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少女ネルと夕暮れの聖女  作者: 佐倉アヤキ
4章 神都への旅路
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 男たちの言う「あなぐら」というのは、この山道をいくらか引き返して、途中の脇道を抜けていった先にあるらしい。ローシスには心当たりがあるらしく、迷いのない足取りで山道を下っていった。

「『あなぐら』というのは通称でね、本当はそこに住む者たちの間での正式名称があるんだが、あいにくあそこの言葉は俺たちには発音しづらいんだよな」

「訛ってるってこと?」

「いや、別の言語があるんだ。『あなぐら』に住んでるのはドワーフだからな」


 ドワーフ?ネルは首をかしげた。たしか昔、デクレから聞いたことがある。人間より小柄で、採掘が得意な種族のことだ。

「でも、それってお話の中にしか出てこないひとたちだと思ってた」

「いや、いるところにはいるって話だ。有翼種とか、二足歩行の獣人とか。ま、大概は人間と仲が悪くて、僻地に隠れ住んでるもんだから、俺たちが出会う機会なんてそうそうないけどなあ」


 ローシスのあとについていくと、ちょうど来るときは見えなかった岩場の影に、細い道が続いていた。なるほどこの先にその「あなぐら」があるらしい。


「ドワーフも例に漏れず人里には出てこないが、殿下ときたらこういうところも規格外でね。いつの間にかこの山のドワーフの長老と酒を酌み交わして意気投合した挙句に、そこに住むドワーフもシェイルの一員として同盟を結んだんだとさ。だからこういう落石やなんかがあったときは、頼めば助けてくれるし、逆にドワーフたちに何かあれば人間が助けに行きますよ、って約束をしたわけだ」

 ネルはネイーダの村でのリズセムの様子を思い出した。彼のことだから、きっとあの調子で長老の懐に入っていったのだろう。

「リズセム様は、シェイルディアにいるひとはみんな笑顔でいてほしいんだって」

「まったく我らが王殿下は理想論が過ぎるね」

そう言いつつも、ローシスの口調は親愛に満ちていた。「これだからあの方にお仕えするのはやめられない」



 「あなぐら」までの道はぐねぐね折れ曲がって、地面もでこぼこしていた。おまけにあちこちから魔物が飛び出すので油断ならない。もっとも、大きな牙のついたウサギの魔物がネルに向かって大口を開けて飛びかかってきても、ローシスが大斧を振るって軽々吹き飛ばしてしまうので、ネルは傷ひとつなかったが。

「わたしも戦えるようになりたいなあ」

ネルはぼやいた。レクセでもレナをうまく眠らせることができず、巫子の力も使いこなせていない。シェイルまでの道中、一生懸命に修行していたルナセオを思い出すと、ネルが足を引っ張っていやしないかと不安になる。


「武器を振るうだけが戦いじゃないと思うがね。純粋な力より、頭や愛嬌がモノを言うことだってあるだろ?」

「わたし、頭もよくないしかわいくもないもん」

 ネルは頬をふくらませた。

「でも、わたしも戦えれば、みんなを助けてあげられるでしょ?今だってローシスに助けてもらってばっかりだもん」

「そりゃー俺は嬢ちゃんの護衛だからな」

また一匹の牙つきウサギをなぎはらいながらローシスは笑った。

「わたし、どんくさいけど、村ではけっこう力もちだったから、なにか役に立てばいいんだけどな」

「へえ。どのくらい?」

「えっとね、デクレと…あっ、幼なじみとケンカしたときにね、このくらいの岩を…」


 やわやわと自分の肩幅くらいに手を広げたところで、どこからか声が聞こえた気がしてネルは顔を上げた。風の音かと思ったが、あたりを見回していると、もう一度、か細い声が耳に届いた。

「………たァすけてえェェ…」

「誰か、助けを求めてる!」

「えっ?」

 ローシスには聞こえなかったらしい。ネルは耳をすませて注意深く周囲を見渡した。聞いているだけでもぞもぞとすわりが悪くなるような、なんとも情けない弱々しい泣き声だ。


「こっち!」

 ネルは駆け出して、道を外れた岩場を飛び越えた。後ろから、「あっ、待ってくれネル嬢!」とローシスの声と足音が追いかけてくる。


 声はだんだんと近づいてきた。岩場のむこうの草むらをかき分けると、ネルは目を瞬いた。いったい誰が掘ったのか、落とし穴のようなものにはまって泣いている少年がこちらを見上げて、目をまんまるに見開いた。

「ひ、人だァァァーッ!」

頭がキーンと痛くなるような渾身の叫びだった。

「おやまあ。よく見つけたなあ、ネル嬢」

追いついたローシスが、頭をポリポリかきながら落とし穴の中の少年を見下ろした。「無事かい?」

「見たらわかるだろー!おれはもう心身ともにボロボロさ!はやく助けておくれよォ!」

「うん、無事みたいだな」

ローシスは納得した様子で頷いて、布袋からロープを取り出すと、穴の中の少年に投げてやった。


「もうホントにダメかと思ったよォ、安請け合いなんてするもんじゃないねえ。ドワーフの集落なんて、新たなビジネスチャンスになるかなーって思ってがんばったのにさっ」

 落とし穴から救い出されるなり、少年は泥だらけの腕を組んでむくれた様子で言った。キャンキャン吠えるさまは子犬のようだ。

「じゃああなたが、『あなぐら』に助けを呼びにいった行商のひと?」

「そうさ。きみたちも村の人に言われて来たの?」


 ネルはまじまじと少年の姿を見た。見た目はメルセナより年上だろうか。ネルよりいくらか背が低く、今は薄汚れたオレンジの髪がなんだかあわれだ。腕に真っ赤な布を巻いていて、妙に目を引いた。

 そして、少年の耳は、ぴんと長くとんがっていた。

「あのね、おれ、たまたま落石の向こう側の村に商売に来てたんだけど。そしたらクレイスフィーに続く道がふさがれてるっていうじゃない?あんな大岩があっちゃ、おれの愛車も通れないからさ。山奥のドワーフの集落に行って助けを呼んできたらお礼をはずんでくれるって言うもんだから、おれもうはりきっちゃってさあ。それがまさかこーんなところで穴にはまるとは思わなかったよォ。助けてくれてありがとね」

エルフの少年は、聞かれてもいないのにすべての事情をペラペラと話してくれた。ネルはよどみなく話し続ける少年の勢いに気圧されて、そっと一歩うしろに下がった。


 ローシスはそんなネルの肩を叩いて鷹揚に言った。

「礼ならこの嬢ちゃんに言いな。俺はお前さんの悲鳴なんてぜんぜん気づかなかったぜ」

「えっ」

「ありがとう!ホントにありがとう!きみのおかげでおれは行き倒れを回避できたよ!」

「えっ、あ、うん」

ネルの両手は、少年の泥だらけの手に握られてぶんぶん上下に振られた。袖口から飛んできた小石を避けながらあいまいに笑うと、ネルはハンカチでそっと手を拭った。

「きみたち騎士様?」

「ま、そんなとこだ。『あなぐら』に向かった行商の坊主が戻ってこないって聞いて、ドワーフに救援を頼みに行きがてら探しに来たんだ」

「いやあ騎士様!さすがっ!ピンチのときに颯爽と現れるヒーローだねっ」

もういいから、そろそろ泥まみれの姿をなんとかしてほしい。ネルが内心で祈っていると、ようやく落ち着いたらしい少年がポンポンと自分の胸を叩いた。


「おれ、ディセイン。あちこちまわって商売してるんだ。村に無事戻れたらサービスするよ」

「そいつはありがたいね。俺はローシスでこっちはネル嬢だ。じゃ、無事に戻るためにもさっさと用を済ませなきゃな」

 ローシスも、ディセインに喋らせておくとらちがあかないと踏んでか、さっくりと話を切り上げて来た道を戻りだした。振り返ると、ずいぶんと道から外れた場所に来たようだ。


「えーと、ディセイン…さん?は、どうしてこんな奥に来ちゃったの?」

 カバンから手ぬぐいを取り出してディセインに渡してやりながらたずねると、彼は遠慮なく顔の泥を拭きながら「わー、おれ、さん付けで名前呼ばれたのはじめて!呼び捨てでいいよお」ときらきら目を輝かせた。

「おれ、村にごはんを置いてきちゃってさ。丸焼きにしようと思ってウサギを追っかけてたら穴にはまっちゃったの」

「えっ…じゃあ、なんにも食べてないの?」

 あの男たちの話しぶりだと、ディセインが「あなぐら」に向かってからの期間は1日、2日では済まないはずだ。仰天してディセインの姿を上から下まで眺め回すと、彼はケロッとして首を横に振った。

「ううん」

「…え?だって、ごはん…」

「ごはんは忘れてきたけど、おやつはいっぱい持ってたから。ほらこれ」

そう言うなり、ディセインはコートのポケットを探った。中からはまんじゅうやらキャラメルやらの包みや、大量の木の実がごっそり飛び出した。

「……」

「おれ、おやつをごはんがわりにしたの初めて!なんかちょっと得しちゃったあ」

「あ、うん…」

もう何も言うまい、ネルは口をつぐんだ。



 とはいえ、「あなぐら」の入口は、ディセインの落ちていた穴からそう遠くない場所にあった。

 岩や草むらにうまく隠れるように、山の中へ続く暗い道が続いていた。噂のドワーフは、この山の内部に住んでいるらしい。

「俺もドワーフと会うのは初めてなんだが」

ランタンに火を灯したローシスが振り返って言った。

「やっこさんたちはなかなか誇り高くて気難しいって話だ。交渉は俺がやるから、あまり口を挟まないでくれや」

ローシスの目はほぼディセインを向いていたが、彼は分かっているのかいないのか、「邪魔しないようにするよお」とにこにこしながら言った。


 洞窟の中は下り坂になっていた。冷たい風が奥のほうから流れてきて、分厚いコートを着ていても肌寒いくらいだ。申し訳程度に木の板で道が作られているが、明かりひとつない穴の中ではどこかにつまづいてしまいそうだ。

「ウワー、こんなところに住んでるなんて、ドワーフってたくましいんだねえ」

ディセインの声が岩肌にぐわんぐわんと反響した。ネルは耳をふさいだ。


 穴の中を進んでいくと、突然明るいところに出た。灯りがついているのかと思いきや違う。岩にはりついた苔や鉱石が、宝石のようにキラキラ光っているのだ。天井から突き出しているとがった水晶が苔の光を受けて、シャンデリアのように輝いている。幻想的なさまに、ネルははっと息をのんだ。

「きれい」

「自然の作る世界ってのは偉大だな」

「この水晶、高く売れそうだなあ」

ひとりだけなんだか感想がずれていたが、三人で見入っていると、ふいに奥のほうからザカザカと足音が聞こえてきた。さりげなくローシスがネルの前に出る。


 現れたのは、ネルの半分くらいの背丈しかない、ずんぐりした人物だった。目つきが悪いのかそれともこちらを警戒しているのか、睨めつけるようにジロジロとこちらを見ている。量の多い髪の毛があちこち跳ねていた。モコモコした分厚い服に顔の下半分が埋まっていて、性別もよくわからなかった。


 その人物は小さな手で無遠慮にネルとローシスを指差して、野太い声で言った。

「クレイスふぃの、ものカ?」

とても流暢とは言いがたい片言だが、ローシスは気にした風もなく愛想良く笑って、胸に手を当てて騎士の礼をとった。

「シェイルディア騎士団のローシスと申します。こちらは連れのネルとディセイン。あなたはこの山に住むドワーフの一族の方とお見受けするが」

「いカにも」

ドワーフは威厳たっぷりにゆっくりと頷いた。

「用件は、なんダ?」

「この先の道で落石が起き、貴公らのお力を借りたいのです。長にお目通り願いたい」

「ふむ」


 ドワーフはかすかに首をかしげた。

「リズ王の民、ワレらの、友。ワレら、歓迎すル」

「ありがたい」

ほっとしたローシスが紳士的に頭を下げたが、話はそこで終わらなかった。


 ドワーフはディセインを指差して続けた。

「ダが、エルフ、オマエはダメだ。エルフ、ワレらの敵。村には入れヌ」

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