心配をした。


「あの、わたしもディセインといっしょに待っていようかな」

 ネルはおずおずと申し出た。先ほど、水晶を見て金勘定していたし、ここに彼ひとり残していくのも不安だ。

「いや、だけどなあ」

ローシスは苦い顔をして、とんとんとこめかみを叩いた。今は帽子で隠れているが、ネルの髪が赤く染まっているあたりだ。そういえばローシスはネルの護衛だから、離れたくないのかもしれない。

「おとなしくしてるし、ここには魔物も出ないから、だいじょうぶ」

「うーん」

しばらく悩んだ末に、ローシスは致し方ないと判断したようだ。すぐに戻る、そう念を押して、ドワーフのあとについていった。


 ともに残されたディセインはまだうつぶせでふてくされていた。

「ううー、ドワーフの村…」

「エルフとドワーフって、仲わるいの?」

「知らなァい。おれ、人里生まれ人里育ちだもん。種族の間のいざこざなんて興味ないよお。それなのに行商とかしてるとさあ、誰も彼もエルフってだけで身構えるんだもんな。やんなっちゃう」

ディセインはぐるんと仰向けになった。それからまじまじとネルを見上げてくる。オレンジの長いまつ毛の奥から、宝石みたいにきらきらしたエメラルドの瞳がのぞいていた。なんだか妙に緊張して、ネルは帽子を深く引き下げた。


「そういえば、きみ、おれを見てもぜんぜん驚かなかったね」

「あ、うん。エルフのお友達もいるし、わたしのお母さん、エルフだから」

 むしろディセインに関しては、エルフであること以上に驚かされることがいくつもあったと思うのだが。懸命にもネルは口をつぐむことに決めた。

「大概のエルフは森の中に住んでるっていうけどさ、そんなとこにずーっと長いあいだ住んでて、つまんなくないのかなあ。おれなんて、20年くらい村に住んでただけで飽きちゃったよ」

「だから行商をしてるの?」

「そうっ!」

ディセインは勢いよく起き上がると、大きな身振りで熱く語った。

「おれねえ、天才発明家だからっ!きみもおれの商品見たらびっくりするよ!あのね、最近作ったのはね…」


 そこからはもうネルの口を挟む隙はなかった。どうやら彼は馬のない馬車に乗り、遠くの人と話せるツボを売って回っており、いまは空を飛ぶ板を作ろうとしているらしい。なにひとつピンとこなかったが、ディセインはネルの意見には期待していないようで、ネルはただ相槌を打っていればよかった。

 デクレがいたら、ディセインの発明品に興味を持つかもしれないな、ちんぷんかんぷんな魔術回路の話を聞きながらネルは思った。デクレはこういう小難しい話が好きだったから。むかし、マユキにもらった魔法じかけのくるみ割り人形をいつまでも飽きずに眺め回していた姿を思い出す。たしかあのとき、あんまりデクレがかまってくれなくなったから、ネルが人形を隠してケンカになったっけ。結局、あの人形はどこに行ったのだったか。


 世界を旅して回るなんて、村にいた頃のネルには想像もつかなかった。デクレと結婚して、いずれは宿を継いで、一生をあの村から出ずに暮らしていくものだとばかり思っていた。それがどうだろう、会って間もない人たちとこんな知らない場所に来るなんて。


 ふと気づくと、ディセインが黙ってこちらを見ていた。いつの間にか話も聞かずにぼんやりしていたらしい。

「ごめんね、なに?」

「…きみってさあ、どこかいいところの子?」

ネルは目を瞬いた。

「ううん。どうして?」

「だってきみは騎士じゃないでしょ?見たとこ武器もないし。あっちの大きな騎士さんは、きみにすごく気を遣ってたし」

「そ、そう?」

ドキリとした。ネルは帽子を深くかぶりなおしながら視線をさまよわせた。こんなとき、ルナセオやメルセナならうまくかわせるのだろうが、ネルはうまく言葉が出てこない。


「えーと、わたし、ギルビス…えっと、騎士団長の、身内だから」

 これならきっと嘘にはならないだろう、ネルはそうやって自分を納得させた。ローシスがネルに気を遣ってくれるのは、ギルビスとの関係を慮ってくれているのに間違いはないはずだ。


 たどたどしいネルの説明にも、ディセインは特に疑いを持たなかったようだ。そのままこてんと首を傾げた。

「ふーん。騎士団長のコネで騎士さんにくっついてるってこと?きみも意外とワルだねえ」

「え?うーん、そうかも…」

まあ、本当にルナセオがリズセムの命令で神都に行ったのなら、ワガママを言って、忙しそうな騎士さんを駆り出して追いかけているネルは「ワル」かもしれない。ましてローシスには、クレイスフィーに奥さんや小さな子供もいるのだ。


 ネルはおとなしく、クレイスフィーにいるべきだったのかもしれない…しゅんとしたところで、ローシスが戻ってきた。先ほどのドワーフもふくめて、5人のドワーフがゾロゾロとついてきていた。彼らはみんな身の丈よりも大きなツルハシをかついでいた。

「無事に協力を取り付けられたぜ。やっこさんたちが落石をなんとかしてくれる。こちら、通訳のデデン殿だ」

ローシスが指し示したのは先ほどのドワーフだ。デデンはひとつ頷くと、一歩前へ進み出た。

「ワレら、ニンゲンと使うことば、チガう。ほかのモノ、オマエらのことば、言えない。デデン、おたがいのことば、つたえル」

「じゃあ、まずおれは無力だって伝えてエェェっ!」


 ディセインの絹を裂くような悲鳴が上がった。ほか4名のドワーフたちが、警戒心もあらわにツルハシを構えてにじり寄っていた。

 デデンが何事か言うと、ドワーフたちはしぶしぶではあるが身を引いた。彼らの話す言葉は非常に早口だ。いーが、んきっぷ、そーろー、よす…意味はよく分からないが、要するにディセインは敵ではないと言ってくれたらしい。


 命の危機から解放されたディセインは半泣きでローシスの背中に隠れた。

「うっうっ…ひどいや、おれは善良で害のない小市民なのに…」

「身分の垣根ってのはそう簡単に越えられるもんじゃねえからなあ」

ローシスは苦笑しながら、空気を変えるようにパンパンと手を打ち鳴らした。

「さて、そろそろ落石前のみんなも待ちくたびれてる頃だ。さっさと仕事を片付けるとしようぜ」



 ドワーフたちの仕事は早かった。


 落石地帯に着くや否や、まわりにいた男たちに離れているよう指示すると、5人のドワーフは大きなツルハシを目にも止まらぬスピードで振るって、大きな岩を粉々に砕いた。道をふさいでいた落石はあっという間に砂礫となって、道の向こう側で唖然とする男たちが見えた。

「すごいや!」

ディセインは大興奮してパチパチと手を叩いた。

「どうやったの?ツルハシに魔法でもかけたの?」

「ワレらの、技能。子どもでもできル」

そう言う口調はそっけなかったが、無邪気なまなざしに見つめられて、デデンも悪い気はしないらしかった。少し胸を張っている。


 岩の向こうにいた男たちも歓声を上げた。

「助かったぜ!礼をしないとな」

「不要。そこの騎士に、前金もらっタ。これ以上の礼、リズ王との盟約に、反すル」

そこの騎士、というのはもちろんローシスのことらしかった。いつの間に?ネルが見上げる視線を受けて、ローシスはお茶目に片目をつぶった。

「こんなこともあろうかと、出かけにギルビス様から預かっていてね。ま、必要経費ってヤツだ」

ギルビスもローシスも、ドワーフに助けを求めることがあらかじめ分かっていたみたいだ。彼はドワーフたちに一礼すると、丁寧に礼を尽くした。

「デデン殿、我が民への協力、感謝します」

「ワレら、このシェイルに住むモノの一員。気にすルな」


 デデンはしかめっ面のままそう言って、ほかのドワーフたちとともに来た道を引き返して行った。こういうの、仕事人っていうかんじだな。ネルは彼らの背を見送りながら少しばかりときめいた。


 ドワーフたちが見えなくなったところで、男たちがこちらに駆け寄ってきた。

「騎士さん方、ありがとな!前金まで払ってもらっちまって」

「大事な交通網が絶たれてたんだ、費用は王城持ちにするのが当たり前だ」

「いや、しかしそれじゃ俺たちの気が済まねェ。今日はうちの村の宿に泊まってってくれ」

ネルは空を見上げた。確かにもう夕暮れ近いのか、空が暗くなり始めていた。


 ローシスは少し逡巡した様子だった。

「今からまっすぐ進めば今日中にこの先の港町まで着けなくもないが…」

「いや、やめとけよ騎士さん。この辺は夜になると魔物がうようよ出やがる。野宿用の魔物避けもあまり効かねえから、村にいたほうがいい」

男たちの忠告に、ローシスはそれなら、と頷いた。

「まあ、今日港に着いたところですぐには船は出ないだろうしな。ネル嬢はそれでいいか?」

「うん」

ルナセオのことは気がかりだったが、ネルはこれ以上無理を言いたくなくて素直に頷いた。


 村は落石地帯のすぐそばにあった。ちょうど落石地帯を下っていった先だ。道を塞いでいた大岩がここ村まで転がってきていたら大惨事になっていただろう…ネルはぞっとした。


 村の入り口に鎮座しているのは、なにやら珍妙な…幌馬車だろうか?しかし、屋根に布を張った荷車が繋がっている馬はなぜかブリキ製で、四つ足の部分に車輪がついていた。鼻先の部分にランタンがくっついていて煌々と光っている。なんだか不気味だ。

「わー!ヘルシュタイン!会いたかったよォ!」

 ディセインが、恋人に接するように情熱的に、両手を広げて謎の幌馬車に飛びついた。彼はブリキのたてがみを撫でながら、切なげに訴えた。

「きみとまた無事で会えてよかった、もう二度ときみのきれいな青い目を見れないかと思ったよお」

日が沈んであたりは暗くなっていたが、ネルの見間違いでなければ、その馬には眼がなかった。


「さっさと行こうや」

 ローシスはディセインの奇行を気にかけることを放棄したようだ。

「やっこさん、愛馬との再会に忙しいらしい」

「うーん」

 ローシスに促されて宿へと入りながら、ネルは今夜はレインに手紙を送ってみようと思った。ルナセオがいなくなってしまったことと、神都に向かうこと、それから…ブリキの馬が引いてる馬車を知っているかどうか聞いてみよう。

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