祭りの日にも、鐘はなる
祝祭日と言えば多くの人々が家でささやかに過ごすものだが、俺たちは相も変わらず橋の両端に立っていた。
というのも、この日は祈りは祈りでも神への祈りの日ではない。肉屋組合の仮装謝肉祭の日だからだ。
日頃から奢侈禁止令も多くある町では、組合独自の祝祭日というのは一つの大きなイベントであって、橋を渡る人も大変に多い。
そこで、結局俺達はこうして働いているわけだ。
現に、既に向かいの男は5人近くに傘を貸している。
「そういやぁ、去年の肉屋組合はでっかいソーセージだったよな」
「仮装の話かい?」
俺が聞き返すと、向かいの男はまたもや一人に傘を貸し、目尻にあくびのあとを残したまま微笑んだ。
「そうそう、あれは笑ったなぁ」
「俺はあの仮装が屋台の釘に引っかかって動けなくなったおっさんの焦り方に最高に笑ったぜ」
「うわ、痛そうだなぁ。俺なら耐えられない」
向かいの男は股間をムズムズとさせて笑う。
「ソーセージ纏ってるんだ、痛いも何もあるか」
俺は傘を受け取ると、それが男であることを確認して安堵した。
騒々しい鼓笛の音が向かいの男の側から聞こえる。カストラートの時と異なり、男女綯い交ぜになって通りがかる人々を見て、向かいの男は寂しそうに傘立てに手を添えた。
「毎年毎年、組合連中は大変だよなぁ」
「まぁ、あれも憂さ晴らしだよ。ほら、女房に隠れて酒を飲むのと同じさ」
「あれは憂さ晴らしではない、ミッションだ」
向かいの男は敬礼をしてみせる。いいだろう、乗ってやろうじゃないか。
「隊長、今日はどこに突撃しますか!」
「針子のいない酒場、口の硬いビール妻のいる酒場だ!ミスター!」
敬礼を互いに返し、徐々に近づく祭りの音の合間を潰す。向かいの男は傘を片手に持つと、それを剣に見立てて顔の前で構える。俺は跪き、そして向かいの男はその柔らかい剣を俺の首元に持っていく。
その時に女が通りかかる。
「おい、どこに落としたんだよ小銭ぃ……」
「悪い悪い、その辺だと思うんだが」
女はじっとりとした視線をこちらに向けて通り過ぎていく。橋を渡り終えた女が見えなくなると、二人はゆっくりと立ち上がり、それぞれの持ち場に戻った。
俺はその場に屈み込み、泣きそうな声をこぼした。
「しにたい……」
「作戦は中止だ。今日は腹拵えの前に自宅に向かえ、いいな」
「サー……イェッサー……」
暫く立ち上がれなかった。
「おい、傘貸しの旦那、具合でも悪いのか?」
通りがかる先供が声をかけてくる。よく通る高い声に、向かいの男はゆっくりとこちらを向いた。
「慰めてくれ、坊や……。俺ぁこの年で馬鹿やらかして、立ち直れねぇよ」
俺の言葉に片眉を持ち上げた先供は、橋の中央に放置された傘を見て、即座に俺達の馬鹿騒ぎの匂いを嗅ぎつけたらしい。呆れたため息をこぼし、俺の背中をたん、と叩く。
「ほら、立った、立った。こんなところ見られちゃあ、それこそ男が廃るってもんでしょうが」
顔を持ち上げると、年よりも幼く見えるが足の肉付きのいい男の、足の線がよく見えるズボンが見えた。
自分の足をちらりと見ると、彼のそれより尖ったものがなく、酷く打ちひしがられて立ち上がる。
「元気出せって、お客さんがくるぞ」
「さっきから傘立てを大事そうに抱えている奴がよくいうよ……」
「だったら先供でも抱くか?女には劣るが体温はたかそうだぞ?」
冗談まじりの男の声を、俺は思わず間に受けてしまう。
「えっ」
「えっ」
肉屋組合の今日の仮装は、出来の良い仔牛を荷馬車に乗せた農夫だった。