11:落下
病棟の側の木の下に
あの薬剤師が立っている
白衣のポケットに手を入れて
何かを考えているような表情で
空を見ている
「仕事はいいんですか」と訊くと
「なんだ、君か」とそっけない返事
「何を見てるんですか」と訊くと
「秋だよ」と、少し楽しそうに言う
もうすっかり夏は消え失せ
上昇していった全てのものが落ちてくる十月
この人はたぶん
落下するものたちの顔を見ようとしている
いつものようににやにやしながら
地上に衝突する定めのものたちの
それぞれの感情を楽しんでいる
痛みの存在が
彼を興奮させるのだとしたら
やっぱりこの人は頭がおかしい
それで笑っていられるのなら
僕はこの人の存在感そのものを疑う
「それにしても——」と、彼が僕を見てくる
「君とあのお友達は、どうしてそんなに季節感がないのかな」
「言ってる意味が分かりません」
「どうしてずっと春の顔をしてるんだってことだよ」
彼の目が
射抜くように見つめてくる
でも
たぶん
彼の言っていることは正しい
僕らの取った方法は
きっと
そういうことなのだ
「あなたはどうして
落下するものを嬉しそうに見ているんですか」
「それが秋の楽しみ方だろう」
「僕には理解できない」
「君には理解できないだろうね」
溜め息をついて
彼はまた
空を見上げる
背を向けて
僕は妹のもとに向かう
「もし彼らが落下してくれなかったら
僕も君も
それからあのお友達も
今すぐ死にたくなるだろうね」
振り向くと
彼はまっすぐ僕を見ていて
その顔の真剣さが
僕のなかに罪悪感を置いていく
向き合えなくて
すぐに背を向けた
音がする
聞こえない音が
遠くからやってくる
僕の歩く地上に
力強く突き刺さっていくであろう音
避けきれるだろうか
十月は
まだ長いのに




