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仕事は明けが一番楽しい

 市場終了の鐘が鳴る。群青に変わりかけの空に、くぐもった音が反復して響き渡った。


「お疲れ」


 俺が向かいの男に言うと、向かいの男は傘立てを背負いながら、ニヤリと笑う。そして、手で筒状を作り、それを口元で傾けて見せた。


 仄暗い建物と建物の隙間にある通路と、橋の半ばとの区別がつかなくなる前に、俺は向かいの男の方に駆けていく。夜色に侵食されていく空に従って、狼皮のコートを着た男が荷台に商品を積み込んでいる。誰もが上の空で、物悲しい空を避けるようにして橋を足早に駆けて行く。俺は構わず、口角をつり上げた。


「それじゃあ、あそこでいいか」


「オーケー、それでは先導頼むな」


 彼はそう言って背負い込んだ傘立てから傘を取り出す。日に照り付けられた傘は既に変色が始まっており、沈んだ太陽と比べて明るいオレンジ色をしていた。俺は傘を受け取ると、一人でスタスタと歩き出した。


「おいおい、お姫様が日焼けしちゃうだろうが」


「おじさまが日焼けしたって誰も気にしないさ」


「ところで坊ちゃん、付人も無しで出歩いているのは少しかわいそうだぞぉ?」


 向かいの男の言葉に方向転換をした俺は、そのまま傘を押し返す。男は満足そうに微笑むと、その傘を俺の胸に押し戻した。


「と言うわけで先導宜しく」


「……はい」


 俺は傘を持ち、彼が歩き出すのに合わせて歩く。町には徐々に鶏肉の良い香りが漂い始めていた。

 橋を直進し、通行人の多い通りを抜け、3つ目の交差点を左折すると、狭い壁と壁の間に、小さな宿屋がある。宿屋の下では既に明かりがともり、賑やかな笑い声が響いていた。


「おい、今日のビールのできはどう思う?」


 向かいの男が囁く。いいだろう、乗ってやる。


「まずいに一杯」


 ここのビール妻が作るビールは、日によって味がまちまちだと評判である。その為、毎日の賭け事に使うという道楽を思いついてからは、時々こうして賭け事に勤しむのだった。


「じゃあ俺は美味いに一杯」


 店先で小声で囁き合っていると、突然頭上が薄暗くなる。俺は恐る恐る顔を持ち上げた。


「うちのはいつもうまい、良いね?」


 ごみを道に放り出しに来たビール妻は、眉を引くつかせながら微笑んだ。


「おくさんゆるして……」


 ビール妻は牙を剥き出して微笑む。向かいの男は腰を低くして、ぺこぺこと頭を下げている。ビール妻は扉を開け、男の尻を蹴飛ばした。


「あんたも同罪だけどね!ほら、入れ!」


「はい!」


 背筋をピンと伸ばして響く震えた大声に、食堂中からどっと笑い声が上がった。燭台で揺れる蝋燭の火があちこちに見える黄色い歯を浮き出させる。木のジョッキが擦れあう音に、誰者が反射的に笑った。


 俺達はカウンター席の前に揃って座る。ビール妻が机に強く手を付くと、いつもの曖昧な味の酒が厨房から陳列された。


「で?どっちが賭けで勝ったのよ……?」


「へ、へへへ……」


 結局その日は、一杯を飲めずに、一杯分支払ったのだった。

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