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浮足立ったが運の尽き

 妙な香りに身を縮こませるたびに、鼻の下を伸ばす事はやめられないようだ。

 今日は絶好の快晴で、傘も良く向かいの男の方へと消えていく。交互に傘を交換し合うたびに、向かいの男と共に鼻息を荒げた。


「何だ今日は、天国か何かか?」


 半分の傘を受け取り、鼻の下を伸ばす向かいの男の顔を軽く叩く。それに対して、男も俺の顔を叩いた。


「いやぁ、助かる……」


 太陽の照りつける橋の隙間を、互いに背を向け合って戻る。長髪の乙女が異様に往来する今日日の興奮は何にも代えがたい。何せ、乙女の小銭に文句を垂れる女房もいないからだ。

 サラサラと流れる川の下を貨物を積んだ船が通り抜ける。船の上には仲睦まじげな男女の姿もあった。彼らは周囲を気にせず身を寄せ合い、橋の真下で口づけを交わす。

 普段ならば傘をわざと落としてやろうかと舌打ちをするところだが、今回ばかりは程よい妄想の種になるばかりである。


「俺も若い頃はいい女と口づけをしたもんだ!」


 向かいの男はそう言って大笑する。通り過ぎる貨物船の上で、男女は間断なく愛を確かめ合っている。陽射し除け代わりの橋にも気に留めずに愛し合う様は、俺の妄想を益々加速させたが、同時に言いようのない悲しみが込み上げてきた。


「おい、お前。ちょっとその発言取り消せよ。それは危険な言葉だぞ?」


「そうか、お前はそう思うのか。それをここを通る娘の前でも言えるのか?」


 向かいの男はそう言って口角を持ち上げる。いいだろう、乗ってやる。


「ならば聞くが、お前は神が定めた時間の流れを遡る冒涜を出来るのか?ここを通る小娘を一生みられるというのか?」


 そう言った途端にまた一人美女が通る。傘一本を貸す。その際、受け渡す手を丁寧に握り返す。女は機嫌よさげに一つ礼を言い、俺がそっと離した手で傘を広げ、優雅に向かいへと歩いていく。


 柔らかな余韻に手を合わせ、向かいの男を目の端で眺める。男は駄賃を頂くついでに優しく手を握るように駄賃を返し、続けて傘を受け取った。


 女性の後姿が大通りへ続く道へ消えていくのを見届けて、向かいの男は満面の笑みを返した。


「言えなかったようだな」


「だがそういう君も手に纏わりつく余韻を楽しんでいるようだが?そこに永遠が無いと自覚しているからこそ、それを大切に触れているのでは?」


「おいおい、冗談じゃない!俺の頭の中では永遠を手に入れたのだよ!想像の力が俺に授けた幸運だよ」


 そう言う中、俺の上に、上品な女性の影が重なった。


「おひとつ貸していただけるかしら?」


「えぇもちろ……ん」


 げぇ、向かいの男の女房!


「母ちゃん!?お前なんで!?」


「さっき人の良さそうな女性が気味の悪い男を見たって言ってたからね来てみたんだ」


 高貴に見えたつば付き帽は意地悪そうな微笑を隠す頭巾であった。家事で鍛えた立派な足で、大股に橋を通り過ぎ、角ばった手が俺から奪い取った傘で向かいの男の頬をつつく。


「あんたは本当に節操がないね!どうやら耳にタコができるまで言わなきゃわかんないようだ!」


 向かいの男の頬がフニフニと情けなくへこむ。元より品のない顔が、恐怖の色で染め上がった。

 俺は横目に胃の辺りを摩る。ラピスラズリより綺麗な青を見たのは、生まれて初めてだ。


「今日は仕事納めしするか!?それとも真面目に仕事するか!?」


「は、働かせてください!」


 二人の言葉が重なった。女房は鼻息を荒げて傘を向かいの男に押し返すと、がにまたで怒りを表現し、大通りへと進んでいった。


 暫くの沈黙の後、つい言葉が漏れた


「……俺が間違っていたよ」


「……いいや、いいんだ。忘れさせてくれ」


 その後は途端に色を失った男達が、橋を往来するようになった。

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