8:まぼろしのカキ氷
「みんな遠くに行っちゃったみたいですね」とヨナが言う
すぐ近くで蝉の鳴き声
町なかにある緑の集中点
「こんな公園があったんだ」と返しながら座る乾いたベンチ
ヨナの
すぐ隣
「久しぶりです」
「前に会ってからまだ一週間だよ」
「一週間も経ってますよ」
「ヨナは元気そうだな」
笑顔で「元気です」と答えてくれる
僕は
暑さのせいで食欲がない
ヨナと一緒なら何か食べられるかもしれないと思ったが
どうだろうか
「夏休みの宿題は順調ですか」
「それくらいしかやることないからな」
「今度教えてください」
「一緒にやるのもいいかもな」
足を動かしながら
ヨナは嬉しそうに笑う
その存在感が
八月の地上をさらに遠ざけていく
歩いてきたはずの地面も
蝉の声も
生い茂る木々のはっきりとした輪郭も
どこか
幻のようで
手を伸ばしても掴める気がしない
人影もなくて
強い陽射しのなか
まるで僕ら二人だけ取り残されたように
世界が
途方もなく広い
「何か食べに行かないか」
「カキ氷はどうですか」
「胃に悪そうだけど、まあいいか」
「でも……」
ヨナと
目が合う
ああ、きっと
ヨナも僕と同じことを感じている
不安なのだろうか
僕は不安ではない
これが八月なのだ
誰もいなくなって世界中が淋しさに変わる
だからあらゆる場所に暑さは浸透し
星々は落ちていくことを夢見ながら夜空を埋め尽くす
どこかで花火の音が聞こえても
人々の距離は果てしなく長い
ヨナの手を取る
少しだけ
汗をかいていて
思ったよりもひんやりしている
「僕だけは
すぐ近くにいるだろ」
「うん
ちゃんと、触れられる」
「夏に手を繋げるのは
特別な人たちだけなんだ」
「それじゃあ、私たちは特別な関係なんですね」
特別といえば
特別ということにしたい
これから食べるカキ氷も
その冷たさも
きっと僕らに現実味を与えてはくれないだろう
八月の広い世界に溶け出して
あらゆるものが薄まっていく
だから
せめて握ったヨナの手の感触だけでも
特別なものとして掴んでおきたい
これだけは
幻ではない