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4:雨の屋上

六月の雨に

僕らの理想は流されていく

五月の痛みに耐えながら

心のうちで期待していたものや

まだ近い場所に見える青空に憧れたものが

少しずつ

消えていく六月

淡い思いの全ては春という枠を出ることができず

夏のただなかには持っていくことができない

僕らはそれを

もう何年も同じように経験したはずなのに

今年こそは

求めてしまう

僕らはこんなにも傷を負ったのだから

今度は許してもらえるだろう


生徒の行き交う廊下に

ヨナは一人立ち尽くすようにして

雨に濡れる窓の外を見ている

悲しそうな顔ではなく

笑ってもいない

気になるものを見つめる子供のように

ずっと

見ている


「今日は何が流れてる?」

「あの子の、体温かな」


ヨナは優しい声で静かに喋る

唇の動きが落ち着いていて

少しだけ

彼女が遠い


「屋上に行きたい」

「濡れてしまうよ」

「あの子とよく行ったんだ」

「雨の日も?」


ヨナは「うん」と頷いて

僕の腕を取る

湿った校舎のなかを

彼女は逆流するように走る

生徒たちが振り返り

声を出し

立ち止まるなかを

ヨナはどこか嬉しそうに

笑顔で

屋上まで走っていく


「濡れるのは私だけでいいよ

 ここで待ってて」

「それは駄目だ

 ヨナの笑顔まで流れてしまったら

 僕は後悔してしまう」

「大丈夫

 私は大丈夫だから」


扉が開いて

雨音の屋上へとヨナが飛び出す

続いて僕も飛び出して

生ぬるい雨に打たれながら

そこに

誰かの体温があるのを感じた

ヨナは

声をあげて笑いながら

雨のなかをくるくる回っている


「そこには誰がいるんだい」

「あの子の意志がいる」


少しずつ

ヨナの動きが遅くなる

ぱしゃん、ぱしゃんと水が跳ねて

彼女の体から

力が抜けていく


「その子は何と言ってるんだい」

「もっと、生きたい、って」


振り向いたヨナは

うつむきながら笑っていて

その涙は

雨のせいで見えなかった


「もう、冷えるよ」と言うと

「そうだね」と言って

ヨナは戻ってくる

袖を

つままれた


「行こう」と言われて

「そうだね」と言った


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